喫茶『赤い鎖』にて。
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十数年後。
とある場所に、大きな屋敷の一部を改装した喫茶店が開店した。
豪奢な正門には店の名前だろう『赤い鎖』という看板が掛けられており、その先に見える正面玄関の隣には何故か椅子が置いてある。
恐らく誰かが休む為に使うのだろうそれを眺めつつ扉を開くと、その上部に取り付けられた鈴が軽やかな音を上げ、同時に店長である青年がこちらに気付き、
「いらっしゃいませ」
その声に頷くように、俺は妻を連れてカウンターに腰掛け、
「マスター、珈琲を二つ」
「畏まりました。……しかし、久しぶりだな、魔王」
笑みで言うマスター――夜城は先生と同じように全く外見に変化が無かった。ただ、時の歩みがそうさせるのか、外見以上に落ち着いた印象を感じさせる。対する俺は、もうすっかりオジサンに手が届く年齢になってしまった。
とはいえ、隣に腰掛けるレアリィは今も美しい。だが、彼女は少しだけ不満げに、
「……不死に憧れはありませんが、やっぱり不老には憧れますね」
「そうか? 俺には以前よりも綺麗になったように思えるが」
「夜城さんに言われても、どうしても素直に受け取れません……」
文句有りげに言うレアリィに夜城と共に苦笑していると、奥にある階段から一人の少女が下りてきた。
何故か以前よりも若くなっているように感じられる彼女の、その長い黒髪の上にはウサミミが揺れている。
そう、彼女達は死んでいない。そもそも、死ぬ事も老いる事も無い。だが、歴史上では既に彼女達は『勇者』によって殺されているのだ。
それこそが、あの時うさぎさんが俺に告げた「新しい伝説になって貰う」という言葉の真実だ。彼女達が勇者に負けた事で、こうして俺は生きる伝説となった。
そうして平和になった世界で、しかし破壊された街の復興などは残っていた。俺はうさぎさん達の意志を汲みながら復興を続け、世界の安定に努め……あれから十数年経った今日、数年前に彼女達が開いたという喫茶店に、始めてやってくる事が出来たのだった。
どうやら結構繁盛? しているらしく、階段の上からこちらを見やる白いワンピースを着た少女の姿や、俺達の背後の席に座る双子の青年と、彼等に挟まれてお茶を飲む美少女の姿。更に、荷出しを行っているのだろう少年と、それを手伝う少女の姿。そしてこちらの視線に気付いて微笑むウエイトレスの姿もあった。
彼女達に声を掛けられ、うさぎさんは眠たげな様子で返事を返しながらこちらに向かってくる。
そしてようやく俺達に気付いたのか、一瞬びっくりした表情になり――しかしすぐに、昔と同じように少し影の在る、けれど嬉しげな笑みを浮かべ、
「久しぶりね、魔王」
「久しぶりだな、うさぎさん」
いつかの日と同じように、俺は微笑みと共にそう告げたのだった。
end
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