「始まりの終わり」

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 ――そうして今、魔王となった俺の前には、うさぎさんと夜城が腰掛けていた。
「久しぶりね、魔王」
「久しぶりだな、うさぎさん」
 そう答えながらレアリィと共に彼女達の対面に腰掛け、しかし心には疑問があった。うさぎさんはそれに答えるように、
「忙しそうね?」
「ああ、忙しい。二人の訪問を歓迎したいけど、そんな余裕も無い位なんだ」
 苦笑と共にそう告げると、うさぎさんは「そう」と頷き、
「無事に手紙が届いてたみたいで安心したわ」
「え?」
「どういう事、ですか?」
 レアリィの問い掛けに、うさぎさんは微笑みを強め、
「数日前に、『この世界を征服します』って書いた手紙が届いたでしょ? あれの差出人、私なのよ」
「嘘、だろ?」
 思わずそう告げつつ、しかしディーシアを始め各国の一部の人間しか知らないその事実を、しかも手紙の内容も含めて言い当てるのは不可能だ。そう思う俺の前で夜城が「書き損じたヤツ、見せてみたらどうだ?」と何気なく呟き、うさぎさんは「そだね」と小さく頷きつつ鞄へと手を伸ばし、
「ほら、これ」
 その言葉と共に差し出されたのは、俺も何度か目を通した手紙に記された文字と同一の筆跡で、しかしインクの滲みがある書き損じの手紙だった。
 間違い無い。そう思うと同時に疑問が膨らみ、
「どうしてこんな事を?」
「そこに書いてある通り、ちょっと世界征服してみようかと思って」
「せ、世界を征服するなんて、そんな事……」
 不可能です、と言い掛けたのだろうレアリィが言葉を止める。何せ俺達はうさぎさんがそれを可能にするほどの力を持っている事を知っているのだ。そう考えてみれば、各地の山や遺跡を破壊したのも、彼女の力があれば不可能ではないだろう。恐らくは世界各所に門を開き、攻撃を行っては別の場所へ移動を繰り返していたに違いない。
 つまりそう、世界を敵に回すような国など存在せず、この騒ぎはたった二人の人間によって引き起こされていたのだ。
 だが、何故世界征服なのか。そう思う俺を置いていくように、うさぎさんは更に言葉を続けた。
「それでね、一応これで脅しは終わったから、今度は魔王へ宣戦布告に来たの」
『せ、宣戦布告?!』
 レアリィと共に声を上げ、俺はその驚きのまま、
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺達がうさぎさん達に勝てる訳がないだろ?!」
「あ、ごめん、言葉が足りなかったわ」
 彼女はそうあっさりと訂正を入れ、
「実は、魔王に道化になって貰いたいのよ」
「道化……?」
「そう。これから魔王には私達の正体を公表しないまま、強大な敵に屈したように演じて欲しいの。そうすれば、他国が私達に歯向かおうとはしなくなるでしょ?」
「それは……まぁ、確かにそうかもしれないが」
 俺が魔王になってから早四年以上。皆の協力もあり、ディーシアは以前よりも豊かになった。その分国力も増し、更にはテオを始めとした強大な武力の存在がある為、その発言力は相当に高くなっている。故に、同盟を組んでいる周辺諸国は、何かあればディーシアの判断に従う事になるのだ。
 更に現在、各国はどの国が『敵』なのかを水面下で探り合っている状態だ。一番の戦力があると思われているこのディーシアが敵に屈したとなれば、嫌でも水面下の推察は混迷を極め、各国が動き辛くなる状況になるに違いない。
 それでも、俺はうさぎさんに問い掛ける。
「それでディーシアの安全が確約されるなら従わない事もないが……しかし、二人は一体何をするつもりなんだ?」
「世界を変えるの。私好みにね」
 そういって微笑むうさぎさんの言葉を、夜城が引き継いだ。
「俺達が暴れてきた場所は、地形の問題で交通の便が悪くなってたところや、悪政の酷い国や街だけだ。言い換えれば、世界規模の世直しってところか。……まぁ、自分勝手に暴れているだけだ、って言われたらそれまでだけどな」
 だが、言われてみれば確かにそうだった。
 俺がディーシアに警戒態勢を敷いたのは、周辺諸国の一部が被害を受けたからだ。そして一番の被害を受けた国は、近隣の森に住まうモンスターの被害に怯えていた事実があり……視察を頼んだクーさんの報告によれば、
『「敵」に襲われたにも拘らず、意外にも国は穏やかなものだったわ。どうやら被害を受けた事で、住民達の抱えていた問題が解決したみたい。まず、森の一部が吹き飛んだ事で、隣国へと続く道が造り易くなったって喜んでたわ。
 そして、モンスターの問題。一連の攻撃で結果的に森は減ったけど、その分彼等は人間の領地へ入り込まずに餌場へと向かえるようになったみたいね。このまま行けば、あの国のモンスター被害は激減するんじゃないかなー』
 との事だった。
 そもそも、その森に済むモンスターは川魚等を主な食料にしていたらしい。だが、川と森との間に人間が住み着き、国が出来てしまった事で、餌場に向かう為に人間の国へ入らざるを得なくなってしまった。そんな事情を知らぬ人間は彼等を追い払う為に攻撃し、反撃を受け……そしてその状況が何年と続いていたとの事だった。しかし今回の事で川に続く新たな道が繋がり、モンスターはそちらへと向かうようになった。結果それが、人間とモンスターの住み分けに繋がったのだ。
 だが、国が攻撃された事は確かであり、俺はすぐに周辺諸国へ更なる警戒を促した。
 しかしその『破壊行為』が『環境改善』に繋がるとするのなら……それが身勝手な考えの元に行われている事だと解っていても、百人が百人『不用だ』と思っていたものが破壊されていくのなら、それは悪ではなく善なのではないだろうか。
 そうは思うものの、しかし俺はこれでも一国の王だ。主観で思った事で国は動かせない。だが相手はこの国を一瞬で破壊出来るような相手で……それはしないと解っていても、俺は問いを重ねた。
「でも、宣戦布告に来たって事は、この国に攻め入るつもりがあるって事なんだよな?」
 だが、対するうさぎさんは首を横に降り、
「まさか。この国には沢山思い出があるからね。それを簡単に壊す事なんて出来ないわ。だから、魔王に道化になって貰う代わりに、そのまま新しい伝説になって貰おうと思ってるの」
「伝説?」
「そう」
 そう言ってうさぎさんが微笑む。
 この時は何の事だか解らなかったが……後日、俺はその言葉の意味を理解する事になるのだった。




 三ヵ月後。
 魔王の治めるディーシア国から山を二つほど越えたところに、一軒の家が建てられた。
 そこに住み始めたのは二人の男女。
 後に、魔王はある宣言をする。

「そこに、今回の事件の犯人が居る」

 敵に屈指ながらも、しかし『独自の調査』を行っていたディーシア国の言葉通り、派遣されたパーティ・スターチスが首謀者となる男女を発見。殺害を果たす。
『敵』と呼ばれていたその男女は、極東に存在するガクマ国の元専属魔術師と騎士であり、彼の国で発見された秘法によって強大な力を得た存在であった。
 結果、敵を倒した功績によりスターチスは勇者の称号を受け、その切っ掛けを生み出した魔王は世界を救った存在として語り継がれ――後の世に新たな伝説として名を残していく事になる。
 だが人々は、口には出さぬものの、世界各所を破壊して回った『敵』に――ウサギの耳飾を付けた魔女と、長剣を持った剣士に感謝していた。
 何故なら彼女達の行いで、世界は暮らし易いものへと大きく変化したのだから。





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