『そんな始まり』
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――目を開く。
気付けば俺は学校の教室に居て、目の前には椅子に横向きに腰掛けてゲーム雑誌を広げている友人の姿があった。
「……なんだこれ。夢か」
「バッカお前。明晰夢だよ明晰夢」
「結局夢じゃねぇか!」
思わず突っ込みを入れると、友人は楽しげに笑い、
「いやぁ、お前変わってねぇな。もう三十越えてんだろ?」
「こういう部分ってのはそうそう変わるもんでもないだろ。で、今更何の用だ?」
「んー、気まぐれ? こうして友達になったのも何かの縁だろうしさ、お前にだけは俺の事を教えておいてやろうと思って」
そういって友人は雑誌を閉じると、椅子の背もたれを抱くように座り直してから、
「一応自己紹介しとこう。俺は死神と呼ばれる者。自分の好き勝手に好き勝手な事が出来る力を持ってる。こうやってお前の夢に干渉したりな」
「なんでもありだな……」一瞬呆れつつ、俺は表情を改め、「なら、単刀直入に聞こう。――どうして俺を助けてくれたんだ?」
「無償奉仕はお嫌いかい?」
「茶化すな」
「はいはい。……そもそもな、俺は人の願いを叶える存在なんだ。だから今回は、お前がミールトに刺された時にそれを助けるのが、この『物語』での俺の役割だった。だが、お前が魔王になるまで、どうしても幾つか手を出さないと不味いポイントがあってな」
「俺とレアリィの記憶とかか?」
「ああ、その通りだ。もし俺が干渉してなかった場合、お前とコースト嬢は廊下で正面衝突した時に記憶を取り戻し始め、そのまま『こちら側』に止まり続ける事になる。結果、ディーシアの大臣であるブラトの心を動かす相手が消え、ゲイルの思惑通りミールトが魔王になり――ディーシアは平気で他国に戦争を吹っ掛けるような国へ変化していく事になる。
その後、ゲイルは禁忌である門の魔法に手を染めていき……ある時、偶然にも『こちら側』と門が繋がってな。責任を感じたコースト嬢が飛び出し、お前はそれを止めようとし――だが、現れたディーシア兵に刺され、二人とも命を落としちまうんだ。そうして、お前達の『物語』は終わる事になってた」
「……嘘、だろ?」
驚愕と共に言葉を返すと、対する友人は真剣な表情で、
「残念ながら、それが事実だった。だが、俺はそういう終わり方が大嫌いなんでな。お前の『物語』を『真鳥・五月が魔王になる』事で完結させる為に動き回ったのさ」
「そうだったのか……。俺がこうして生きてるのは、お前のお蔭だったんだな……」
「気にすんな。俺とお前の仲だろ?」
そう言って笑みを浮かべる友人は、学生時代一緒に馬鹿をやっていた頃とまるで変わっていなかった。それに懐かしさと感謝を感じつつ、しかし気になる事があった。
「なぁ、その『物語』ってのはどういう事だ?」
「歴史……みたいなもんだな。解り易く言えば、『真鳥・五月』って人間の人生を記した本の事だと思ってくれ。俺にはそれを自由に読む力と、それを添削して話の本筋を変える力があるんだよ。まぁ、何もかも自由に、とはいかないが、『とある時点で死ぬ運命』だったお前を、こうして存命させる方向に変化させる事は出来るんだ」
「不老不死にも、か?」
「そういうこった」
あっさりとした肯定は、しかしどこか物悲しい気配が感じられた。けれど、友人は笑みを崩さず、
「あとな、お前が叶えた三つの願いがあっただろ? あれは初代魔王と同じ願いを叶えてあるんだ。でも、お前は永遠の命を手に入れてない。残念ながら、ただの人間のままだ」
「こうして老け出してるのが何よりの証拠か」
「まぁ、ここは夢の中だからアレだけどな。んで、三つの願いの話だ。まず、初代魔王が叶えた願いの一つに、その不死性があった。それは『魔王』って概念が未来へと続いていく事を意味しててな、だからこそ俺はお前を癒したんだ。そうでなけれりゃ、『真鳥・五月が魔王になる』って結末にすら至れないからな」
「なら、豊作は?」
「戦闘の停止だ。さっき言った通り、あのままディーシアが乗っ取られれば、あの国は他国へと平気で戦争を吹っ掛けるような国へと変わり……その結果民は国を離れ、田畑は荒れ果て、豊作なんて言ってられない状況になる筈だった。だが、テオ達がお前の助けに間に合った事で、結果的にそれが未来の豊作を約束する事になったのさ」
「そうして、平和が生まれるのか」
「そう。お前が魔王になった事で、ディーシアの歴史は平和なものに変化したんだ」
その言葉に頷きつつ……同時に、とある事を思い出す。それは、俺がミールトに刺された直後の事だ。
三つの願いを叶える事となったあの時、友人は二つの世界を用意していていた。
「あの時、もし俺が科学世界を選んでいたら、ディーシアはあの後どうなっていたんだ?」
「どうもこうも鉄も金も無いぜ。その選択をした時点で『三つの願い』は発動し、お前はただの一般人としてコースト嬢と幸せに暮らす事になる。そこにはもう魔法世界なんてものは存在しない。いや、実際に消えて無くなる訳じゃあないが、それに関係する全ての事象が書き換えられる事になるのさ」
「なら、レアリィも魔法使いじゃなくなるって事なのか?」
「なくなるってのは少し違うな。そもそもコースト嬢が別世界から現れる事が無いんだ。彼女は普通に科学世界で生まれ育ち、この学校に転校してくる事になる。そんな風に世界ががらりと変化するから、当然魔法世界の歴史も変わる。恐らくディーシアはああした状況になる事無く、傀儡の魔王を選び続けてるだろうな」
だが、俺はそうなる可能性を消し、敢えて苦難の道を選んだ。けれどそれを後悔した事は一度も無い。そして、これからも無いだろうと断言出来た。
俺には支えてくれる妻と、そして力強い仲間が数多く居るのだから。
そう思う俺の前で友人が一つ伸びをし、
「んじゃ、ある程度説明は出来たし、俺はそろそろ行くとするかな」
その言葉と共に、友人が椅子から立ち上がる。その姿に、俺は笑みを向け、
「ありがとな、色々。お前と出逢えて、本当に良かった」
「俺もだ。だが、これが今生の別れとは限らないぜ? またいつか別の『物語』の登場人物として、お前が出てくるかもしれないからな」
だから、
「だから俺は――ボクは、こうして新しい『物語』を始め続けるのさ!」
――高く、指が鳴らされる
その瞬間、死神は――名も知らぬ友人は俺の前から消えていた。
次にアイツがどんな相手と出逢っていくのか、それは俺には解らない。
けれど、この日常のサイハテ――生まれた歴史の先で、再びアイツと出逢える事を願いながら生きていこう。
魔王となった俺の物語は、これからも続いていくのだから!
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