争いの収束。

――――――――――――――――――――――――――――


 容赦なく剣を振るいながら、ラスニチカは相対するマスト・ミールトの動きを見定める。
 この男は自身に掛けられた防護の加護を信じ切っているのか、こちらの登場に動揺した素振りを見せつつも、しかし今では多少の余裕が戻ってきているように思えた。
 だが、その余裕こそが彼の首を絞めるのだと、ラスニチカは知っていた。
『ただの鎧である我が、何故主と同じ『勇者』と呼ばれるようになったのか、その理由を教えよう』
 この場に居る誰にも届かぬ言葉を呟きながら、ラスニチカは剣を中段に構えた。刹那、白銀の煌めきを持つその刀身が色を変え、彼と同じ漆黒の刃へと変化していく。
 それは、かつて勇者と呼ばれた男が得た断絶の力。魔法ではなく、それを構成する魔力そのものを斬る事を可能としたその力を持って男は勇者となり、そしてその力がラスニチカを生み出したのだ。
 故にその力は、ラスニチカそのものでもある。
 人間相手にこれを使うのは久しぶりだ、とそう思いながら、ラスニチカはミールトへ加速し――半身を捻り右腕を大きく引くと、水平にした剣をミールトの胸へと突き入れた。
 刹那、重ねた硝子を砕いていくかのような音が響き渡り――
「な、ああッ?!」
 驚愕に顔を歪めるミールトの体が、加護の破砕による衝撃で大きく後方へ吹き飛んだ。ラスニチカはそれを追い、ミールトが手放した剣を拾い上げると、左手に持ったそれを相手の鼻面に突き付けた。
「ひ、ひぃ!!」
 戦う術を奪われ、引きつった声を上げるミールトの姿に、ラスニチカは『こやつはもう戦えまい』と判断。
 五月達は無事に逃げられただろうかと、その姿を探し……テオと合流を果たす彼等の姿を見た。




 彼等も無茶をするものだ。そう思いながら、テオはこちらへと駆けて来るサツキ達へ近付いていく。だが、逃げずに戦う事を選んだのは自分達も同様であり、その無茶をこちらも責められないだろう。
 と、不意にサツキの格好に違和感を覚えた。彼の着込んでいる鎧、その左腰辺りが大きく破砕しており、しかし見えている横腹には傷一つ無いのだ。着込んでいる鎖帷子すら引き千切られているところを見ると、どう見ても無傷では済まない傷を負った筈。何より、隣に寄り添うレアリィが泣いている事が気に掛かる。これは確実に何かあったに違いない。
 だが、それを確認するのは後で良いだろう。
 テオは自身の正面に巨大な魔法陣を生み出しながら、やって来るサツキへと視線を向け、
「俺が場を撹乱する。サツキ達はその隙に裏口へ向かってくれ」
「力を貸してくれるのか?」
「ああ。それが俺の、そしてアリアの望みでもあるからな」
 力強く頷き返しながら、テオは上空へ転移用の魔法陣を作り出し、目の前のそれと同期させていく。そして魔法陣を通り抜けると同時に、人化の魔法を解き――
『――!』
 羽ばたきと共に空へ舞い上がりながら、国中に響き渡るほどの咆哮を上げた。
 途端、眼下に広がる戦闘が一瞬で動きを止め――その様子を確認しながら、テオは頭を下げるように転回すると、城の広場上空で待機するように体を止める。
 そして低く唸り声を上げ、賊である剣士、魔法使い達を威嚇していく。
 そんな賊達の終端。彼等によって破壊された城門付近に、見知った二人の男女が立っているのが見えた。



 後方から一撃を、と勢い勇んで飛び込もうとしていた夜城と空は、突如現れたドラゴンの姿に思わず足を止めていた。
「あれがドラゴンか……」
「凄い……」
 有名なモンスターである為に知識としては知っていたが、こうして現物を見るのは初めてだ。むしろ、こうして本物のドラゴンを目にする日が来るとは思ってもいなかった。
 それは敵なのだろう剣士達、そしてディーシアの兵士達も同じだったようで、皆一様に空に止まるドラゴンへと視線を向けている。
「まぁ、あれが相手じゃ仕方ないか」
「だね。まぁ、その分こっちも動き易くなるんだけど」
 言いながら空は杖を構え直し、こちらの存在に気付いてすらいないのだろう敵剣士達へとその杖先を向ける。そして彼女は当初の予定通り、その横面に穴を開ける為の呪文を詠唱し始めた。
「定義すべきは火。求めるは炎――」
 と、詠唱を始めた空、そして剣を構える夜城の姿にようやく気付いたのか、剣士達の一部がこちらに振り向いた。しかしその注意はドラゴンに向けられたままであり、こちらに直接向かってくる数は少ない。
 夜城はそれを迎え撃ちながら、更にその背後の剣士、魔法使い達を倒さんと加速する。だが、長剣を振るうその姿にそこまでの技量がある訳ではない。しかし夜城は死という明確な恐怖を感じない事を利点とし、与えられる傷すら厭わず、縦横無尽に剣を振るう。
 その様子に敵の視線がドラゴンから夜城へと向き始め――しかし、もう遅い。あっさりと敵の前から離脱する夜城に合わせるように、空が杖先に展開した魔法陣から巨大な炎が生まれ、
「――全てを燃やし尽くせ!」
 魔法が完成する。
 その瞬間、魔法陣から生まれた巨大な炎が風を纏いながら渦を巻き、そのまま一本の巨大な竜巻へと姿を変え――それは周囲の酸素を消費しながら、更に巨大に成長していく。
 そうして、数秒の間に竜巻は上空を飛ぶドラゴンすら飲み込まん勢いにまで巨大化し、周囲に散った瓦礫を飲み込み巻き上げていく。その巨大さと、巻き込まれたらただでは済まないという恐怖に、抵抗する術を持たない剣士達がこちらに背を向けて逃げ惑い、魔法使い達はどうにか竜巻を打ち消さんと魔法を発動させてくる。だが、巨大な炎の竜巻は恐慌と共に放たれる魔法を軽く弾き、受け止め、消し飛ばし、更にその勢いを増加させていく。
 直後、竜巻がその大きさからは想像も出来ぬほどの速度で移動し始め、剣士達を飲み込み始めようとし――
「――よっと」
 周囲が悲鳴に包まれた瞬間、空は軽く杖を振るった。
 刹那、まるで幻覚を見せられていたかのように竜巻が消え失せ、それから数秒送れて逃げ惑っていた剣士達の叫びが消えていく。
 だが、それが幻覚などではなかった証拠に、城内の芝生は完全に焼け焦げており、巻き上がっていた上昇気流の余波で強風が吹き続けている。同時に、竜巻が巻き上げていた瓦礫が次々と落下し、散発的なそれに小さく悲鳴が上がった。
 そうして杖を降ろした空の視線の先。こちらを恐る恐る見やる剣士達の表情には恐怖が張り付いており、そこに戦意は感じられない。空はそれに満足そうに頷くと、視線を更にその先へ向け……呆然とこちらを見ているレアリィ達の背後に、何人かの人影が近付いて来ているのを見た。




 目の前で消え去った竜巻を呆然と見上げながら、レアリィは無意識に五月の腕に縋り付いていた。
 空が無尽蔵の魔力を有している、という事は知っていた。しかしレアリィは実際にその実力を目にした事が無く、先生から話を聞いていただけだった。
 故に自分なりに彼女の実力を想像していたのだが……それはレアリィの想像を軽く凌駕するほどの力だった。
 それは周囲の誰もが感じたものだったようで、敵味方の全てが動きを止めており、平然としているのは当の空と夜城、そして後方からやってきた先生ぐらいだ(それでもその顔に驚きはあるが)。上空に舞うドラゴン――テオの表情にも驚きが浮かんでいるようにも感じられて、レアリィは改めて朱依・空という少女の特異性に驚愕した。
 そもそもあれだけの竜巻を生み出すだけでも大変だというのに、それをあっさりと消し去ってみせたのだ。攻撃魔法の強制解除は魔法使い本人に反動が掛かる場合が多く、レアリィ自身も相当の事が無い限りは行わない。しかし空はそれをあっさりとやってのけ、しかし何事も無かったかのようにこちらを見ている。
 凄い、と思うと同時に、何か恐怖にも似た感情が小さく頭を覗かせる。そんなレアリィの視界の端で先生が小さく杖を構え、そして何かの魔法を唱えると、クレアが取り押さえているゲイルの顔を上げさせ、
「――ディーシアに仇なす者達よ! 剣を捨て、投降しなさい!」
 魔法により声を拡散させているのか、凛とした先生の声が広場に響き渡っていく。それに思い出したように剣を構え始める賊に見えるように、ゲイルが一歩前に立たされ、
「シャルク・ゲイルは捕らえられ、貴方達を指揮する存在は失われたわ! ――それに見たでしょう? 自分達が襲われそうになった巨大な竜巻を。そして今も上空に存在するドラゴンを!」
 声に答えるように空が軽く手を振り、テオが一つ咆哮を上げる。それに賊が悲鳴を上げるのを聞きながら、先生は五月の隣に立つと、一度彼を見、そしてレアリィを見てから再び前を向き、
「彼女達は、全ての魔を司るディーシア王の友でもある! それが理解出来たなら選択しなさい。このまま殺されるか、或いは投降するか」
 賊の視線を一身に受けながら、まるで教師のように先生は告げる。
「――賢明な判断を求めるわ」

 音が止まる。
 誰も彼もが言葉を失う中、しかし誰一人として、抗おうとする者は現れなかった。





――――――――――――――――――――――――――――
次へ

戻る

――――――――――――――――――――――――――――
目次

top