抗う戦いの中で。

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 いつものようにディーシアへと遊びに訪れていた夜城と空は、城下街の入り口で見知らぬ剣士に入国を拒絶されていた。
「だから、どうして入国出来ないんだ?」
「国家機密に関わる事ですのでお教え出来ません」
 そう答える剣士の口調は模範的な兵士のそれだが、しかし如何せん彼等の服装に共通点が無い。というより、通称南門と呼ばれているこの入り口を護る剣士全員がディーシア国で配給されている兵士の鎧を見に付けておらず、一般人と変わらぬ洋服を身に纏っているのだ。これを怪しいと呼ばずに何というのか。
 夜城は軽く周囲を見回し、ディーシアに入国出来ず困惑しているらしい旅人などの姿を確認する。彼等も自分達と同じように入国を拒否されたのだろう。そう思いながら、夜城は剣士へと視線を戻し、
「なら、いつになったら入国出来るんだ?」
「未定です」
「というか俺達、城のお偉いさんと顔なじみなんだが」
「でしたら尚更入国を許可出来ません」
「……」
 取り付く島もない剣士の態度に、夜城はこれ見よがしに溜め息を一つ。それにも剣士は嫌な顔一つ見せなかった。
 さて、これからどうしたものか。そう思いながら、夜城は隣に立つ空へ視線を向け――それと同時に、剣士を観察するように睨んでいた彼女がこちらを見上げ、
「多分だけど、彼等には――って、待って。嘘でしょ?」
「どうした?」
「街の奥から魔力の気配がする。多分、複数の魔法使いが同時に魔法を――」
 刹那、説明を続けようとした空の言葉を掻き消すように、街の奥から大きな破砕音が響き渡り、この場に居た全員がその動きを止めた。そんな中で、夜城は表情を厳しくしながら、
「おいおい、何か不味い事になってるのか?」
「解んない。でも……」
 言いながら、空が剣士へと視線を向ける。すると、そこに立つ男は今の破砕音に驚くどころか、全く身動ぎすらしていなかった。それを確認すると、空は再び兵士を睨み、
「今の音は何?」
「お答え出来ません」
「自国の危機じゃないの?」
「どんな事があっても、入国を許可する事は出来ません」
 そう淡々と答える剣士に、焦りや不安などといった感情は全く見られない。『向こう側』で言うところの『ロボットみたい』って奴だな。そう思う夜城の手を、空が軽く引き、
「さっきの話の続きね。多分、彼等には魅了の魔法が掛けられているのよ。だから何があっても決まった受け答えしか出来ない。恐らく、今の破砕音を生み出した側の仲間ね」
「だからこれだけ淡々としてる訳か」
「そういう事。取り敢えず、ディーシアに入らない? この状況から考えるに、多分城下街にも同じような剣士が沢山居ると思うし」
 その言葉に頷くように、夜城は直立不動の剣士の脇から街の奥を覗き込む。そこに普段の活気は見られず、しかしうろうろと歩き回る人影が幾つもあるのが見て取れた。
「確かに居るな。んじゃ、さっくり倒してどうなってんのか調べよう」
「レアリィ達の事も心配だしね」
 そうして二人は、国の入り口を護る剣士達の間を縫って城下街へと入り込み、背後から響く制止の声に剣の一振りと魔法で返事を返していく。
 目指すのは、視線の先にそびえ立つディーシア城。死を恐れぬ二人の不老不死は、一直線に城下街を駆け抜け――




 城内。
 杖先に生み出した刃でゲイルを追い詰めながら、しかしクレアは内心焦りを感じていた。彼の力が強い訳ではない。むしろ殺そうと思えばいつでも殺せる。しかし、大臣達が囚われている為に迂闊に手を出せず、更に先ほど外から大きな衝撃が来た。クレアにはそれが一体何を意味し、この城をどんな状況に至らしめるものなのかが解らない。
 つまりクレアは状況を全く把握出来ておらず……迂闊にゲイルを殺し、向こう側を止める手立てを失う事を恐れていた。
 それはゲイルも理解しているのか、彼は時折こちらを挑発するように両手を広げながら、
「ほら、いつものようにあっさり殺してみろよ! それが出来たら苦労しないんだろうけどなぁ!」
 笑みに顔を歪め、素であろう男口調で喋るゲイルに、いつものような妖艶な雰囲気は一切感じられない。こうした彼の素を見るのは初めてだったが、普段以上に醜悪な顔をしていると、クレアにはそう思えた。
 とはいえ、例え殺さずとも、相手を昏倒させる事は出来る。だが、それが切っ掛けで何かの魔法を発動され、大臣達の命が危険に曝される可能性があった。それを回避する為にも、クレアはこうしてお遊びのような剣戟に付き合い続けるしかない。
 戦い難い。そう思いながらクレアはゲイルの剣を弾き、しかし追撃を行えないまま一歩距離を取る。と、そんな時、不意に千絵が――レアリィから先生と呼ばれている女性が焦りを浮かべて部屋に入って来た。
 彼女は動揺した様子でゲイルを見やり、
「シャルク・ゲイル! 大臣達をどこへ隠したの?!」
「おいおい魔女、一番に出てった癖に見付からなかったのかよ! ハ、こいつは傑作だ!」
 戦闘中だというのに、彼は心から可笑しそうな笑みを浮かべると、そのまま暫く笑い続け……そして大きく息を吐き、乱れた髪を掻き上げ、
「俺を――あたしを殺せば永遠にその居場所は解らなくなるわ。だったら、これからどうするのが一番か……言わなくても判断出来るわよね?」
 妖艶に微笑みながらの言葉は、こちらを逃がせ、と言っている。同時にそれは、このまま逃がせば大臣達の命の延命にも繋がるという事だ。
 判断を仰ぐように千絵へと視線を送ると、彼女は一瞬の逡巡の後、
「ッ。……クレア」
 静かに、諦めの色を持って告げられた言葉に、ゲイルの笑みが強くなる。だが、千絵はあっさりと、
「――ゲイルを殺して」
 その殺害を指示した。それに笑みを浮かべながら「了解ー」と答えると、対するゲイルは一瞬前とは打って変わって強い動揺を浮かべながら、
「な、何を言ってんだお前ら! 俺を殺すって事は、この国を潰すようなものなんだぞ?!」
 必死に叫ぶ彼に、しかし千絵は柔和な笑みを浮かべ、
「別に構わないわ。そろそろこの国を離れようとも思っていたし」
「ちーちゃんもワルだよねー」
「あら、クレアに言われたくは無いわ」
 そんな事無いもん、と可愛らしく答えながら、クレアは杖先に生み出した刃の切先を改めてゲイルへ向ける。途端、ひ、と引きつった悲鳴を上げる彼に、クレアは笑みを消し、氷の瞳を向けると、
「彼女が魔女って呼ばれている理由、アンタも知ってるんでしょう? なら、今のが本気だって事も解るわよね」
「――ふ、不老不死の化け物共が!」
 優位に立った、と確信していた時とは一変、恐怖が限界に達し恐慌状態に陥ったのか、ゲイルが我武者羅に剣を振るいながら逃げていく。その姿は無様で、正直クレアには殺す気すら起こらない。なので千絵に視線を向けると、彼女は小さく頷き――刹那、ゲイルの影がぐにゃりと歪み、そこから伸びた『影』がその足を無造作に掴んだ。
 途端、ゲイルは素っ頓狂な声を上げて前のめりに倒れ――慌てて立ち上がろうとする彼を影で縫い付け、そこに紫藤・ミナが現れた。その姿に千絵が微笑みを向け、
「はい、捕まえた」
 そう告げる千絵に、ゲイルは彼女を強く睨み、
「魔女ォ!! 貴様、俺を騙しやがったのか?!」
「あら、始めから嘘は言って無いわ。この国を離れるつもりはあるけど、仲間達を見捨てるとは一言も、ね。当然大臣達も保護してあるわ。――貴方の負けよ、シャルク・ゲイル」
 あっさりと告げる千絵に、対するゲイルは悔しげに表情を歪ませ……しかし何かを思い出したのか、不意にその唇を笑みに歪めた。そして彼は改めて千絵を見上げると、勝ち誇ったように、
「俺の計画は失敗したが、まぁ良い。死ねば良いと思っていた魔女に苦しみを与えられそうだからなぁ!」
「どういう事?」
 問い掛けに、ゲイルは千絵を見下すように笑い、
「お前の大切な一番弟子は、今頃マストに嬲られてるって事だよ!」
 その言葉と共に高笑いを始めたゲイルの姿に、クレア達三人の表情に不安が走り――




 ラスニチカがその音を聞いたのは、カイナ、そしてアリア達と共に会議室へと向かう途中での事だった。
 外から響いてきたその異音は明らかに何かが起こった事を示唆するもの。それに全員の足が止まり……一番最初に口を開いたのは、アリアと共に歩いていたテオだった。彼は音のしていた方向へ厳しい視線を向けつつ、
「何かの破砕音に聞こえたな。方角的には城門がある辺りだろうか」
『我もそう感じた。カイナよ、近くの部屋から外の様子を見るのはどうだろうか』
 自分にとって神であり、しかし今では娘のように感じ始めているカイナにそう告げると、彼女は小さく頷き、
「……外の様子、見てみよう」
「そうだね。今は城に人が居ないし、何かあったら私達も動く事になるんだろうから」
 真剣な表情で呟くアリアの声に皆が頷き、そして手近な部屋に入って状況確認を行おうとし――その瞬間、廊下の角に出来た影の中から、突然紫藤が姿を現した。
 誰もが予期していなかったそれに全員の動きが止まり、しかし紫藤はそんなこちらの様子を無視するように、
「突然の御無礼、申し訳ありません。皆様に御伝えしたい事があり、能力を使用致しました」
「の、能力?」
 驚きに声を上げるアリアに、カイナが小さく説明を行う。どうやら彼女は影を操る力を持っているらしく……だが対する紫藤は、ラスニチカ達が納得する間も持たず、
「現在城は賊に襲われています。状況は芳しくありませんが、しかし皆様は御逃げ下さい。皆様はこの国の未来を担う魔王候補で有られます故」
 そうして深く頭を下げると、紫藤の姿が影に消えていく。恐らく他の候補へも同じように逃げるよう伝えに行くのだろう。ラスニチカはそう思いながら、困惑した表情を浮かべているカイナの手を取り、
『紫藤がああ言っていた以上、我等は逃げるのが一番なのだろう。だが、我はこの国を護る為に戦う事もやぶさかではない。カイナよ、判断してくれ』
「……」
 困ったように表情を曇らせるカイナに、アリアが「ラスニチカは何て言ったの?」と問い掛ける。そしてこちらの言葉を伝えられた彼女は、テオと顔を見合わせた。そして逡巡を始める彼女を、テオは真っ直ぐに見つめ、
「アリアの力は俺を自由に出来るものだ。気にせず想いを告げれば良い」
「……解った」言って、アリアがこちらを見やり、「私達もこの国を護る為に協力するよ。ここはカイナやレアリィ達の大切な家でもあるんだから」
 その言葉にカイナが小さく頷き、そしてラスニチカを見上げ、
「……お願い、ラスニチカ」
『御意。――いや、解った』
 フードから顔を出し、目に見える形で頷きを返す。すると、斜め前に立つテオがこちらを見ながら、
「だが、アリアとカイナを危険な目に合わせる訳にはいかない。まずは二人を安全な場所に避難させ、その後俺とラスニチカが賊の迎撃へ向かおう。それで構わないな?」
 問い掛けに、ラスニチカは頷き返す。
 そうして今後の方向性を定めた四人は、非常時に使用する裏口へと向けて駆けていく。
 その途中、殿を務めるテオがラスニチカへと視線を向け、
「ラスニチカ、君は俺の正体を知っているのか?」
『知っている』
 聞こえないとは解っていても、ラスニチカは背後に居るテオに視線を向け、言葉と共に頷きを返す。
 二ヶ月前にルビドで見たドラゴンの姿は、今も印象強く残っていた。その正体がテオだと聞いた時は流石のラスニチカも驚いたが、しかし彼は主であり友でもあった勇者からドラゴンについて聞かされていた事があった。
 曰く、ドラゴンはその見た目に反して情深い者が多く、一度心を開いてくれたならば、これほど力強い味方も居ない、と。
 故に、ラスニチカはテオを信用している。対する彼はそんなこちらの様子に「ならば話は早い」と頷くと、
「俺が注意を引き付ければ、嫌でも戦闘は止まる筈だ。ラスニチカ、君はその間にも動こうとする賊を叩いて欲しい」
『解った』
 再び頷き、視線を前に戻す。見れば同じように裏口へと逃げていくメイド達の姿があり、それを護るように動く兵士の姿が複数確認出来た。
 カイナを置いていく事に不安はあるが、しかしだからといって彼女を戦場へ連れて行く事は出来ない。例えその身に戦う力があるとしても、それはラスニチカの信念に反するものだった。そしてそれは、恐らくテオも同様である違いない。
 故に、この状況を一刻も早く収束させ、カイナ達の安全を確保せねばならない。その意志を貫く為、彼は走る速度を上げていき――
 




 ――そうして動いていく状況の中、高く指を鳴らす音が響いた。





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