戦乱再び。

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 カイナが黒騎士に連れ去られてしまった後、俺とレアリィはルビド国へと侵入する為の準備を進めていた。
 あの時、港へと逃げて行った黒騎士を追い掛ける為、俺はレアリィの魔法を受けて同じように船から飛び降りた。そして混乱の中を一気に加速していく黒騎士をどうにか追い掛けたものの、港に溢れる人々に阻まれて上手くいかず……結果、黒騎士がルビド国の城壁を跳躍一つで越えていったところで、俺はどうやっても追い付けなくなってしまったのだった。
 その後、カイナを探す為に先生達と話し合い、俺達がルビド国へと忍び込む事を決めた。残った先生達には情報収集を行って貰い、国外に黒騎士が現れた時には追って貰う手筈になっていた。
 現在、港に黒騎士が現れた事でルビドへと繋がる道は更に警備が厳重になっており……そこには港から出ようとする人々が押し寄せていて、かなり騒然とした状況になっている。正直動き辛いが、混乱に乗じて忍び込むには好都合か――と、そう思いながら様子を窺っていると、不意に兵士の一人から声を掛けられた。
「おい、お前達! お前達も船に戻るなりなんなりしろ!」
「いや、俺達は……」
 そう言葉を濁しつつ、同時に対する兵士が強く脅えている事に気が付いた。どうやらレアリィもそれに気付いたらしく、不安に満ちた表情のまま、 
「あの騎士は、そんなに強いんですか?」
「強いなんてもんじゃない! お前達も聞いているだろう?! アイツが前線で戦っている兵士を――」
「――止めろ」
 恐怖に突き動かされるように叫び上げる兵士を、別の若い兵士が制止した。彼は不安の消えないのだろう同僚の背を支えると、俺達に視線を向け、
「申し訳ないが、港の封鎖は今も続いている。貴方達も船に戻っていただきたい」
 そうして二人の兵士は周囲の騒音を避けるように歩いて行き、城壁にある凸の字に出っ張った場所へ進んで行く。と、何を思ったのかレアリィがその後を追った。その手を握っている俺もそのまま付いて行く事になり……そして彼女は、同僚を城壁の影に座らせている兵士の前で立ち止まると、
「あの、一つ聞きたい事があるんです」
「なんだろうか」
「実は、あの黒騎士に大切な義妹が連れ去られてしまったんです」
 その言葉に、兵士の表情に驚きが浮かんだ。どうやら彼は、連れ去られたカイナの姿を目撃していたらしい。
「貴女があの少女の……」
「そうです。ですから、もしあの黒騎士がルビドの騎士だというのなら――」
 義妹を返してください。そう言葉を続けようとしたレアリィに対し、騎士は静かに首を振り、
「残念だが、奴は我が国の騎士では無い。むしろ、我等もあの黒騎士の被害者なのだ」
 そうして兵士の口から、『黒騎士は誰の味方でもなかった』という事実が告げられていく。カイナはルビドへ連れ去られたのだろうと思い込んでいた俺達には、それは晴天の霹靂のようで――不安に言葉を失うレアリィの手を強く握りながら、俺は兵士に問い掛けた。
「なら、騎士がどこから現れるのか、それを教えてくれないか?」
「残念ながら、それは私にも――いや、恐らくこの南方に住む誰もそれを知らないだろう。もし知っていたとしても、もうどうにも出来ない可能性が高い」
「どういう事だ?」
 問い掛けに、兵士は一瞬言い辛そうな表情を浮かべ、
「貴方達にとっては辛い話だが……こうなった以上、隠しておく必要も無いだろう」
 そう言って、彼は俺達を真っ直ぐに見据えると、
「実は――中立であったサフィーアが、ルビド、エルドの両国へと進軍を開始したという情報が入っているんだ。恐らく、もうすぐここも戦場となるだろう」
「な、なんだって?!」
 予想もしていなかった言葉に、驚き以外の反応を返す事が出来ない。それでも、俺は兵士に食って掛かるように、
「なら、港を封鎖してる場合じゃないだろ?!」
「そんな事は我等も解っている! だが、詳しい事情を説明する前にあの騎士が港に現れてしまったんだ! ……こうなった以上、『暴徒』を国に入れれば更なる混乱を招く事になる。そうなればサフィーアの相手をしている余裕すら無くなってしまう。……申し訳ないが、理解してくれ。これは貴方達を護る為でもあるんだ」
 そうして少しは落ち着いたのだろう同僚を立ち上がらせると、兵士は俺達に背を向け、最後に一度だけ振り返ると、
「無理な頼みだとは思うが、今の話は他言無用だ。……船に戻ると良い」
 そう告げて、同僚を支えながら歩いて行く。その情報を教えてくれたのは彼なりの優しさだったのだろう。
 だが、俺達はカイナを探し出さなければならない。とはいえ、大声を出さなければ声も届かないような混乱の中だ。否応無しに焦りが拡がり、纏まるかもしれない考えも纏まらず、
「糞、こんな事に時間を取られている状況じゃないってのに……!」
 苛立ちと共に告げた叫びに、隣に立つレアリィが不安げに俯く。彼女としても、一刻も早くカイナの元へ向かいたい筈だ。それなのに――と、遠くから誰かに名前を呼ばれたような気がして、俺は背後へと視線を向けた。
 そこには側面に穴を開けた客船が見え……そのまま視線を下に落とすと、人々の間を縫って先生達がやって来るのが見えた。どうやら俺達の様子を見守ってくれていたらしい。
 そうしてやってきた先生達は、こちらの様子に困惑した表情を浮かべながら、
「一体何があったの?」
「実は――」
 兵士から聞かされた事実を告げる。その間、レアリィに強く手を握り返されて、この状況で何も出来ない自分に対する苛立ちが高まり続ける。それでもどうにか説明を終えると、先生は一寸悩んだ後、
「……このまま港に残りましょう。あの船長の事だから、きっと船を出発させる筈。そうすれば人も減って、少しはカイナを探し易くなるでしょうから」
 その言葉に頷くように、先生の背後に広がる客船の船員達が慌ただしく動き始めているのが見えた。この状況で人々が素直に話を聞くかどうかは解らないが、『この地方から逃げ出す』という一番確実な安全策に誰かが気付けば、後はそのまま雪崩のように船へ人が殺到していくに違いない。
 とはいえそれを悠長に待っている訳にもいかないだろう。レアリィの手を握り返しながら、俺はどうやってカイナを探すかを考え始め……ふと、すぐ隣にやって来ていたアリアが顔を上げ、
「この場に残るとしたら、荷物を取ってきた方が良いよね」
「確かにそうね。なら、私が――」
「いえ、大丈夫です。テオ、荷物を取りに行ってくれる?」
 先生を止めつつ言うアリアに、指名されたテオが一つ頷き、
「解った。……いや、持ったまま移動するのも問題があるな。自宅に置いておく」
「お願い」
「自宅? どういう事だ?」
「こういう事だ」
 その言葉と共にテオが俺の背後、人々から少し影となる場所にやって来ると、そこにそびえる城壁へそっと触れ――その瞬間、茶色に輝く酷くシンプルな魔法陣が壁に描き出された。途端、レアリィと先生が息を飲み――それに気付かぬ様子で、テオが俺達に振り返り、
「これは門と言ってな、」
 と、そう説明を始めようとするテオにレアリィと先生が詰め寄り、
『ど、どうしてそれを?!』
 同時に告げられた問いに、テオが逃げるようにアリアを見てから、とても気まずそうな顔で視線を逸らし、
「……そういえば、こちらではこれは禁忌だったか。まぁ良い、説明は後だ。まずは荷物を回収してくる」
 そう言って逃げるようにテオが魔法陣へと入り込み、そして俺の知る『門』と同じようにその姿が消え、次いで魔法陣が消え失せた。それと同時に俺達はアリアへと視線を向け――レアリィ達が問い掛ける前に、俺が口火を切った。もしテオが俺の予想通りの存在なら、こちらからも教えておくべき事があるからだ。
「なぁアリア、テオは一体何者なんだ? 俺と同じように、この世界の住民じゃ無いのか?」
「あれ、五月君もそうだったの? って、あ、」
 言っちゃった、といった風にアリアが焦りの表情を浮かべ、しかしすぐに真剣な表情に戻ると、
「えっと……テオもね、別の世界の住民なの。いつか言おうと思ってたんだけど……」
「いや、俺も言う切っ掛けを見失ってたし、そこはお互い様だ」
「……でも、まさかあんなにも簡単に門を開くなんて……」
「流石に私にも予想外だったわ……」 
 と、レアリィと先生が落ち込み出してしまった。確か『門』を開くには相当の魔力が必要で、先生でも一発で成功させるのは稀だという話だったから、魔法使いとしてのプライドがどうしても傷付いてしまったのかもしれない。
 だが、今はそれ以上に重要な事がある。それはレアリィ達も解っているのか、少し影のある表情ながらも、
「荷物の問題はこれで良いとして、これからどうしていくか、ですね」
「ええ。どうやってカイナを見付けて、助け出すのか。それを決めないといけないわね」
「でも、一番の問題は、黒騎士に対する情報が少な過ぎる事か……」
 この地方で勇者として特別視され、それ相応の行動を取っているのは解っているものの、それ以外の情報がからきしだった。
 誰かに話を聞こうにも、この状況じゃ……と思うと同時、船の甲板に立った船長が発した声が、港を大きく震わせた。
『皆さん、落ち着いてください! 今から我々はこの港を離れ、安全なダイナモ港へ引き返します! この港に停泊している全ての船が皆さんを脱出させる準備が出来ておりますので、どうか落ち着いて船にお戻り下さい!』



 船長の声に頷くように、人の流れがルビドから船へと向かっていく。一度気付いてしまえばそちらの方が安全だと思い出したのか、人々は船員の誘導に従いながら船に乗り込み始めた。
 その様子を眺めながら、俺達は改めてこれからの行動方針を話し合っていた。
 黒騎士の情報をどうやって得るか。その際に、エルドやサフィーアの斥候だと思われないようにするにはどうしたら良いか……と、そう話を続けていると、不意に兵士達に動きが生まれた。どうやら何か指示が変わったのか、彼等は半ば暴徒と化した人々に破壊されそうになっていたバリケードの復旧を放置し、慌てた様子でルビドへと駆け戻って行く。
 その様子に訝しみながらバリケードの方へと移動してみると、その先にある城門がゆっくりと閉ざされようとしているところだった。
「――まさか」
 サフィーア軍がルビド領地に侵入し、交戦状態に入ろうとしているという事なのだろうか。もしそうだった場合、兵士達から黒騎士の情報を得る事すらも出来なくなり、カイナを探す手立てが一気に狭まってしまう。
「待ってくれ!」
 無意識に叫びながら、俺はバリケードを乗り越えていた。そんな俺にレアリィが続き、俺達は全速力で城門へと駆けて行く。そうしてどうにか身を滑らせ、慌てて追ってきたのだろう先生とアリアが国内に入ったところで、重い音を立てて扉が閉ざされた。
 飛び込んできたものだから思わず入れてしまった、と言わんばかりの顔をしている兵士達の視線を受けながら息を整えていると、
「貴方達は……」
 声に視線を上げれば、俺達にサフィーアが進軍してきているという情報を教えてくれた兵士が顔を出し、驚いた表情を浮かべているのが見えた。
 レアリィはそんな彼を真っ直ぐに見つめ、
「義妹を見付けるまで、国には戻れませんから」
 その言葉に周囲の兵士達が首を傾げ、しかしそれ以上に重要な事があるのか、彼に何事かを呟いて城へと向かっていく。対する彼は俺達を改めて見ると、
「……解った。私の方から上官に事情を伝えて、貴方達の入国を特別に認めて貰えるよう交渉してこよう。だが、貴方達がエルドやサフィーアのスパイであるという可能性もある。状況が落ち着くまで、私が監視をさせ貰――」
 その言葉を聞きながら、不意にレアリィと先生が北東の方角へ視線を向け――次の瞬間、巨大な破砕音が国中に響き渡った。同時に、瓦礫が崩れるような音が連続し、
「い、今の音は何だ?!」
 兵士の叫びに、顔面を蒼白にしたレアリィが叫んだ。
「大規模魔法です! 恐らく、城壁は今の一撃で……!」
「そんな!」
 刹那、鬨の声と思われるものが遠く響き渡り、同時に視線の先にあるルビド城から次々と魔法が放たれていくのが見えた。
 国民は既に城へ避難しているのか、城下街に混乱はない。だからこそ戦闘音がはっきりと響き、状況がかなり切羽詰ったところまで来ているのだという事を痛感させられた。
「まさかこんなにも早く攻め込んでくるとは!」
 兵士はそう悪態を吐くと、焦りと共に城へと駆けて行く。どうやら彼は『国を護る』という意識が強いのか、俺達の事に構っていられない様子だった。
 だが、それは俺達も一緒なのだ。カイナの居場所すら掴めていない今、これほど最悪な状況はない。
「一体どうしたら……!」
 焦りと苛立ちに苛まれながら、しかし良い方法が全く浮かばない。知識も経験も無いのだから当たり前なのかもしれないが、しかし俺には二人分の記憶がある。にも拘らず何の手段も浮かばないのが酷くもどかしかった。
 それはレアリィも一緒なのか、彼女も表情を曇らせ……その隣に立つ先生だけが、唯一状況を冷静に見ているのかもしれないと思った瞬間、無意識に戦力外に思っていたアリアが声を上げた。
「あのね、もしかしたらだけど……この戦闘だけなら、多分止められるかもしれない」
「ど、どうするつもりなんです?」
 不安と焦りを持って問い掛けるレアリィに、アリアは常に持ち歩いている杖を正面に構え、
「テオの力を借りるの。……大丈夫、わたし達に任せて」
 そう言って俺達を安堵させるように微笑むと、アリア・フェイスタは足を肩幅に開き、杖を正眼に構え、一つ深呼吸をし――
「――ロード・オブ・ゲート。新たなセカイと古いセカイを繋ぐモノよ。カコを想い、イマを感じ、ミライを描く。その力を我に示せ」
 呪文の詠唱と共に、アリアの足元に朱色の魔法陣が展開し、不可思議な文様を描いていく。
 だがそれは、俺が今までに見てきたどの魔法陣にも似つかない特殊なものだった。子供のラクガキにもにたそれはどこか不安定で、しかし不思議な暖かさを感じる。
「我はここにモノガタリを紡ぐ。語り部たるモノよ、イマここにそのスガタを現せ」
 不思議に思っているのは先生も同じようで、発動寸前まで至ったのだろうアリアの魔法を『良く解らない』といった顔で見ている。ただレアリィだけが、真剣な表情で彼女を見つめていた。
 対するアリアは、そんなレアリィの視線に答えるように一つ頷き、
「――さぁ、出ておいで!」
 呼び声と共に魔法が完成し、一体何が起こるのかと固唾を呑んだ刹那、
「――すまん、遅れた」
「なぁ?!」
 すぐ目の前に朱色の魔法陣が展開したと思ったら、にゅ、とテオが現れた。普通魔法が発動した瞬間というのは、魔力の無い俺にも解るようなもので――しかしそれが一切無く唐突にテオが現れたものだから、思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのだ。
 それはレアリィ達も同じなのか、流石に声を上げる事は無かったものの、その表情には驚きが浮かんでいる。だが、対するテオはそんな反応に慣れているのか、俺達に軽く頭を下げ、
「すまんな、これがアリアの魔法だ。……それはともかく、俺がこうして呼ばれたという事は、もう戦闘になってしまったのか?」
「うん。だからテオ、ちょっと脅しを掛けて。カイナを助ける為には、なりふり構っていられないから」
「ああ、そうだな。それでこそ俺のアリアだ」
 どうやらテオが何かを行うのは確実らしい。だが今一状況の掴めない俺達に対し、俺と同じ他世界の住民なのだという好青年は戦闘音の響く方向を見ながら、
「では、少し脅してくる。……驚くのは構わないが、出来れば恐怖はしないでくれ」
 その言葉と共に、テオの正面に巨大な魔法陣が現れた。というか、今更だが彼は魔法陣の展開を全て無詠唱で行っている。それはこの世界の常識では有り得ない事で――そんな常識を悉く覆し続けるテオは、茶色の、しかし文様などが一切見られないシンプルな魔法陣へ一歩踏み出し……同時に、晴れ渡る青空の下にそれよりも数倍巨大な魔法陣が現れた事に気付いた瞬間、

 ――上空の魔法陣から、巨大なドラゴンが現れた。

 鋭い牙の覗く顔に、長く伸びた首。巨大な胴体には小さな手と太い脚があり、それらは赤茶色の鱗で護られていて……そしてその背中には、巨大な体を悠々と浮かび上がらせる一対の翼があった。
「嘘、だろ?!」
 突然の状況の連続に思考が停止し、何が起こったのか全く理解出来ない。
 そんな俺を置いてドラゴンは空で旋回すると、雄々しい咆哮を上げた。それは文字通り大気を震わせ……恐らく、否応無しにルビア、サフィーア両軍の動きは止まったに違いない。そしてドラゴンはサフィーア軍を追い返すように空から急降下を行い、そこにいるのだろう兵士達を威嚇して再び上昇していく。途端、鬨の声が上がっていた方向から悲鳴が上がり、それに追い討ちを掛けるようにドラゴンの口が大きく開き、燃え盛るブレスを吐いた。
 そうしてドラゴンは再度咆哮すると、空へと上昇し、そのまま何処へと飛び去っていき……
「――よっと」
「のわッ!」
 再び目の前に茶色の魔法陣が展開し、まるで買い物帰りかのような気軽さでテオが現れた瞬間、俺は素っ頓狂な声を上げる事しか出来なかった。
 そんな俺を落ち着かせるように、テオがこちらを見つめ、
「落ち着けサツキ。いや、それが難しいのは経験上解るが、取り敢えず落ち着け」
「あ、ああ……」
 どうにか返事を返すと、テオが「すまんな、驚かせた」と一言呟いてアリアの隣に収まった。それでも状況の掴めぬ俺達に、アリアが少しの苦笑と共に、
「えっとね、実はテオ、人間じゃなくて……ドラゴンなの。ああやって自在に魔法陣を展開出来るのも、ドラゴンとしての知識と能力があるからで……」
「だからこそ、元居た世界に戻るのも簡単に行える。だが、俺達ドラゴンは――」
「――ドラゴンは自分達の世界を自ら封印し、こちらからは門を開けなくした筈。それなのに、どうして貴方はこの世界に居るの?」
 酷く驚いた様子で告げる先生に、同じようにテオが驚きを浮かべ、
「驚いたな、まさかセンセイがこちらの事情を知っていたとは。確かに貴女の言う通り、俺の世界は封印されている。だが、それでもアリアが俺を召喚をしてみせたんだ。まぁ、色々と事情があるから詳しい説明は出来ないが……俺はこうして、アリアと共に生きる事を選んだんだ」
「そうだったのか……」
 テオがドラゴンであり、アリアがそれを召喚出来るという事は理解出来た。だが、テオはそんな俺達へすまなそうな表情を向け、、
「とはいえ、俺はアリアが望んだ時にしかドラゴンとしての力を使わない。……こうして交友関係を持った以上、サツキ達にこんな事を言うのは心苦しいんだが、理解して欲しい」
 そう言ってテオが頭を下げる。と、先生がその頭を上げさせながら、
「私達の身勝手が貴方達を苦しめたんだもの。むしろ謝るのは私の方よ」
「一体どういう事なんです?」
 レアリィの問い掛けに、先生は眉を下げた表情で、
「昔、まだ自由にドラゴンを召喚する事が出来た時代、人間は彼等の強力な力を使って争いを繰り返していたの。聡明なドラゴン達は利用され続けるその状況に、そして自分達の力で穢れてくこの世界に心を痛めて、二度とこの世界で力を振るわないよう自らの世界を封印し、こちらからのコンタクトを取れなくしたのよ」
「それでも、時折こちらの世界に顔を出しては、人間の様子を見ていたんだ。各国に残っているというドラゴン伝説はそれが由来だな」
 補足するように言うテオの言葉に先生が頷き、
「だから私達もテオに無理は言えないわね。確かにその力は強大で、魅力的だけれど……だからこそ、私達はそれに溺れ、彼等の期待を失ってしまったのだから」
「それでも、今回は協力しよう。俺もカイナを助け出したいからな」
「有り難う御座います、テオさん」「ありがとう、テオ」
 と、レアリィと共に感謝を告げると、俺はそのまま言葉を続けた。
「それと、ドラゴンの姿になったテオに恐怖は感じなかったよ。むしろ格好良いと思えた」
「本当か? なら良かった」
 そうしてテオがほっとした表情を浮かべ……その背後、城からこちらへ数名の兵士達がやって来るのが見えた。どうやら俺達がどうなったかを確かめに来たらしい。と、その集団の先頭に立っているのが、俺達に情報を与えてくれた兵士だと気付き、俺は軽く手を振ろうとして――

 ――俺達と兵士達との間に、漆黒の騎士が現れた。

 突然のそれに誰一人として反応出来ず、しかし動きは生まれていた。
 黒騎士の胸に抱かれていたカイナがどうにかその腕から逃れ、騎士へと持っていたぬいぐるみを放り投げたのだ。
 投げられたぬいぐるみは空中で意思を持ち、くるりと一回転しながら蹴りを放った。対する騎士もそれに応戦するように剣を抜き、軽やかな動きで攻撃を行うぬいぐるみを牽制する。そうして始まった戦闘の中、兵士達が驚きと恐怖を浮かべて足を止め、俺達もカイナが戦闘のすぐ近くにいる為に迂闊に動けない。
 そんな中、レアリィが「カイナ!」と声を上げ――彼女はそれに頷くように両手を前に突き出すと、何事かを呟き、同時にその小さな掌に二つの魔法陣が生まれた。
 刹那、ぬいぐるみが振り下ろされた剣をその耳で受け止め、白羽取りを行うと、そのまま思い切り横へ。魔法による加護の力か、剣を握ったままの騎士がそのままぐらりと横倒しになり――地面に激突した瞬間、漆黒の騎士が文字通り崩れ落ちた。
 響いた音は、がらん、という乾いたもの。

 騎士には、中身が無かった。
 
 ……酷く長い、しかし時間にすれば数秒しか経っていないのだろう静寂の中、カイナが鎧と一緒に崩れ落ちたぬいぐるみを抱きかかえてこちらに戻って来た。
 そしてカイナにしては大きな、はっきりとした声で、
「……古い時代の呪いで動いてたみたい。でも、もう倒したから」
 誰もが言葉を失う中、カイナはそう告げて――その背後で、騎士だった鎧の兜が地面に落下して乾いた音を上げ、しかし人々に勇者と呼ばれた鎧は二度と動き出す事は無かった。





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