そんな終わり。
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「無い……」
休日の朝。
料理を始めようと米びつを覗き、米が全く無い事に気付く。その上、買い置きの米や麺類も無くなっていた。……にしても、俺はいつの間にこんなにも米を喰ったんだろうか。
まぁ、実際に無くなっているのだから、考えた所でどうにもならない。
「仕方ねぇか……」
諦めるように溜め息を一つ。今にも鳴りそうな腹を抱えながら、俺は買出しに出掛ける事にした。
テンションの上がらない中で着替えを済ませ、部屋を出る。そしてエレベーターで一階へと下り、駐輪場へ。自転車に乗ろうとして……たまには徒歩も良いものかと考える。
そのまま回れ右をして、俺は大通りへと歩き出した。休日で、尚且つ時間が早いからだろうか。通りには人も車も少なかった。
そんな閑散とした道を、朝食のメニューを考えながら歩いていると、前方に一人の少女が歩いているのが見えた。
少し走り……美しい金髪を揺らす少女の隣に俺は並んだ。そして、
「おはよ」
いつものように声を掛け、
「あ、おはよう。どうしたの?」
いつものように声が返ってきた。
俺は首に巻いたマフラーに顔を埋めつつ、その問い掛けに答えていく。
「朝飯を作ろうと思ったら米が無くてさ。それで買出し」
「そうだったんだ」
横顔が柔らかく微笑んだ。
「まぁ、この一週間買い物に行く暇が無かったから……」
喋りながら、何気なく隣を歩く少女の顔を覗き見た。
その瞬間、血の気が引いた。
何故なら俺は、見ず知らずの相手に話し掛けていたのだ。しかも外人さんである。日本語が上手いのもあって全く気が付かなかった。
俺が言葉に詰まった事を不思議に思ったのか、彼女がこちらへと顔を向け――その蒼い瞳と目が合った瞬間、彼女も、あれ? という顔をした。俺はそんな彼女へと軽く頭を下げ、
「ご、ごめんなさい。人違いをしてたみたいだ……」
「あ、あはは……。私もです……」
「さっきまでは彼女だと思ったんだが……」
「さっきまでは彼だと思ったんですが……」
同時に似たようなを言ってしまう。その事が何故かおかしくて、俺達はどちらとも無く笑い出した。
「こんな事ってあるんだな」
「そうですね。会話をしていて、全く気が付きませんでしたから」
本当に不思議な事だった。相手の顔を見るまでは、相手が他人だと全く気が付かなかったのだから。
それはもう勘違いでは済まされない気がするも、込み上げてくる笑いを堪えながら、二人で横断歩道を渡っていく。
「あ、私はこっちなので」
渡りきったその先。曲がり角の所で彼女が立ち止まる。
「ん、解った。でも、こんな事ってあるんだな」
「私、まだ信じられません」
「だよなぁ」
歩道の端で立ち止まり、二人で話を続ける。
それは何気ない世間話。それなのに不思議と会話が尽きない。初めて逢った筈なのに、そうと感じさせない女の子だった。そしてとても可愛らしい。
そのまま終わらない話は続き……話題が途切れたのは、昼の時報が響いてきた頃だった。
「……それじゃ、そろそろ私は行きますね。何だか名残惜しい感じもしますけど」
「確かに。こんな不思議な事、もう二度と無いだろうから」
正直、もっと話をしていたかった。それは彼女も同じ気持ちなのか、その表情は残念そうで……だから、俺はすっかり聞き忘れていた、一番最初に聞くべきだった事を問い掛ける。
「じゃあさ、最後に名前教えてくれる?」
「レアリィ・コーストと言います。今更ですが、初めまして、ですね」
「だな。俺は真鳥・五月(まどり・さつき)。こちらこそ初めまして」
「五月さん、ですか……。あの、その……」
自己紹介をするといつも変に思われるのは承知の上だった。だから……少しからかう為に、声のトーンを落として呟く。
「女みたいだろ? 昔から名前のせいで虐められたりしてねぇ……」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ!!」
慌てて否定する彼女――レアリィに笑い返す。
「冗談冗談。気にしてないから大丈夫。逆に名前を覚えられやすくて助かってたりもするんだ」
「そ、そうなんですか」
実際には嘘だ。昔からそれで弄られて、虐められて、授業中にキレた事もあった。嫌な記憶だ。
しかしそんな風にでも言わないと、彼女は俺の名前を呼ぶ度に暗い顔をするような気がして、だからこそ嘘を吐いていた。
と、そんなこんなで自己紹介が済み……そうして、名残惜しいがお別れの時が来た。
「それじゃあ、また逢える日まで」
それは別れと言うより、再会の約束。
無意識に口から出た言葉が恥ずかしくて、俺はゆっくりと歩き出す。
「……はい。また逢える日まで」
彼女がそう呟き、同じようにゆっくりと歩いていく。
その姿を目で追う事無く、俺は歩く速度を上げていき――少しして、やっぱり気になって振り向いてみる。
すると、そこには歩き出した筈の彼女が立ち止まっていた。こちらが振り向いたのが解ると、大きく手を振ってきた。それに答えるように、俺も大きく手を降り返す。
そして、彼女が歩き出した。手を振りながらゆっくりと、一歩一歩、その姿は曲がり角へと近付き……やがて消えていった。
俺はその姿が見えなくなるまで手を振り続け――彼女が見えなくなってから、ゆっくりとその手を下ろした。
そのまま、先程彼女が見守ってくれていたように、不意に彼女がこちらに戻ってきても大丈夫なように、俺は曲がり角を見つめる。
数分待ったが、彼女が戻ってくる事は無かった。
それに安心と悲しみが一緒になった複雑な気持ちになりながらも、俺は目的地へと歩き出す。
彼女とまた逢える日が来る事を、強く願いながら。
□
二人は気付かない。
相手を見た時、それを誰と勘違いしたのかを。
ずっとずっと気付かない。
かくして物語は新しい始まりへと続いていく。
再び、二人が出逢う為に。
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