そんな過去。4

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 少女が泣き止み、落ち着きを取り戻した頃には、もう日は半ば傾きかけて来ていた。
 涙を拭い、視線を上げた少女は、改めて気付いたかのように女性に問いかける。
「えっと、あの……貴女は?」
 まじまじと見る美しい女性の顔に、少女は見覚えが無かった。
「あ、まだ自己紹介をしてなかったわね。……って、昨日話をしたのは覚えてる?」
「昨日……じゃあ、扉の向こうでお話をしてくれたのは貴女だったんですか?」
「えぇ、そうよ。本当は今夜にも助け出しに行こうと思っていたんだけどね。昨日の時点では、見張りが多くて貴女の所に行くだけで精一杯だったから」


□ 

 女性がやってきたのは昨日の事だった。魔法を完全に排他した村、という噂を聞いてやって来た時、村は少女の引き起こした竜巻の被害に喘いでいた。
 話を聞けば、村人の誰もがその原因を把握しておらず、しかしそんな事が出来るのは魔法使い以外に在り得なかった。本来起こり得ないその事態に、女性は魔法を発動した人物と接触する事にしたのだ。
 だが、一般人として、魔法を使えないと偽ってこの村に入り込んでいる以上、直接村人に「誰が魔法を使ったのか」などと聞く訳にもいかず、壊された家屋からの救出活動などを手伝う事によって、魔法を発動させた人物を特定しようと試みたのだった。
 しかしながら、怪しいと思える人物が見付からない。何故、とは思いつつも半ば諦めていたその時、一人の少女が別所へと運ばれて行くのが目に留まった。
 その少女が捕らえられたという事を知ったのは、その日の夕食が終わった頃だった。聞き耳を立てた言葉の中に、少女を捕らえたという単語が聞こえたのだ。そして、捕らえられたという少女に疑問を感じた女性は、話を聞く為に彼女が軟禁されていた建物に忍び込んだのである。
 魔法を使い警備の男達を眠らせたところまでは良かったのだが、肝心の少女が居るであろう部屋には大きな閂が挿されていた。
 すぐにその閂を抜こうと試みるも、厄介な事に金具から伸びたボルトが棒を固定しており、ただスライドさせれば抜けるようにはなっていなかった。その金具の個数は十程。各金具全てにその細工が施してあり、同じ細工の成された閂が扉の上部から等間隔で三つ取り付けられていた。
 他の扉とは明らかに違う、厳重過ぎる封印。
 案の定全ての金具のボルトは確りと締められ、特殊な工具が無い限り開ける事は出来ないようになっていた。
 女性は思案する。
 扉の向こうからは扉を叩く音が聞こえていていたが、後先考えずに扉を破壊し、村人達に気付かれたら元も子もない。閂に厳重な細工まで施すほどなのだ。見つかったら最後、逃げるのは難しいだろう。
 いくら魔法を使えるといえど、多大な人数差を埋めきれる訳ではないからだ。
 一つ一つナットを外す事も考えるも、それでは時間が掛かってしまう。どうしたものかと女性が考えを巡らせていると、不意に扉を叩く音が止んだ。
 だから、取り敢えず女性は扉の向こうへと声を掛けたのだった。その中に居るのが、探している少女なのかを確認する意味を籠めて。
 そう、だから、
「これは彼らだけの責任じゃ無いわね……ごめんなさい」
 少女を抱きながらも、不安定な形で頭を下げる。
 昔話など始めずにさっさと少女を助ける算段をしていれば、もしかしたら扉を開けるプランが浮かんだかもしれない。こんな状況を起こさずに、少女を助ける事が出来たかもしれないのだ。
 だが、少女はそんな女性を責める事はしなかった。
「……もう、良いんです……。私には、もう居場所が無かったから……」
「……」
「でも、これからどうしどうしようかな……。家も村も、壊れちゃった……」
 悲しげに周りを見渡す。
 この場所から動き出そうにも、村は山に囲まれている。何の持ち物も無く行動を起こすには危険過ぎた。
 それでも、女性は魔法使いだった。不可能を可能に出来る存在なのだった。
「良かったらだけど……私と一緒に来る?」 
「え……?」
「私はある人達を探している最中なの。どこに居るかも解らない人達をね。でも、もうこの地方は大体探してしまって、あとは国へ帰るだけなの」
 声に視線を上げた少女を安心させるように、女性は優しく言う。
 それは遠い昔の約束だった。今はもう完全に記憶が無くなってしまっているかもしれない二人を、女性は追い求め続けていた。
 外見、気配、そして女性を見た時の反応。急に結婚等をした人物。誰とも知らぬ想い人を追い求める人物。突然記憶に混乱をきたした人物など……他人の記憶を覗く事など出来ない女性には、そんな方法でしか二人を探す事が出来なかった。
 いわばそれは、砂浜で落した指輪を見つけるようなものだ。
 人という砂の中に埋もれてしまえば見付け出す事は出来ないし、時間という潮の流れに流されてしまえばこの時代に存在すらしていない場合もある。それでも女性は諦めず、世界を放浪していた。
 しかし、女性にも勤めるべき場所があった。
 某国の王国付属の魔法使い。それが女性のもう一つの顔だった。
 その為、一定の期間二人を探すと、また一定の期間城での常務をこなす……そんな二重生活を繰り返していた。
 そして、視線の先に居る少女は、誰かが正確な知識を教えてやらねばならない存在だった。こうやって助ける事が出来たのも何かの縁。そう思う女性は、少女の為に時間を作っても良いと考えていた。
 どちらにせよ、もう城に戻らねばいけない時期ではあったから。
 だから女性は少女を誘う。
「もし良かったら、私が魔法の扱い方を一から教えてあげるわ。どうかしら?」
 その言葉に少女は少し考えるようにして視線を下げた。
「……あの、ごめんなさい。まだ決められません。だって、お母さん達を殺してしまった力だから……」
 悲しげに言う少女に、女性は励ますように、諭すように言葉を続ける。
「でも、考えておいて欲しいの。使い方を間違えなければ、自分の力になってくれるものだから」
 戸惑いがちに視線を上げた少女に、女性は真剣な表情を返す、
 そして、自分の力を受け入れられるかまだ解らないまま、
「はい……」
 少女は小さく頷いたのだった。
 

□  

「それじゃ、これからどうするかを決めましょうか。もう立てる?」
「大丈夫だと思います」
 そう言うと少女は上半身をゆっくりと起こし、そのまま立ち上がった。
「さて、どうしましょうか。取りあえず返事は保留しておくとして、すぐに麓の街まで向かう?」
「……」
 暫く考えた後、決心したように少女が言う。
「あの、村がどうなったのか見て回っても良いでしょうか。私の力が、どんな事をしたかをこの目で確かめたいんです」
 もう日暮れも近い。麓の街へ向かうにしても時間がないだろう。
 だがそれでも、少女は自分の行った行為を自分の目で確認したいという気持ちが強かった。女性はそれを理解してくれたのか、静かに頷くと、
「……解ったわ。まずは、村の外れまで行ってみましょうか」
「はい」
 そうして、ゆっくりとした足取りで少女は歩き出し、女性と共に壊れた村を歩いていく。
 昼間までは道であったり、家であったり、畑であったりした場所。だが今は、原型を留めないほどに破壊し尽くされていた。
 何処へ吹き飛ばされたか解らない家々や木々の跡を見ながら、少女達は村の外れへと進んでいく。風の吹きぬけた先がどうなっているのかを確かめる為に。
 と、先を行く女性の足が止まった。
 少女の視線を塞ぐように立ち、それでも前方を見据えながら、後ろ手で少女に手を伸ばす。
「このまま進めば、恐らくとても衝撃的な光景を見る事になると思うわ。それでも、このまま進む?」
 それは確認。
 この先に広がる悪夢を受け入れるかどうかの。
「……いきます」
 差し出された手をしっかりと握り返しながら少女は答えた。女性はその答えに頷き、
「解ったわ。と、その前にその腕を何とかしましょうか」
 女性の視線の先には、巻かれていた包帯が解けてしまっている少女の腕があった。気が張っていたのだろう。女性に言われ始めて、少女にはその痛みを自覚し始めた。
 痛い、痛い痛い……脈打つように高まるその痛みに、少女が顔をしかめる。
 女性はその手を優しく持ち上げ、 
「ちょっと待ってね。えーっと……治癒せよ」
 少女の腕へ杖を向けると、呪文を発した。紡がれる言葉は何処か異国のもの。少女が聞いた事の無い言葉だった。
 その直後、少女の両腕が薄く水の膜に包まれる。
「かなり詠唱を短縮してるけど、いつも使ってる魔法だから効果に変化は無いはずよ」
「あの、これは?」
 水膜に包まれた腕と女性を交互に見ながら少女が問う。
 その手を一旦離すと、女性は笑顔と共に、
「人体の自然治癒力を高める魔法、ってとこね。暫くしたら膜は消えちゃうけど、時間が経てば痛みは殆どなくなる筈よ」
「ありがとう、ございます……。でも、さっき言っていた効果って……?」
「魔法を扱うには呪文の詠唱がいるの。呪文の詠唱を行う事で、体内の魔力を外に引き出し易くする訳ね。だから、大きな魔力を引き出す為には深く詠唱を行わなければいけない。より沢山の魔力を引き出さなければいけないから。でも小さな魔力で収まるなら、いちいち長々と詠唱を行う必要は無い。だから私は、一部の魔法を簡略化して発動出来るようにしているのよ。まぁ、マスターするのに何年も掛かっちゃったけどね」
「そ、そうなんですか……」
 一気に知らない単語が出てきた為か、理解が追いつかない。それでも少女は頷きを返した。
 その姿に女性は苦笑する。
「他に質問はあるかしら?」
「あの、さっき呪文を唱えている時、何て言っていたんですか?」
「さっきのは、治癒せよ、って。聞き取れなかったのは、この地方の言葉じゃ無いからね。私の場合、呪文の詠唱の時は母国語を使っているの。その方がしっくり来るのよね」
 微笑みながら答える。そして、少女の手を握り直すと、
「そろそろ行きましょうか。でも、無理はしちゃ駄目だからね」
 再びゆっくりと歩き出す。
 目指すは村の外れ。吹き飛ばされたもの達が辿り着いた場所へと。

■  

 歩く事数分。 
 目の前に現れ出した光景に、少女の歩は遅れ始めていた。
 それは、モノ達の山だった。昼間には家屋であり林であり道具であり家畜であり……そして人であったモノ達の山。
 どれも綺麗な形を残しているものは無い。折れ、曲がり、砕け、壊れていた。そして、元は生き物だったモノ達の血溜まりが、積み重なった山に大きな染みを作っていた。
 だが、まだここはモノ達の山の麓なのだ。
 数メートルもの高さになった山の正面で少女達は立ち止まる。その隣に立つ女性は、表情を厳しいものにしながら、
「いくら暴走していたからと言っても、風の果てまで威力が持続し続ける訳じゃない。風で飛ばされた人々はここへと落ちてきたのね。でも、大本の風は吹き続けていたから、落下した人々の上にも物が落ち続けていた……」
 少女の起こした魔力の暴走は、風の壁を生み出した。
 その風に巻き上げられ、吹き飛ばされたモノ達は空へと舞い、揉まれ、千切れ、砕かれ……そして落下していった。それが絶えず積み重なり、少女達の視線の先に広がる山を作り上げたのだ。
「……これが業、かしらね」
 と、そう小さく女性が呟き、しかし少女の耳にはその言葉は届いていなかった。幼い彼女は目を見開いたまま、目の前に広がる惨状から視線を離す事が出来ない。
 だが、突き付けられた現実を受け入れようにも、上手く実感が湧かなかった。
 両親を殺めてしまった時は、少女の目の前で両親は壊れていった。しかし、今目の前にあるモノは少女の知覚外の場所で壊れたモノだ。だからだろうか、村人を殺してしまった、という実感が湧かない。自分がこの惨状を作り出してしまったという事実を受け入れる事が出来ない。 
 酷い惨状になっているからこそ、少女には現実味を見出せなくなっていたのだ。 
「そんな事、無いのに……」
 頭の中では解っているのだ。自分が起こしてしまった事なのだと。
 それなのに、
「どうして……」
 呟く少女の声を聞き取ったのか、女性が心配そうに少女に問う。
「大丈夫?」
 一度目を瞑り、気持ちを落ち着かせると、少女は打ち明けるように迷いを口にする。
「大丈夫、です。あの……これは、私がやった事だって解ってるんです。でも、何か違う気がして……。本当に私がこれをやったのか、解らないんです。でも、そんな事ないのに……」
「……今回の場合、自分の意思では無く暴走した状態だったから、余計にそう感じてしまうのかもしれないわね……」
 言って、女性は少女の視線を隠すように、その正面に立ち、
「人や物は壊れ易いものだから。どんなに強固であろうとも、壊れる時は壊れてしまう。だから自分を責めるのは良くないわ」
 諭すように女性が言い……しかし、でも、と付け加える。
「でも、その事を認めないのはもっと悪い。現実味が持てないと言うのなら、眼を逸らさずに全てを見て、記憶して。今日という日を、どんな形でも良いから忘れないで欲しいの。そすれば、いつか別の考えに行き着く日も来るだろうから」
「どんな形でも、忘れずに……」
「ええ。人の考えは様々に変化する。でも、その大元である出来事の事は、忘れず記憶していて欲しいのよ。忘れないって事は、何よりも大変な事だから」
 女性が視線を上げる。見つめる空は、段々と夜へと移ろうとしていた。その視線を追いながら、少女は一つの提案をする。
「あの……夜になる前に村を一周して良いですか? もう一度ちゃんと、自分の力の恐ろしさと向き合いたいから」
「解ったわ。でも、無理は禁物よ。私は責めてる訳じゃないんだから。それは忘れないで」
「はい」
 しっかりと頷くと、少女は歩き出した。
 
■  

 最早原型を留めぬ村を、二人はゆっくりと歩いて回った。
 大小は違えど、村の各所には先程見た壊れたモノ達の山が出来上がっていた。
 しかも中には、暴風に揉まれ千切れたものの、建物などの無機物が混ざらず、人間だったモノだけで構成された山も存在した。
 隣人だったモノ達の視線に唇を噛み締め耐えながらも、少女は目を逸らさずに歩き続ける。自分が行った事の悲惨さを、心に刻み込むように。
 そうして二人が村を一周し終わる頃には、辺りを照らす光源は空に浮かぶ星々だけになっていた。
 と、突然少女が膝を付く。全てを見終わり、張り続けていた緊張の糸が切れたのだろう。
「ぅ、ぁ……!」
 耐えていた物、全てを嘔吐した。
 苦しそうにえずく少女の背を、女性がそっと撫でる。
 山奥にある村である以上、山中に生息する野生の動物やモンスターに襲われた死体を目にした事もあった。 
 しかし、村の外れに広がっているモノは桁が違った。見た時の衝撃も大きく、今まで目を背けずに居られた事が奇跡のように思えた。
 そうして嘔吐する少女の背中を撫でながら、女性が杖を構え、
「水よ。清らかに澄む、浄化の力よ。湧き上がれ」
 詠唱が終わると同時に、大地から少しずつ水が沸き始めた。そして、湧き出した水は小さな水溜りを作り出す。
 水溜りがその大きさを増すにつれ、まるで雨を逆再生しているかのように水滴が空中に舞い出した。そして地面から三十センチ程の場所で水滴が上昇を止めると、水滴は幾つかの水球を作り始めた。
 上昇する水滴はその水球へと集まり、そして今度はその水球同士が一つになり……一分もしない内に、一抱えほどある水球が三つ出来上がっていた。
 女性が杖をつい、と動かすと、その一つが少女へと近付き、止まる。
「ほら、これで口を濯いで。大丈夫、綺麗な水だから」
 未だ苦しそうに息を漏らす少女に、優しく言う。
 少女は恐る恐ると言った風に手を伸ばすと、水球に手を触れた。
 そのまま、掬うようにして口に含む。含んだ水は冷たく、そしてただの水だった。同じように数回口に含み、そこにある不快感を洗い落とすと、水球は小さくなってしまっていた。
 どうしよう。そう思った少女に声が掛かる。
「ちょっと待ってね」
 そう言うと、女性は先程と同じように手を動かす。少女の視線の前で小さくなった水球にもう二つが合わさり、初めの物よりも大きな水球が出来上がっていた。
「まだまだ作れるから、心配しなくていいからね」
 優しく響く声を聞きながら、少女はもう一度水を含む。
 女性はその様子を眺め続け、そして少女が小さく息を吐いたあと、
「落ち着いた?」
「はい……。あの、ありがとうございます」
 まだ青い顔をしながらも、少女は女性へと頭を下げた。
「良いのよお礼なんて。でも、魔法にはこういう使い方もあるって事を知って貰いたかった、ってのはあるわ」
「……使い方」
「ようはね、使い手次第なのよ。どんな物でもそう。使い方を心得ていない力は、危険出しかないけど……その使い方が解っているなら、誰かを助ける事だって出来るの」
 もし少女が魔力の扱い方を知っていたならば、今も両親と共に幸せに過ごしていた事だろう。
 少女は思う。
 実感や現実味が湧かない訳ではなかった。無知で在るが為の誤認識。力の使い方を知らないから、どんな大変な事をしても解らないでいたのだ。だが、惨状を見、女性の魔法を見た事は、少女の心情を変化させていた。
「私は何も知らなかったんだ……。でも、それを言い訳には、出来ないんですよね。……だから、罪を償わないと」
 そう、幼い少女は決断する。
 しかし、その言葉を聞いた女性は表情を厳しくした。そして暫く考えると、少女に向かい言葉を放つ。
「でもね、今回のケースの場合、貴女は無罪になる可能性が高いわ」
「な、何でですか?!」
 放たれた言葉に、少女は驚きの声を上げる。もし止められる事があっても、まさか無罪になるという言葉が出て来るとは予想していなかったからだ。
 しかし、女性は表情を変えずに説明していく。
「状況が極端なのもあるけど……貴女がこの惨状を作った理由から考えてもそうなるのよ」
 女性は少女に向かって手を開く。
「貴女が両親を殺めてしまったのも、この村が魔法を迫害し続けていたせいだった。それは殺人ではなく事故よ」
 指を一つ曲げる。
「それなのに、この村の人たちは貴女を牢へと閉じ込めた」
 また、指を曲げる。
「次に、今朝の儀式。儀式というより裁判みたいなものだったのでしょうけどね。あの時、貴女に弁明をしたりする機会はあった?」
 畳み掛けるような女性の口調に、少女は戸惑いながらも返答を返す。
「な、無かったです……。いきなり連れて来られて……村長に聞かれたんです。昨日のあれは何だったんだって。それで昨日の夜、村長が牢に来た時に、あの力は魔法と言うんだって聞いていたのを思い出して。だから魔法だって答えたら、いきなり鉄槌だって……」
「鉄槌、か。だからあの騒ぎが起こったのね」
 戸惑う少女の目を見つめると、良い? と、前置きをして女性は話を続ける。
「さっきも言ったけど、貴女の行いは事故だった。にも関わらずあの裁判では弁明も出来ず、その上村長が貴女に魔法という単語を言わせようとしていた。これは一方的な判断過ぎる」
 そういって、中指を曲げる。
「そうやって村人を騙して、貴女を殺し、全てを無かった事にしようとした。村の為なんでしょうけど、これは詐欺にしかならない」
 ため息を付きながら、薬指を曲げる。
「そして最後に……こんな偏見にまみれた村で起きた事件に対しては、警察や騎士団は動いてくれないわ。『その地域で起きた事はその地域で解決しろ』。軍事の縮小もあって、最近はそうやって問題を抱え込まないようにしているのよ」
 小指を曲げ、そしてその手を下す。
 だが、それを見届ける事無く、驚いた風に少女が言う。
「そんな……」
「嘘じゃ無いわ。そもそもね、警察も騎士団も、基本的には王都とその城下を守る為の存在だから、地方にある村までは手を回してくれないのよ。だから、この村のように独自の判断で罪人が裁かれる。その村で定めた法の元でね」
 唖然とする。罪を犯したというのに、それを裁いてくれさえしないというのだから。
「まぁ、全く反応無しって訳じゃないわよ? でも、さっきも言った通り状況が極端過ぎるのよ。この惨状を検証しようにも、生き残っているのは私と貴女だけ。こんな状況で、自分が犯人ですって名乗り出て、信じて貰えると思う? それに貴女は魔法の事を何も知らない。この村の出身であるというだけで、それは確実に信じてもらえる。結構有名だったのよ、この村」言って、女性は周囲をぐるりと見回してから、「……そんな場所で生まれ育った女の子が、これだけの事をやったとは誰も信じられないわ」
「で、でも、これは私が殺されそうになったから起こった事です。暴走っていうんですか? それが起こったのもそれが原因なんですから」
「確かにそうね。でも、そうなった原因は、この村が魔法を迫害し続けていた為に起こった事故よね。もし魔法を受け入れていたなら、貴女は相応の学習を受ける事が出来て、両親を殺めてしまう事や魔力の暴走なんて事を起こさなかったでしょうから。つまりね、無知である事を強制させられていた貴女は、加害者ではなく被害者になるのよ」
「私が、被害者……」
「それにね、暴走を起こした魔法使いが生き残る事自体稀なのよ。意識の範囲を超えて発動した魔力は、術者の体を壊しても尚、膨れ上がるものだから。私がどうにか助けたって言っても、誰も信用してくれないわ。貴女を助けた私ですら、話に聞くだけだったら信じられないもの」
 言葉が出ない。
 無知だったから、自分は保護されてしまう。少女にはそんなのはどうしても許せなかった。
「でも、私は罪を償いたい。いえ、償わなきゃなんです」
 だから、たった十歳の少女は真剣だった。自分の存在を許せなかった。それなのに、女性は「解った」とは言ってくれない。
「……もし仮に貴女が逮捕されたとして、どんな判決が下るか解るわよね?」
「死刑、だと思います」
「でしょうね。じゃあ、聞き方を変えるわ。この惨状を作り出してまで死ぬ事を拒んだのに、貴女は死を望むの?」
「それ、は……」
「貴女の気持ちは解るわ。でも、ここまでして護った命を、自分を殺そうとした者達の為に散らそうとなんて思わないで」
 冷たく突き放すように女性は言う。少女の言い分を打ち壊すように。
「人を殺した事に言い訳は出来ないわ。でもそれ以上に、何の為に村人達を殺したのかを忘れないで」
 女性が言っている事は、自分が助かる為なら人を殺しても良い、という事だ。
 そんな考えは間違っていると少女は思う。
 思うのだが、何故か迷ってしまう。
 少女が死んだ所で、殺してしまった両親も村人達も戻っては来ない。そもそも、償うべき相手すら、もう誰も存在していないのだ。しかし、だからと言って罪を償う事すらせずに生き続けて良い訳が無い。それなのに、少女は無実なのだと、正当防衛であるのだと女性は言うのだ。
「でも、でも……。それなら私は、一体どうしたら良いんですか?!」
 罪は償えない。なら、人殺しの自分はどうすれば良いのか。少女の目には、涙が浮かんでいた。
 対する女性は、真剣な表情で、
「それでも罪を償いたいというのなら――死にたいというのなら、自殺でも何でもして頂戴。それが面倒なら私が殺してあげる。でも、そうではなく生きたいというのなら、この先にある街まで連れて行ってあげるわ。もうこの村に居続ける訳にもいかないから」
「わ、私は……」
 少女の『罪を償いたい』という気持ちは強かった。でも、だからと言って死ぬのは怖くもあった。
 生きる為に行った行為。それ故の葛藤。
 黙りこくる女性に脅えながら、少女は悩んだ。
 そして、たった十歳の幼い少女は、再び涙を流しながら――
「……私はまだ、死にたくない、です」
 心の奥にある本音を、呟いていた。
 そうしてしゃくり上げてしまった少女の頬を両手で挟みこむと、覗きこむようにして女性が言う。
「生きる事を望んだのなら、忘れないで。さっき見たモノを。今日と言う日を。罪は無くても事実はあるのだから」
「はい……」
 だが、そう答える少女の心はまだ揺らいでいた。
 自分の結論を信じきる事が出来ないのだろう。人を殺したと言う事実に向き合いながらも、罪を償う事が出来ないのだから。
 そんな少女を導くように、女性は言う。
「人の気持ちなんて、ふとした瞬間にすぐに変わってしまうもの。だから、今の貴女の出した結論を信じて。明日やその先の未来じゃ無い。今の貴女の結論を」
「今の私の結論……」
「そう。これだ、っていう答えが出るかは貴女次第だけどね」
「……はい」
 頷いて、涙を拭う。そうして、女性はようやく微笑みを取り戻すと、
「それじゃ、もう行きましょうか。この村の外の世界へ」
「はい」
 少しは心の整理が付いてきた。それでも残る戸惑いの色を残しながらも、少女は頷いた。
「そうだ。さっきも聞いたけど、貴女は魔法という技術を学ぶ気はあるかしら?」
「……それは、私なんかにも出来る事なんですか?」
「大丈夫よ。私が一から指導してあげる。もう二度と、こんな事を起こさないようにね」
 自信たっぷりに言う女性に、少女は窺うように、
「……あの、迷惑じゃないですか?」
「迷惑だったら、こんな話を切り出さないわ」
「それなら……お願いしたいです」
「決まりね」
 女性は嬉しそうに微笑むと、少女に向かい手を伸ばす。
「それじゃ、行きましょうか」
 その手を、少女がおずおずと掴む。
 少女が視線を上げると、そこには微笑む女性と、綺麗な夜空。
 新たな旅立ちを告げるように、流れ星が一つ、流れていった。





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