そんな二人。3
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ふと時計に目をやると、もう午後八時近くになっていた。
「少し腹減ってきたな……」
夕飯もろくに食べていないせいか、いつも以上に空腹感が強くなっていた。
「あー、コンビニ行くか……」
そう一人呟きつつ、俺は椅子から腰を上げた。そしてその場で伸びをし、パソコンの電源を落とす。何を食うかと考えながら、俺は着替え始めた。
□
「昨日みたいにコタツじゃアレだし、取り敢えずこの部屋に寝床を用意してあげるから、その辺を散歩してきなさい」
そんな女性の言葉に流されるまま、空と夜城は女性の言う隠れ家の外に出されていた。踏み慣れないアスファルトの上、冬の風を冷たく思いながら、空は先程まで居た部屋の方へと視線を向けた。
隠れ家の外観は、少し年季の入った二階建てのアパートである。聞く所によれば、このアパート全てが女性の所有物なのだという。しかし、四つある部屋の内、実際に使っているのは二部屋だけらしく、残りの部屋には何も物を置いていない状態らしい。
女性の弟子という少女があの部屋にやってくるまで、空はそんな話を聞き……そして質問に答えていた。凄く眠くなりながら。
「コタツってやっぱり危険だわ」
「危険?」
「足元が暖かいと眠くなる、って話。でも、その辺散歩って言われてもねぇ……」
自分とは裏腹に、星空を眺めていた夜城の隣に並びながら、空は小さく呟く。そのまま彼に倣うように星空を見上げると、お世辞にも多いとは言えない星々が瞬いていた。
違う世界に来てるんだから、当たり前か。そんな事を思いながら、視線を星空から隣へと向ける。
正直外はかなり寒かったけれど、繋いだ手の温もりがあれば、空にはどうという事も無かった。
「ま、そこら辺歩いてりゃ時間潰せるだろ。もし迷ってもあの女の魔力を手繰れば良いんだし」
「そうだけど……」
「……もしかして、そういう芸当って出来ないものなのか?」
何かを迷うような空の返答に、夜城が疑問を浮かべる。そんな事はないよ、と暗い色を覗かせながら空は答える。
「出来るけど……でも、夜城は怖くない? この世界の何もかも、私達は知らないんだよ? ……すっごい今更だけどさ」
部屋の中での表情とはうって変わって、空は心配そうな表情を浮かべる。元居た世界とは違う真っ暗な夜空。小さな月。見慣れていた風景とは全く違うという事実に、今更ながらに怖くなってきていた。
どれだけ強い力を持ったとしても、心の弱さだけはどうにもならないのだ。
そんな空に、夜城は彼女を安心させるように笑顔を返す。そして握った手を強く握り返しながら、
「大丈夫だって。俺が居る」
「そだね……夜城が居るから大丈夫だ」
そうして笑顔を取り戻すと、空も同じように手を握り返し、二人は夜道を歩き出した。
■
初めて見る自動車や高層ビルに驚きながらも、夜に輝く街を歩いていく。
歩道と車道の違いや信号の見方などは、昨日一晩かけて女性に教わっていた。その事を頭の中で反芻しながら、空達はゆっくりとした足取りで進んでいく。
と、しばらく無言で歩いていた空が、ふと声を上げた。
「私の魔力の事、やっぱり説明しても良かったかしら。……まぁ、信じて貰えない可能性が高いけど」
「確かにな。正直、当事者である俺達だって理解し切ってない部分があるんだ。何より、『我を手にする者、無尽の魔力を宿し、どんな願いをも叶える力を得るだろう』って言われてた秘宝が、まさかあんな姿だったなんて……」
「おやおや、あんな姿だったと言われるとは心外だね」
正面。
不意に、二人の声とは違う声が発せられた。
その声の先に弾かれるように視線を向けると、一人の男が立っていた。外見から判断するに、高校生ぐらいだろうか。背はあまり高くなく、髪は少し長め。この世界の服を纏ったその男は、笑顔を見せながらこちらに近づいてくる。
驚きで固まる二人の正面に立つと、その口を再び開いた。
「お久しぶりだね、二人とも。元気にしてたかい?」
その男の顔を二人は良く知っていた。だからこそ、その顔を驚きに染める。
「なんでアンタが――」
「――なんでお前がこんな所に?!」
「質問に質問で返すのは良くないなぁ。まぁいいけどね。キミ達が驚くのも無理はないだろうし」
突然現れた男は、まるで昔からの知り合いに話かけるような、とても軽い雰囲気で、
「キミ達の願いを叶えたボクが、この世界にいる訳がないからね」
夜城が言おうとした事を代弁した。
「さて、なんでこんな所に居るか説明したいと思うけど……」
驚きを隠せない二人に苦笑しながら、男は背を向ける。
「少し先にコンビニがあるから、その近くまで行って話そうか。その方が都合もいいしね」
言い終わると、硬直したままの二人を置いて歩き出した。
「はら、早く早く」
楽しそうに急かしてくる男に、ようやく二人は動き出す。一体何が何やら解らぬまま、二人は男のあとを付いて歩き始めた。その間、夜城はその背中に襲い掛かろうとし、それを空に止められていた。空としては正直止めたくは無かったけれど、男には聞かねばならない事が沢山あるのだ。
そうして、数分後。空、夜城、突如現れた男の三人は、車通りも多い駅前のコンビニエンスストアの近くにまでやって来ると、そこで足を止めた。
「さて、この辺で良いかな。まずは何故ボクがこの世界に居るのかを説明しようか」
どんどんと話を進めようとする男に、空は慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと待って。一体、何がなんだか良く解らないんだけど?」
「そうだね。確かにちょっといきなり過ぎるか。なら、ボクがこの世界にいる理由の前に、ボクという存在についてちゃんと説明しようか」
「そうしてくれると助かるわ」
「キミ達に初めて逢った時に説明したように、ボクは人の願いを叶える事が出来る。まぁ、だからこそ秘宝っていう形でキミ達の前に現れたんだけどね」
それは、空達二人が秘宝を見付け出した時まで遡る。
捜索に出た洞窟、その封印された場所。何もない開けた場所に出た二人は、自分の事を「死神だ」と言う不思議な男と出逢ったのだ。さらに男は、そんな自分こそがこの場所に置かれた秘法だと言ってのけた。
まるで場違いな雰囲気を持つ男に二人は驚いた。そしてそれ以上に、男の言う事が二人には信じられなかった。
「古の約束に従い、キミ達にどんな願いをも叶える力を与えよう」
疑問を抱く二人を前に男がそう宣言すると同時、二人の体は光に包まれていた。
それは不可思議な……それでいて暖かな光。
そして気が付けば、二人は城の医務室で寝かされていた。自分達の身に何が起こったのか解らないままに。その後、洞窟に水が溢れ出した事を聞いたのだ。
それから半年後、空達は再び男と出逢う事になる。つまり今回の出逢いは三度目になるのだった。
「で、今回も『あの時』と同じように願いを叶える事になってね。だからボクはここにいるのさ」
「それ、説明になってない……。そもそも、貴方は何者? 今まで聞く機会が無かったけど、今回こうやって逢えたんだもの。ちゃんとした答えを聞かせて」
問い詰めるように言い寄る空に、男は苦笑し、
「ちゃんとした答えって言われてもね、前にも言った通り死神ってヤツだよ。詳しく話そうにも、『そのようなモノ』でしかないんだ、ボクは。それ以外にはなれない、ただの道化なのさ」
困ったように言うと、男は――死神は軽く右手を上げた。
「そして、今回の出逢いはイレギュラーでもある。残念だけど、キミ達の記憶を消させてもらうよ」
「ちょ、一体何を言って……!?」
「言うだけ言って逃げる気かよ!」
突然の言葉に空達は動揺し、言葉を放つ。しかし、死神は待ってくれなかった。
「それじゃ、また逢える日まで」
そして、高く指を鳴らす音が響き――
「あ、れ……? ……夜城。なんで私達こんな所に居るんだっけ?」
煌々と、目が痛くなるほどに光るコンビニエンスストアの光を見ながら、空は呆然と呟いた。夜城も同じように呆然としながら、
「……解らん。多分迷ったのかもしれないな」
「そうかも。これ以上迷うのもアレだし、あの女の人の所まで戻ろうか。でも、何かあった気がするんだけど……」
そう言って首を捻る空達の記憶の中から、死神と居た記憶は完璧に無くなっていた。
記憶の片隅に何か違和感があるものの、何も思い出せないのだ。そんななんとも言えない感覚から逃げるように、空はコンビニエンスストアへと視線を向けた。
すると、自動ドアを抜け、一人の人物が店の外へと出てきたのが見えた。そして、その人物がこちらを見、目が合う――いや、合った気がした。だが、距離もあるし気のせいだろう。そう空は結論付けると、夜城の手を取った。
「ともかく、行こうか」
「……ん、そうだな」
その手が握り返されるのを感じながら、空は記憶に無い道を戻っていく。
□
マンションから出ると、俺は駅前のコンビニエンスストアへと自転車を走らせる。実はマンションのすぐ目の前にもコンビニエンスストアがあるのだけれど、ラインナップの違いからか駅前の店を贔屓に使っていた。
明るく照らされた店の前へ自転車を止めていると、国道を越えた先に見知った姿が見えた気がした。しかし、距離も遠く、その顔をちゃんと把握する事が出来ない。
勘違いだったら恥ずかしいしな、と間違いだった時の事を思い、変な詮索をするのを止め店内へ入る。通路を奥へと進み、夜食になりそうな物と飲み物を物色。菓子パンを幾つか手に取り、会計を済ませて外に出た。
すると、未だに道の向こうには人影があった。
けれどそこには友人だと思われる姿は無く、一緒に話していたと思われる男女の姿しかなかった。すると、その女の方がこちらに視線を向けた。
目が合った気がして――でも、距離もあるし気のせいだろう。
そんな風に思いながら、俺は自転車の元へと戻り、その鍵を外し、
「しっかし、この時間に制服か……」
俺には無理だ。補導されるのが嫌だし。そんな事を思いつつ、俺はマンションに戻った。
□
某所。
少女達が部屋を出た後、先生は何事も無かったかのように片付けを始めていた。
それを無言で手伝いながら、レアリィは小さく問い掛ける。
「先生……。あの二人が言っていた事、信じるんですか?」
その言葉に先生が動きを止めた。けれど、その表情はレアリィの居る位置からは窺い知る事が出来ない。
「今は信じるしかないわ。まぁ、彼女達があの剣でこの世界に来たのは本当だとしても、秘宝については現状じゃ調べる事も出来ないから」
「そうですか……。あと、先生はあの剣について何か知っているんですか? なんだか、懐かしい物を見ているように思えたのですけど……」
その問いかけに、先生の体に動揺が走った。やはり、気付かれているとは思っていなかったのだろう。レアリィへと視線を向けると、先生は少々躊躇いがちに、
「……本当は、少し関係者だったりするの。この事が片付いたらちゃんと説明するわ」
「それは……あの人が言っていた殺人鬼とも関係あるんですか?」
「……」
一瞬の無言。そして、
「ごめん、今はまだ答えられないわ。私も、あの剣が何故彼女の手に渡っているのか解らないくらいだから」
「……解りました。でも、いつかちゃんと真実を教えてください」
真っ直ぐに見つめるレアリィの視線を受け止め、先生はしっかりと頷いた。
「解ってるわ。貴女には、きちんと話をする」
その言葉には嘘がないと解ったから、レアリィはようやく微笑む事が出来た。胸の中にわだかまっているものはまだあるけれど、今はこれで良いのだと、そう思えた。
そうして、散らばっていた書類や荷物を片付け、少女達が寝る分のスペースを作り上げていく。
ある程度の片付けが終わった頃には、一時間以上の時間が経っていた。
「……よし、準備も済んだし、あとは二人が帰ってくるのを待つだけね」
部屋の隅へと片付けられた椅子に腰掛けながら先生が言う。夏場に使われていたそれは、コタツの登場する冬場には荷物置き場になっていた。
「そうですね……」
そう答えながら、レアリィはコタツに入り直していた。片付けの途中から手足が冷えてきて、ちょっとだけ暖まろうと思ったのだ。そうして段々と手足が暖まってきて……気付けば、その魔力に囚われて動けない。
そうしたら今度は一気に眠気が押し寄せてきて、目を開けているのも大変になってきた。
だってそう。いきなり電話で呼ばれたと思ったら、目の前に自分の努力を否定する例外が現れたのだ。衝撃の連続だったし、昨日からの疲れもあった。
背中に何かが掛けられる感触を感じながら、レアリィの意識は眠りに落ちていく――
そうして眠ってしまったレアリィの姿を微笑ましく眺めながら、女性は過去を思い出す。
「そういえば、昔にも似たような事があったわね……」
それは十年近く前。
ある、冬の日の事だった。
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