そんなホームルーム。

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「さぁ、教室に戻った戻った」
 担任の声に促されるように、俺はレアリィへとコートを手渡した。「ありがとうございます」の言葉と共に、それを大事そうに抱え直す彼女の姿を、俺は無意識に眺め、
「な、何でしょう?」
 少し頬を染めて聞いてくるレアリィに、慌てて「なんでもない」と首を振る。そのまま妙な恥ずかしさを誤魔化すように踵を返すと、俺は階段へと歩き出した。
 少々熱くなった顔に冬の大気を感じながら階段を降り、教室の前へと辿り着くと、あとを追うように階段を降りて来ていた担任から声が掛かった。
「お前は先に入れ。転校生と一緒じゃ流石に問題があるからな」
「りょーかいっス」
 短く答え、教室の後方にあるドアへと向かう。俺はその途中で振り返り、教師の後ろに並んだレアリィに声を掛けた。
「さっきはごめんな」
「いえ、大丈夫です」
 そう彼女は微笑む。
 それでも、俺の不注意でレアリィを転ばせてしまったのは確かだ。本人は怪我が無いと言っていたけれど、もしかしたら何か怪我をさせてしまったかもしれない。もしそうでもなくても、近い内に埋め合わせをしてあげたいと、そう考える。何よりも、彼女と仲良くなりたいから。
 そうして歩を進め、俺はドアに手を掛けた。教卓側とは違い、すんなりと開くドアを軽い力で開けると、教室中の視線が一斉に俺へと向いた。後ろのドアから入ったというのに、みんな良く気付くもんだ。 
 だから、
「残念、ハズレだ」
 笑みと共に言った途端、「巫山戯るな!」「帰れ!」「騙しやがって!」等々の非難が上がる。それに苦笑を返しながら教室を歩き、自分の席へと向かう。すぐに彼女もやってくるだろう。
 俺は地味に痛む左腕を摩りつつ、罵詈雑言の中を自分の席へと戻り、
「遅かったな」
 と、罵声の中から友人の声が掛かった。その声に進路を変え、俺は友人の机の脇で立ち止まると、
「ちょっとな」
「ん? 何だよその嬉しそうな顔は。何かあったのか?」
「実はな……」
 数分前に起こった出来事を説明しようと口を開いた刹那、俺の言葉を遮るようにして、立て付けの悪いドアが開かれた。その音に皆の罵倒がぴたりと止まり、俺の時と同じようにその視線がドアへと向けられ、
「――」
 担任の後に入って来た異国の少女に、クラスメイト全員が息を呑んだ。
 その事に少し訝しげな顔をしながら、担任が黒板に少女の名前を書き込んでいく。英語を担当している教師という事もあるのか、担任はメモも見ずに英語で名前を書いていく。
 チョークが削れていく音を聞きながら、ふと視線を黒板から戻すと、案の定友人も転校生の方を見ていた。俺はその姿に小さく苦笑すると、自分の席へと戻った。
 と、それを待っていたのか、俺が席に着くのを見届けた後、担任が口を開いた。
「今日からこのクラスの一員となる、レアリィ・コーストさんだ。日本の学校は初めてで不慣れな事も多いらしい。みんな、仲良くしてやってくれ」
「レアリィ・コーストです。みなさん、よろしくお願いします」
 ゆっくりと一礼。
 柔らかな金髪がふわりと揺れ、同時に教室の空気が一変した。解説を付け加えるなら、『か、可愛い……』だろうか。当然俺も改めてそう感じたのだけれど、クラスメイトよりも一歩早くレアリィに逢い、会話をした、というプチ優越感もあった。
 そんな俺達の様子に担任は苦笑しつつ、
「コーストさんの席は窓側の一番後ろだ」
 その言葉に頷き、レアリィが自分の席へと向かって歩き出す。
 しかし、その間もクラスメイトの視線はレアリィに集中し続け、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせながら席に着いた。
 そして、奇妙な程静かな空気の中で出席が取られていく。それはまるで、嵐の前の静けさのようで――
「今日は特に予定も無い。これでホームルームは終わりにするか」
 その言葉が告げられた途端、スターターピストルの引き金が引かれたかのように、教室の空気が弾けた。それは怒濤の動きを生み、クラスメイトの大半がレアリィの席へと群がったと思うと、
「日本語上手なんだね!」「綺麗な髪だねー!」「お人形さんみたーい!」「ここに来る前はドコに居たの?」「趣味は?」「特技は?」「部活とか入るの?」
 と、一斉に質問攻めが始まった。
 その勢いは止まる事無く増殖し、席が離れている俺からはレアリィの姿が確認出来なくなった程だ。
 そんな様子を眺めていると、笑顔を持った友人がこちらへとやって来た。
「スゲェ人気だな。……で、さっき何か言い掛けてたけど、何なんだよ」
「あー、そうだったな。実はな、廊下でコーストさんとぶつかったんだよ」
「ぶつかった?」
「ああ。まるで今朝お前が言ってた話みたいにな」
 黙っていても良いのだが、ここは敢えて話してみた。すると、予想通り友人は顔を驚愕に染め、
「ま、まさか見たのか?」
 一番重要であるそれを聞いてきた。予想通り、である。
「いやいや、それは無かったよ」
 と、ここは残念そうに答えておく。一番の親友である友人が相手でも、こればかりは正直に答えるつもりは無かった。そんな俺の答えに安心したのか、友人は笑みを取り戻しつつ、
「良かったー。もし見てたら殴ってたぜ」
「何でだよ」
「それはほら、前後の記憶を飛ばすイメージ?」
「アホかッ」
 ツッコミと共に友人の頭を軽く叩く。すると、それを切っ掛けにしたかのようなタイミングでチャイムが鳴った。日誌に何かを書き込んでいた担任は、収まる事の知らない状況に苦笑しながら、
「質問も良いが、授業の準備も忘れるなよ」
 そうクラスに響くような声で言うと、立て付けの悪い扉を開けて出て行った。と、それと同時に、今度は他クラスの生徒が教室の中に入り込んできた。噂の転校生がどんな少女なのか確かめに来たのだろう。その人数は時間が経つに連れてどんどんと増え始め、あっという間にクラスの人口が一・五倍程に増えてしまっていた。
 それだけ、レアリィ・コーストという少女が『特別』なのだ。そんな彼女へと、良くも悪くも強い印象を与える事の出来た俺は、かなりラッキーだったのかもしれない。
 だから、
「しっかし、本当に凄い事になってきたな」
 混迷する教室の様子を眺めつつ、楽しげに言う友人の声に、俺はしみじみと頷いたのだった。


 そうして、今日も一日が始まる。
 新たなクラスメイトの登場は、退屈だった日々を変えてくれる力を持っているようだった。 
  





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