この青い空の下、君の隣に。

――――――――――――――――――――――――――――




 結果から言えば、私は死ぬ事が出来なかった。
 どうにかして助けられたらしく、しかしその代償に右足に大きな火傷を負い、右手の指と髪の毛の一部、そして箒と八卦炉を失った。
 太もも周辺の火傷も酷かったけれど、直接八卦炉を掴んでいた指の火傷はどうしようもなく、切り落とすしかなかったらしい。事務的にそれを説明する医者に、私はどう答えたのか覚えていない。ただ、ぼんやりと右手を眺めていた記憶だけがあった。
 その後私は、ある施設に移された。身元不明で金も無い私でも見捨てられる事は無いらしく、病院と呼ばれるその施設でリハビリなどを行う事になった。
 右手と右足が自由に動かないというのはとても不便で、自由に食事をする事も出来なければ、一人で上手く入浴する事すら出来ない。
 襲われても反抗する事すら出来ない。
 逃げたくても逃げ出す事すら出来ない。
 生きているのに死んでいるような生活は、それから暫くの間続いた。
 そんな生活が終わったのは、入院して半年程経った頃だ。経営者や職員が逮捕されたとかで、私は他の患者と一緒に別の病院に移される事になった。
 安堵はあった。でも、だからといって一度受けた恐怖が消える訳も無い。しかし逃げたくても逃げられなくて、私は新しい病院でのリハビリに専念した。
 右手は仕方ないにしろ、右足を昔と同程度に動かせるようになるまでどのくらいの時間が掛かっただろう。何度悪夢を見て、暗い部屋の中を飛び起きただろう。辛くて苦しくてどうしようもなくて、それでも私は努力した。
 でも、時には努力すら間違いである場合もあるらしい。
 杖を使えばある程度自由に歩けるようになった頃、私は病院を追い出された。「もう貴方は一人で生活出来ますね」という医者の一言が決めたその理不尽に、一患者である私が逆らう術は無かった。 
 そこから先は、色々な事があった。
 歩けるようになったとはいえ、飛んだり跳ねたり走ったりという事が出来なくなっていた私は、どうにかして生きていく術を探した。
 そんな時、人通りの多い場所で行われている占いを目にし、それの真似事をして金を稼ぐ事を思いついた。しかし、攻撃的な用途に魔法が使う事が多かった私にとって、それはあまり得意な分野では無かった。でも、生きていく為にはそんな言い訳などしていられない。客に違和感を持たれないよう、言葉遣いを女性的なそれに変え、失敗を繰り返しながらも努力を繰り返し……少しずつではあるけれど、客を取る事が出来た。
 稼げた金は少しだったけれど、その金で新しい洋服を買い、身なりを整える事が出来た。そうすると不思議なもので、身なりが貧相だった頃に比べて、客が興味を惹いてくれる回数が多くなった。
 そして占いを続けながら、私のような住所不定の人間でも働かせてくれる場所を探して、アルバイトというものを始めた。これも初めは慣れない事ばかりだったけれど、唯一の楽しみである食事を少しでも豪華にする為に、私は一生懸命汗を流した。
 そうすると不思議なもので、少しずつ意識が変化していくのが解った。少し前までは常に苦痛が付きまとっていたのに、その頃には、アルバイトの事を考える事が多くなってきていたのだ。
 いつしかアルバイト先で友達も出来て、少しずつではあるけれど笑えるようにもなった。そして一度笑えると後は栓が外れたように、忘れていた感情を表情に出す事が出来るようになっていく。
 部屋を借りて一人暮らしを始め、食事にも洋服にもある程度自由に金を掛けられるようになった。
 友達も多くなり、笑える事が多くなった。 
 車を運転出来る奴に連れられて、色んな場所を見て廻った。海にも行ったし、山にも行った。
 突然アルバイト先が潰れて、友達と一晩中話し合った事もあった。
 ある時駄目元で就職活動をして、奇跡的にも就職する事が出来た。
 新しい場所での新しい日々がスタートして、毎日が更に忙しくなった。
 そうやって生きていく内に、幻想郷で暮らしていた日々が、まるで夢の中の出来事だったように感じられるようになっていた。
 そう、まるで落とし穴から這い上がったみたいだ。思い切って外に飛び出してみたら、新しい世界が待っていた!
 辛い事もあるけれど、毎日が慌ただしくて、何よりも楽しい。私はもう、完全に外の世界の住人として生きていた。
 だからもう、辛くない。



 ……辛くない?
「……」
 嘘だ。私はそんなに強くない。
 解っていたんだ。それが強がりだという事は。でも、私はそうやって自分を偽り続け、笑い続ける事しか出来なかった。そうしなければ、心が潰れてしまいそうだったから。
 箒も、八卦炉も無い。幽かにあった魔力も、今ではもう無くなってしまったようなものだ。
 一度失敗した恐怖もあって、死ぬのは怖い。だからこの世界で生きていくしかない。もうそれ以外に、私には選ぶべき選択肢が無い。
 だってそう、こうしている間にさえ、時間は容赦なく過ぎ去って行く。幻想郷が遠くなっていく。

 気付けば、十五年近い歳月が経っていた。



   
 都心から少し離れた場所に、似たような家々が密集して建ち並ぶ住宅地がある。その丁度真ん中辺りに、私の住んでいる家があった。
 近所付き合いも良く、住み心地は良い。唯一問題があるとすれば、ゴミの区分けが面倒な所だろうか。
 まるで昔から利き手がそちらであったかのように左手を動かしながら昼食の準備をしていると、不意に背後から服を引っ張られた。
「おかーさん」
「ん? どうしたの?」
 声に手を止め振り向くと、そこには十歳になる私の娘が立っていた。彼女は少し不安げに私を見上げながら、
「おかーさんにお客さんが来てるよ」
「お客さん?」
 一体誰だろう。今日誰かが尋ねてくる予定は無かったし、新聞の勧誘は昨日断ったばかりだ。だったら宅配便か何かだろうか。でも、客だしなぁ……。
 そんな風に考えつつ、汚れた手を軽く洗ってエプロンを脱ぐと、私はコンロの火を小さくしてから玄関へ向かった。
「はーい?」
 閉じた扉の向こうに問い掛けながら鍵を開け、開くと、
「――」
 息が、止まった。
「……久しぶりね」
 そこに立っていたのは、腋を出した特徴的な巫女服を着た――あの日から何も変わっていない、博麗・霊夢の姿だった。
 それに驚きながらも、私はすぐに笑顔を作り、
「ええ、久々ね」
「突然だけど、御邪魔しても良いかしら?」
「うん、そうして。今からお昼を食べる所だから、ご馳走するわ」
 言って、笑みで霊夢を招き入れる。すると、私の後を付いて来ていたのだろう娘が私と霊夢を交互に見、
「おかーさん、その人は?」
「お母さんの友達。貴女はお茶を用意してくれる?」
「解ったー」
 答え、娘が台所の方へと消えていく。それを見届けていると、霊夢が私の隣に立ちつつ、
「良い子じゃない」
「ええ、自慢の娘よ」
 笑顔で答え、霊夢をリビングへと招き入れる。その中心にあるテーブルへと向かいながら、私は出しっぱなしになっている玩具を片付けつつ、
「散らかってるけど、まぁ、座って」
「ええ。……ねぇ魔理沙。旦那さんは?」
「今は仕事中なの」
「そうなの」
「これが忙しい人でね……」
 手際良く部屋を片付け、霊夢の隣に腰掛けると、私は彼との馴れ初めを軽く霊夢に説明した。小さく頷きながら聞いてくれる彼女は本当に変わっていなくて……だからこそ、私は抑えていた感情が口に出るのを止められなかった。
「……で、どうしたんだよ。今更」
「今更?」
「もう十五年だぜ? まぁ、私が悪かったんだが……」
 口調が過去のそれに戻ってしまうのに気付きながらも、言葉は止まらない。止められない。
「でも、こっちに来られるなら、もっと早く来てくれよ。私がどれだけ悩んで、苦しんで、迷って……どれだけ辛かったか、お前に解るか?! お前に――」
「――ごめん、魔理沙」
 言葉と共に、優しく抱き締められた。
 細い腕。飾り気の無い石鹸の匂い。お日様の香り。草の匂い。
 忘れていた――忘れようとしていた記憶が、涙と共に溢れ出す。そうしたらもう、感情に歯止めが利かなくて、私は霊夢の細い体を抱き返しながら嗚咽を上げた。
「霊夢、霊夢ぅ……!」
「本当に、ごめんなさい……」
「うぅ……」
 謝る霊夢に、上手く言葉を返せない。
 でも、彼女が私の事を忘れていなくて、例えこれだけの時間が経ってしまったとしても、ここまで逢いに来てくれた事が何よりも嬉しかった。
 だから次に霊夢が告げた言葉を、私は予想する事すら――いや、本当は心のどこかで期待し、しかしそれを認めてはいなかった。
「――帰りましょう」
「……え?」
「私と一緒に、幻想郷へ」
「げんそう、きょう……」
 それはもう長い間、口に出す事すらしていなかった場所。この世界の人間が忘れてしまった、人間と妖怪の暮らす小さな楽園。
 ……でも、
「……ごめん、それは無理だ。私にはここでの生活がある。……私はもう、霧雨の苗字を捨てたんだ」
 私はこの世界で幸せを見つけてしまった。愛する夫と娘との三人で、新しい生活を始めてしまう程の幸せを。だから私は、もう楽園には戻れない。
 私の言葉は予想外だったのだろう。一瞬動きを止めた霊夢は、しかしすぐに私の体を強く抱きしめ、少し悲しげに聞いてきた。
「本当に、それで良いの?」
「……ああ」
「幻想郷に、帰りたくないのね?」
「……」
 帰りたくないといえば嘘になる。でも、もう時間が経ち過ぎてしまった。十五年という歳月は、人を変えるには十分過ぎるのだ。……だから私は、無言で霊夢の体を抱き返した。
「……。解ったわ」
 小さく言って、霊夢が私の体を離した。
 そして、すっと音も無く立ち上がると、彼女は私に背を向けて、
「……さよなら、魔理沙」
 言って、玄関へと向けて歩き出す。
 その姿を、どうしてか追いかけられない。
「……」
 ゆっくりと、その背中が遠ざかっていく。
 もう、手を伸ばしても届かない。
「……」
 霊夢が行ってしまう。
 霊夢が消えてしまう。
 もう二度と、逢えなくなってしまう!
「ま、待ってくれ!」
 私の声に、玄関へと続く角を曲がろうとしていた霊夢がぴたりと体を止めた。
 その背中へと、言葉を続ける。
「……解らないんだ。どうしていいのか、もう、私には解らないんだよ……」
 私の居場所とか、幸せとか、幻想郷には沢山あった筈のそれは、こちら側に来た事で全て消えてしまっていた。だからこの世界でそれを見つけて行くしかなかった。それが本当に私の求めていた幸せなのかは解らないけれど、それでも無いよりマシだった。
 今のこの生活だって、本当はそんなに幸せじゃない。娘は学校で虐められているし、夫には外に女が居る。それでも昔よりマシだから、幸せに違いないって思い込まないといけない。
 だってこの生活を失ったら、また私の居場所が無くなってしまう。もう一人は嫌だ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ!
 屋根のある家の中で、太陽の光で柔らかく膨らんだ布団の中で眠りたい。暖かいご飯をおなか一杯食べたい。娘と一緒に笑っていたい。私が望むのはそれだけ。それだけなんだ。
 でも――こちらに振り向いた霊夢は、普段の厳しさで言うのだ。
「どうするのかは、あんたが決めるの」
「ッ」
 今更幻想郷に戻って、どうしたら良いのだろう。
 仲の良かった面々は、どうせ私の事を忘れてしまっているだろう。魔法の森にあった自宅は、もうボロボロになってしまっているに違いない。
「……」
 紅魔館では相変わらずレミリアが威張っていて、白玉楼では相変わらず妖夢が幽々子に振り回されていて、永遠亭では相変わらず輝夜と妹紅が殺し合っているのだろう。三途では小町がサボっていて、ブン屋は今も幻想郷を飛び回っているに違いない。
 どうせ香霖は、今日も誰も来ない香霖堂で本を読んでいるのだろう。
 漸く私が帰ってきたって、相変わらずの調子で、でも少し嬉しそうに、「やぁ魔理沙。久しぶりじゃないか」とか言ってくれるに違いない。
 だってそうだろう? 幻想郷という場所は、そういう所なんだ。
 そして幻想郷には、霊夢が居る。霊夢が、居てくれている。
 畜生、涙が止まらない。
 選ぶのは私だ。決めるのは私だ。今までそうやって生きてきたんだ。
 だから、私は、
「私は、幻想郷に――」
 ――と、そんな時だ。キッチンの方から声が来た。
「おかーさん」
「ッ?!」
「おかーさん、どこか行っちゃうの?」
「そ、それは……」
 振り向き、娘を見ると、彼女はとても悲しそうな表情で私を見上げていて、
「やだ! そんなのやだよ!」
 私へと抱きつきながら叫んだ。そしてそのまま顔を上げ、霊夢を睨むと、
「おかーさんはずっとここに居るの! 私と一緒なの!」
 小さい体で、私を放すまいと一生懸命に声を上げる。
 その姿はあまりにも健気で、決めようとしていた決意が一瞬でひっくり返る。だから私は、少しだけ考える時間を貰おうと霊夢へと視線を戻し……そこにある表情を理解する前に、彼女が口を開いた。
「五月蝿い。魔理沙からなら兎も角……アンタにそれを言われる筋合いは無い!」
「れ、霊夢?」
 普段はあまり見せぬ強い口調で言い放つ霊夢に驚きながらも、私は娘を庇うように抱き締めた。するとそれが彼女の癪に障ったのか、一度強く私を睨み、しかしすぐに視線を逸らすと、
「……魔理沙。私はね、あんたが嫌いじゃないの。能天気に笑っているのも、馬鹿みたいにポジティブなのも、全部含めてね」
 娘が私の服を引っ張る。でも、言葉を続ける霊夢から視線を外せない。
「前に誰かから言われた事があった。私の周りには沢山の妖怪や人間が集まるにも関わらず、当の本人である私は誰とも触れ合っていない……本当は、どこに居ても一人きりなんじゃないか? って。
 まぁ、確かにそうかもしれない。私はそういう生き方しか出来ない人間だから。――でもね、」
 そして彼女は私を真っ直ぐに見て、
「私はあんたを、霧雨・魔理沙を友達だと思ってるの。……だから決めたわ。無理矢理にでも、あんたを幻想郷へ連れて帰る!」
「駄目! おかーさんを連れて行かないで!」
「五月蝿い!」
 私の腕から飛び出しながら叫んだ娘へと、霊夢が札を飛ばした。
 明らかに娘を狙ったそれを、私を庇うように立った彼女を抱きかかえて逃げ出す事で回避しながら、私は霊夢へと向けて叫んだ。
「な、何をするんだよ!!」
「……」
 霊夢は答えない。その眼には激しい怒りがあって、私では無く娘だけを見ている。
 不味い。
「ッ!」
 指先に魔力を籠めて十数年ぶりに魔方陣を展開させると、私は霊夢へと星を生み出し放った。しかし、その数は恐ろしく少ない。
 それに悲しくなりながらも、私は娘を抱きかかえてキッチンへ。震える彼女を冷蔵庫の影へと隠すと、再び霊夢へと相対した。
 焦りの為に荒れた息を整えながら、愛する娘を狙われた、という怒りに任せて叫ぶ。
「一体なんなんだ! うちの娘が何をしたって言うんだよ!」
 すると霊夢は、一瞬目を見開き、しかしすぐに表情を改めると、
「――気付いてないのか。アレはね、存在自体が害なのよ」
「が、害?!」
「……勝負に勝ったら、教えてあげるわ」
 呟き、狭い室内にも関わらず霊夢がふわりと舞い上がる。何をするのかなんて、説明されなくても体に沁み込んでいる。
 少ない魔力で魔方陣をどうにか展開すると、私は陰陽玉を放った霊夢へと向けて弾幕を撃ち出した。

 勝負は続く。
 無意識にテンションが上がる。体の上下左右を縦横無尽に突っ切っていく霊夢の弾幕に、忘れていた興奮が蘇る。襲い来る弾幕の全てをギリギリの所で回避しながら、私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
 どうしてだろう。たった数分間弾幕ごっこを続けているだけなのに、まるで今までの十五年が夢だったように感じられてくる。感じていた絶望も苦痛も幸福も愛も、全て全て作り物だったように思えてくる。
 だってそう。
 気付けば私は黒いドレスに白いエプロン、帽子を被った普段の姿で霊夢と相対していたのだから。
「……」
 見れば、右手に指がある。風に舞って踊るスカートの中には固い物――八卦炉や魔法発動用の小瓶などが入っている。
 何故?
 まぁ、それを考えるのは後で良い。
 高く指を鳴らして相棒である箒を呼びつけると、弾幕を回避しながらそれに飛び乗り、私は一気に上空へと加速した。天井なんて、もうとっくの昔に消え去っていた。
「――さぁ、行くぜ」
 親愛なる友人を穂先に捕らえ、胸一杯に息を吸い込んだ。
 告げる。
「ブレイジングスタァ!」
 涙が出そうな程に懐かしい急加速。箒を強く握り締め、少し驚いた顔をしている霊夢へと突っ込んで行く。
 でも、当たらない。
 久々のスペルという事もあって簡単に回避されてしまうのは目に見えていたし、ふわふわと飛び続ける霊夢に直線的なスペルを当て難いのは百も承知だ。それは彼女と何度も戦って来たから良く解っている。けど、私は大満足だ。
 嗚呼、気持ち良い。
 加速を抑えながら大きく転回し、巨大な陰陽玉を左右に携える霊夢へと笑みを向け、
「まだまだ行くぜ?」
「望むところよ」
 霊夢が笑みで良い、互いに笑い合う。
 そして再び弾幕を放ち、縦横無尽に飛び廻る。複数の弾幕を使い分けながら、沢山のスペルを放ちながら、その姿を見失わないように、しっかりと彼女を――霊夢だけを見つめ続けながら。
 そんな時、ふと、霊夢が呟いた。
「魔理沙」
「ん?」
「そろそろ時間が無いみたい。だからこれだけは言っておくわ」
 真剣な、それでいて少しだけ苦しそうな表情で、
「……帰るわよ。幻想郷に」
 そして一気に高々度まで飛び上がると、霊夢は私の言葉を待たずにスペルを展開した。それはあの永夜以降、見る事が無かった博麗の極意。
「夢想天生」
 直後、霊夢の周囲に八つの陰陽玉が生まれ、飛び回る私を封じ込めるかのように札が放たれていく。
「ッ!」
 不可思議な軌道を描きながら迫るそれをギリギリの所で回避しながら、私はスカートの中から八卦炉を取り出した。
 負けたくない。
 いや、違う。まだまだ、この勝負を終わらせたくない。終わりたくない!
 だったら回避に徹するだけでは意味が無い。こちらからも撃ち返し、霊夢のスペルを終わらせなければ。
 霊夢が何者にも囚われない無重力の存在なら、私はそれにしがみ付いて、無理矢理でも地に足を付かせてみせる。その為に私は、今まで努力を続けてきたのだから!
「届け!」
 想いの籠った、この一撃ッ!
「マスタァ、スパァァァクッ!!」



 声は力呼び、力は光を増幅させる。
 世界をぶち壊す勢いで放った魔砲は、私の世界を白一色に包み込む。
 そんな中で、声が聞こえた。
「魔理沙!」「おかーさん!」
 白く染まる世界で、確かに声が聞こえた。
 だから、私は――





――――――――――――――――――――――――――――
次へ

戻る

――――――――――――――――――――――――――――
目次

top