この青い空の下、君の隣に。

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 それは花見という名の宴会が一段落し、幻想郷が緑に染まり始めたある日の事だ。騒ぐだけの体力は無く、けれど家に引き籠もっている気分でもなかった私――霧雨・魔理沙は、博麗神社へとやって来ていた。
 縁側の近くに腰掛け、霊夢から貰ったお茶を飲みながら、春の暖かな風を感じる。包み込んでくれるようなそれに少しずつ眠気が高まりはじめ、思わずうつらうつらしていると、不意に霊夢が口を開いた。
「そういえば、あんたに言っておく事があったわ」
「ん? なんだよ改まって」
 お茶をちゃぶ台に置き、すぐ近くに座る霊夢へと視線を向ける。すると彼女は普段より少し真剣な表情で、
「博麗大結界に綻び……というより、穴が開いてしまっている場所があるのよ」
「結界に穴ぁ?」
 この幻想郷を包んでいる博麗大結界は、幻想郷と外の世界とを隔てる為に厳重に組み上げられたものだ。紫のような力を持っている者が何か悪さをしない限り、結界に綻びが生じる事は殆ど無い。
 となると、
「紫が何かしたのか?」
「アイツは関係ないわ」お茶を飲み、霊夢は言葉を続ける。「前々から結界が弱くなっている場所があってね。人里からも離れていたし、修復を後回しにしていたの。でもタイミング悪く、私達が宴会をやっている最中に、外からこっちに入って来た人間が居るのよ」
「じゃあソイツが犯人か」
「そういう訳じゃないわ。ただ、その影響で結界の綻びが更に開いて、小さな穴を開けてしまったの。まぁ、穴と言っても、紫が結界を揺らがせる時と同程度のものだから、然程危険はないんだけど……」
 言って、霊夢が私へと視線を向けた。少し睨むような、困ったような表情をした彼女は、「なんだよ」と問い掛ける私から視線を外さず、
「あんたみたいなタイプが、その穴を使って結界を越えてしまうかもしれない。そうなると面倒だから、先に釘を刺しておこうと思ったの」
「なんだ、そういう事か」
 私のようなタイプというのは、百聞は一見に如かずをどんな事にも実行する輩の事だ。特に幻想郷にはこういった『見てみないと気がすまない』という行動的なタイプが多いから、幻想郷の規律である博麗の巫女様には頭痛の種になってしまうんだろう。
 だから私は、心配そうにこちらを見る霊夢に笑みを返し、
「大丈夫だって。――で、場所はどこなんだ?」
「秘密。あんたには詳しい場所は教えないわ」
「なんでだよ」
「言っても聞かないのが解ってるからよ。それに、危ないからダメ」
「けちー。減るもんでもないだろ?」
 しかし霊夢は何も答えず、小さな溜め息と共にお茶を飲んだ。その様子を眺めながら、こりゃどうやっても教えてくれないんだな、と諦める。
 ただ、霊夢の心配は解るけれど、私はそこまで愚かじゃない。危険な状況になればすぐに戻ってみせる。そうでなければ、この幻想郷では生きていけないのだから。
「……」
 ちらりと霊夢を見ると、少し睨むように外を見ていた。
 怒っているのかと思ったけれど、少し違う。恐らくは結界の修復という仕事に対する面倒臭さを感じているに違いない。
 いや、それも違うか。問題は修復よりも、迷い込んだ外の人間を帰す事が面倒なのだろう。突然異界に迷い込んだものだから、混乱に飲まれている可能性が高く、そういった人間はこちらの言う事を聞こうとしない場合が大半だからだ。
 そんな事を思っていると、遠ざかっていた眠気が戻ってきたのを感じる。私は残っていたお茶を飲みほすと、ごろりと畳の上に横になった。
 暖かな空気の中、眠りはすぐに訪れた。

 ぼんやりと目を覚ます。深く寝入る事は無かったのか、まだ外は明るかった。
 少し眠い頭で上体を起こし、そのまま霊夢を探すと……居ない。その代わりに腹に肌掛け布団が掛けられていた。
 柔らかなそれを畳み、改めて体を起こすと、ちゃぶ台の上に書置きが残されているのに気付いた。私の湯のみを文鎮にしたその紙には、
『出掛けてきます』
 そう綺麗な字で書かれていた。
 恐らく、迷い込んだ外の人間の元に向かったんだろう。私はそう思いながら紙を畳んでスカートのポケットに仕舞うと、帽子を手に取って立ち上がった。
「さて、と」
 どうやら今日は萃香や紫は居ないようだし、霊夢が戻って来るまで紅魔館で時間を潰そう。
 そんな事を考えながら境内に出ると、私は軽く指を鳴らした。それを切っ掛けにして魔法を発動させ、相棒である箒を呼び寄せる。
 手元に飛び込んできたそれに飛び乗ると、一気に上空へ。春の暖まった空気を全身に感じながら、神社の裏手方面にある紅魔館へと向けて舵を取った。
 今はもう魅魔様が居ない本殿を越え、見えてきた裏山を越え――ようとした所で、不意に何か不自然なものに気付き、私は高度を落とした。そこはかつて魔界の入り口があったあたりで、
「……これは」
 景色が揺らいでいた。正確には、二つの景色が重ね合わさっていると言った感じだろうか。
 青々と育つ裏山の木々と合わさるように、その背後には痩せ細った木々が広がっていた。
「まさか、ここがそうなのか?」
 博麗大結界に開いた穴。霊夢は小さな穴と言っていたけれど、そもそも大結界はこの幻想郷を包むほどに巨大なのだ。その対比を考えれば、私の身長を軽く越えるだろうこの揺らぎも小さなものなのかもしれない。
 例えこれが紫の作った揺らぎで、霊夢の言っていた事と直接関係が無いとしても、外の世界に繋がっているのは確実だろう。
 これは飛び込んでみる価値がありそうだ。危険を感じたら、すぐに戻ってくれば良いのだし。
「……」
 溜まった唾を飲み込み、意を決してゆっくりと揺らぎの中へと進んでいく。するとあまりにもあっさりと目の前の風景は色を変えて、
「おお?」
 振り返ると、そこには見慣れた神社が見える。そしてその手前に、それに良く似た、しかし寂れて久しい神社が重なって見えていた。
 博麗神社は外の世界と幻想郷の境目にある。それが二重に見えているという事は、
「結界を越えたのか」
 あっさりしたもんだ。けれどそれを認めた途端、妙な高揚感に体が包まれた。
 香霖堂に溢れる用途不明の道具。パチュリーの図書館にある本。紫が持ってくる雑誌や漫画。それらからしか情報を得られなかった外の世界に、私は居る。その事実は、何ものにも変えがたい興奮を生んだ。
「……ちょっと冒険してみるか」
 恐る恐る箒から降りながら、小さく呟く。山の中と思われるこの森の中、視線の先には見慣れぬ街並みが見えて……そこにある建物がどんなものなのか気になって堪らなかった。
 だから私は箒を隠すように木々の間に立て掛けると、胸の中にある高揚感に背を押されるように、神社に背を向けて駆け出した。
 帽子を押さえ、叫び出しそうになるのを押さえ込み、一気に山を駆け下りる。どうやら山の中腹にまで人間の手が伸びているらしく、すぐにグレーの色をした地面が見えてきた。
 確かあれはコンクリートとか言ったっけ。そう思いながら速度を落とし、ゆっくりとそこに進んでいくと、まるで石の上を歩いているかのような固い感触がした。それはある程度の反発がある土とは違って、少し歩き難い。けれどそんな事も気にならない程、私の心臓は高鳴りっぱなしだった。
 山から続く道を進んでいくと、住宅地と思われる場所に出た。似たような形をした家々が数多く建ち並び、まるで迷路のようなそこを進んでいくと、多くの自動車やバイク、自転車が私のすぐ近くを通り過ぎて行った。
 初めて見るそれらは思っていた以上に速くて、そして信号機というものは思っていたより色が変わるのが遅かった。こういった知識も全て本から得たものだったけれど、中々どうして、想像とは違っているものだ。
 大きな背の高い建物……確かビルと呼ばれるそれが数多く見えて来る頃までに私は二回程轢かれ掛けて、外は危険が多いのだと強く実感した。
 それと同時に、外の世界の人間とも多く擦れ違った。
 彼らは私の姿を物珍しげに一瞬見るものの、しかし声を掛けてきたりはせずに歩き去って行く。どうやら外の人間は他者にあまり干渉して来ないらしい。すぐに突っかかってくる幻想郷の住民とは大違いだ。
 そんな事を思いながら歩いていると、正面に巨大な建物が見えてきた。確かこれはデパートという、様々な店が集って出来ている商店だっただろうか。透明な硝子のような出入り口に恐る恐る近付くと、合わさっていた硝子が自動で動いた。
 これはどうやって開いているのだろう。というより、どうやって人間を判断しているのだろうか。足元にあるマットに人が乗ると、その重さで開くのだろうか? 良く解らない。
 と、そんな風に考えながら突っ立っていると、開いていた硝子が元に戻ろうと動き出し、私は慌てて店内へと飛び込んだ。
「危ない危ない……って、やけに明るいんだな」
 店内は沢山の照明が点されていて、恐らく外と同じぐらいに明るい。そして眩しい。帽子の鍔を下ろして目元に影を作りながら、私は広い店内を見て廻る事にした。

 物珍しそうなものは全て見て廻っていく。例えばそれが服だったり雑貨だったりしたけれど、しかし欲しいと思えるものは一つも無い。それは店内にある大きな書店に入った時でも同じだった。
 書店には沢山の本があり、綺麗に丁重された本はそれだけで素晴らしい物に見えた。でも、肝心の中身に興味を惹かれるものがないのだ。どれもこれも似通って見えて、オリジナリティが無いというか。
 これなら、パチュリー手書きの魔道書を読んでいた方が良い。誰にでも読める訳ではない魔道書を読み解いていくというのは、まるでパズルを解いていくような面白さがあるから。
 そんな風に思いながら、それでも胸の高鳴りは強く続いていた。デパートの中は奇妙に暖かく、しかし突然寒くなる場所があったりして、驚きに溢れていたからだ。
「でも、案外何とかなるもんだな」
 以前から外の世界の知識を仕入れていたという事もあるが、そもそもここは日本だ。言葉は通じるし文字は読める。普通に店内を見て廻る程度では、混乱が起こる事も無かった。
 そうやって歩いていて、どのくらい時間が経っただろうか。出入り口へと戻ってくると、外はもう夜の闇に塗りつぶされていた。どうやら窓の無い店内を廻っていたお蔭で、日が暮れてしまっていた事に気付けなかったらしい。
 店内に入った時と同じように、私は自動で開く硝子を通って外へと出ると、
「夜でも明るいんだな」
 街の至る所に取り付けられた外灯から溢れる光は、煌々と夜の世界を明るく照らしている。こんなに明るい夜は、幻想郷ではそうそうありえない事だ。けれど外の世界ではこの明るさが普通らしい。
 直視しているとすぐに眼が痛くなってしまうその光から視線を逸らすと、私は元来た道を戻っていく事にした。
 その最中に思うのも、街の明るさについてだ。デパートの周辺だけではなく、密集している住宅地、更には道路を走る自動車すらも煌々とした明かりを持っている。
 強烈なそれは確か、電気という力が発生されているものだ。それがどのような力なのかは良く解らないけれど、魔法以上の多様性と使い勝手の良さがあるのだろう。だからこそ人々はその力を選択し、外の世界から魔法が消えてしまったのだ。
 そう考えると、なんだか淋しいものがある。魔法というのは便利な力ではないけれど、決して不利益な力でも無いからだ。
 それに……デパートで様々なものを見たけれど、どうやら外の世界は豊かになり過ぎている気がしてならない。物が多くて、どれがどれだか解らなくなりそうになった事もあった。それは衣服や道具だけではなく、食品にも同じ事がいえた。それが悪い事だとは思わないけれど、無駄が多く感じたのも確かだ。
 思っていた以上に外の世界は刺激的で、だからこそ絶望も大きい。山へと続く道を進みながら私はそう思い、少しだけ歩く速度が早くなっている事に気付いた。
 どうやら私は、早く幻想郷に帰りたいらしい。無意識のそれに苦笑しながら山道を歩き続け……人気の無い神社に辿り着いた時、それまで感じていた全ての感情が吹き飛んだ。
「……おいおい、マジかよ」
 幻想郷のそれとは比べ物にならないくらい弱い月の光に照らされたこちら側の博麗神社は、物悲しさを感じる程の静けさに満ちている。しかし、そこには昼間のような揺らぎは存在していなかった。
 場所を間違えていない証拠に、木々の影には私の箒がそのままの姿で待っていた。恐らく、私がこちら側に来ているとは気付かず、霊夢が結界を修復してしまったのだろう。
 予想外の事態に体が動かない。それでも、開いた口は彼女の名前を叫んでいた。
「霊夢!」
 返事は無い。
「霊夢!!」
 声は向こう側に届かない。
 今までに感じた事が無い程の恐怖が全身を走り抜け、私は思わず地面へと尻を付いていた。
 同時に、過去に香霖が言っていた事を思い出す。
『幻想郷には幻想の者が住む。だから僕も魔理沙も、厳密には幻想の存在なんだよ』
 あの時は、そんなものなのか、程度にしか思わなかった。しかし今、ある仮定と共に、その言葉が最悪の想像を生んだ。
 例え数時間とはいえ外の世界に触れた事で、私が外の世界の存在……つまり、幻想の存在ではなくなってしまったとすればどうなる?
 本当はまだ揺らぎがあるのに、外の世界の人間として変質してしまった私には、もうそれが感知出来なくなってしまったのではないか?
「……冗談じゃない」
 私の住処は幻想郷だ。あの魔法の森なのだ。こんな痩せた森なんかじゃない!
「霊夢! ……紫! 誰でも良い! 助けてくれ!」
 頼む、私を幻想郷へ帰してくれ!
「……」
 叫んだ言葉は森の中に虚しく反響するだけで、それに答えてくれる声は、気配は一つも無い。
 ただ、気持ち悪い程の静寂しか、無い。
「……嘘、だろ」
 怖い。恐ろしい。妖怪も人間も居ない森の中が、こんなにも冷たい所だったなんて知りたくなかった。
 嗚呼、なんて事だ。たった少しの好奇心が招いた幸せの終わり。こんな事、望んじゃいなかった。
「畜生……」
 どうする事も出来ないまま、しかし全身を包む恐怖から逃れるように私は立ち上がると、箒を掴み、森を駆け下りた。
 溢れ出す涙を拭う。でも、箒に乗って飛ぼうとは思わなかった。体に魔力は感じている。けれど、もし飛べなかったら――そう考えたら、壊れてしまいそうな程に恐ろしかったから。


 
 次の日。
 明るい夜に恐怖しながら一晩を過ごした私は、公園と呼ばれる場所の椅子に腰掛けていた。
 漸く顔を覗かせ始めた太陽は、幻想郷のそれよりも眩しく感じられる。それを遮るように帽子を深く被ると、私は箒を強く握り締める両手へと視線を落とした。
 魔法は使えるだろうか。それは今まで考えた事が無かった悩みで、魔法使いとして生きてきた私にとって、とてもとても恐ろしい悩みだった。
 自動車や歩行者の数が増え始め、動き出し始めた街から隔離されたような公園の中、一人迷い続ける。
 不安な心は失敗ばかりを想像させて、逃げ出したい気持ちが高まり続ける。気付けば涙が流れ出してきて、私は小さく嗚咽を上げた。
 それでも何とか涙を拭って、なけなしの勇気を振り絞って、私は箒から右手を離した。強く握り締め続けていた為に固まってしまったそれをゆっくり開いて、深呼吸を繰り返す。そして、
「ッ」
 強く目を瞑りながら魔法を発動させ……恐る恐る目を開く。すると、手の平の上には見慣れた魔法陣が形成されていた。
 ぼんやりと淡い光を放つそれに、どうしようもない程の安堵を感じる。でも、どうしてか魔法の効果が弱く、魔力の消費も激しい。外の世界には魔法という概念が存在しないから、その影響を受けてしまっているに違いない。
 これから、どうしたら良いのだろう。
 帰る手段は失われ、唯一の頼りである魔法すら上手く扱えない。ここは日本で、言葉は通じるし文字は読めるのに、右も左も解らない。あるのは、ただ底の見えない後悔と絶望だけだ。
 小さく腹が鳴った。けれど食事を取る事は出来ない。私は、外の世界で使う事が出来る金を持ち合わせていないのだから。
 唯一の救いは、季節が春だった事だろう。夜は少し肌寒いが、震える程ではないから。
 空を見上げる。雲ひとつ無い青空は、まるでその色が違っていた。
「……」
 いっそ夢であって欲しいと強く願う。けれどそんな事は在り得なくて、止まっていた涙が再び溢れ出す。
 今頃霊夢はどうしているだろうか。家に帰っていない私の事に、気付いてくれているだろうか。そして私が外の世界に出た事に気付き、助けに来てくれるだろうか。
「……」
 無理だ、と思う。彼女は、博麗・霊夢は幻想郷の規律である博麗の巫女なのだ。忠告を受けたにも関わらず、勝手に幻想郷の外へと飛び出した私を助ける為だけに結界を越えるような事はしないだろうし、出来ないだろう。
 だからもう、二度と彼女には逢えない。
 膝に乗せていた箒を抱き締めるようにして、抑えられなくなった声を上げ、私は泣いた。
 
 暫くして公園を出た私は、後悔と絶望、そして空腹と疲労でふらふらになりながらも歩き出した。何もしていないと、どこまでも辛くて仕方なかったから。
 街には沢山の人が歩いている。けれど誰も私の姿など見えていないかのようにさっさと歩いて行ってしまって、まるで自分が透明になってしまったように感じる。
 このまま消えてしまって、幻想郷に戻る事が出来れば良いのに。
 そんな事を思い、けれどそんな事は起こりそうに無くて、辛さだけが蓄積し続けていく。
 改めて見てみると、外の世界は汚い。ゴミが入っているのだろう袋が街の所々に山積みになっているし、自動車の排気ガスは臭いし、空気も悪い。落ち着いていればすぐに気付く事が出来ただろうそれらに気付けなかった事が悔しくて、歩く速度が落ちていく。
 そんな時、前方に金色が見えた。
「――」
 瞬間、様々な感情が溢れ出し、一瞬にして全身を満たした。私は、極楽へと続く蜘蛛の糸を見つけたかのような気持ちで、前方に見つけた、その金色――金髪を持ち、見慣れた帽子を被る人物へと駆け寄り、
「ゆ、紫!」
「?!」
 その肩を掴み、無理矢理振り向かせた彼女は八雲・紫――に似ているようで、全くの他人だった。
 突然の事に相手は目を白黒させ、彼女と共に歩いていたのだろう少女も驚いた風に私を見ていた。
 とても、気まずい。
「……すまん、人違い、だったみたいだ……。ごめん……ごめんなさい」
 肩から手を放し、頭を下げると、私は何か声を掛けられる前にそこから逃げ出した。
 そうする事しか、出来なかった。
 
 どれだけ走っただろう。気付くと、私は一晩を明かした公園へと戻ってきていた。
 真っ白な頭で椅子に腰掛け、明け方と同じように箒を抱き締める。
「……」
 涙すら出ない。
 どうしようもないぐらいの期待と興奮の反動は、私の心を呆気無く壊してしまった。
 もう嫌だ。
 右手をスカートの中へと伸ばすと、私はそこにある八卦炉を掴んだ。
「……」
 マスタースパークを撃つ時と同じ要領で、八卦炉へと魔力を籠めていく。このままコイツを暴走させれば、私一人の体なんて簡単に消し飛ばしてくれる筈だ。
「……」
 段々と八卦炉が熱を持ち始める。
 ごめん、霊夢。
 出来る事なら、もっと一緒に居たかった。
 出来る事なら、もっと一緒に笑い合いたかった。
 出来る事なら、
 出来る、事なら。
「……」
 八卦炉を掴んでいた右手が痛みと共に感覚を失い、押し付けていた右足にも同じように熱さと痛みが拡がっていく。
 スカートが内側から燃え始める。
 熱い。
 痛い。
 どうしようもないぐらいに、怖い。
 でも、同じぐらい、私の心は空っぽで。
 燃えていく。


 
 どこか期待していた。死ねば楽になれると。
 でも、此処は外の世界。幻想を忘れた世界。
 幻想郷に花が――外の世界の霊が溢れたのは、六十年に一度の再生の時だった。
 だとすれば、そうでない時、外の世界の幽霊はどこへ向かうのだろうか。
 三途の川。
 小町と映姫が居る所。
 でも、彼女達の管轄は幻想郷のみだ。本来ならば外の世界の幽霊を渡し、裁く事は無いのだろう。
「……」
 そこまで考えて、気付く。

 どうやら私は、無意識に死んだら幻想郷に戻れると思っていたらしい。
 でもそれは誤り。もうどうやったって、あの楽園に戻る事は出来ない。
 それに気付いた時、私は忘れていた声を上げた。





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