守人。

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5  
   
 次の日。
 空に消えたマスタースパークの光と、帰って来ない魔理沙の姿に不安を高めていた慧音の元に表れたのは、紅魔館のメイド長だった。
「魔理沙から伝言を預かってきたわ」
「伝言?」
 そう聞き返す慧音に頷きながら、十六夜・咲夜は説明を始めた。
 森の奥に居た大量の妖怪達。それを率いていると思われる男。そして、
「魔理沙の具合は大丈夫なのか?」
 思わず出た問い掛けに咲夜は頷き、
「それは大丈夫。二、三日もあれば動けるようになるわ」
「なら良かった……」
 だが、魔理沙に怪我をさせてしまったのは慧音の責任でもある。
「……」
 今更になって考えてみれば、次の満月まであと一週間程。魔理沙に頼まなくとも、自分の力で原因を探る事ぐらいは出来た。
 霊夢の言葉通りだ。頻度高く里が襲われているという事実に動揺し、冷静な判断を失ってしまっていたのだろう。
 魔理沙の怪我が軽傷だったから良いものの、これで重症だった時には……
「私は一体、何をやっているんだ……」
 不甲斐無さに苛立ちが増す。
 そんな慧音の気持ちに気付いているのかいないのか、咲夜が質問を投げ掛けてきた。
「ところで、この里の有様はなんなの?」
「――それは……」
 そして、慧音は咲夜に里で起こっている事を説明していく。
「……それで、魔理沙に調査を頼んだんだ」
「そうだったの。でも、魔理沙が負けるくらいなんだから、相手の妖怪は相当の力を持ってるんでしょうし……これなら霊夢も動くんじゃないかしら?」
「いや、例え相手が力の強い妖怪だからといって、そいつが行っているのは幻想郷の摂理だ。それを無視してまで倒して良い理由にはならないだろう。霊夢ならそう言う筈だ」
 だが、
「里の被害は収まる気配もないし、魔理沙にも怪我をさせてしまった。この責任は取らせないといけない」
「どうやって?」
「……私が直接出向いて、そいつを懲らしめてくる」
「でも、里に守人が居なくなるのは危険じゃないの?」
「魔理沙の伝言から、大まかな居場所は解った。もしそこに居なければ、すぐに里に戻ってくるさ。最悪、次の満月まで耐えれば全てが解る」
「……私は仕事があるから手伝えないわよ?」
「解っているさ」
 あのお嬢様が主だからな、と思いつつも、慧音は里を見回し、
「この連日の事件で、里の皆の意識も少し変わりつつある。もし私が不在の間に妖怪に襲われても、ただ襲われるだけ、という事態にはならない筈だ。……まぁ、そうなる前に戻ってくるつもりではあるがな」
 慧音の言葉に、そう、と咲夜は頷き、
「因みに、いつ頃森に入るつもりなの?」
 咲夜の問いに一瞬考え、しかし慧音はすぐに口を開いた。
「準備が終わり次第、すぐに向かおうと思う。早いに越した事はないからな」 
   
6
   
 巫女様は言う。
「騙していた訳ではないんだけどね。貴女が体を鍛え始めたあたりから、妖怪の力が顔を出し始めていたのを感じていたのよ。このまま放っておけば、力の使い方が解らずに混乱し、里に害成す存在になってしまう可能性があった。だから私は、貴女に力の使い方を教えたの。それに、一緒に幻想郷を護りたいって言ってくれた時は、正直嬉しかったから」
 儚く微笑み、しかし、
「だから、私は貴女を退治したくは無い。そうならない為に、今まで一緒に頑張ってきたんだから」
「……」
「……一つ、質問」
 巫女様は言う。
「貴女は今も、私と共に幻想郷を護りたいって言ってくれる?」
   
……
   
 そうして私は、人間を護る為に戦う事を決めた。
 元より妖怪には良いイメージが無かった事もあり、私は人里を護る守人となった。
 人妖関係なく、この幻想郷を護る巫女様は、そんな私の考えに苦笑しながらも認めてくれた。
 そしてそんな巫女の紹介もあり、私は里の皆に『守人』としてすんなりと受け入れられた。
 恐らくは畏怖もあっただろう。今まで迫害していた娘が、妖怪のそれと同じ力を持ち、里を無償で護ろうというのだから。
   
 だが、私はそんな里の皆の気持ちなど考える事は無かった。
 ただ巫女の役に立ちたくて、日々里を護り続けた。
   
 そんな生活が一ヶ月以上経った頃、初めて私に感謝と謝辞を述べた者が現れた。
 意外な事に、それは長の息子だった。
 彼は今まで私に行ってきた事の全てを詫び、皆の見ている前で土下座までしてみせた。
 そして彼は、里の代表として私に告げた。
 この里を護ってくれ、と。
 現金だな、と正直思った。だが、自然と怒りは湧かなかった。
 この幻想郷では力の無い人間は喰われるだけ、という事を、私自身良く知っていたから。
 だから、私は告げた。
「私は自分の意思でこの里を護る。頼み込むような事じゃ無い」
 この時の私は、自然に微笑む事が出来ていた。
 そしてこれは、私の心のあり方が変わった瞬間だった。
   
…… 
    
 そして私は、様々な事を学び出した。
 己の能力を生かし、この幻想郷の全てを知っていこうと考えたのだ。
 そしてそれを人々に教え、伝えさせていこうと。
 巫女様には護れない、この幻想郷の『記憶』をも護っていく為に。
    
7
   
 里の皆に事情を説明し、準備を整え……慧音は森の中を歩いていた。
 空を飛んでいく事も考えたが、森に潜む妖怪の数も多いという魔理沙の伝言から、歩いて行く事を選択していた。相手の場所が解らない上空で攻撃されたら、すぐに反撃する事が出来ないからだ。
 普段子供達と果物を採りに来る事もあり、森の内部は見慣れたもの。だが、やはり焦りがあるのか、自然とその歩くペースは早くなってしまっていた。
「……」
 無言のまま、慧音は森の奥へと進んでいく。
   
……
    
 普段はあまり立ち寄らない森の奥。そこへ足を踏み入れた慧音が感じたのは、違和感だった。
 何か、不吉な空気に満ちているのだ。
   
 過去にこの場所にまで入った時には、ここまで禍々しい空気をしてはいなかった。むしろ、今は無き古の時代の空気が残っていた程だ。
「これも全て、魔理沙を襲った妖怪のせいか……」
 嫌になる。古いものが新しいもので変化させれらていく事を否定するつもりは無いが、この空気の変化は受け入れる事が出来なかった。
 それに、
「ここは妹紅が昔住んでいた所でもあるからな……」
 今は竹林の奥に住んでいるが、彼女は昔この辺りに住んでいたらしい。
 妹紅曰く、
「この辺には鬼も居たのよ」
 だからこそ、この場所の空気は古の時代の色を持っていたのだろう。
 しかし、空気は風が入ればすぐに換気される。例えその風がどんなものでも、留まり続けている事は出来ないのだ。
 そんな事を考えながら、慧音は薄暗い森を更に奥へと進んでいく。
 だが、もう夕刻に近い。
 長い月日を生きる木々達は、その手で日光を遮ってしまう。ただでさえ暗い森の中は、その暗さを更に増してきていた。
 そしてそんな森の中は、
「……隠れるには打って付け、か」
 少しずつ、しかし確実に、慧音を取り囲むようにしながら近付いて来ている影があった。
 それは森の奥に進むにつれてその数を増し、距離を詰めて来る。
 予想以上に数が多い。もしこの数が一斉に里へと襲い掛かってきたら、里の人間は一晩で喰い尽くされる事になるだろう。
「だが……!」
 それを行わせる訳にはいかない。思いを声に、慧音は自ら影へと向かい加速した。
 こちらから仕掛けてくるとは思って居なかったのだろうか。一瞬動きが止まる影――妖怪達へと向かい、弾幕を放っていく。
 同時に魔方陣を周囲に展開させ、
「三種の神器――鏡」
 スペルカードを宣言する。
 魔方陣は慧音を取り囲む妖怪達へと向かいながら弾幕を発生させ、更に反転し、四方へと舞いながら妖怪達を切り刻んでいく。
「お前達の親玉は何処だ?!」
 叫びながら、しかし攻撃の手は緩めない。
 広範囲に弾幕をばら撒きながら、慧音は更に森の奥へと突き進んでいく。
 だが、
「?!」
 前方に拡がる木々の数本が、こちらへと向かい折れ倒れて来た。軌道を読む為に視線を上げれば、木の先端には妖怪が数匹居り、
「重りという訳か――!」
 予想の倍以上のスピードで迫る大木二本を、左へと大きく進路を逸らす事で回避し、更に倒れてくる木々に対しては、
「ッ!」
 渾身の力を籠めた拳で無理矢理軌道を逸らした。
 しかし次の瞬間、木々の重りとなっていた妖怪達がこちらへと向かい弾幕を放って来た。
 高速で迫るそれを踊るようにしながら回避。翻るスカートの端が弾幕に引き裂かれるが、今は気にしてもいられない。
弾幕の間を縫いながら妖怪へと距離を詰め、その胴体へ拳を打ち込む。
 強い打撃に吹き飛ぶ妖怪の姿を見届ける間も無く、すぐ隣に立つ妖怪へとゼロ距離で弾幕を浴びせ、その後ろに居た妖怪共々森の奥へと吹き飛ばした。
 更に体を加速させる事で追撃を防ぎ、慧音は攻撃を続けていく。
「――ッ!!」
 次々と現れる妖怪に対し、弾幕を放ち、スペルを読み上げ、拳を振るい、蹴りを放つ。
 一匹、また一匹と、慧音は妖怪達を打ち倒していく。
 だが、妖怪達の攻撃は衰えをみせない。確実に数を減らしてはいるものの、その絶対数が多すぎるのだ。
 そしてそれは、少しずつ、しかし確実に慧音の体と心を疲弊させて行く。
「それでも……」
 声と同時に、魔方陣を展開させ、
「それでも私は……!」
 叫びと共に、残り少ないスペルカードを宣言する。
「高天原ッ!!」
 それは天上を意味するスペル。
 だが、木々に防がれた天の上。
    
 夜に閉ざされたそこに、神の国の姿は見えない。
     
8
   
 ある暗い森の中、私は戦っていた。
 敵は未だ多数。しかし味方となる者は誰一人も居ない
 もう森に入ってどの程度経っただろうか。
 連戦続きで力が入らない。
 もう駄目かもしれない、と私が諦めかけたその時、目の前に現れた人影があった。
 それは見覚えのある姿。
 だから私は、その人影の名を呼んだ。
「――」
 そしてその人影、巫女がこちらへと振り返り―― 

   
9
   
 ある暗い森の中、慧音は戦っていた。
 敵は未だ多数。しかし味方となる者は誰一人も居ない
 もう森に入ってどの程度経っただろうか。
 連戦続きで力が入らない。
 もう駄目かもしれない、と慧音が諦めかけたその時、目の前に現れた人影があった。
 それは見覚えのある姿。
 だから慧音は、その人影の名を呼んだ。
「――」
 そしてその人影、巫女がこちらへと振り返り―― 
   
「私は霊夢よ。……それは先代の名前」
 その言葉に慧音が反応するより早く、霊夢が飛んだ。
 一瞬のうちに展開される弾幕は針と札。
 ある種の法則を持って開かれるそれは妖怪達を包み込み、そして、
「――散」
 世界が光に包まれた。
   
……
   
「ん……」
 気を失っていたのだろうか。ゆっくりと重い瞼を開くと、何故かそこには見慣れた自宅の天井があった。
 ぼんやりとした頭の中、何かおかしい、という思いがある。
 だが、その思いに思考が行き着く前に、慧音の顔を覗き込んでくる少女の顔があった。
 それは遠い日に居なくなった巫女に似て……しかし、彼女の名は、
「れい、む……」
「起きた? 全く、無茶するわね」
 呆れの色を持って霊夢が言い、そして事の経緯を話し始めた。
「神社に来たレミリアから魔理沙の話を聞いて、流石に何かおかしいかな、って思ってね。一応確認する為に来てみれば、アンタが妖怪に囲まれてるんだもの。ビックリしたわ」
「すまない、迷惑を掛けた……」
 言って、慧音は痛む体を無視して上体を起こした。
「大丈夫?」
「ああ、恐らくな」
 聞いてくる霊夢に答え、布団を剥ぎ、痛む箇所に視線を落とし、
「……これは、お前が手当てをしてくれたのか?」
「応急処置ぐらいだけどね。でも、一応アンタは人間でもあるんだから、後でちゃんと医者に行った方が良いわ」
「すまない……。お前には、頭が下がる……」
 言って、包帯の巻かれた体を一通り確認する。切り傷や打身は多いものの、骨折などは無さそうだ。
 そして再び布団を掛けながら、慧音は茶を飲んでいる霊夢へと問い掛けた。
「あの妖怪達はどうなったんだ?」
「私が退治しといたわ。元より、あれは私の仕事になる筈だったみたいだから」
「……どういう事だ?」
 慧音の問いに、霊夢は眉を下げ、
「私は、里の人間が増えてきているから、それに連動して里が襲われる回数が増えているものだと考えてた。でも、実際にはその逆で、森に住む妖怪の数が増えていたの。けど、その妖怪達は妖気もまだ小さい小物ばかりだったから、気付く事が出来なかった」
 そして、と霊夢は続け、
「森に住む妖怪の絶対数が増えたから、今度は食糧不足が起き始めた。その結果、危険を冒してまで里に現れる妖怪が増えていたみたい。でも……」
「でも?」
「ああやって一斉にアンタに襲い掛かって来たって事は、誰かが指示を出してる可能性がある。ソイツを倒さない限り、根本的な解決にはならないでしょうね」
「そう、か」
 霊夢の言葉に、魔理沙の伝言の中にあった『妖怪を率いている男』というのを思い出す。恐らくその男がこの事件の黒幕なのだろう。
 と、そんな慧音の思考を遮るように、
「ごめん、この責任は必ず取るわ」
 茶を置き、頭を下げてから、慧音の視線を受け止めつつ霊夢が言う。
 だが、慧音はそんな霊夢に小さく首を振り、
「……いや、大丈夫だ。その代わり――」
 ある事を、慧音は告げた。





   

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