守人。

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10
    
 
そして私は――上白沢・慧音は、博麗の血を持つ者と共に妖怪退治に出かけた。
 過去に果たせなかった願いを、叶える為に。
   
11
    
 痛む体を無視しながら、霊夢と共に夜の森を歩いていく。
 今夜が満月ならば、この体の傷もすぐに癒えただろう。だが、今の自分は人間であり……
「……」
 苦笑が漏れる。
 妖怪の事を快く思っていない事を棚に上げ、こんな時にだけ妖怪の体を求めるのは都合が良すぎるだろう。
 小さく首を振ってその思考を飛ばしていると、霊夢から声が掛かった。
「でも良かったの? 里が襲われる可能性はまだ残っているのに」
「さっきの戦闘で大半の妖怪は退治出来た。なら、このまま一気に黒幕を倒し、今日中に全てを終わらせてしまった方が良いだろう」
「まぁ、そうね。……でも、アンタは本調子じゃないんだから、無茶はしないでよね」
「ああ、解っている」
 頷きを返し、森の奥へと視線を向ける。
 数時間前までここで戦っていた事を思い出しながらいると、前方から歩いてくる影があった。
 その影は夜の闇を気にする事もなくこちらへと姿を現し、
「誰だ、お前等……」
 慧音が持つ提灯の光に照らされたその姿は隻腕。長い髪を後ろに縛り、無精髭を生やし、長身の体は体格が良い。
 そしてそんな妖怪の姿を、慧音は良く覚えていた。
「貴、様……!」
 だが、相手は慧音の事など覚えていないのか、不機嫌そうに顔を歪め、
「なんだ、俺の事を知っているのか? 俺も有名に――」
「アンタを退治しに来てやったわよ」
 男の言葉を遮るように、霊夢の言葉が森に響いた。
 だが、男は笑い、
「この俺を退治だ? 寝言も大概に――」
「そうね」
 次の瞬間、慧音の隣に居た筈の霊夢の姿が消えた。そしてその姿を探す間も無く、数メートル先に居た男の正面に霊夢が現れ、
「寝言は寝て言いなさい」
 いつの間にか構えたお払い棒で、男を吹き飛ばした。
 その一瞬の芸当が過去のものと被り……しかし慧音は提灯を地に置き、足に力を籠めると、吹き飛んだ男へと向かい加速し、
「ッ!」
 痛む体を無視して弾幕を放つ。
 男の妖気は、過去に遭遇した時よりも格段に上がっていた。『彼』を殺したというのも事実なのだろう。
 だが、
「GHQクライシス!」
 今にして思えば、この男の存在があったからこそ、慧音は里を護っているのだろう。
 霊夢と共に、戦っているのだろう。
 ……皮肉なものだ。
 自然、口元に笑みが浮かぶ。
 まるで己を嘲笑うかのように。
 と、そんな慧音の攻撃に追撃するように、後方から大量の札が飛んで来た。それは神速の勢いを持って男に迫り、体に突き刺さっていく。
 男は木々に体を打ちつけながら慧音と霊夢の弾幕を受け、しかし、
「利かねぇ利かねぇ!!」
 言葉と共に無理矢理体を止めると、男は地を蹴り、慧音へと向かい加速して来た。
 弾幕を生み出してくるでもない、直線的な攻撃。しかし、
「妖怪が?!」
 夜に閉ざされた森の中、こちらへと襲い掛かってくる影が複数あった。
 そしてそれらは慧音と霊夢へと向かい弾幕をばら撒き、その動きを阻害する。
「何故私達の邪魔をする!?」
 夜を切り裂いて迫る弾幕を回避し、男の拳を痛む両腕でガードしながら、慧音は叫んだ。
 だが、答えは正面、男から来た。
「何故? それは俺が生まれたばかりのコイツ等の管理を始めたからだ」
「管理、だと?」
 間合いを取る為に一歩下がった男を追い、その体へと弾幕を放ちつつ、
「何を考えているんだ、貴様は!」
「最近は妖怪が増えてきたからな。このままじゃすぐに食い物が底を付く。だから、俺がその食料を分担してやったのさ」
 言って、男は慧音の弾幕を避けながら再度拳を振るって来た。それを体を捻るようにしながら回避し、しかし、
「ッ!」
 足に痛みが走り、体勢が崩れた。
 何故、と思い咄嗟に視線を下げれば、妖怪の弾幕の一つが足を掠って行ったのが解った。回避しきったと思っていたが、予想以上に弾の軌道がズレていたらしい。 
 そしてその動きの停止は、決定的な隙を生み出し、
「らぁッ!」
 男の声と共に、豪速のボディブローが叩き込まれた。
 人間には出せぬ力を乗せたその拳は慧音の腹を打ち、突き抜ける打撃は慧音を思い切り吹き飛ばした。
 後方にある木に叩きつけられ、腹と背の衝撃に息が出来なくなる。
 何とか肺を動かそうとしても上手く動いてくれず、痛みと苦しみに慧音は木の根に倒れこんだ。
 そしてその様子を楽しむかのように、男の声が落ちてくる。
「それでも足りない分は里にまで行って奪ってたようだがな。躾の足りない奴等だ。……まぁ、里の襲い方を教えたのは俺だがな」
 つまり、全ての根源はこの男にあったという事だ。
 そしてそれを知らぬ魔理沙は妖怪達とこの男に襲われ、怪我をする事になった。恐らく男が隻腕なのは、魔理沙のマスタースパークを受けたからなのだろう。
 だが、そんな傷を受けてまでも慧音達に襲い掛かってくる理由は何なのだろうか。痛みと苦しみの中で慧音はそんな事を思い、だがその答えは男から来た。
「ったく、このまま奴等を管理していけば、俺は何もしなくても生きていけるようになる筈だったのに……お前等のせいで!」
 男の声に怒気が灯る。
 しかし、
「……ハ」
 思わず、苦笑に顔が歪んだ。
 この幻想郷は平和で退屈な場所だ。それは楽園と呼べる程に。
 だが、そんな中でも皆、一生懸命に生きている。一部の妖怪はどうかは知らないが、里の人間達は確実にそうだ。
 そんな中で、ただ食料を得るという、生きて行く為に一番重要で一番大変な事を、男は他人に負担させようとしているのだ。
 ……呆れるな。
 自堕落にも程がある。こんな男のせいで里が……罪の無い人々が襲われ、ただ飢えを凌ぎたかっただけの妖怪が倒される事になったのか。
 そして、
 ……私は、こんな男に喰われそうになったのか。
 怒りが湧き上がり、そして同時に虚しさが高まった。どうして自分がこんな男を相手にしなければならないのか、という思いが、体から力を奪っていく。
 だが、こんな男に負けるような事など認める訳にはいかず、慧音は何とか息を吸い、痛む体を起こそうとし、
「これで最後だ」
 そう、頭上から男の声が聞こえて来た。
 だが、その体が攻撃を行うよりも早く、
「そこまでよ」
 森の中に響く声が来た。
 霞んだ視線を上げれば、そこには巫女が居た。
 気付けば辺りを飛んでいた弾幕も止んでおり……恐らくは彼女が妖怪達を倒したのだろう。
 そして、男が巫女に向かって何かを叫んだ。
 しかし、
「――二重結界」
 その言葉が慧音の耳に届く前に、世界が一変した。
 男を中心にして世界が反転し、二つの陣が展開する。そしてそれは八芒星を描くように動き、次の瞬間、
「――!!」
 結界が閉じると共に、男の姿は消滅した。
   
……
   
 再び静寂が訪れた夜の森の中、巫女は地面に横たわる慧音へと近付き、
「大丈夫?」
「は、はい……」
 あの時と同じように、慧音は答えていた。
   
12
   
 五日後。
 家々を建て直す音と、子供達が遊ぶ音が喧しく響く里の中を魔理沙は歩いていた。
 森に落としてきていた箒をやっとの事で探し出し、一休みする為に立ち寄ったのである。
 と、屋根瓦を並べている家を見上げる慧音の姿が見え、魔理沙は、よう、と声を掛け、
「霊夢から色々聞いたぜ。傷はもう大丈夫なのか?」
 問い掛けにこちらへと視線を向けた慧音は、情けなさそうに苦笑し、
「ああ、大丈夫だ。まだ痛む箇所はあるが、満月の晩が来ればそれもすぐに完治する。そんな事より、お前の方こそ体は大丈夫なのか?」
「この通り、ピンピンしてるぜ」
 言って、笑う。だが、慧音は眉を落とし、
「すまない。見舞いに行ってやる事も出来なくて……」
「良いって。お互い怪我をしてたんだし、気にする事じゃないさ。それに、どうせお前さんの事だから、動けるようになったらすぐに家々の修理を手伝いだしたんだろう?」
 無言で慧音が頷く。その姿に笑みを強め、
「それに、この怪我は私が油断してたのが悪いんだからさ」 
 だが、
「霊夢の話じゃ、そっちも追い込まれたらしいじゃないか」
「ああ、不覚にもな。だが、巫女様にはやはり敵わんな」
 苦笑と共に言う慧音に、そうか、と頷き、しかし、
「巫女……様?」
 聞き返す魔理沙に、慧音は恥ずかしそうに笑い、
「あー、いや、気にするな。昔の癖でな」
「昔……つまり、霊夢の先代さんか?」
 ああ、と頷く慧音に、
「どんな人だったんだ?」
 思わず魔理沙は問い掛けていた。
 霊夢と同年代の魔理沙にとって、先代の巫女についての知識は全く無い。それどころか、今までその存在を考えた事も無かった。
 慧音は魔理沙の言葉に頷くと、
「そうだな、彼女は――」
 そう、ゆっくりと話し始めた。 
    
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 今はもう居ない巫女の事を、慧音は魔理沙に話していく。
 一つ一つ、彼女との記憶を思い出しながら、丁寧に。
 そしてふと気付く。
 幻想郷の歴史ではない、自分自身の歴史を他人に語るのは、珍しい事だという事に。
 だが、まだ短い時しか生きていない自分に、そこまでの歴史は無い。
 それでも、その歴史一つ一つは、慧音の中ではとても大切で、掛け替えのないもの達だった。
 そんな自分だけの歴史を、慧音は丁寧に語っていく。
   
   
  
 
私の歴史を、語っていく。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
end




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 忘れない。
 ずっと、ずっと。 
     
 絶対に。
 
   

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