開けたら価値が下がる箱。
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12
「……え? ってえぇぇぇ?!」
遠くで名前が呼ばれた気がしてチルノが振り返ると、何故かこちらへと向かって小さな箱と、それを護るように弾幕が飛んで来ていた。
そしてその後ろからは文がやって来ており、どうやらその箱を狙っている様子。
直後、文の更に背後にある闇から声が飛んできた。
「チルノ、箱を持って逃げてー!」
「逃がしませーん!!」
どうやら逃げなければいけないらしい。
「よ、良く解んないけど解った!!」
飛んできた箱を手に取ると、こちらへと弾幕がぶつかる前にチルノはスペルを宣言した。
「――パーフェクトフリーズ!!」
その瞬間、迫って来ていた弾幕の全てが動きを止め、文を足止めする壁となった。
すぐに文がカメラを構え、弾幕を消し去ろうとし始めるが……あれは連射が出来ない事をチルノは知っていた。
更に文が弾幕を消してもすぐには追って来られないよう、チルノ自身も弾幕を放ちつつ、状況を理解出来ていないままにチルノは逃げ出した。
……
だが、所詮は妖精と天狗の足。
「私から逃れようなんて、そうはいきませんよ……!」
「く……!」
すぐ背後へと文が迫り、その手が箱へと伸ばされた瞬間……チルノは一縷の望みを賭け、ある言葉を叫んだ。
「助けてレティー!!」
「?!」
その瞬間、文の動きが一瞬停止し、その隙をついてチルノは再び距離を伸ばした。
いくら文とはいえど、猛吹雪などを起こされたら上手く飛ぶ事が出来なくなるからだ。
そしてチルノは、周囲を警戒するようにスピードを少し落とした文へと向け、
「……うっそー」
「な……!」
目を見開く文を無視し、一気に加速する。
が、
「ッ!」
次の瞬間、まるで瞬間移動をしたかのような速さでチルノへと近付くと、文はその頭をガシリと掴み、
「……天狗を嘗めてもらっちゃ困りますねぇ……」
「痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいたい……!!」
ぐぐぐと指先に力が籠り、頭が締め付けられていく。
チルノは無意識に箱を手放すと、その手を外そうともがき始めた。
13
「……ん?」
外に何か落下してきた音がして、レティ・ホワイトロックは眠たげな目を開けた。
まだ冬には少し早く、まどろみの中ではあるのだが……こうやって外で何かが起こると、目が覚めてしまう時もある。
そして何気なく寝床から出、音の方へと視線を向けると、何やら小さな箱が落ちてきていた。落ち葉のクッションで護られたようだが、その外観はもうボロボロである。
「何なのかしら……」
眠い頭で寝床の外に出て、箱を拾い上げる。すると、上空から声が落ちてきた。
「……くッ。嘘から出たまことですか……」
「……何の事?」
思わず言葉を返すと、そこには片手で掴んだチルノを背後へと放り投げた文が居た。
彼女は地へとそっと降り立つと、レティの持つ箱へと視線を向け、
「その箱を渡してください」
「これを? ……どうしようかしら」
あの天狗が欲しがっているという事は、これは普通の箱ではないに違いない。
そう考えたレティに、文はこちらへと一歩を踏み出し、
「ならば、力尽くで……」
「あ、ちょっと待って。ここ、どこだか解ってる?」
「どこって……」
訳が解らないといった風な表情を浮かべた文に、レティは居るのだろう彼女と合わせるように、
「「私の寝床」」
「?!」
二つ同時に響いた声に、文が思わず肩を震わせた。
そして今は枯れている草木の影から現れたのは、小さな人形。
「……春に咲くスーさんの為にも、ここで暴れさせる訳にはいかないわ」
「……そうでした。今は見る影もありませんが、ここはあの鈴蘭畑でしたね……」
納得したように文が呟く。
今は少し閑散としているが、ここは春になると一斉に花が芽吹く場所でもある。そして同時にあまり人妖が訪れない場所でもある為、冬を待つレティの寝床にもなっていたのだ。
形勢不利と見えたか、少し文がたじろぐものの……しかし、その瞳にある光は弱まるどころかその強さを増し、
「ですが、私はその箱を取材すると決めたのです!!」
叫びと共に、文が空へと舞い上がった。
14
林を抜けると、そこは戦場でした。
「……なんか、凄いトコに出くわしたわ……」
ライブ終了後、開いた時間を利用して音を集めていたリリカ・プリズムリバーは、視線の先で繰り広げられる戦闘を呆然と見上げながら呟いた。
かなり本気な勝負らしく、その迫力は凄まじい。
これは迂闊に近付かない方が良いな……と思いながら、その戦いの音を集めていると、不意に何かが転がって来た。
「……ん?」
弾幕と一緒に飛んで来たそれは、なにやら小さな四角い箱。
戦いを繰り広げている三人はそれに集中している為か、箱が飛んだ事に気付いていないらしい。もしかしたら気付いているのかもしれないが、戦闘中に取りに向かう事が出来ないのだろう。
そんな事を考えつつ、リリカはその箱を眺め……ふと、妖怪三人が奪い合う程の箱から生まれる音とはどんなものだろうか、という興味が湧いた。
「……」
そしてその直後、リリカの心の中に悪魔と天使が生まれた。
悪魔は『箱を持って返ろうぜ』的な意見を繰り返し、天使は『止めときなさいマズいから』的な意見を繰り返し、互いに弾幕ごっこを開始させた。
……結果、否定的な意見を持っていた天使が倒され、リリカは悪魔の意見を受け入れた。
「でも、どうやってあの箱を取ろうかな……」
恐らくリリカの存在はまだ気付かれていない。ならば、このまま大きなアクションを取らなければ、箱を奪ったのが誰だか判明すらしなくなるという事だ。
完全犯罪という名のそれをどう行おうか必死に考え……ふと、普段使っているキーボードと同じ要領で、箱へと魔力を向けてみた。
すると、案外あっさり箱は動き出し……
「っと、取れた……」
上手く行った。というか、上手く行った事に驚いた。
だが、そもそも騒霊とはポルターガイストを具現化した存在だ。家具を動かす事が出来て、すぐ近くに落ちた箱を動かす事が出来ない道理は無いのだろう。
「とにかく、逃げよう……」
そしてリリカはそそくさと戦場を後にした。
……
楽器の片づけが終わったのだろう姉達の下へと戻ると、早速メルラン・プリズムリバーが箱に気が付いた。
「何それー?」
そしてそんなメルランの声に続くようにルナサ・プリズムリバーも箱へと視線を向け、
「箱みたいだけど……一体どうしたの?」
「えっと……その、さっき林の向こうで拾ったの」
「林の向こう?」
「そう、林の向こう」
少しルナサの表情に疑念の色があったが、笑って誤魔化す。嘘は言ってない。
そして逃げるようにリリカは自身の楽器の元へと歩き、楽器ケースを手に取りながら箱へと視線を落とした。
「あれ、何か書いてある……」
ボロボロの箱には封がしてあり、その紙には筆で文字が書かれていた。
しかし、その紙自体も汚れてしまっており、良く読めない。
取り敢えず開けてみれば解るかも……と、一度楽器ケースを置こうとした所で、
「何やってるの」
「帰るよー」
声に振り返ると、もう姉達は空へと飛んでいた。
「わ、解ったー」
慌てて答えながら楽器ケースを掴みなおすと、リリカは姉達に続くように空へと飛んだ。
……
三人でライブの事を話しながら、プリズムリバー邸へと向けて空を飛んでいく。
しかし、箱の事が気になるリリカは、姉達にある提案をした。
「ねぇ、無縁塚を横切っていかない? その方が早く家に着くよ」
早く箱を開けてみたいというリリカの思惑に気付く事無く、ルナサは少し考えてから、
「……確かにそれもそうね」
「じゃ、それで確定ー」
そして進路を少し変え、リリカ達は無縁塚を横切るルートで屋敷へと帰る事にした。
……だが、その選択は間違っていたらしい。
無縁塚に入って暫くした頃、正面に何かが見えてきた。
くるりくるりと回るそれは白い傘。傘の持ち主はリリカ達に気付くと、
「あら? 珍しい顔ぶれね」
「……風見」
ルナサの言葉に、風見・幽香は微笑みを浮かべ、
「どうしたのかしら、こんな所に」
「ライブの帰りよ。……それにより、貴女こそなんでこんな所に?」
警戒を持って問い掛けるルナサに、幽香は微笑みを強め、
「花を愛でていたの。こんな辺鄙な場所でも、花は咲くから。……別に貴女達を虐めるつもりは無いわよ?」
そして傘をくるりと回しその表情を隠す。
何か嫌な空気が漂い始めた気がして、リリカは鋭い視線を弱めないルナサへと声を掛けようとし……
「……お前達、一体何を――」
「貴方達、ここで一体何をしているのですか」
突如響いてきた声に、この場にいた全員が視線を向けた。
そこに居たのは少し困った表情を浮かべる小野塚・小町と、少し厳しい表情を浮かべる四季映姫・ヤマザナドゥだった。
「え、閻魔様……」
思わずリリカが呟き、対する映姫は小さく溜め息を吐くと、
「小町を叱りにやって来たというのに……。もう一度聞きましょう。貴女達はここで一体何をしているのですか」
15
説教の順番待ちという何だか良く解らない状況に陥った幽香は、プリズムリバー三姉妹が説教を受けている様子をぼんやりと眺めていた。
「……全く、面倒な事をする閻魔だわ」
相手が違えば説教も違う、という事は理解出来るが、だからって順番待ちは無いだろうと思う。
当然、それを律儀に守っている幽香も幽香なのだが……逃げたら逃げたで後が大変そうなので、仕方なく従っていた。
と、そんな事を思いながら眺めていた三姉妹の中、リリカが背後に箱を隠し持っている事に気が付いた。
「……」
彼女の意識はその箱に向かっているらしく、映姫の説教も少し上の空に見える。
「何かしら、あれ……」
だからという訳ではないが、何気なく幽香は呟き――直後、
「何かしらねぇ、あれ」
「?!」
突如耳元で聞こえて来た声に、幽香は思わず背中を跳ね上げさせた。
一気に顔が熱くなるのを感じつつ、勢い良く殺意を籠めて振り返ると、そこには微笑むを浮かべる女性が居た。
「八雲・紫……ッ」
「珍しい事もあったものねぇ。……あの風見・幽香が、何もせずに閻魔から説教を受けようとしているなんて」
「……五月蝿い」
「うふふ。食後の散歩をしていただけだったのに、面白いものが見られたわ。早速霊夢と魔理沙に……」
「止めーい!!」
八雲・紫へと弾幕を放ちながら叫ぶ。
だが、それは紫へとダメージを与える事は無く、
「……風見・幽香。一体何をしているのです?」
怪訝げに聞いてくる映姫と、紫の姿が見えていなかったのか可哀想なものを見る目でこちらを見る三姉妹に、幽香の怒りは軽く頂点を超え、
「あーもう止めよ止め! 八雲・紫、出てきなさい!! アンタと閻魔、一緒に相手をしてやるわ!!」
「あらあらあら。ご氏名となると、登場しない訳にはいかないわね」
「……ならば、私も相手をしましょう。貴女には、まだまだ罪の意識が足りないようですから」
そして妖しく微笑む紫と、厳しくこちらを睨む映姫に対し、幽香は問答無用で弾幕をぶっ放した。
16
その場に居た全員を巻き込んだ戦闘の後、紫はリリカが落とした箱をちゃっかりと拝借していた。
紫も幽香も周囲の被害を考えずに弾幕を放っていた為、その流れ弾も凄まじい事になっていた。更に幽香に対して映姫が『浄頗梨審判』のスペルを読み上げていた事もあり、最早回避の二文字を考えられぬ程の惨状が生まれていた。
そんな状況から逃れる際、リリカはこの箱を落としてしまったのだろう。恐らく拾いに戻ろうとしただろうけれど……姉達が止めたに違いない。
というか、幽香の弾幕を回避している途中、姉達に引っ張られていくリリカの姿をちらりと見た記憶はあった。何か叫んでいた気がしたけれど、あれは箱の事についてだったのかもしれない。
しかし……貰って来たものは良いものの、
「……出掛ける時に藍が騒いでいたのは、この箱の事じゃ無いみたいね」
藍の話では、箱はもっと綺麗なものだった筈だ。だが、リリカが落とした後、弾幕の雨に晒されぬようすぐに隙間へと落としたこの箱は、もうその時点でボロボロになっていた。
それに、元はマヨイガにあったその箱を、プリズムリバー三姉妹が持っている訳が無い。
つまり、藍の言う箱とこの箱は、似て非なる物、なのだろう。
そんな事を思いながら、紫は博麗神社の境内へと足を踏み入れた。
音も無い静かな境内を歩いて行くと、社の縁側で伊吹・萃香が酒を呑んでいるのが見えた。
紫はさしていた卍傘を畳み、隙間へと仕舞いつつ、
「こんばんわ、萃香」
「んー」
楽しげに微笑み、萃香が答える。紫はその隣へと腰掛けると、光の灯っていない社の奥へと視線を向け、
「萃香、霊夢は?」
「ついさっき、夜の見回りに行ったよ。なんかそんな気分になったからって」
「そうなの」
折角幽香の事を教えてあげようと思っていたのに、居ないのならば仕方が無い。
「……じゃあ暇ねぇ。する事が無くなってしまったわ」
「なら、一緒に飲む?」
空になった杯を持ちながら聞いてくる萃香に、紫は微笑んで、
「それも良いわね」
そう答え……不意に、紫はある事を思い付いた。
「……でも、ちょっと待っててくれる?」
そう言って靴を脱ぐと、紫は社の中へと足を踏み入れた。
そして隙間から先程手に入れた箱を取り出すと、神棚へとそれを置き、
「これで良しっと」
一人満足げに微笑むと、紫は萃香の元へと戻り、
「さ、行きましょうか」
「ん? ここで飲むんじゃないの?」
「それも良いのだけれど、今晩は二人だけの宴会にしましょう。そういう気分なの」
「りょーかーい」
笑みで頷く萃香に微笑むを返し、靴を履く。
そして大きく隙間を開くと、紫は萃香と共に神社境内から姿を消した。
17
深夜。
夜の見回りから帰った博麗・霊夢は、部屋の明かりを点けつつある事に気付いた。
出掛ける時には何も供えられていなかった神棚に、今は何かが置かれているのだ。
「何かしら」
小さく呟きながら手に取ると、それはボロボロになった箱だった。黒く塗られていたのだろう塗装は剥げ落ち、封となっている紙ももう半ば破れてしまっていた。
「何か書いてあるけど……読めないわね」
目を凝らしてみるも、汚れと紙の破損が酷く、読む事が出来ない。
辛うじて封の役割をしている紙を千切ろうかと思うも……止めた。
「……まぁ、こんなにボロボロになるまで開けられなかったんだから、悪い物じゃ無いんだろうし」
そう言って小さく微笑むと、霊夢は再び箱を神棚へと置いた。
そして姿勢を正してから手を合わせ……
「……良しっと。さて、お風呂お風呂……」
一人呟き、霊夢は部屋を後にした。
18
某所。
仕事から帰って来た男性がリビングの電気を点けると、テーブルの上に何か見慣れぬ箱がある事に気が付いた。
それは手の平程の大きさを持った箱で、しかしその外見はかなりボロボロだった。しかも、同じくボロボロな紙で封までしてある。
男性は不思議がりながらもその箱を手に取り、様子を探るように様々な角度から箱を眺め……最後に耳元で軽く振ってみた。
すると、中から紙が擦れるような音が聞えた。
「……」
男性は少し考えた後、箱を封じている紙を指で千切った。そして箱をテーブルへと戻し、ゆっくりと蓋を開け……
「何だ……?」
箱の中には、二つに折り畳まれた紙が入っていた。
男性は蓋を箱の隣へと置き、中から紙を取り出した。開いてみるとそれは手紙らしく、筆で文字が綴られていた。
「……」
男性は眼鏡のずれを直すと、その文字を読み進めていく。
『貴方がこの手紙を読んでいるという事は、もうこの箱に価値はありません。
ですがこの箱の中には、私から貴方への想いが詰まっています。どうそ大切にしてください』
「……」
……悪戯だろうか?
だが、ここは鍵の閉まった家の中だ。こんな手紙を残すぐらいで乗り込んでくる者も居ないだろう。
「……」
男性はその手紙を暫く眺め……ゆっくりと畳むと、再び箱の中へ仕舞った。そして蓋を閉めると、箱はそのままに着替えへと向かう事にした。
……箱をどうするかは、ビールを飲みながらじっくり考えればいいだろう。
そんな事を思いながら。
19
「……あれ、箱が無くなってる」
そう小さく呟いた霊夢に、萃香は疑問符を持って問い掛けた。
「? どうしたの霊夢」
「昨日神棚に汚い箱があったんだけど……。どこに行ったか、萃香は知らない?」
「んー……解んない。そもそも箱があった事自体知らないし」
「そう。……まぁ、無いなら無いで別に良いんだけど」
どうでもよさげに言う霊夢に、萃香は少し苦笑して、
「良いんだ。――でも、無くなったって事はアレだよね」
「アレ?」
返ってきた疑問に、萃香は酒を一口飲んでから微笑むと、
「箱は神棚にあったんでしょ? なら、神様の所に行ったんだよ」
end
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