夢・現。

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0
  
 夢を、見た。
 様々な事があり、そして様々な人妖と出逢って来た過去の夢。
  
 だが、これは夢だ。
 遠い遠い、昔の夢。
   
 何故だろう。
 少しだけ、視界が滲んだ。
   
1
   
 人里にある、少々大きめの屋敷。
 教室としている部屋の戸を開けながら、私は普段と変わらぬ台詞を口にした。
「よし、授業を始めるぞー」
 私の声が響くと同時、部屋の中に居た子供達が声を上げながら席に着いていく。
 その姿を微笑ましく眺めつつ、一人一人の顔を確認する。
「欠席は居ないな。それじゃ、今日は国語からだ」
 言いながら、持参した鞄から教科書を取り出す。もう何年も使い古し、何度も糊で綴じ直したそれを教卓の上に起き、鞄を床へと降ろそうとして……生徒の一人が声を上げた。
「今日の先生、なんか別人みたーい」
「別人?」
 別人とは、どういう事だろうか。
 疑問を浮かべる私に対し、生徒達は口々に別人別人と繰り返す。
「一体、何で別人なんだ?」
 その意味が解らない私の問いに、
「先生、いつもと着てる服が違うから」
「服が?」
 言われ、自分の服装を見、
「あ」
 と、小さく声が漏れた。
 別人と言われるのも仕方が無い。何故なら今日の服装は――
   
「でもさ、その服の方が、妹紅先生には似合ってるかもしれないよねー」
   
……
   
 慧音が死んでから、私は彼女の代わりに里を守るようになった。
 私を守ろうとしてくれた彼女へ、少しでも恩返しになれば良いと思ったのだ。
 だが、里へと顔を見せる事が少なかった私は、慧音の友人という事を差し引いても、里の皆から信用を得る事が出来なかった。
 何度説明をしても拒絶され……しかし、私は里の為に働き続けた。
 里の人間へと襲い掛かる妖怪を打ち倒し、季節毎の収穫に手伝いに走り、森で迷った子供達を助けて回った。今まで縁の無かった勉強を覚え、慣れないながらも授業を始めた。
 そうやって行く内に、少しずつ里の皆との交流は深まり、私は慧音に代わる守人として認められていった。
    
 そして気が付けば、慧音の事を覚えている人間が里から居なくなっていた。
   
 慧音が死んで何年経つのか、私にはもう解らない。
 解りたくも、ない。
   
……
  
 今日の先生は何か変だ、という事で、授業は子供達の意向により中止となった。
 まぁ、こんな日があっても良いだろう。
 しかし、空いた時間にする事も無く……私は久々に散歩をする事にした。
  
2
   
 まず向かったのは、森を越えた先にある紅い屋敷だ。
 紅魔館と呼ばれるその屋敷。今まで何度も目にしてはきたが、中に入った事は一度も無かった。
 良い機会だ。
 私は屋敷の中へと入る事にした。
   
……
   
 朽ち果てた紅い屋敷には、物音一つ無い。
 一歩一歩と歩く毎に埃が舞い、本来は真紅だっただろう廊下は、黒く血色にくすんでしまっていた。
「もう誰も住んでないのか……」
 呟きつつ、数少ない窓へと視線を向ける。汚れた硝子にはひびが入り、割れてしまっていた。その先にあるのは恐らく庭園で……手入れがされなくなったそこは、雑草で溢れていた。
 と、曲がり角を曲がった所に、開け放たれたドアが見えた。
 悪いな、と思いつつ覗き込むと、そこには不可思議な空間が広がっていた。
 薄暗く、窓の無いその部屋の中には、天井に届かん勢いの本棚が並べられていた。だが、おかしな事に、部屋にある本棚が妙な位置で途切れているのだ。まるで、広かった部屋を無理矢理小さくしたかのように。
 そんな部屋に首を傾げながら、更に屋敷の奥へと歩を進め――私は、彼女と再会した。
   
……
   
 屋敷の奥には、一人の少女が居た。
 汚れた紅い服を着たその少女は、私を見て目を見開き――しかし、溜め息と共に表情を無にして口を開いた。
「何しに来たの?」
「散歩。……あ、勝手にお邪魔したわ」
「良いわ」
 言って、少女が小さく顔を伏せる。
「もうこの屋敷には、有能なメイドも、知識人も、門番も破壊魔も居ないのだから」
 呟く声には、悲しげな色。
 そんな少女に、半ば窺うようにして問いかける。
「……新しい人員を雇おうとか、思わなかったの? 知識人や破壊魔は解らないけど、メイドや門番は雇えるじゃない」
 この紅魔館は立派なお屋敷だ。居なくなってしまった人員を補充していけば、ここまで朽ちてしまう事も無かっただろうに。
 だが、少女の答えは私の考えとは違うモノだった。
「それも考えたわ。でも、結局皆死んでいく」
 その言葉に、自分が最低の事を問いかけた事を知った。
 心に、痛みが走る。
 この少女も私と一緒なのだ。
「ごめん、失礼な事を聞いて」
「別に良いわ」
 小さく首を振って言い……少女は霧となって姿を消した。
    
3
   
 紅い屋敷を出、次に向かったのは魔法の森だ。
 昼も夜も暗いという森を歩いていると、森の中に一件の家が現れた。
 古めかしいその外観の家は店らしく、出入り口の脇には『香霖堂』という看板が立てられていた。
     
「こんにちわ……」
 言いながら、店の扉を開く。
 そのまま店の中へと入りながら、思ったよりも広い店内と、それを埋め尽くさん勢いで置かれている商品に目を奪われた。
 古道具屋か何かなのだろうか。古めかしい道具を中心に、何やら用途が解らない物まで、実に様々な物が置かれている。
 と、店の奥から声がして、私は視線をそちらへと向けた。
「全く、後で代金を払ってくれよ?」
「はいはい」
 声と共に現れたのは二人の人間。一人は紅白の服を着た少女で、もう一人は眼鏡を掛けた若い男だった。
 ひらひらと手を振る少女に重い溜め息を吐いた男は、何気ない動作で私を見、
「っと、いらっしゃいませ」
 表情を改め、小さく頭を下げた。
 と、紅白の少女が私の横を通り過ぎ、店の外へと出て行った。
 その姿を、無意識に目で追ってしまう。
 少女の服装には見覚えがあった。思考はそのまま言葉となり、私は店員であろう男へと問いかけていた。
「あの、さっきの女の子は?」
「ああ、彼女はこの先にある博麗神社の巫女です」
「やっぱり……」
「彼女を知っているんですか?」
 疑問の色を持って問いかけてくる男に、首を振って意思を伝える。
「昔……昔、あんな格好をした女の子と知り合いだったので」
 思わず眉が下がるのを感じながら、私は話を終わらせる意味合いを含めて店の中を見回す事にした。
 すると、堆く積まれた商品の間に、ひっそりと置かれた物が目に入った。
 思わず近付いてみれば、それは、硝子のケースに入れられた一本の箒だった。
「これって……」
 思わず声が漏れ、しかし、
「……すみません、それは展示品で、売り物では無いんです」
 悲しげな色を持つ男の声が耳に届く。
 硝子ケースの中。何かの処置が施されているのか、箒は朽ちる事無く此処にあった。
「あの、この箒の持ち主は……」
「……もうずっと前に亡くなりました」
「そう、ですか」
 確信は無い。だが、感じるものがあった。
 この箒の持ち主はきっと、あの白黒の――
「香霖堂さーん?」
 と、そこへ、扉の開く音と共に誰かが店内へと入って来た。
 少女の声色を持つその人物が誰だろうと、私は扉へと振り返り、
「「あ」」
 意外な姿に、少女と共に声を上げた。
  
4
   
「魔理沙はね、普通にお婆ちゃんになって死んだわ」
「……」
「霊夢も同じ。魔理沙より随分と長生きだったけどね」
「そう……。でも、貴女はなんで……」
「私? 私は魔界人だからね。人間は元より、下手な妖怪よりも寿命は長いのよ」
「……辛くは、ない?」
「辛いわ。でも、どうする事も出来ない。全てを受け入れて生きていくしか、方法はないから……」
   
5
   
 人形使いと別れた後……私は、なんとなく神社へと向かった。
 そこには先程すれ違った巫女と、卍傘を持った妖怪が居た。
「……」
 巫女と妖怪という組み合わせは同じなのに、感じるのは違和感のみ。
   
 巫女の視線がこちらへと向いた瞬間、私は神社から逃げ出した。
   
6
   
 ただの思い付きだったが……傷心気味の心は、進路を冥界へと向かわせた。
 初めて足を踏み入れる、死者の土地。
 私には一生縁の無いそこにあったのは、巨大な庭を持つお屋敷だった。
 どこか懐かしさを感じるその屋敷。立派過ぎるその佇まいに少々戸惑う私を出迎えたのは、
「あら、久しぶりね」
 微笑みを持った幽霊のお嬢様だった。
 だが、御付きとしていた剣士が見当たらない。
 少しだけ辺りを窺った私の行動から察したのか、幽霊が口を開いた。
「妖夢なら、もう居ないわ」
 その言葉に、何か嫌な予感がした。
 だが、私の口は止まる事無く、非情な疑問を放っていた。
「……居ない、って?」
「そのままの意味よ」
 遠くを見るように目を細めながら、幽霊は続ける。
「妖夢は半分人間だったから。私とは違い、寿命が来てしまったの」
 ならば、霊となった彼女は何故此処に居ないのか。そう心に浮かんだ問いは、
「私や、不老不死の貴女とは違い、妖夢は輪廻転生の輪から抜けていなかった」
「……」 
「そして、此処には戻って来なかったの」
 淡々と告げる幽霊の声。
 だが、その表情は悲しみに満ちていた。
  
7
  
 心の中に、穴が開いたような感覚。
 定まらない思考を持ちながら、私は幻想郷へと戻った。
  
8
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
「萃香ー」
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
9
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
「……」
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 幻想郷には、鬼が居ない。
 もう、居ない。

   
10
  
 ……気が付けば、私は永遠亭へとやって来ていた。
   
 警備の兎を焼き払い、ただ、無心で進んでいく。
 長い長い廊下の奥。幾つもの襖を越えた先。
 そこに、彼女は居た。
「……輝夜」
「あら、妹紅じゃない。久しぶりね」
「――――」
 何故か、その何も変わらない輝夜の姿に涙が溢れ出してきた。
 敵陣のど真ん中だというのに、嗚咽が止まらない。
 殺しても殺し足りない相手なのに、今は何故か、その存在を嬉しく感じる。
「ちょ、妹紅?!」
「……なんでも、無い」
 服で涙を拭い、笑みと共に。
  
  
  
  
「さぁ、殺し合おう」
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 
end  




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 そして幻想郷の時は過ぎ行く。

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