夢・現。
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ご注意。
この作品には少々残虐な描写が含まれます。
0
内臓が引きずり出される音がする。
痛覚は遥か昔に吹き飛び、ただ意識だけが此処にある。
死んでしまえれば楽だろう。
だが、死ねない。
もし死んでしまえば、意思の範疇を超えた体の再生が始まってしまう。そうすればコイツ等の食料を増やすだけで、いつまで経っても家には帰れない。
朧な意識で再生を抑えつつ、思う。
何故こんな事になったのだろうかと。
だが、それが不味かった。
脳裏に浮かんだのはアイツの顔。
無意識に、怒りが湧き上がる。
制御出来ない力が全身を駆け巡り、嫌でも体の再生が始まった。
嗚呼、嫌だ嫌だ。コイツ等には、今まで一度も勝てた事がないというのに。
また、勝てない戦いをしなくては。
1
愛された記憶など無かった。
だが、父親は父親だった。
だからこそ怒りは湧き、そして少女は帝の手から薬を奪い取った。
焼かれるならばとそれを飲み干し、望まずして少女は不老不死となった。
……
変化する事の無い少女の外見は疑念を呼んだ。 それを誤魔化すように少女は住む土地を変え、各地を転々とした。
そして……ようやっと見つけた安住の地は、人間の寄り付かぬ山奥だった。
だが、人間が寄り付かぬのには理由があった。
其処は、恐ろしい妖怪達の住処だったからだ。
退治されぬ妖怪は脅威でしかなく、結果人々は山中へと寄り付かなくなっていった。
しかし、それでも妖怪は里の人間を襲い、その腹を満たしていた。
そんな場所に、不老不死である少女が現れた。
喰っても死なず、蘇り続ける少女が標的になったのは、最早必然。
殺され続ける日々の始まりだった。
2
荒れた息を吐きながら、少女は地に倒れこんだ。
「……」
今日は逃げ切る事が出来た。
明日も逃げ切る事が出来るだろうか。 日々鍛錬は続けている。しかし、妖怪の力は人間である少女とは桁が違う。
「……帰ろう」
何度考えた所で、結果は変わらない。 ならば、もっと強くなれるようにならなければ。
体に付いた汚れを無造作に叩いて、少女は自宅への道をゆっくりと歩き出した。
3
「……」
嫌な事は重なるのだろうか。
思い出したくもないヤツの顔を思い出した日に限って、こんな目に合うとは。
「……ハ」
燃えていた。
自宅にしていた空き家は、数人の人間の手によって火がくべられ、轟々と燃え上がっていた。
人間の一人が、少女に気付いた。
その瞳にあるのは恐れで……妖怪に対するそれと変わりはなかった。
「ハハ」
笑い声が漏れる。
おかしな事があったものだ。
視界は涙で滲んでいるというのに。
4
当てもなく、ただぼんやりと歩いていく。
悲しいとか辛いとか、そんな感情が浮かんでは消える。
流れてくる涙に、声を上げて泣き出したくなる。
もう、何もかもが嫌になっていた。
と、そんな時だ。
森の奥から、楽しげな声が聞こえてきた。
少女の気持ちとは正反対のそれに怒りが湧くも……こんな場所で宴会を開く者達の顔も気になった。
ゆっくりと歩を進め、少女は暖かな光を持つ宴会の場へと忍び寄った。
5
「……え?」
自然、声が出た。
だが次の瞬間、馬鹿な事をしたと確信した。
そして、宴会の場に居る者達全員の視線が、少女に向いた。
全員、角を生やしていた。
6
逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる――
あれは鬼だ。
妖怪など、ましては人間など足元にも及ばない。
嗚呼、あれが鬼だ。
鬼の宴会に足を踏み入れてしまった。
逃げる傍から足音が響く。
笑い声が響く。
ただ、逃げる。
7
もう、逃げられない。
8
手をもがれる。足を砕かれる。頭を潰される。
だが、死なない。
再び動き出した心臓を抉られる。自身の内臓を喰わされる。脳を掻き回される。
だが、死なない。
体を燃やされる。体を両断される。体を酒樽に沈められる。
だが、死ねない。
これは鬼の宴会。
終わる事が無い宴会。
朝も昼も夜も。
絶叫と、笑い声だけが響く。
9
そして……気が付けば、少女は鬼達から奇異の目を向けられていた。
助かったのかどうかは解らない。
しかし、終わらないと思っていた苦痛は止んでいた。
「……」
不意に、立ち向かってみようかという気が起きた。
勝てる相手達でないのは百も承知。
しかし、もう恐怖は無い。数百と繰り返した死の内に消えてしまった。
だから、と思う。
このまま酒の戯れに殺され続けるのなら、例え一発でも殴ってやろうと。
「――」
腹が決まれば、行動はすぐだ。
気合を叫びとしながら起き上がり、少女は鬼達へと向かって行った。
10
響く響く音が響く。
酒の席に音が響く。
拳と拳の音が響く。
気が付けば、少女は幼い外見を持った女の鬼と相対していた。
11
鬼が名乗る。
「私は萃香。伊吹の萃香。アンタは?」
少女は答える。
「――藤原・妹紅」
……
腕が飛ぶ腹が飛ぶ頭が飛ぶ。
振るわれるは豪腕。
人の身である妹紅には止められない。
だが、妹紅は死なない。
何があっても死ぬ事は無い。
何度でも何度でも、蘇っては立ち向かっていく。
12
そして。
「あ」
一発。
萃香と名乗った鬼に、初めて一撃が入った。
だが、次の瞬間には数十メートルの距離を吹き飛ばされていた。受身を取れず、地に叩き付けられた妹紅の体を次に襲ったのは、痛みではなく、楽しそうな笑い声だった。
「好い加減頑張るなー、とは思ってたけど、まさか私に一撃入れるなんてね」
笑みを持ち、体から力を抜いて萃香は言う。
「妹紅って言ったっけ? アンタ、此処に来てからずっと体を鍛えてたよね。毎日妖怪に襲われてもめげずに、ただひたすらに」
何故その事を知っているのか。
問いかけようと開いた口に差し出されたのは、萃香が持つ瓢箪だった。
「死なない人間は初めてだったけど、私を殴ってみせた人間も始めて。だから、アンタも宴会に参加しなさい。アンタみたいなのが居れば、もっと宴会は騒がしくなるから」
言葉の意味がすぐに飲み込めない。
だが、
「――」
妹紅へと萃まる視線に、恐ろしさは感じなかった。
13
それは不可思議な感覚。
つい先日までは自分を殺して遊んでいた者達と一緒に酒を飲む。
様々な話を聞き、笑い、泣く。
だから、と思う。
自分とは違うのだと、そう実感する。
彼等は鬼であり、人間である妹紅とは違う生き物なのだと。
そう割り切ってしまえば、後はもう酒の席を楽しむのみだった。
14
長い……長い間、宴会は続いた。
気が付けば、過去の話も、自身が不老不死である事も、全て全て酒のせいにしてぶちまけた。
恨みも、辛みも、全て、全てを。
だから後には、虚無が残った。
15
そして、更に長い時が流れた。
ただ酒を飲み続ける日常に少しずつ飽きてきた妹紅は、萃香にある提案をした。
「私に稽古をつけてくれない?」
独学で強くなるには限界がある。しかし、目の前には人間の限界を軽く超えた者が居る。
半ば無謀かと思いながらの問い掛けは意外にも快諾され、その日から再び萃香と拳を交える事となった。
16
そんな日々が暫く続いた頃。
妹紅の身の周りに兎が現れるようになった。
……
兎。うさぎ。ウサギ。
まるで妹紅の命を狙うかのように。
……
輝夜と再会したのは、そのすぐ後の事だった。
17
空になっていた心に、再び何かが満たされる感覚。
終わりの無い殺し合い。
アイツを、いつまでもいつまでも殺す事が出来る。
嗚呼、これ以外に何を望もう。
18
だから少女は気が付かなかった。
この幻想郷が外界から隔離された事に。
そして少しずつ、鬼が居なくなっていった事に。
19
「萃香ー」
20
「何ー?」
森の奥深く。
久しぶりに逢った萃香は、昔と変わらぬ姿で酒を飲んでいた。
その姿に苦笑しつつ……ふと、あれだけ騒がしかった宴会が、彼女一人だけになっている事に気が付いた。
「一人で飲んでるなんて珍しいじゃない」
「んー、そうでもないよ」
久々に萃香から杯を受け取りつつ、何気ない話をしていく。
だが、彼女の表情が少しだけ暗かったのは何故だったのだろうか。
……
暫くして、萃香が突然声を上げた。
「……決めた。宴会をやるわ」
それは本当に突然で、そしてその時の彼女の姿は少し儚げで……だから妹紅は、その提案に対して何も言う事が出来なかった。
ただ酒を飲み、頷く事しか出来なかった。
……
それから暫く経ち……人間と妖怪が一緒になり、妹紅の元へと肝試しに現れた。
奇妙なその組み合わせ。しかし彼女達は萃香の事を知っていた。
そして少女は知る事になる。
この幻想郷に、鬼はもう居ないのだという事を。
21
「ごめんね、萃香」
「別に良いよ」
「でも……」
「良いって。その代わり、次の宴会からはアンタも参加しなさい。どれだけ強くなったか、また確かめてあげるから」
微笑む萃香に頷きを返す。
傾ける酒は、懐かしい味がした。
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