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一日で百人の人間を殺す。
俺にとってはそんな事、造作無い事だった。この世界にやって来てからも、俺は人を殺し続けていたから。
でも、俺はもう誰かを殺すのは嫌になっていたんだ。
そんな時、元の世界に帰る方法として提示されたのがそれだった。
俺は迷った。
もう表に出れない俺としては、魔法使いの力を借りずに帰れるチャンスだったから。
そして決めた。
他人の不幸よりも、自分の人生を優先する事を。
それと同時に、お嬢さん、君にもう一度謝ろうと思った。もう俺の事を覚えているかも解らなかったけど、それでも謝りたかったんだ。
今日試験が行われている事は知っていた。
それは百人もの人を殺すには打って付けともいえたから――だから俺は試験会場へと入り込んだ。
そして、さっきの男が百人目だった。俺は課題をクリアしたんだよ。
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赤い鎖
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嗚呼、私が悪いのか。
『彼』が今まで人を殺し続けたのも、今日百人もの人を殺したのも。私が彼をこの世界に呼ばなければ、こんな事は起こらなかった。
そう思うと、悔しくて涙が出る。
大変な事をしてしまった自分に。そして罪を忘れ、のうのうと生きてきた自分に。
「泣かないで、お嬢さん。悪いのは君じゃ無い」
「でも、でも!」
「君は悪くない。悪いのは殺人鬼である自分を認めてしまった俺なんだから」
「でも……!」
「君は悪くないんだ」
真っ直ぐに視線を交わす。
冷たく無表情だった瞳が、少しだけ感情を見せている気がした。
「……」
でも、そう簡単に妥協は出来ない。
「それでもお嬢さんが自分が悪いと言うのなら、死者の為に祈って欲しい。俺が殺してきた人達の為に、泣いて欲しい」
「――ッ」
「駄目か?」
「それ、は……」
「加害者じゃない君が出来る事は、そう言う所から始まるんじゃないかと思うから」
「……」
加害者じゃない君。
『彼』がこの数年間、どんな思いをしてきたのかは解らない。でも、それでも私の事を考えてくれる『彼』の気持ちを、加害者じゃないと言ってくれる『彼』の気持ちを、これ以上否定する事は出来なかった。
「解り、ました」
例えそんな事しか出来ないとしても、最低限の事はしよう。
そう、心に決めた。
「良かった」
そう言って、『彼』が微笑んだ。
少しぎこちなかったけれど、今までで一番嬉しそうな微笑みだった。
そのあと、『彼』と色んな話をした。
特に気になったのが、硝子の刀身を持つ剣の作られた経緯だった。
「聞いた話では、これは最新鋭の科学の結晶なんだそうだ。どこかの物好きが何かの道楽で造ったものなんだろう」
その、彼の世界にある科学という技術。
魔法ではないその技術は、まるで魔法のような世界を作り出せるものらしい。空を飛ぶ鉄の塊とか、世界の裏側と話をするキカイとか、物凄いスピードで走る乗り物とか。
私達の生活では考えられないようなものばかりが、『彼』の世界にはあふれているのだそうだ。
「本当にこことは全く違う世界なんだ。酷く汚れて、歪んだ世界なんだよ。でもそこが、俺の生まれた世界なんだ」
そんな彼の台詞が、何故かとても印象的だった。
「……さてと。俺はもう行く事にするよ」
『彼』が立ちあがる。
まだまだ話したい事があるのに、いざ別れに近付いたら言葉にならなくなっていた。
そんな私を尻目に、『彼』は硝子の刀身の剣を取り出すと無造作に空間を斬った。
そして、
「約束は果たされ、今門が開く。世界よ、ここに繋がらん」
静かに呪文が紡がれる。
すると、縦に一本線だった切れ目が段々と広がり、大きな丸を描いた。それは不可思議な文様を描きながら、校長が生み出したものに似た、けれど絶対的に違う魔力を帯びた魔法陣――門を作り出した。
「……これで、世界が繋がった」
『彼』が呟く。
そして、降り返り私の前に立つと、手にした剣を私に差し出してきた。
「え……?」
「俺にはもう必要ないから。君に貰って欲しいんだ」
「私に、ですか?」
「ああ。そして、俺が君に譲り渡す為に与える課題」
それは、
「幸せになってくれ。どんな人生でも良い。君が幸せだと思える人生を歩んで欲しい。そうしたら、この剣は世界を繋いでくれる。まぁ、その時にでも逢いにでも来てくれたら嬉しい」
そういって笑うと、『彼』は私に剣を手渡した。その顔には、もうぎこちなさは消えていた。
幸せに。
それは、自分を責めるなという『彼』からの注意なのかもしれない。
そんな事を思ったら、また涙が溢れてきた。今度は、嬉しさと、悲しさで。
だから、さよらなの言葉が上手く紡げない。最後に聞きたい事があるのに、上手く伝えられない。
そうしている内に『彼』は門へと近付き、その体を白い光に包まれていた。
何か、最後に何か。
手に持つ剣は可能性。
だからこれは『さよなら』じゃ無い。
なら、聞くべき事は――
「あの、名前を教えてください!」
「そういえば、言って無かった。俺は明神・刀都(みょうじん・とうと)と言うんだ。朱依・空さん」
「私の名前――」
どうして知っていたのか。
それを聞く間もなく、『彼』は、本当にこの世界から姿を消した。
「……」
ふと気付けば、私は夜城に抱き締められたままだった。それに顔が熱くなってくるのを感じながら(同時に、どれだけ自分が呆然としていたのかを感じながら)、私は夜城へと視線を向けると――彼は、鋭い目つきで『彼』の消えた空間を睨んでいた。
同時に、背中の当たりに違和感を感じる。もしかすると、私に掛けてくれたブレザーを強く握り締めているのかもしれなかった。
「どうしたの?」
そういえば、私が『彼』と話していた時も、夜城はずっと押し黙ったままだった。まるで、何かを押さえ込むかのように。
「……いや、なんでも無い。今の俺には、どうにも出来ない事だから」
本当に悔しげに言う。そして深く深く深呼吸をすると、どうにか気持ちを切り替えたのだろう表情で、
「さて、どうするか」
「あ、うん。どうしようか」
殺人鬼が現れ、死者が出ていたのだ。試験は中止になっているに違いない。
「帰るか、二人で」
彼も同じ考えだったのだろう。そう言って、私の手を握ってくれた。
「……うん」
赤くなっていく顔を見られないように俯きながら、私はその手を握り返した。
この時、私には『現実』が全く見えていなかった。
百人もの死者が出たという現実が解っていても、今この瞬間には、それがまるで別世界の出来事のように感じられていた。
だから私は気付かなかったのだ。
夜城がずっと押し黙り、そして私を護るように抱き締め続けてくれていた本当の理由を。
その事を、私はあとで後悔する事になる。
けれどこの瞬間、私は何も想像出来ず、ただ恥ずかしさに赤くなっていたのだった。
■
さて帰ろう、と動き出したその時、
「大丈夫か!?」
という大きな声と共に、数名の教師がやってきた。なんでも、湖で魔力の変動が見られた為に、急遽掛け付けたらしい。
そう、ここに来て初めて、私達は洞窟内に避難命令が出ている事を知ったのだった。
そこからはもう質問攻めになった。
「怪我などは無いのか?」「お前達は何故逃げていないのか?」「どうやって此処まで辿り着いたのか?」「魔力の変動があったが、お前達が何かしたのか?」「それとも、ここに誰か居たのか?」
私達は慌てながらも一つずつその質問に答えていった。
それでも、『彼』の事は全て伏せた。
つまりは、
『避難命令を知らなかった生徒二人が、階段の結界などを教職員達に見つかる事無く潜り抜け、湖にまで到達した。魔力の変動については不明。数多く張られた結界が互いに干渉しあったのかもしれない』
という事になった。
だから、私達の行動の中に殺人鬼は存在しない。
そうした理由は、『殺人鬼と知り合っていたという事が解れば、私達が怪しまれてしまう』という不安からと、『元の世界にへと帰ることが出来た『彼』を、また苦しめたく無い』と言う思いがあった。……まぁ、実際は後者の気持ちの方が強かったのだけれど。
そして、私達は洞窟の外に出る事になった。
まだ半日も経ってないのに、随分久しぶりに外に出た気がした。
■
そして、次の日。
臨時集会が開かれ、死者への黙祷が捧げられた。
そこで初めて、私は白先輩達が殺されていた事を知った。
そう。自分がどれだけ能天気に『彼』と――殺人鬼と会話し、夜城を苦しめていたかを知ったのだ。
「あお、き……」
「……」
あとで聞いた話では、彼は洞窟に居た時から先輩達の死を知っていたらしい。でも、彼の実力では『彼』を止める事は出来なかった。だから――何も知らない私の前で、夜城は膨れ上がる殺意を押さえ込み続けていたのだ。
それなのに、私は――
「――私、は、」
先輩達と話をした、あの短くも楽しかった時間が蘇る。夜城にとっては、多分始めて出来たA科の先輩だったのに。それなのに、その先輩達を殺した相手から、私は最悪の言葉を貰ったのだ。
「私は――!!」
それが悔しくて悲しくて、私は泣いた。
そしてそれ以上に、暗く黒い思いが心を支配する。
だから、決めた。
もう一度『彼』に逢おうと。
言いたい事、話す事なんてあり過ぎるのだから。
こうして、私は――私達は歩き出した。
心に芽生えた感情を押し殺して。
殺人鬼の言う幸せを、掴むために。
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――彼女達の物語は、終わる事無く続いていく。
これはまだ、その始まりに過ぎない――
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