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お姉ちゃんとお姉様。

――――――――――――――――――――――――――――


 
 古明地・さとりにとって、『宴会』は見慣れた光景である筈だった。 
 だが、目の前に広がるそれは――広い神社の敷地を埋め尽くすその宴会は、彼女の想像を超えていた。それはペットである燐達も同じだったようで、驚きと興奮と共に「すっごーい!」と声を上げ、子供のように目を輝かせている。
 そう、宴会だ。大宴会だ。雪深い冬を越え、春と共に目覚め始めた人妖達が神社に集い、満開の桜の元で新しい季節を祝う宴会を行っていた。
 その圧倒的とも言える光景を前に、さとりは深く息を吐く。
 どうやら、軽い気持ちで魔理沙の誘いに乗ったのが不味かったらしい。そんなさとりの第三の眼が、『大丈夫かな、さとり様』という、心優しいペット達の心を読んだ。それに答えるように視線を向けると、いつもならば一番に騒ぎに混ざっていくだろう燐と空が心配げにこちらを見つめていて、
「これだけ人が多いと、さとり様は大変じゃないですか?」
 表情を曇らせて聞いてくる空に、さとりはいつものように微笑み、
「大丈夫ですよ。この騒がしさの中、人々の声を個別に聞き取る事が出来ないように、心の声も混ざり合ってしまいますから。私に気にせず、楽しんできなさい」
 さとりの言葉に、燐と空はじっとこちらを見つめた後、一度顔を見合わせ、そして改めてさとりを見つめ、
「はいっ」
 と、可愛らしい笑顔を残し、宴会の輪の中へと駆け出していった。
 その姿を微笑ましく思いながら、さとりは二人を見送り…………溜め息を一つ。
「……」
 実際には、今すぐ地霊殿に帰って横になりたいほどに声が五月蝿かった。
 聴覚が捉える騒音はまだしも、第三の眼が捉える心の声は直接脳へと響くものだ。そして、酔っ払い達の思考は支離滅裂で桜色をしている。『覚』という種族である以上、他者の思考が流れ込んでくる事に対する耐性はあるが……しかし、これだけ声の量が多くなると、飲んでもいないのに酔わされてしまう。
 ぐるぐると世界が回る。それは乗り物酔いに似た、強い不快感を伴うものだ。
 困りましたね、と表情を曇らせながら、さとりは新鮮な空気を求めるように空を見上げた。
 雲一つ無い夜空には星が瞬いていて、けれど彼等の声はここまで届かない。無意識で行動するようになってしまった妹のように、その存在には手が届かない……。
 ……あの子もこの宴会にやってくるのかしら。そう妹の事を思いながら、さとりはゆっくりと宴会の輪の中へ混ざっていく。
 この『酔い』を、酒による陶酔感へと変化させる為に。



 そうして、どのくらいの時間が経っただろう。
 どれだけ飲んでも気持ち良く酔う事が出来ず、結果的には悪酔いし、気持ち悪さに横になり……少し眠っていたのか、気付けば宴会の騒がしさが少し減っていた。とはいえ、その人数に変化は見られず、相変わらず桜色の思考が脳へと突き刺さってくる。それでも、多少慣れてきたのか、そこまで気分が悪くなる事は無かった。
 ゆっくりと体を起こし、周囲をぼんやりと見回す。眠った為か、少し喉が渇いている。だが、周りにある飲み物といえば酒しかなく……と、近くにある皿にフルーツの盛り合わせがあった事を思い出し、視線を巡らせると、すぐ目の前の皿にカットされたオレンジが一つ残っていた。それに手を伸ばしたところで、横から伸びてきた青白い手にオレンジを奪われ、
『ん、美味しい』
 そう響く心の声に悪びれた様子は全く無く、つまり彼女が大妖怪に分類される、我が儘な相手なのだろうと思いながら顔を上げ、
「……ええと、貴女は、」
 もぐもぐと口を動かしているのは、白いドレスを着た小さな女の子だった。だが、そこから感じられる魔力は並みの妖怪の比ではない。まぁ、地底に住む鬼達の強大な妖気に慣れているさとりにとっては、それに恐怖を覚える事は無いのだが。
 そう思うさとりの隣に、オレンジを飲み込んだ少女が腰掛けながら、
「レミリアよ」
「……ああ、貴女がレミリア・スカーレットさんですか」
 以前、地霊殿へとやって来た霊夢達と弾幕ごっこをした時に、レミリアの持つ鮮烈な紅のイメージを第三の眼が捉えていた。そうでなくても、何度か地霊殿へ遊びにきた魔理沙から彼女の話は聞いている。そんなさとりの体を射抜くように、幼く気高い夜の王がこちらを見つめ、
『……あれが魔理沙の言ってた第三の眼か。心の声が聞こえるとか、本当かな』
「本当ですよ」
 ごく自然に、心の声に答えてみせる。これを止めれば気持ち悪がられる機会も減るのかもしれないが、しかし自分は覚だ。そうやって人々を驚かせてきた存在である以上、今更その生き方は変えられない。
 対するレミリアはさとりの言葉に驚かず、さりとて嫌悪する事も無く、とても楽しげに笑ってみせた。
「へぇ、吸血鬼が相手でも効果を発揮するのか」
「どうやらそのようです」
『面白いな』
 尊大な物言いの心にあるのは、子供のように純粋な好奇心。一見すれば歪とも思えるその矛盾を孕むのが、隣に座る吸血鬼であるようだった。
 とはいえ、さとりとレミリアは初対面であり、特に話す事も見付からない。それでもレミリアはこちらの隣を動く様子が見られないから、さとりは近くにあったボトルワインを手に取り、
「……飲みますか?」
「うん」
「では、グラスは……」
「――さくやー。グラス二つー」「――こちらに」「ん」
「……」驚いた。レミリアの呼び掛けに応えて唐突にメイド服の少女が現れ、消えてしまったと思ったら、一瞬前まで存在していなかったグラスが用意されていた。しかも既にワインが注いである。
 それに目を白黒させるさとりの様子に、レミリアが小さく笑い、
「そうか、咲夜の能力を知らないのか」
 楽しげな声と共に第三の眼が捉えるのは、一面のナイフと、タネの無い奇術。時を操る瀟洒なメイド長。
「……優秀なメイドさんなのですね」
 地上には凄まじい人間が沢山居るのだと思い知らされる。そんなさとりの隣で、レミリアはまるで葡萄ジュースか何かのようにワインを飲み干すと、すぐにその大きな瞳を目の前に並ぶ皿へと向けた(気付けば料理が増えていた。これも先ほどのメイドが手配したのだろう)。同じように彼女の心はコロコロと移り変わり、興味を変化させていく。
 それは『大妖怪』と呼ばれる妖怪の心とは思えないものだった。長い時を生きてきた妖怪というのは、総じて心の機微が小さい。喜怒哀楽全てに対し、老熟し切ってしまっているからだ。例えその顔に笑顔を浮かべていたとしても、心から楽しんでいる事は滅多に無い。
 それは地底の鬼も同様だ。酒を飲み、狂乱に興じているように思えても、その心は常に周囲を窺っている。鬼というのは乱暴で粗暴で、そして臆病な種族だから、地底に楽園を築き上げた今も、それが壊される恐怖を――人間に退治される恐ろしさを忘れ切る事が出来ないのだ。
 にも関わらず、レミリアの心にはそうした警戒が一切見られず、純粋にこの宴会を楽しんでいるのだと解る。その理由はとても簡単で、
「――咲夜」
「ん? うちのメイドがどうかした?」
「……貴女は、部下を信頼しているのですね」
「当たり前じゃない」
 そう楽しそうに微笑んで、レミリアが料理を口に運ぶ。『美味しい』とほころぶその心は、空に似ているところがあるような気がした。
 そうして、どこか虚を突かれたように思いながら、さとりは初対面の妖怪と時間を過ごしていく。
 だが、無言で飲み交わす酒は少し味気ない――というか、一応酒を勧めたものの、さとり自身はあまり飲む気が起きていなかった。だから何か話題を探そうと思うものの、周りの騒音と心の声に邪魔をされて頭が上手く回らない。レミリアはこちらを受け入れてくれているし、出来れば仲を深めたいのだけれど……と、そう思う気持ちすら、上手く言葉に出来そうにない。
 そのまま、料理を摘まみながら時間を潰していると、『そろそろかな』という思考と共に、レミリアが視線を上げた。
 突然のそれに、さとりも釣られるように視線を上げて――
「――こいし」
 そこに、無意識の存在となってしまった妹が一瞬だけ現れ、微笑み――そして瞬きの間に消え失せる。それはどこか咲夜の登場に似ていて、けれど明確に違うものだった。それに驚くさとりに、隣に座るレミリアが感心したように、
「……あれが無意識か。確かに気付けないわ」
「吸血鬼にも、ですか?」そう呟きながら、視線を下げる。そうして見つめたレミリアは、一瞬前までの子供らしい様子から一変した、鋭い表情をしていて、「……レミリアさんは、こいしに気付いて視線を上げたのではないのですか?」
「違うわ。今のはそういう運命だっただけ。何も無い状況だったら、この私にも捉えられないわね」
 そう答えるレミリアの心は、この宴会が始まる前に一つの運命を見た事をさとりに教えてくれた。それは、この宴会場で古明地・さとりに出逢い、その妹である古明地・こいしを見付けるというもの。当然、こうして心を読まれる事もレミリアにとっては織り込み済みで――そんな彼女の心に浮かんだのは、館の地下に引き籠る妹の姿。
「……私達は似ているかもしれないって、そう思ってさ」
 狂気と無意識。常人には理解出来ないそれを、実の妹が孕んでしまったから――という訳ではない。そんなもの、心を読まなくても解った。
「妹を愛する気持ちが、ですね」
 視線を上げる。
 真っ直ぐにこちらを見つめるレミリアは、子供でも、夜の王でもなく、姉としての表情をしていた。
 そして頷きと共に、レミリアがグラスを手に取った。空になっていた筈のそれには、いつの間にか赤いワインが注がれていて……同じようにグラスを手に取ったさとりは、彼女に合わせるように軽くグラスを掲げる。
 そうして、無言の乾杯と共に、ワインを一口。

 自分と同じ『姉』を前にした今、その無言に味気なさは感じなかった。



□ 

 大宴会から一ヶ月。
 顔なじみとなった美鈴に挨拶をし、午後の日差しを浴びて少々眠たそうなその姿に苦笑ながら、さとりは紅く暗い紅魔館の中へと入っていく。
 最初はレミリアを地霊殿に招待しようと思っていたのだが、地底が開放されてからまだ日が浅い為、幻想郷のパワーバランスの一つである吸血鬼が地底都市入るのは得策ではないだろうという判断、更にレミリアの『地底まで行くの面倒だから、さとりがうちに来なさい』という言葉もあって、紅魔館に招待される日々が続いていた。
 その中で解ったのは、レミリアが紅魔館の住民を心から信頼し、甘えているという事だった。同時に、館主であり姉であるという立場は同じでも、さとりとレミリアは大きく違っているのだと気付かされる。甘える事の多い彼女に対し、さとりは甘えられる事の方が多いのだ。
 とはいえ、それに対して文句はないし、むしろ可愛いペット達に甘えられるのはさとりの喜びでもあった(一時期は恐れられていたから尚更だ)。
 甘える者と、甘えさせる者。それがはっきりとしているから、二人の関係が深まるのも早かったのかもしれない。
 だが、レミリアはさとりの前では姉としての顔を見せる。つまり、咲夜達に甘える事はあっても、こちらに対して甘えてくる事は無いのだ。二人の姉の立場は、常に対等なのである。
 そうして入った客間に、レミリアの姿は無い。彼女曰く、主人がゲストを迎えるのではなく、ゲストに主人を迎えさせるのが吸血鬼の流儀であるらしい。しかし実際には、この時間はまだ眠いだけという事をさとりは知っていた。
 と、そんなさとりの背後に、音も無く一人のメイドが現れ、
「いらっしゃいませ、古明地様」
 にこりと微笑む十六夜・咲夜は、椅子を引いてこちらの着席を促してくれる。それにいつものように「ありがとう」と答えながら、しかしさとりは毎回驚いてしまうのだ。
 咲夜が突然現れ、消える事もさる事ながら、彼女の心は実に様々な事を考えている。時を止められるとはいえ、その体が人間である以上出来る事には限界があるようで、どうしても流れ行く時間に完全に逆らう事は出来ていない。その時間の中をどう動き回り、仕事を行い、主人を満足させるか――そればかりを考え続ける彼女は、まさしく完全なメイドだ。灼熱地獄跡の管理を任せていた筈が、いつの間にか八咫烏の力を取り込み、地上に攻め込もうとまでしてしまった自分のペットとは大違いの優秀さだった。
 こうした人材が一人でも居れば地底の管理も楽になるのかもしれないが……それはそれでつまらなくなるような気がしてしまう。やはり自分には、ペットと気ままに生きている生活が合っているらしい。
 そんな事を思っている間に咲夜が消え失せ、客間に一人残される。……と、外から扉が少しだけ開き、妖精メイド達が中を覗き込んできていた。それに第三の眼を向けると、未だに慣れないのか、妖精達がきゃーきゃー言いながら廊下の向こうに消えていく。
「……あれは楽しんでいるのかもしれませんね」
 怨霊とは大違いだ。やはり、自然の――生命力の権化ともいえる妖精は陽気で、騒がしい。もしかすると、彼女達は恐怖すらも狂喜に変えてしまうのかもしれなかった。
 或いは、主人が吸血鬼である事が――この幻想郷のパワーバランスの一つに仕えている事が、彼女達の胆を太くしているのだろうか。簡単に死んで蘇る妖精とはいえ、全く学習しない訳ではない。こうした日々の積み重ねによって、妖精達の精神が強くなっていてもおかしくないだろう。
「……」
 だからこそ、こんなにも過ごし易い屋敷の地下に引き籠もってしまっているフランドール・スカーレットの心が解らない。
 さとりの持つ第三の眼は、多少距離が離れていても相手の心を読み取る事が出来る。だが、この地下には強固な結界が存在し、当のフランドールの心までは読む事が出来なかった。レミリアはそれを期待してさとりを招いた訳では無かったようだが、それでも「無理でした」と告げたさとりに対して残念そうな表情を浮かべていた。
 あの日から――始めて紅魔館に招かれた日から、二人は自分達の妹について語り明かしている。
 自分がどれだけ妹を愛し、心配し、そして共に過ごしたいと思っているのかを、毎日のように語り合っている。何度繰り返しても止められないそれは、未練とは違う、希望だ。
 レミリアの事を「アイツ」と呼び捨てる事もあるフランドール・スカーレットは、一時期のように全く地下から出てこない訳ではないし、
 地上の神社で霊夢達と出逢い、戦った古明地・こいしは、少しずつではあるが第三の眼を再び開こうと思い始めている節がある。
 それは、希望が現実になる事を予感させるもので。だからこそ、二人の姉は語り合う事を止められないのだ。
 とはいえ、そう簡単に希望が叶う訳も無く、
「……ままなりませんね」
 小さな溜め息と共に呟いたところで扉が開き、レミリア・スカーレットが咲夜を連れて現れた。いつものように白いドレスに身を包んだ彼女は、いつものように尊大に椅子に腰掛ける。とはいえ、その姿が幼い少女である以上、そうした尊大さにもどこか可愛らしさが感じられるのだが。
「……ちょっとさとり、今失礼な事を考えたでしょ」
「おや、レミリアさんにも第三の眼が?」
「そんなもの無くたって、その顔を見れば解るよ」
 そう言って、レミリアが楽しげに笑う。
 第三の眼を持つさとりにとって、『相手の顔色を窺う』というのは少々理解出来ないものだ。何せその顔色の奥に何を考えているのか、第三の眼で全て見通せてしまうのだから。
 故に、高い洞察力を持つレミリアの言葉に驚かされる事が多々あり……そうした驚きを得る度に、自分がどれだけ能力に依存しているのかを、さとりは思い知らされるのだ。

 そうして、二人の姉のお茶会が始まる。
 途中、レミリアの友人であるパチュリーが混ざったり、咲夜が現れては消えたり、妖精メイドが客間の様子を覗き込んでは咲夜に怒られて飛んでいったりと、普段通りの時間は進み……和やかに交わされる世間話は、最終的に妹の話へと繋がっていく。
 だからこそ、二人の姉は思ってしまうのだ。
 目の前の姉なら、自分の妹を救えたのではないか、と。
「まぁ、立場が逆だったら、なんて考えるのは愚かな事ですが……」
「……あの子達が幸せになれるのなら、ね」
 例えば、無意識の妹。彼女の運命を知っていたならば、その苦痛から開放してあげる事が出来たかもしれない。
 例えば、狂気の妹。その心を読む事が出来たなら、その孤独から開放してあげる事が出来たかもしれない。
 妹を護り続けてきた二人の姉にとって、妹の幸せは何よりも強く望むものだ。普段はそれを顔に出す事は無くても――いや、顔に出す必要が無いほど、当たり前のようにそれを考え続けている。
 それが家族というもので、それが姉の――妹を護る存在の役割だろうと、二人の姉はそう思う。
 種族や立場は違えど、二人の姉はとてもよく似ていたのだ。
「こういうのを、親馬鹿ならぬ妹馬鹿とでも言うのでしょうか」
「かもしれないわね」
 妖怪同士でも、友人同士でもなく、姉同士として話を出来るこの時間は、二人にとってとても充実したものだった。
 そんな中で、不意にレミリアがこちらを見つめ、
「話は変わるけれど……昨日、寝る前に考えてみた事があるのよ」
 その言葉に、それとなく居住まいを正す。心を読まずとも、レミリアが何か真面目な話を始めようとしているのは何となく理解できて――ああ、これが『顔色を窺う』という事かもしれないと、さとりはそんな事を思う。
 ともあれ、対するレミリアは、さとりの飲んでいる紅茶とは明らかに違う赤黒い液体を飲みながら、
「さとりの能力は、私の能力と似ているところがあると思うのよね」
「運命を操作する能力と、心を読む能力が、ですか?」
 意外な――というより、予想外過ぎるその言葉に、思わず聞き返してしまう。そんなさとりに、レミリアは小さく頷き、
「そう。例えばさ、目の前に百人の人間が居て、その中の一人が私を殺そうとしているとする。私は運命を見てそれを知っていて、でもその中の誰が殺意を持っているのかは解らない。だけど、さとりにはその一人が一発で解る。つまり、どの時点で悪意を判別出来るかは別にしろ、私達は自分に対する悪意を事前に知る事が出来る訳ね。
 まぁ、私もさとりも、相手の悪意に気付いていない状況には――不意打ちには弱いって事になるんだけど……って、あー、言ってみてアレだけど、あんまり似てないかな」
「事前に他者の行動を知る事が出来る、という部分だけを見れば似ていると思います」まぁ、一ヶ月前の宴会の事を思い出すに、実際に殺意だけを判断出来るかは解らないが、それは言わないでおく。「でも、私の力はそこまで便利なものではありませんよ」
「違う違う、便利な力だって言うつもりはないわ。私だって、見たくない運命を散々見てきたしね」
 そこで、レミリアが少しだけ視線を逸らし、
「……だから、その、私にはさとりの苦労が少しでも理解出来るから、何かあったら言って頂戴。さとりの陰口を言う奴は、私か出て行って殺してあげるから」
 少々恥ずかしげに告げるレミリアは、その言葉の為に今の話をしてくれたのだろう。そしてその言葉は、姉としてでは無く、友人としてのもので……それがさとりには解るから、その優しさがとても嬉しく、暖かかったのだった。

 ――そんな二人の様子を覗き見る影がある。
 それは誰にも気付かれぬまま、ふらりと消えていった。





 
 談笑を続ける姉達の足元――紅魔館の地下に拡がる迷宮のその奥に、一つの部屋がある。
 部屋の主であるフランドール・スカーレットは、大きな紅いソファーに腰掛け、分厚い本を開いていた。
 響くのは、ページを捲る微かな音だけ。外からの物音も、心臓の鼓動すらも存在しない部屋の中、フランドールはただ静かに文字を追う。
 そんな時だ。
「――何を読んでいるの?」
 正面から、声。突然のそれに少々驚きながら視線を上げると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
 存在感の薄い、小柄な少女だ。目の前に居るのに、その姿を見失ってしまいそうな儚さを感じる。そんな彼女の中で唯一眼に留まり、そして違和感を覚えるのは、その左胸にある丸い塊。
 瞼のようなものが付いているように見えるそれは、足首へと細い管を伸ばしている。まるで外に飛び出した心臓のようだと、フランドールはそんな事を思った。
 本を閉じる。
「貴女は誰?」
「私は古明地・こいし。貴女と同じ『妹』よ、フランドールさん」

 それが、二人の妹の出逢い。
 あれから一ヶ月以上経った今も、彼女達の交流は続いている。
 密かに、誰にも気付かれぬまま。
 




 数日後。その日も、さとりは紅魔館へと足を運んでいた。
 地霊殿の主であるさとりがこうも頻繁に地上へと足を伸ばしているのは問題があるのかもしれないが、しかし地獄の管理もペットの世話も、全てペットに任せてしまっている状況だ。むしろ、嫌われ者である自分が居ない方が地底全体が平和であるような気すらしてくるのは、少々被害妄想が過ぎるだろうか。
「過ぎる」
「……断言されてしまいました」
「心を読まれて動揺するような相手に弱気になる必要は無いよ。そもそも、この国の『鬼』っていうのは、ただ力が強いだけの馬鹿が多過ぎるんだ。あいつらには吸血鬼のようなスマートさが足りない」
 同じ『鬼』である以上、やはり気になってしまう部分が存在するのだろう。
 ともあれ、特にこれといった問題も無い為、さとりは今日もレミリアのお茶会に招待されていた。
 まぁ、時折暴走しがちになる空の事は気になるが、様々な誤解が解けた今、何かあったらすぐに燐が知らせに来てくれるだろう。と、そこまで考えて、自分もペット達の事を深く信頼しているのだと気付かされる。
 それは、レミリアと咲夜達のように、主従という関係以上に強いものが自分達の間に生まれ始めている証拠なのかもしれず……だからこそ、そこに妹が存在しない状況が悲しいのだ。
「何もしてこなかった訳ではないんですが……」
「私もよ。私も、色々と頑張ってきた。こうして幻想郷にやって来たのも、半分はフランドールの為だったし」
「でも、何も変わらない」
「変わってくれない……」
 重い空気が部屋に満ちる。悲観的になっては駄目だと解っていても、それを止められなかった。
「いっそあの子が居なければ……。そんな風に考えてしまう事もあります」
「そうすれば、多分何もかもが上手くいくのよね」
「ええ。私達を縛る悩みが、全て消え失せる訳ですから」
「だよねぇ」
 小さな溜め息が二つ。
 そうして改めて視線を合わせた姉達は、しかし自分達の馬鹿馬鹿しさに苦笑していた。
「でも、私達はそれを望んでいません」
「私達の生活は、大切な妹が居る事が大前提だしね」
「そうです。こいしが居ない生活なんて、私には想像出来ない。それ以上に――」
「フランドールの居ない生活なんて耐えられない。そりゃあ咲夜達の事も大切だけど、あの子は私のたった一人の肉親で、大切な妹なんだから」
「ですよね」
 改めて大切な妹を想いつつ、二人の姉は頷き合う。
 愚かな事を考えてしまったものだと、一瞬前の自分達を恥じながら。

 そうして時が経ち、夜の帳が下りた頃。
 客間に唯一存在する窓のカーテンが開かれ、紅い月の放つ魔力が部屋に満ちていく。その、地底では決して拝む事の出来ない光景に見入っていると、
「――ん?」
 何かを訝しむかのようなレミリアの声がして、同時に足元に違和感が生まれた。
 それは、空が八咫烏の力を顕現させる瞬間のような――強大な力が吹き出そうとする直前に感じる、腹の底を冷やすような嫌な感覚。
 何かが不味い、と思った次の瞬間、テーブルを挟んで向こう側に座っていた筈のレミリアに抱きかかえられ――
 ――轟と、強く激しい衝撃と共に、紅い光が視界を貫いた。それに思わず閉じた目の向こうで禍々しい魔力が膨れ上がるのを感じながらも、上手く状況を把握出来ない。
 レミリアに抱き締められたままぐるぐると体が回転し、次いで浮遊感に襲われた。飛んでいるのか落ちているのか解らない中、第三の眼が捉えたレミリアの心は『何故』という言葉で埋め尽くされていた。
 そうしてどうにか体が停止し、足が地面に付くと同時に、恐る恐る目を開く。まず視界に入ったのは、前方に視線を向けるレミリアの後頭部と紅い魔力の本流。『不夜城レッド』。レミリアの心が教えてくれる。これは、吸血鬼の持つ魔力をそのまま叩き付ける凶悪なスペルだ。だが、彼女のスペルであるそれを、一体誰が発動させた?
「……」答えは出ていた。それでも、さとりは紅い霧が満ちたかのような視界の中で視線を上げて――
『――フランドール』
 重力に逆らい、天へと遡る瀑布のような魔力の本流の中、吸血鬼の妹は、巨大な十字架にも見える紅の中心に居た。
「……なんでアイツが」
 困惑と怒りとを混ぜ合わせた様子で呟くレミリアにも、これは予想外の状況であるらしい。そんな彼女の呟きに答えるように、紅の本流はその勢いを落としていき……紅魔館の地下から屋根までを一気に破壊したフランドールは、月光を浴びながらこちらを見下ろし、笑っていた。
 細められた目は血のように紅い色を宿し、薄く開かれた唇は三日月のように釣り上がる。
 そして、
「お姉様」「お姉ちゃん」
 背後からも、声。反射的に振り返ったそこには、さとりの妹である古明地・こいしの姿があった。
「何で?」「どうして?」
 二人の姉が呟いた言葉に、二人の妹はくすくすと楽しげに笑い声を上げ……フランドールが軽やかに地面へ降り立つと、目の前に居た筈のこいしがいつの間にかその隣へと移動した。
 そうして寄り添い合った二人の妹の手には、複数のスペルカードが握られている。だが、フランドールが放ったスペルはレミリアの持つもので――
「……まさか、レミリアさんのスペルカードを盗んだの?」
「正解。流石はこいしのお姉様ね」
 第三の眼を閉ざしてしまったこいしは、今や吸血鬼の感覚でも捉えられなくなっている。そんな彼女が盗みを働くのはとても簡単で、そして誰よりも確実に狙ったものを手に入れられるだろう。
 スペルカードを盗まれた当人であるレミリアは、一度スカートのポケットを確認してから、『魔理沙みたいなマネをするのね』という思考と共に妹達を睨み、
「こんな事をして、一体何をするつもり?」
「「弾幕ごっこ」」
 その言葉と共に二人が取り出したのは、お揃いの小さなコイン。
 それを高らかに投げ上げると、無意識と狂気の妹達はこちらを挑発するように叫び上げた。
「お姉ちゃん達の力、」「コンテニュー無しで見せて貰うんだから!」
 刹那、二人の姿が空へと掻き消え、月光を浴びた二つのコインが煌々と光を放つ。それにスペルを封じ込めてあるのだと気付いた瞬間、さとりはレミリアの腕を思い切り引いていた。
「レミリアさん!」
「解ってるわよ!」
 後方への跳躍と共に空へ浮かびながら、掴んでいた腕を放す。途端、レミリアの姿が霧と消え失せ、遥か上空に飛び上がったフランドールの正面へと肉薄する。だが、
「駄目です!」
「?!」
 とっさに顔を引いたレミリアの眼前を、細く紅い閃光が貫き、動きを封じられたその体を吹き飛ばすように無数の大弾が放たれる。それはさとりが相手のトラウマを探る為に放つスペル、テリブルスーヴニール。その発動と共に距離を取ったフランドールの周囲に複数の魔法陣が展開し、閃光と弾を組み合わせた容赦の無い弾幕が撃ち出された。
 スターオブダビデ。悪魔の紋章を象ったそのスペルに、勢いを削がれたレミリアが成す術無く後退する。その様子を確認しながら、さとりも必死に弾幕の合間を潜り抜け、二人の意図を探ろうと第三の眼を大きく見開いた。だが、フランドールの心は扱い慣れないスペルを再現する事に集中しており、その意図を覚らせてくれない。
 そうして再び隣に戻ってきたレミリアが、上空で笑う妹へ叫んだ。
「こんな事をして、異変だと思われて霊夢がやって来たらどうするのよ! 怒られるのは私なんだから!」
「大丈夫よ、お姉様。咲夜に頼んで『これは弾幕ごっこだから』って伝えに言って貰ったから。あと、美鈴達には『紅魔館の改装工事をする』って伝えてあるわ」
「咲夜達が出てこないのはそのせいか……!」
 悪魔の妹は思っていた以上に用意周到だったらしい。いや、それも当然か。フランドールの心に浮かぶスペルは、ち密な回避を必要とするものが多い。さとりが想像していた以上に、フランドールは頭がよく、そして繊細なのかもしれない。
 ともあれ、だ。さとりは息を荒らしながらも高密度過ぎる弾幕を回避し、回避行動では無く怒りで息を荒げているレミリアに視線を向け、
「……どうしましょうか、レミリアさん」
「ああも一方的に宣戦布告されて、この私がただで済ませると思う?!」
 こちらに怒鳴らないで欲しい。「相手は実の妹ですよ?」
「だからこそよ!」そこで、レミリアは大きく息を吐き、「……それはさとりも一緒でしょ?」
「ええ、一緒です」
 戦いを苦手とするさとりといえど、それがこいしの事となれば話は別だ。それに、妹が姉に弾幕ごっこを挑んで来ているのだ。それを全力で迎え撃つのが姉の役割というものだろう。
 だから――暴風のように周囲を破壊し続けるスペルの只中で、しかし二人の姉は顔を見合わせて笑い合う。
 その姿に、大量の弾幕を前に不敵に笑う姉達に、逆に妹達の方が一歩たじろいだ。姉達が応戦してくる事は予想済みでも、こうも嬉々として反撃に転じてくるとは思ってもいなかったのだろう。
 そんな妹達の様子に、二人の姉は笑みを強める。……自分達のこうした反応を予測してくれない妹との距離を悲しみ、しかしそれを押し殺しながら。
「……じゃあ、こっちからも反撃するから覚悟しなさい」
「ですが、こうして自分達のスペルを使われた以上、私達も貴女達と同じやり方をする事にします」
「「ど、どういう事?」」
 二人の妹が同時に呟いた言葉に、二人の姉は笑みで告げる。
「アンタ達二人に出来る事が、」「私達に出来ないと思うな、という事です!」
 刹那、溢れ出す紅と紫の魔力。それは妹達のスペルを掻き消せん勢いで増幅し、そして――
『――さぁ、こんなにも月が紅いから、』「眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠りなさい!」
 四人に増えたレミリアの言葉に続くように、両腕を伸ばしたさとりがスペルを放つ。刹那、動きを止めていた二人の妹を取り囲むように大量のクナイ弾が生まれては消えて行き、その動きを阻害する。
 弾幕パラノイア。制限された動きの中へと放たれる妹達狙いの弾は、周囲のクナイ弾に焦らなければ簡単に回避出来るものだ。だが、さとりの左右に二人ずつ並んだレミリアが、妹達の動きを更に封じ込める。
 フォー・オブ・アカインド。固定弾であるらしいそれは、レミリアが動かない限りその規則性は狂わず――だからと言わんばかりに、彼女は大きく動き出した。
 それが自分達のスペルだとしても、放つのと受けるのとでは大きく勝手が違ってしまう。だが、妹達も無策ではなかったようで、反撃を受け始めた時の為に対策はしていたようだった。
 四方八方から迫る弾幕から逃れるように、こいしがフランドールの背後へと隠れ、彼女を護るようにフランドールが右腕を伸ばした。そしてその掌に禍々しい魔力が集約し始め、その細い腕が振るわ「あっぶない!」
 左隣に居たレミリアが叫んだ直後、叩き付けるかのような勢いで地面に激突した。突然のそれに痛みよりも困惑を感じながら視線を上げた刹那、眼球を焼くような熱風が一気に吹き抜けて行く。
「……あれは、レーヴァテイン?」
「フランドールの十八番よ。分身全部持って行かれたわ。……あとごめん、咄嗟で」
「いえ、大丈夫ですが――レミリアさん、私を抱えて飛んでください!」
「へ?」
「早く!」
 視線の先。害なす魔の杖を振り切ったフランドールの背後で、こいしがスペルを発動させたのが見えた。途端、視界の両端から波のようにうねる弾幕が、床の残骸を大量に撒き散らしながら吹き上がる。それに気付いたレミリアがさとりを抱え、地を蹴った。
 その予想以上の加速に驚きながらも、さとりは妹達を見つめ、
「――こいしの正面に向かって下さい。ですが、その直後に、」
「うちの妹があれをぶん回すわよね」
 スペルカードというのは、ごっこ遊びである以上、回避出来る隙間やパターンが存在している。それは裏を返せば、自分に有利な位置へと相手を誘導する事も出来る、という事で。
 下方から迫り来る、夢枕にご先祖が総立ちするという想像するだけでも申し訳ない状況をイメージしたこいしのスペルは、彼女の真正面に向かう事で最初の回避を行う事になる。そしてフランドールは、その瞬間を狙って再びレーヴァテインを振り抜いて来るだろう。
 つまり、この上昇は誘導されたもの。だが、上昇軌道にあるレミリアならば、この状況を打破出来る筈だ。
「……頑張って掴まっていますので、バッドでレディなアレをお願いします」
「あー、アレね。でもあれ、壁蹴らないと威力が上がらないんだけど」
「上がったら私が振り落とされてしまいますし」
「それもそうか。――んじゃ、行くよ!」
 言葉と共に、紅い魔力を纏ったレミリアが更に加速し、驚いているだろう妹達を吹き飛ばし――それでも振り抜かれたレーヴァテインの熱風が、必至にレミリアに抱き付くさとりの足を掴めずに吹き抜けて行く。舐めるようなそれに冷や汗が噴出すのを感じながらも、二人はそのまま空へ。そしてゆっくりと減速すると、月光を背に妹達を見下ろす形となった。
 最早原型を留めていない客間の中で、吹き飛ばされた二人が慌てて合流するのが見える。というか、こうして連携して勝負を仕掛けてきた事から考えるに、二人は自分達と同じような友人関係を築いていたのだろう。
「でも、どうしてこんな勝負を……」
「それは勝ってからじっくり聞き出せば良いわ」
「確かに、それもそうですね」
 妹を想っているからこそ、姉達はこの勝負に手を抜くつもりは無い。……手を抜いて勝てるほど、妹達は弱い相手ではないのだ。
 だからこそ、さとりはレミリアに視線を、そして第三の眼を向けた。
「では、あの子達の統制が崩れたところで、一気に行きましょうか」
「ん」
「では、まずは私が先に。――忌み嫌われた『覚』の力、改めてご覧に入れましょう」
 言葉と共に、第三の眼が瞬きを一つ。そうして捉えたレミリアのスペルを、渾身の力を持って再現する。
 ――想起。
「スピア・ザ・グングニル」
 それは、神をも射殺す伝説の神槍。レミリアのものを真似た紛い物でしかない以上、フランドールの能力によって破壊されてしまう可能性は高いが、それが『貫く』という意味を持つ槍である事に変わりは無い。
 投擲体制に入ったさとりを迎え撃つように、フランドールがレーヴァテインを構え直し――その禍々しさに紛れるようにしながら、こいしが追撃のスペルを準備しているのが感じられる。
 だが、さとりの隣で優雅に羽を羽ばたかせているレミリア・スカーレットが、この状況を傍観している筈が無いのだ。
「それじゃあ、私は吸血鬼の力を見せてあげるわ」
 さとりに。そして妹達に。そう言わんばかりの様子でレミリアが笑って見せる。
 そして、神槍を投擲したさとりに合わせるように、彼女は勢い良く両腕を広げ、
「――スカーレット・デビル」
 放たれたのは、不夜城レッドの上位スペル。それが発動した瞬間の衝撃波だけで、投擲直後のさとりは数メートル吹き飛ばされた。それに驚く間も無く、足元から妹達の絶叫にも似た悲鳴が走り、それを掻き消すほどの魔力の本流が迸る。それは、魔理沙のマスタースパークに似た、しかし全く異質なもの。
 吸血鬼の禍々しさを見せ付けるようなそのスペルに、レーヴァテインの炎も、こいしが放ったのだろうスペルも掻き消されていく……って、
「……あの、レミリアさん。レミリアさん!」
「え? ああ、何?!」
「スペルの発動を止めてください! それ以上威力を上げたら、紅魔館が全壊してしまいますよ!」
「――あ、」
 弾幕ごっこに集中していた事、そして周囲の損壊が激しくなり過ぎた事で、少々周りが見えなくなっていたらしい。慌ててレミリアが強制的にスペルブレイクした瞬間、一瞬で禍々しい魔力は霧散し、後に残ったのは凄まじい破壊に晒された紅魔館と、床に倒れた妹二人……の姿が見当たらない。その事実を確認した刹那、大弾が飛来し、それと共に大量に連なった弾幕がこちらを狙うように生まれ――そこに、薔薇の花を象った炎が咲いた。
「……ああ、そういう事ですか」
『そして誰もいなくなるか?』『嫌われ者のフィロソフィ』それらは当たり判定が消滅する耐久スペルだ。それによって姿を消す事で、妹達は姉達のスペルを回避したのだろう。
「咄嗟にしては考えましたね」
「こうなると、私達は回避しかない」
 迫り来る弾幕に対し、しかし姉達は焦った様子を見せない。不意打ちで放たれた弾幕と違い、姉達はこうした耐久スペルに――見て避ける事の出来る弾幕に滅法強いのだから。
 だが、その事実を知らず、姿を消したとはいえこの場に存在している妹達にとっては、余裕の表情を見せ始めた姉達に対する不安と焦りが加速する。それは普段以上に早い発狂を促し、周囲が大量の弾幕に埋め尽くされていく。
 だが、それでも姉達は焦らない。
 古明地・さとりは、闇の向こうで必至に弾幕を生み出すフランドールと、隣に居るレミリアの心を読みながら、
 レミリア・スカーレットは、吸血鬼の持つ圧倒的な身体能力と、自身の持つ能力が見せる運命に導かれながら、
 いとも簡単に、弾幕を回避していく。
 奇襲に対して姉達の対処が遅れたように、連続したスペルで畳み掛けていれば、妹達はこの勝負に勝てたのだろう。
 だが、吸血鬼のスペルを模倣して見せたさとりと、ただの上位スペルとは思えないほどの威力を持つ攻撃を放ったレミリアの姿に、二人の妹は慌て始めてしまった。
 それに――常に妹を護ろうとしてきた姉達と違い、妹達は圧倒的に戦闘経験が少ない。ごっこ遊びとはいえ、スペルカードルールは真剣勝負。結果、先に焦り始めてしまった妹達は、動揺によって更にその焦りを加速し始め、
「はい、」
「おしまいっと」
 その瞬間、余裕の表情で目の前に降り立った姉達を、呆然と見つめる事しか出来なくなっていた。
 そんな妹達を見つめるさとりは、洋服がぼろぼろになり、肌のあちこちが露出している妹達が天狗にすっぱ抜かれていないか第三の眼で周囲を確認した後、改めてこいし達へと視線を戻す。
 そして、不安に満ちた表情をしている二人に優しく微笑み、
「……ビンタを張ったりはしませんよ」
「え……? お姉ちゃん、私の心が読めるの?!」
「いえ。こいしの顔にそう書いてありますから」
 嘘?! と慌てて顔をぺたぺたと触りだし、フランドールにそれを問い掛け始めるこいしを見つめる。以前こいしが読んでいた小説で、そうした表現が出てくるものがあったから……という思い付きでの言葉だったのだが、予想は的中したようだ。
 同時に、心が読めなくてもこいしの心は解るのだと、そんな当たり前かもしれない事を初めて感じて、さとりは泣きそうになる。そんなさとりの隣で、レミリアがフランドールへと声を掛けた。
「で、どうしてこんな事をしたの? 怒らないから言ってみな」
「嘘。『怒らないから』って言う時は絶対怒るもの。咲夜がそうだし」
「怒られるような事をするフランドールが悪いんじゃないの」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、こうして勝負がついたんだし、これ以上私は怒らない。それはさとりも一緒。だから正直に話して」
「……」
 躊躇いがあるのか、フランドールはそのまま視線を下げ……それが違うのだと第三の眼によって気付いた瞬間、フランドールの手を取ったこいしが二人の姉を真っ直ぐに見つめ、
「……お姉ちゃん達は、私達の事を嫌いになったんでしょう?」
「……だから私達はお姉様達を倒して、お姉様達と決別する事に決めたの」
「「決別?」」
 予想外の単語に、二人の姉は妹達が何を言っているのかさっぱり解らず困惑してしまう。
 と、レミリアが助けを求めるようにさとりを見、第三の眼を小さく指差した。だが、流石のさとりでも解らない事はある。というより、第三の眼は表層にある心理を読む事しか出来ず、相手の心の深い部分までは見通す事が出来ないのだ。
 つまり、全く解らない。
 そうこうしている間に、妹達が子供のようにわんわんと泣き始めてしまった。そんな二人を前にどうしたものかと右往左往し始めた姉達は、しかし真っ先に否定しておかねばならない部分がある事に気付き、
「私はこいしの事を嫌いになったりしません」
「私はフランドールの事を嫌いになったりしないよ」
 その言葉に、妹達は涙の浮かぶ顔を上げ、
「……昼間、私達が居なければ良いって、そういう話をしていたじゃない」
「……だからああやって、毎日二人で話をしていたんでしょう?」
「「私達が邪魔になったから――」」
「「――馬鹿!!」」
 その瞬間、二人の姉は同時に叫んでいた。
「どうして『邪魔になった』なんて、そんな馬鹿な事を言うんですか!」
「確かに私達は駄目な姉だけれど、そんな事を思う訳ないじゃない!」
「でも、」
「だって、」
 そうして涙ながらに語られていく内容は、ここ最近のさとりとレミリアのお茶会についての事だった。
 興味本位でさとりに付いて来ていたこいしが、姉達の話を聞いてもう一人の妹に興味を抱き、フランドールとコンタクトを取った。そこから姉についての話題で仲を深めていった二人は、いつしかお茶会の話を盗み聞くようになり――そして今日、妹達は『妹が居なければ、何もかも上手くいく』というさとり達の話を聞き、この勝負を決意したのだという。
 それ故の『決別』。そして妹達は、『最後ぐらいは本気で姉と勝負をしよう』と、そんな風に考えてしまった。
 だが、当の姉達は 『妹の存在が自分達の生活の大前提であり、妹が居ない生活など想像出来ない』という話をしていた。ただその一言を聞き逃したばかりに、姉と妹は深い過ちを犯すところだったのだ。
 それを謝罪する姉達に、妹達は涙を拭いながら、
「じゃあ、お姉様達は、」
「私達を嫌いになってないの?」
「当たり前でしょ」
「大切な妹を嫌いになる姉なんて居ませんよ」
 そうして、二人の姉は妹達を抱き締める。
 さとりは怖々と。レミリアは不器用に。対する二人の妹は、一瞬だけ躊躇い、けれど力いっぱい大好きな姉に抱き付いた。
 大切な姉を放さぬように。
 大切な姉と離れぬように。
 




 一週間後。
 地霊殿にスカーレット姉妹を招いたその日、地底はちょっとした騒ぎになったらしい。それは『地上の吸血鬼が現れたから』という訳では無く、『あのきらきらと輝く幼女二人はどこの誰だ?!』という話題によるもので。さとりの杞憂の斜め上を突き抜けていくほどに、鬼というのは陽気で明るい呑んだくれ達だったらしい。
「……確かにスマートじゃないですね」
「ん? 何の話?」
「日本の鬼は陽気だ、という話です」
 楽しげにこちらの手を引く妹に微笑みながら、こいしは客間へと入っていく。と、既に席に着いていたスカーレット姉妹の姉が、こちらの姿に唇を吊り上げ、
「ゲストを待たせるなんて良い度胸じゃない」
「おや、どこかのお屋敷ではこれが普通だったのですが」
「なってない屋敷ねー。私だったら許さないわ」
 そう楽しげに笑うレミリアはいつも通りで、安心する。最近ではフランドールが部屋から出てくるようになったと言っていたから、その様子が気になっていたのだが……それこそ杞憂であったらしい。
 そんなフランドールは、余所行きの服装に余所行きの顔をしていて、まるで人形のように可愛らしく……けれどその目が、先ほどからさとりの背後に向けられていた。
 その視線を何となしに追うと、そこにはカーペットの上に寝そべる白猫が一匹。燐に世話を任せているペットの一匹で、人懐こい猫でもある。どうやらレミリア達の様子が気になるのか、さとりの眼と目が合うと、彼女達に対する興味や疑問が流れ込んできた。それに「私の友人ですよ」と答えつつ猫を抱き上げると、そのままフランドールの元へ。そして、彼女に猫を抱かせてみた。
「えっ、あ、うあ、」
 猫を抱いた事が無いのだろうフランドールが少々慌て、けれどどうにか抱き止める。そうして、おずおずとした様子でその背中をゆっくりと撫で、
「……あったかい」
 と小さく呟きを漏らす。その様子に微笑みつつ席に着いたさとりは、どこか泣きそうにも見える微笑みを浮かべているレミリア達へ紅茶を淹れ、同じように自分達の紅茶を用意する。
 そうしている間に、席に着いていた筈のこいしがいつの間にかフランドールの隣に立ち、「この子は私のペットでもあるんだよ」「そうなんだ」と楽しそうに話し始めた。
 その姿を見つめる姉達の胸にあるのは、大きな喜びだ。願い続けていた希望が叶った安堵が、そこには存在していた。
 と、いつの間にか隣に戻ってきたこいしがこちらを見つめ、
「ねぇ、お姉ちゃん、地霊殿には門番を付けないの?」
「門番?」
 唐突な物言いに一瞬首を傾げ、しかしすぐに美鈴の姿を思い出す。彼女が居るからこそ、紅魔館の住民は安心して暮らせているのだ。
 だが、
「不審者が居ればお燐が知らせてくれるし、何かあったらおくうが居るもの。十分でしょう」
「えー」
 どこか不満そうなこいしに苦笑していると、斜向かいに座るフランドールがレミリアに猫を抱かせていた。そして、少々興奮気味の瞳で姉を見つめ、
「お姉様! 紅魔館でもペットを飼いましょ!」
「ペットねぇ……。咲夜や美鈴は犬っぽいし、パチェや小悪魔は猫っぽいし、十分でしょ」
「えー」
 不満そうに呟くフランドールにレミリアが苦笑する。
 そんな姉達に「「ざんねーん」」と肩を落としつつも、どこか楽しげな様子の妹達を愛しく思いながら紅茶を飲んでいると、レミリアがこちらを見つめ、
「やっぱり、私達は似ていたわね」
「ええ。何もかも違うのに、こんなにも『同じ』でした」
 そうして微笑み合う二人の姉の関係は――いや、彼女達姉妹の関係は、これからも続いていく。
 妹を愛する気持ちと、姉を愛する気持ち。
 それは、これからも変わらずに存在し続けるものなのだから。












end


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