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ただ、あなたを愛している。

――――――――――――――――――――――――――――



 それは、ある夜の事。秘封倶楽部の活動を終えたマエリベリー・ハーンは、数歩先を行く宇佐見・蓮子の背中をぼんやりと眺めていた。
 月の無い、暗い夜だ。そして少し肌寒い。だが、こうして誰かと夜歩きをするのは嫌いではないから、さほど悪い気分ではなかった。
 ただ、少し前からこの状況に違和感を覚えていた。いや、違和感というよりもデジャブだろうか。過去にもこうして、誰かと――大切な人と一緒に家まで帰った事が、
「……ああ」
 思い出した。それは暖かな、けれどもう取り戻せない記憶だ。……いつの間にか無意識に封じ込めていた、宝物のような記憶だ。
 ……明日は久しぶりに顔を見に行こう。そんな事を思うマエリベリーへ、足を止めた蓮子が振り返った。暗闇に眼が慣れてきたとはいえ、街灯と街灯の間にある闇の中では彼女の顔も良く解らない。だがそれでも、蓮子はいつも通りの笑みを浮かべているのだろうなと、そう思えた。
「ねぇ、メリー。明日はどうしようか」
 返答次第では、このまま蓮子の家に向かって宴会だ。それはとても魅力的な話だったが、しかしマエリベリーは小さく首を振り、
「ごめん、蓮子。明日は少し用事があるの」
「用事?」
「えぇ」
 そう答えながら、一歩前へ。それに続くように蓮子も歩き出し、二人は並んで暗い夜道を進み始めた。
「明日は、お姉ちゃんの所に行こうと思って」
「お姉ちゃん……って、メリー、貴女お姉さんが居たの?」
「居たの」
「何で教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったから」
「あっそう。で、どんな人なの? やっぱり変な名前?」
「殴るわよ?」
「冗談。でも、日本人には発音し難いんだって。『マエリベリー』」
「――」
 一瞬だけ、思考が止まった。そんな時に限って街灯の下だったものだから、マエリベリーは少々間抜けな顔を蓮子にしっかりと見られ、そして彼女の嬉しげな笑みを見てしまう事となった。
「どうしたの、メリー。そんなに驚いた顔をして」
「五月蝿い」蓮子が私の名前を覚えているなんて、思ってもいなかったのよ。
 そう思いながら、少々の気恥ずかしさを振り払うように、マエリベリーは少しだけ歩く速度を上げる。どうせ蓮子は上機嫌に笑っているのだろうから――そんな彼女を見るのは癪だから、そのまま彼女の一歩前を進んだ。
「別にお姉ちゃんも普通の名前よ。でも、とても綺麗な人なの。両親の良い所を全部持って行ったみたいな、素敵な人」
「で、名前は?」
 楽しげに聞いてくる蓮子に、殴りたいなぁ、と割と素で思いながら、マエリベリーは実姉の名を告げる。
「お姉ちゃんの名前は――」




「紫様ー」
 うららかな日差しの下、襖を開けながらの声が響く。声の主である八雲・藍は割烹着姿で、その背後には朝の青空が広がっていた。雲は無く、洗濯日和であろう春の日だ。
 対する八雲・紫は、開け放たれた襖の向こうから入り込む日差しを嫌がるように布団を引っ張り上げ、腕の中で丸まっていた式神の式神を無意識に抱き締めながら、
「あと五年……」
「何言ってんですか」
 ひっぱたかれた。
「痛っ! もう、何をするのよ!」
「紫様が威厳も尊厳も無い馬鹿な事をのたまったからでしょうが」
「うー……」
「ほら、橙も起きなさい」
「にゃー……」
 小さく呟きながら、腕の中の子猫……もとい、橙が顔を上げた。そして彼女は寝ぼけ眼のぽやっとした笑顔を浮かべ、
「おはようございます、ゆかりさまぁ」
 萌 え 死 ぬ 。
「ちぇえええええええん!」
 ぎゅーってしてやろう、ぎゅーって!
「……紫様。それ、私の専売特許なので取らないで貰えますか」
「あら。私のものは私のもの、式神のものは私のものよ。そして、式神の式神は私の式神でもあるわ」
「普段は放置の癖にこういう時だけ親の顔だよこの人――!!」
「良いじゃないの。ねー、橙ー」
「にゃー」
 可愛らしく声を上げる橙の頭を優しく撫でる。そんな紫の様子に、藍が小さく溜め息を吐き、
「……私は朝餉の準備に戻りますから、紫様は橙と一緒に居間へ来て下さいね」
『はーい』
 橙と共に答えると、呆れ顔だった藍の顔に苦笑気味ながらも笑みが戻った。それに紫も微笑み返しながら、再び布団に――
「だから起きて下さい!」
「にゃー!」


 着替えや洗顔などを済ませ、橙と共に居間へ向かうと、焼き鮭をメインとした美味しそうな朝食が出来上がっていた。
「らーん」
「はい?」
「ご飯おおもりー。あと、茄子の浅漬けと沢庵が欲しいわ」
「藍様、私もー」
「はいはい」
 こうした小さな我儘を言えるのも、藍が一緒に居る時だけだ。普段は幻想郷の境にある屋敷に一人で住んでいるから、食事は自分で用意しなければならない。別にそれは面倒な事ではないけれど、やはり誰かに作って貰った方が楽だ。しかもそれが美味しいとなれば、何の文句も無かった。
「では、頂きましょう」
「頂きます」「頂きまーす」
 橙と共に告げて、紫は箸を取る。本来こういう状況では主である自分が音頭を取るものだが、しかし藍に任せておいた方が恙無く事が進む。
 つまり、面倒は全て藍に投げた方が楽なのだ。
「……紫様、何か仰られましたか?」
「藍が優秀に育って嬉しいわぁって」
「駄目上司の下だと部下は優秀になるって言いますよね」
「……どこで育て方を間違えたのかしら。私はこんなにも完璧なのに」
「橙、紫様に鏡をお持ちしろ。今日も寝癖が酷い」
「もう、藍のいけず!」
 まぁ、それでこそ私の式神だけれど。そんな風に思いながら鮭の身を解し、口へ運ぶ。程よい塩気が丁度良く、箸が進んだ。



 食事を終えた後、腹ごなしに橙と遊び、藍に午後の仕事を押し付け、ついでにヘアメイクもして貰って。そうして誰もが妖しむ『八雲・紫』の空気を纏うと、紫は傘を手に隙間を開く。
 そんな紫の背中へ、藍の声が掛かった。
「どちらへ?」
「幻想郷へ」
「お帰りは?」
「気分次第。では、行ってきますわ」
「お気を付けて」「気を付けて行ってらっしゃいませ、紫様!」
 愛しい家族に見送られて、八雲・紫は隙間を越えた。



「結局何が言いたいのかといえば、幻想郷は今日も平和である、という事ですわ」
「……現れて早々何を言うんだ、君は」
「あらあら、ついモノローグが口に出てしまいましたわ。しかも今回は三人称ですのに一人称で」
「メタ発言なのかどうなのか良く解らない事を唐突に言い出すのは止めてくれ!」
 という事で、香霖堂へやってきていた。
 相変わらず狭く、暗く、埃っぽく、けれどどこか不思議な魅力のある店だ。その魅力の一つに店主が含まれるのかどうかは、敢えて考えないでおく事にした。
「それで、今日は一体何の用かな。君が冬眠を始める前に、ストーブ燃料の対価は払ったおいた筈だが」
「あら、用が無ければ来てはいけませんの?」
「お忘れかもしれないが、この香霖堂は商店でね。冷やかしはお断りしているんだ」
「では、そのお茶を頂きましょう」
 隙間に手を突っ込んで、数歩先にあるカウンターに置かれていたお茶を手に取り、一口。普段から霊夢にたかられているせいなのか、そこまで風味のない、安いお茶の味がした。
 だがまぁ、不味くはない。
「……君の能力は、人のお茶を奪う為にあるのか?」
「私の力は私だけの為に、ですわ。霖之助さんが持つ力もそうでしょう?」
「まぁ、確かにそうだが」
「それと、以前から思っていたのですが……霖之助さんの能力は、その眼に宿っているものなのではないでしょうか」
「眼?」
 眼鏡の向こうの瞳が、こちらを貫く。少々鋭い視線だ。……背筋に甘く痺れが走った気がするが、無視しておく事にした。
「そうですわ。対象を目視する事で、その力が発揮される訳です。まぁ、何かを調べる時は必然的にその対象を見る事になりますし、ただのこじ付けとも言えますが」
「いや、君がそう言う以上、僕の能力は眼に依存するものなのかもしれない」
「では、確認してみます? 今から私が道具を手渡しますから、眼を閉じてそれを判別してみて下さいな」
「解った」
 と、頷きと共に眼を伏せる店主には危機感が足りない。紫はそんな事を思う。こちらの事を信用ならないと言っている癖に、こういう時はすんなりと指示に従ってしまうのだから。
 まぁ、それが霖之助さんの良い所なのかもしれませんが。そんな事を思いながら、紫は隙間を開き――そこから何かを取り出すつもりが、無意識に、彼の真正面へと移動していた。
「……では、掴んでみて下さい」
「解っ「きゃあ」 ……おい」
「何でしょう?」
 思ったより力があるのね。そう思いつつ、紫はすぐ目の前に居る霖之助へと微笑み返す。対する彼は、こちらの体を掴んでいた手を放し、
「僕で遊ばないでくれないか」
「どうせお暇なのでしょう?」
「今は営業時間中だ! ……これでも、君に構っている暇はないんだ」
 そう言って視線を逸らし、霖之助がこれ見よがしに溜め息を吐く。
 そんな彼の態度にイラっと来た紫は、霖之助の頬に両手を添えて正面を向かせた。
 真っ直ぐに、その瞳を覗き込む。
「……ねぇ、霖之助さん。話は変わるのですが」
「な、なんだい?」
「動揺している霖之助が少し可愛いと思いながら、紫は、」
「だからモノローグが口に!」
「あらあら」
 ……もしかして動揺しているのかしら? 自分からやりだした事なのに、おかしな話ですわ。
「ともあれ」
「一体何なんだ」
「私は『君』でも『黄身』でも『黄味』でもありません。八雲・紫という名前がありますの。……営業時間中である今、私に構えないのは仕方ありませんが、それだけは正して頂きたいですわ」
 霖之助は二人称に『君』という言葉をよく用いる。だが、これでも自分はある程度彼と親睦があり、こうして気さくに会話の出来る間柄だ。いつまでも他人行儀にされているのは気分が悪い。
 それに……なんだか無性に、悲しくなる。
 それを理解したのか、霖之助は少々視線を逸らしながらも、すまなげな様子で、
「すまない……紫。少し配慮が足りなかったようだ」
「いえ、解って頂けたのならば、それで構いませんわ」
 そう微笑んで、紫は霖之助の頬から手を離す――と、そこで、自分が思ったよりも彼と密着している事に気が付いた。
 しかも彼は椅子に座っていて、
 自分は今、少し体を曲げていて。
 目の前に、少々赤い彼の顔がある。
 だから、無意識に。
「……ん、」
 事故という事で、紫は霖之助の唇を奪っておいたのだった。




「でね……実はお姉ちゃん、悪い男に引っかかっちゃって」
 二本目のチューハイを飲みながら、マエリベリーはそう切り出した。結局あの後蓮子に姉の話をして、彼女の部屋へ招かれて、気が付いたらいつものように宴会を始めていたのだ。
 対する蓮子は酒に弱い。なのに呑む。そしてすぐにつぶれる。彼女の柔らかな髪の感触と頭の重さを腿の上で感じながら、マエリベリーは半分ほどになった缶を机に戻した。
 そんな彼女に、半ば夢うつつなのだろう蓮子が視線を向け、
「そうだったの……?」
「私も二回だけ逢った事があるんだけれど……ずっとお姉ちゃんの事を『君』って呼んでいて、一度も名前で呼ばないの。なんだか嫌な感じだなぁって思っていたんだけれど、恋は盲目って奴なのか、お姉ちゃんは全く気にしていなくて」
 そうなんだ。と答える蓮子の声が少しだけはっきりしてきた。そう思うと同時に彼女が体を起こし、マエリベリーの隣へ腰掛け直す。そのままいつものようにこちらの手に自身の手を絡めると、無言で話の続きを促してきた。
 何も言わないが、彼女はマエリベリーの心情が悪くなってきた事を無意識に察したのだろう。
 流石は夜空を見て時間と場所を判別してしまうような女だ。気持ちが悪いくらいに察しが良い。
 なんだか癪に障るから、ちゅーしてやろう。
「むー、メリー酒臭いー」
「それは蓮子もでしょうが」
 ちゅっちゅ。
「……ん、今日のメリーは桃の味がする。実は桃娘だったのね?」
「白桃サワーを飲んでるだけよ。……で、話を戻すわ」
「ん」
「……重くなるけれど」
「メリーの人生はこの蓮子さんが支えてやんよ。しゅばばばば」
「この酔っ払いめ」
 でも、その言葉が何よりも嬉しい。それと同時に、三ヶ月前の自分を――思い切って蓮子に告白をした自分を褒めてあげたくなった。
 当時は嫌われる事に対する不安や恐怖が多く、中々告白までの一歩を踏み出す事が出来なかった。だが、あのまま自分の気持ちに蓋をしていたら、この嬉しさを得る事も無かったのだ。
 それを喜び――しかし今から語り始める事実に気分が落ち込んでいくのを感じながら、マエリベリーは話を続けた。
「……お姉ちゃん達が付き合い始めて一年半ぐらいした頃。向こうがね、実は結婚しているって事が解って」
「うわ、最低」
「『君』って呼び方も、周りに勘違いされない為の防衛線だったみたい」
「体よく遊ばれてたって事? 死ねば良いわ……」
「だから殴ってやったわ」
「え?」
 きょとん、とした表情を浮かべる蓮子に、マエリベリーは当時の事を、あの時の感触を思い出しながら、
「それが二回目に逢った時。出逢い頭にグシャって」
「グシャ?! ……メリーって、結構過激な所があったのね」
「だって、大切なお姉ちゃんを騙していたのよ? そのくらい当然じゃないの」
「まぁ、気持ちは解るけど。……で、何で殴ったの?」
 きらり、と輝く瞳で聞いてくる蓮子の性格を、マエリベリーはとても評価している。そうでなければ、彼女とここまでの仲にはならなかっただろう。そして――どこか自分と似ていて、けれどどこか正反対である彼女の存在は、今やマエリベリーの救いでもあった。
 ともあれ、
「流石に秘密よ」
「えぇー」
「大丈夫、死んではいない筈だから」
「……まさか、バールのようなもの?」
「……」
「ねぇ、ちょっと、あからさまに目を逸らさないでよ! ねぇ!」
 本気で動揺する蓮子、かーわいい!
「まぁ、流石に事件になりそうな物では殴ってないわ。ただ、その時履いていたロングソックスに小銭を入れて、こう、」
「それブラックジャックだから! 十分殺傷能力あるから!」
「冗談よ」うふふ、と笑う。こちらを見る蓮子の眼が笑っていないけれど、まぁ良いかと流しておく事にした。
 チューハイを一口。
「……うちのお姉ちゃんは奥手な方だったのよ。普段は凄く余裕があるように見えるんだけど、実は結構ダメな所も多くて。こと恋愛になると引っ込み思案になりやすかった。だから尚更、騙され易かったんだと思う」
「うわぁ、いきなり話が戻った……って、メリーも奥手じゃないの」
「姉妹だからね。……でもそれ以上に、お姉ちゃんとあの男、それにその家族の間には大きな問題があったの」
「問題? って、その状況での問題って――」
「……そうよ。お姉ちゃんのお腹には、新しい命が宿っていたの」





 昼食を、魔理沙と共にご馳走になった後。
「って、魔理沙。いつの間に」
「おお香霖。お邪魔してるぜ」
「……参ったな。君が居るのがあまりにも自然すぎて、思わず三人分の食事を作っていた」
「良い事ですわ」
「良くない」
 そう断言して霖之助が立ち上がり、洗い物を持って台所へ。紫もその後を自然に追った。だが、彼に「洗い物は僕がやっておく。紫は魔理沙にお茶でも出しておいてくれないか」と言われてしまったので、そのまま居間へと戻ってきたのだった。
 そうしてお茶を淹れ出した所で、魔理沙がごろりと横になった。紫はその様子を横目で眺めつつ、
「食後にすぐ横になると、牛になってしまうわよ?」
「それが本当なら、私は結構前から牛になってるな」
「魔理沙のお肉は人気が出そうねぇ」
「……冗談だよな?」
「うふふ」
 慌てて飛び起きる魔理沙を可愛い、と思いながら、お茶を出す。ついでに隙間からお茶菓子を取り出すと、魔理沙の眼が子供のように輝いた。
「おお、とらやの羊羹じゃないか! 大好物だ」
「魔理沙って、意外に和風なのね」
「意外とは何だ意外とは。私は生粋の日本人なんだぜ?」
 そう笑う魔理沙に微笑み返しつつ、紫は包丁で羊羹を切り分けていく。
「あ、私は端の方が良い」
「はいはい、解ったわ」
 と、そう頷きながら羊羹を切っていると、まるで自分に子供でも出来たかのようで。橙を抱き締めた事などもあって、忘れかけていた母性が顔を出したのかもしれない。
 とはいえ、それは一人一種族の妖怪である自分には不釣合いな感情であるとも言える。だがそれでも、この暖かな感覚は悪くないと、そう思えたのだった。


 そうして羊羹を食べ始めた所で、不意に魔理沙が顔を上げた。
「そういえば、最近お前とは良く逢うな」
「言われてみると確かにそうね」今週だけでもう三回目だろうか。
「こんな店に毎日通ったって、良い事はないぜ? 精々耳にタコが出来るぐらいだ」
「なら、どうして魔理沙は香霖堂に通っているの?」
「私か?」そう言って彼女はお茶を飲み、そして指折り数え始めながら、「洋服の新調を頼んでるだろ、それに八卦炉の修理、羊皮紙の調達、あとはフラスコに筆ペンに空き瓶に……」
「……解った、解ったわ。取り敢えず、せめて数回に一度ぐらいは買ってあげなさい。霖之助さんが凹むから」
「凹ますのが楽しいんじゃないか」
「……魔理沙」
「冗談だよ」
 そう楽しげに笑う魔理沙には邪気がない。そうした所が彼女の魅力で、そして幻想郷の住民――主に妖怪達に嫌われ、そして好かれている部分でもあるのだろう。
「しかし、お前がアイツに入れ込むとはね」
「え?」
 予想外の一言に、羊羹を口に運ぼうとしていた手が止まってしまった。そんな紫に、魔理沙は『おいおいマジかよ』と言わんばかりの顔で、
「なんだよ、もしかして無自覚だったのか?」
「……」何が、どう無自覚だと言うのだろうか、この人間は。
「お前みたいな妖怪ってのは大半が自己中心的だ。自分ラヴだ。他人の事を考えたりしないし、好き勝手に異変を起こす迷惑者だ。にも拘らず……って所から考えれば、一発だぜ?」
「……そう、かしら」
「素直になれよ。私は応援するぜ」
「……別に、彼に対してそういう感情を持っている訳じゃ、」「っと、そうやって自分の気持ちに蓋をするなって話だ」
 こちらの羊羹に自然と楊枝を突き刺しながら、魔理沙が言う。そのまま自分の口に運ぶのかと思いきや、こちらの口元に運んできた。
 そうして食べた羊羹は甘く、けれどその甘さは思考をはっきりとはさせてくれない。
 だがそれでも、こうして気が緩んでいるからか、或いは今朝から機嫌が良いからか、或いは魔理沙を娘のように思ったからなのか……その理由は解らないが、普段ならば絶対に告げない事を、紫は呟いていた。
「……怖いのよ」
「どういう事だ?」
 解らない、と首を傾げる魔理沙の髪をそっと撫で、その細い体を抱き寄せてみる。抵抗されると思っていたのに、けれど彼女は何も言わずに紫の腕の中に納まってしまった。
 だからそのまま、言葉を続けた。
「……恋をするのが怖いの。誰かを愛するのが、怖いの。裏切られたり、失う事を考えたら、ね」
「だが、怯えてたら前に進めないぜ」
 こちらを見上げる魔理沙の眼には真剣な色がある。何だかんだと言いながらも、彼女は人と妖を分け隔てずに接する人間だ。それが彼女の美点であり、しかし今の紫にはその瞳は眩し過ぎた。
 意図的に視線を逸らし、けれど湧き上がる不安にも似た何かに耐えるように魔理沙を抱きながら、言葉を返す。
「私はそこまで強くないわ。魔理沙みたいに前向きにはなれないの」
「それでも、」
「無理なものは無理よ。……ごめんなさいね」
「諦めるのか?」
「初めから願っていないわ」
「……なら、どうしてそんなに悲しそうな――今にも泣き出しそうな顔をしてるんだよ」そう言いながら、魔理沙がこちらを抱き返してくれた。
 だが、その暖かさには甘えられない。『八雲・紫』としての自分が――『妖怪』としての自分がそれを拒むからだ。
 ……眼を伏せる。『妖怪』である事に拘わる自分が、少しだけ嫌になった。
 そんな紫の腕から、魔理沙がゆっくりと離れていく。それを止める事も出来ないまま、一人暗い世界を見続けていると、今度は魔理沙から頭を抱えるように抱き締められた。
 春物の服に包まれた魔理沙の体には、まだ女性特有の柔らかさが備わっていない。だからそのぎこちない抱擁は骨が顔に当たって少し痛くて……けれどとても優しく、暖かかった。
「アイツは……香霖は鈍感で薀蓄が多くて、自分では上手く立ち回っているつもりでも実は失敗しているような駄目な奴だが、でも、根はまっすぐな良い奴だ。まぁ、珍しい道具を前にすると欲を出す俗物っぽい所もあるが、決して悪い奴じゃない。それは、物心付く前からアイツを知ってる私が保証する」
 だから、
「自分の気持ちに素直になろうぜ。お前達妖怪は長い時を生き過ぎて感覚がマヒしてるかもしれないが、そもそも人生ってのはその日その日を楽しむもんだ。心が満たされているなら、それだけ生活も豊かになる」
「……」
「形あるものは、いつか必ず失われるもんだ。永遠なんてのは存在しない。だからこそ、得る事の喜びは何よりも強い。そうだろ?」
「でも……でも私は、もう喪失の悲しみを味わいたくないの」
「なら、どうしてお前は藍を式神にしたんだ?」
「それ、は――」
 失う事を恐れるのなら、初めから孤独であれば良いのだ。誰とも関わらず、誰とも触れ合わず、そうして独りで生きていれば、喪失の悲しみを得る事も無い。
 だが、紫は式神を使役している。それを道具だと言い張る事も出来るが、しかしどうだろうか。今日、香霖堂へと足を運ぶ前、自分は藍達を――ただの式神を、ただの道具を前に、一体何を思ったのだったか。
『愛しい家族』
「……」
 本当に喪失を恐れているのなら、藍達に愛情を向ける事すら出来ない筈だった。しかし自分は彼女達を家族だと思い、そして愛している。ならば、恋する人への想いを拒絶する理由は、一体どこにあるのだろうか。失う事を恐れて、自分の気持ちを封じてしまう理由はどこにあるのだろうか。
 無意識を気取ってキスをした事も、本当はそれを日常にしたい気持ちからの行動だった。その事実を――自分の気持ちを、紫は改めて確認する。
「……自分で蓋をするな、ね」
「ん……?」
「なんでもないわ」そう告げながら、紫はそっと魔理沙を抱き締め返す。まるで娘に慰められる母親のようだと、そんな馬鹿な事を思いながら。
「……まさか、魔理沙にお説教されるなんて思わなかったわ」
「説教なんてもんじゃないぜ。ただ、自分の気持ちに正直になれって話だ」
「そうね……。そうよ、ね」
「お、解ってくれたか?」
「ええ、解ってあげたわ」
 微笑みと共に、そう告げて。
 でも、もう暫くは、このまま魔理沙に抱かれ続ける事にした。





「それで……今、お姉さんはどうしているの?」
「――入院中」
 チューハイを飲み干しながらの言葉は、自分でも驚くくらいに低く暗く。甘い酒を買うんじゃなかったなと、酷くどうでも良い事を思った。
 そんなマエリベリーに、蓮子は驚きを隠せぬ様子で、
「ど、どうして?」
 問い掛けに、答えるかどうかを一瞬だけ迷う。この話は今まで誰にもしてこなかった、言わばハーン家の闇だ。それに蓮子を巻き込むのはどうかと思うものの、けれど絡み合わせた手から伝わる熱に心が揺らぎ、甘えてしまう。
 蓮子なら私を受け入れてくれる。そうした考えがマエリベリー・ハーンの弱さであるのだと自覚し、しかしマエリベリーはそれを拒絶せずに受け入れた。
 酒の勢いもある。
 言ってしまえ。
 吐き出してしまえ。
 蓮子を私色に穢してしまえ。
 そう、もう一人の自分が背中を押した気がして、
 気付けば、喋り出していた。
「……恋人に裏切られたショックが強過ぎたみたいでね。そのストレスもあって、妊娠初期に流産しちゃったのよ。そのままお姉ちゃんは暫く入院していて……そうしてどうにか退院してきた頃に、小学校の時の同級生だって人が現れた」
「……まさか」
「そう。その時は気付けなかったけれど、それは宗教の勧誘だったの」
 今でも思い出す。宗教を――居もしない神様を信じ込み、それを真面目な顔で語り始めた姉と、そんな姉に困惑する両親の姿を。
 そして、姉は家を出て行ってしまったのだ。
「精神的な寄る辺を無くした人は、宗教に縋り易いって話は知っていたし、それで当人が救われるなら良いだろうって思っていたわ。……でも、駄目ね。実際に身内がそうなると、そんな甘い事は言っていられなくなる。……ほら、覚えてないかな。一年半ぐらい前に話題になったカルト教団の事」
「えーっと……確か、教祖や教団員だって人が詐欺と暴行で捕まっ、て……」言いながら、蓮子の表情が暗くなっていく。新聞やワイドショーは元より、ネットでも散々取り上げられていたから、嫌でも眼にしていたに違いない。
 嫌な気分になりながらも、それでもマエリベリーは言葉を吐き出した。
「私も自分で調べてみたの。そうしたら、報道されていた内容はごく一部に過ぎなかったわ」
 教祖である男性を崇めさせ、崇拝させる所から始まるそれは、洗脳に近かった。更にその教団は海外の製薬会社と通じていたようで、
「トリップ状態に陥らせた信者に対するレイプ、輪姦、暴行は当たり前のように行われていた。……でも実際には、それ以上に酷い行為が行われていたみたい」
「それ以上……?」そう暗い表情でこちらを見つめる蓮子に、マエリベリーは心の中にある黒い感情を塗りたくる。最悪な事をしているという感覚は、とうに消え失せていた。
「トリップさせていた信者の意識をね、レイプしている最中に覚醒させていたらしいの。つまり、強い薬品で意識を奪った所で、また強い薬品を使って無理矢理意識を回復させる感じ。……それでどうなるかは、言わなくても良いわよね」
 そうしてボロボロになった信者の心に、教祖が付け込んでいくという最悪の悪循環。そんな中で、廃人となって入院していた(廃人となったからこそ入院する事の出来た)男性が奇跡的に意識を取り戻し、そのカルト教団は摘発されたのだ。
「……半年振りに戻ってきたお姉ちゃんは、一見して本人だと解らないほどにボロボロになっていてね。そのまま入院して、今もベッドの上に居るわ」
 ぎゅっと、手を握り締められる。
「蓮子は可愛いなぁ」
 私は醜いなぁ。そう思いながらも、言葉は止められなかった。
「でね……入院してから半年近く経った頃、お姉ちゃんが自殺未遂を起こしたの。首吊り自殺」
 それは、病室のベッドの手すりに手ぬぐいを括り付けての、簡単なもの。首吊り自殺とは、つまり天井などの高い所から紐を吊るして……という固定観念に囚われていたマエリベリーにとって、その状況は衝撃的過ぎた。
 だが、姉は死ねなかったのだ。
「脳に障害が残って……そのまま、今も寝たきりで意識が戻っていないの。『植物状態』なんて言葉、ドラマの中だけだと思っていたわ」
「じゃあ、明日は、」
「そう。そのお見舞い。……でも、」もう諦めているんだけどね。
 そう告げようとした唇を、蓮子に奪われた。
「……なんで、蓮子が泣きそうな顔をしているの?」
「だって、お姉さんがそんな眼に合って……メリーが、こんなにも苦しんでいるのよ?」
「……」
 優しいなぁ、蓮子は。愚痴と悪意を擦り付けたこんな私を、嫌わないでいてくれる。
 愛して、くれている。
「……でも駄目。駄目なのよ。お姉ちゃんはもう一年近くも眠ったままで……そんなお姉ちゃんを見続けるのは辛くて、苦しいの」
「メリー……」
 辛そうに告げる蓮子を抱き締めながら、マエリベリーは心の中に溜まった絶望を吐き出すように、深く深く息を吐く。
 家族は壊れた。親戚は誰も助けてくれなかった。看病疲れから両親は喧嘩を繰り返し、自分は大学進学を機に家から逃げ出した。
 もう、実家に姉の戻ってくる場所は無い。もう、どこにも姉を受け入れてくれる人はいない。
『死んで楽になって欲しい』なんて事を一瞬でも思ってしまったマエリベリーには、姉を受け入れる資格はないのだから。
「……ごめん、蓮子。嫌な話を聞かせちゃって」
 そう告げながら、そんな謝罪を白々しく口にする自分を殺してやりたくなった。だが、そんなマエリベリー・ハーンに、宇佐見・蓮子は優しく微笑んでくれるのだ。
「別に平気よ。メリーが苦しんでいるのなら、それを助けてあげたいと思うもの」
「……友達として? 同じサークルの仲間として?」
「馬鹿。恋人として、よ」
 その言葉と共に、優しい口付けを貰って……
 ……そうして、姉から蓮子一色に変わっていく頭の中で、高まり始める鼓動を――自分自身が鼓動させる命の音を聞きながら、尚更にマエリベリーは絶望を知る。



 嗚呼。私は恋人に甘え、姉の事を忘れるのだ。
 愛を盾に、姉を殺すのだ。






 魔理沙が帰って、二人きりになって。
「……り、霖之助さん」
 その一言を告げるのに、とても勇気を必要とした。
 だが、対する霖之助は、こちらがどうして緊張しているのかが解っていない様子だった。「何かな」と視線を上げた彼はいつも通りで、その朴念仁さが今は憎らしい。でも愛おしい。
 そうしてどう告白の言葉を切り出そうかと考えながら、ふと、魔理沙と交わした会話を思い出した。
 正直になると決めた紫に、彼女はこんな事を言い出したのだ。

「でもまぁ、相手が香霖だと苦労するだろうな。アイツは鈍感で、しかも相手の言葉をトンデモ理論で読み解こうとする事があるから、遠まわしに告ると勝手に深読みして勘違いしかねん。気持ちを伝えるなら、ストレートに行った方が良いぜ。
 まぁ、そうは言っても、それで『はいそうですか』と告白出来たら苦労はしないよな。こんな時、惚れ薬でもあれば一番なんだろうが――って、そうだ、永琳に頼んで作って貰うか」
 そう悪戯っ子のように笑う魔理沙に、紫は苦笑し、
「例え惚れ薬があったとしても、私はそうした道具に頼るつもりはないわ」
「ほう、そこまで自信があるのか」
「違う、そうではないわ。惚れ薬を使って恋人同士になったとしても、そこにあるのは薬によって作られた恋心であって、本物の感情ではない。私は、そんな紛い物の感情に意味は無いと思うの」
 それに、
「自身の魅力で殿方を振り向かせられないとあっては、女が廃ってしまいますわ」

 と、あの時は惚れ薬を否定したが、今はそれに縋りたいほどに言葉が浮かばなかった。心臓の鼓動が激しく、五月蝿く、普段ならば一瞬で何もかもを計算出来る頭が全く動かない。どうやら自分はアドリブが利かない質だったらしい。そんな事を思いながらも、紫は霖之助から視線が外せなくなっていた。
 余裕が、無い。
 とはいえ、どんな大妖怪であろうと、自身があまり経験していない状況では上手く立ち回れないものだ。だからこそ、妖怪は人間の知恵にあえなく騙され、討伐されてきた。
 つまり、妖怪というのは純粋なのだ。彼等は自分の力が絶対であるから、他者を疑う事が少ない。故に『弱い人間』に負けるとも思っていない――と、そうやって思考を逸らしてみても、冷静さは取り戻せなかった。
 だが、決めたのだ。
 緊張を解き解すように一つ深呼吸すると、八雲・紫はまっすぐに森近・霖之助を見つめた。
 そして、




「お姉ちゃん」
 呼び掛けに、ベッドの上で眠る姉は何も答えない。それにいつものように溜め息を吐きながら、マエリベリーは硬いパイプ椅子へと腰掛けた。
 看護師が寝返りを打たせてくれたのか、姉は窓際を、妹であるマエリベリーの方を向いて眠っている。
 そんな姉の顔に――暴行と強いストレス、そして幾度となく使用されたのだろう薬の副作用で頭髪が抜け落ち、長い入院生活によって骨と皮だけになってしまったその顔に、以前の美しさは欠片も見られない。最早別人と言っても差支えが無いほどに、姉は激変してしまっていた。
 手塩に掛けて姉を育ててきた両親にとって、それはどうしても信じ難い事で。そしてそれは、マエリベリーも同様だった。
 そう。目の前の病人を――やせ細り、排泄は元より呼吸すら自発で行えなくなってしまった、後は死を待つしかない女の事を、マエリベリーは姉の偽者だと思っていた。
 何せ、半年だ。ようやく元気になったと思った姉が宗教に嵌まり、両親と喧嘩し、家を飛び出して、半年。マエリベリーの頭の中には、我を貫こうとする気丈な姉の姿がずっと張り付いていた。それが良いか悪いかは別にしろ、自分の決めた事を貫こうとする強い人の姿が、心に刻まれ続けていたのだ。
 だが、戻ってきたのは、ボロボロになった別人のような女で。
 あの日から、もう一年半以上。蓮子の前では心配している素振りをしたが……正直な所、『姉が陥った状況』に対する怒りや悲しみは湧くものの、マエリベリーは目の前の病人を心配してはいなかった(『お姉ちゃん』という呼称も、他にこの女をどう呼べば良いのか解らないから使っているだけに過ぎなかった)。
 この女は、姉の名を騙る別人なのだ。本物の姉はどこか別の所に――時折見える境界の向こう側に居て、愛しい家族に囲まれ、娘にも思えるような少女と出逢い、そして新しい恋を始めて幸せになっているに違いない。
 そう思い込みながら、マエリベリーは日々を生きていた。
「……」
 だが、それは馬鹿げた妄想に過ぎない。目の前の病人はマエリベリー・ハーンの実姉であり、境界の向こう側に別世界など存在しない。全てはまやかし。現の夢だ。
 蓮子の持つ能力は子供の頃から培ってきた技術でしかなく、マエリベリーのそれは舞台上での設定でしかない。とあるオカルトサークルの日常と非日常を演じる劇団『秘封倶楽部』の主役の一人は、どうしようもない絶望を抱え続けている。
 こんな姿を後輩に見られたら何と思われるだろうか。『卯酉東海道』でナレーションをしてくれた一年の女子は、マエリベリーの事を尊敬してくれていた。だから尚更に、こんな姿は見せられないと思えた。
「……」
 ……姉の口元を覆うマスクから視線をずらせば、そこには一定の音を刻む心電図モニタがある。

『―─vヘv―─vヘv―─vヘv―─vヘv―─vヘv―─vヘv―─』

 規則正しい動き。
 別人のようになってしまった姉。
 機械によって生かされている姉。
 この人工呼吸器のコンセントが抜けただけで、姉は死ぬ。
 なんて儚い命。
 なんて最悪な運命。
 こんな絶望、誰も望んではいなかった。
「……嗚呼、」
 一体誰が悪かったのだろう。
 何が悪かったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 溢れ出した涙が止まらない。
 正直に言えば、目の前の姉を、姉と認識出来ていない訳ではないのだ。
 問題は、もっと深い所にある。
「……」
 悪い男に騙されて、姉が流産してしまった後。
 マエリベリーは、大好きな姉に元気になって貰いたかった。幸せになって貰いたかった。自分に出来る事があるなら何でもしてあげようと、ずっと思っていた。
 それなのに、居もしない神様に姉を奪われて、穢されて、壊された。
 その衝撃は、どうしようもなく大きくて。
「……」 
 もう、思い出せないのだ。
 ボロボロになった姉の姿が衝撃的過ぎて、元気だった頃の姉の容姿を、笑顔を、声を、思い出す事が出来なくなってしまったのだ。
 その絶望が、目の前の姉を拒絶し始めた原因だった。
 目の前の現実を、否定し始めた理由だった。
「……」
 視線の先には、規則正しく脈を刻む心電図モニタがある。
 ピ、ピ、ピ、と。無機質な音だけが病室に響き続ける。





 告白をして、驚かれて。
 でも、受け入れて貰えて。
 霖之助が紫に少々つっけんどんな態度を取っていたのは、紫に対する気恥ずかしさが原因だったらしい。いつの間にか八雲・紫を好きになっていた自分が、しかし余裕のある様子で現れる紫に対して釣り合わず、そして常にからかわれているような気がして、素直になれなかったのだそうだ。
 可愛い所もあるのね。そう告げると、霖之助は顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。だが、そうやって彼の調子を狂わせていないと、こちらが参ってしまいそうだった。
 嗚呼、駄目だ。心臓は早鐘を打ち続け、強い喜びと恥ずかしさにこの場から逃げ出してしまいたくなる。

 まるで、自分には不釣合いな幸せを手にしたかのようで。

 だがそれでも、この幸せを手放さぬように、紫は霖之助を抱き締める。
 そして恋人ととなった彼に口付けると、熱く真っ赤になっている顔で微笑み、
「霖之助さん。私は、貴方を愛して――――――――――――――――――――――――





































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 顔色を変えて駆けて来た看護師達が、大きな声で何かを叫んでいる。
 警告を伝える高い高い電子音が、途切れずに病室に響き続けている。
 それをどこか遠く見つめるマエリベリーの手には、プラグから抜かれたコンセントが握られていた。
 看護師がそれを奪い取る。
 だが、もう遅い。

「……幸せになってね、お姉ちゃん」
 これが、私からお姉ちゃんにしてあげられる、最初で最後の事だから。

 その呟きは誰にも届かず、騒がしさの中へと消えていった。




















   

   

   



   

   

   

   

   

 
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