歴史として、残るもの。

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□射命丸・文の一日。

 妖怪の山の奥深く。九天の滝と呼ばれる大瀑布を越えた先に天狗の集落があり、その中に私、射命丸・文の勤める屋敷があります。
 自宅から少々離れた場所にあるこの大屋敷、普段は天魔様の神通力によって人の目から隠され、主に報道機関の天狗、それに哨戒天狗である椛達の上司である大天狗達が仕事を行っています。恐らく、幻想郷で最も秘匿された場所といえるでしょう。……まぁ、見られて不味いものがある訳ではないのですが、排他的な考えが多い種族なので仕方がありませんね。
 そしてそんな屋敷の一部屋が、私達報道天狗の職場として宛てがわれているのです。
「さーて、お仕事お仕事」
 沢山の天狗が仕事を行っている中、私は最近新調したばかりの椅子に腰掛けて、明日発行する予定の新聞の作成を始めます。
 今回は特定の個人を取材したものではなく、霊夢達人間を取り上げた記事にするつもりでして……私は読み手の目を引く見出しを考え、文花帖に記したメモを元に記事を纏めていきます。
 が、そう毎度毎度すらすらと文章が出てくる訳ではありません。書いては悩み、書いては悩み、時折お茶を飲みながら、私は今回の新聞に使おうと思っている写真の再チェックを行いつつ、少しずつですが文章を書き進めていくのです。
 そうして写真を拡げながら作業をしていると、隣の机で同じように作業をしている同僚がこちらの机を覗き込んできました。来月行われる新聞大会の要項を纏めている筈の彼は、何気ない動きで写真を一枚手に取ると、
「なぁシャメ。この写真俺にくれよ」
「駄目。どうせ碌でもない事に使うつもりでしょう」
「な、何を言うかな射命丸さんよ。いくら俺でもそこまで落ちぶれてねぇよ」
「動揺するところが尚更怪しい」
 ジト目で同僚を睨みつつ、ゆっくりと私から距離を取ろうとしている彼の手から写真を取り上げると、そこには魔理沙と弾幕ごっこを行っている十六夜・咲夜が写っていました。
 星の煌めきの中、焦りを浮かべながら弾幕を回避する咲夜の姿は少々加虐心をくすぐるものがあり、大胆に露出した細い脚は女の私でも目を奪われるほどの美しさで――
「はい、ごみ箱へ」
「躊躇い無しかよ――!」
 叫ぶ馬鹿を無視するように写真を真ん中から引き千切り、軽く風を起こして細切れに。それをゴミ箱に落とすと、私は机の上に広げていた写真を纏めながら、
「卑猥な写真を載せて購読数を増やそうとするなんて、アンタも落ちぶれたものね」
「べ、別にそれを記事に使うとは言ってねぇだろ! 俺はただ紅魔館のメイド長が好きなだけだ!」
 と、潔いのか悪いのか良く解らない言葉を叫びながら同僚が立ち上がり、咲夜の素晴らしさを語り始めました。やれその立ち姿が美しいだの、メイド達に指示を出している姿が可憐だの。……最近咲夜から「貴女、屋敷の周りをうろついてない?」と根も葉もない敵意を向けられたのはこの馬鹿が原因だったのですね……。
 私は資料の間に挟んであった扇を取り出すと、熱く語り続けている馬鹿へ一閃。窓の向こうへ余計な騒音が吹っ飛んで行ったところで、周囲の仲間達に軽く頭を下げて仕事を再会します。とはいえ、同僚の馬鹿がああやって暴走したりするのは日常茶飯事なので、周りの仲間も慣れたものです。
「……この野郎射命丸、久々に死ぬかと思ったじゃねぇか……」
 そして同僚の復活が早いのも日常茶飯事。彼はボロボロの格好のまま椅子にどかりと腰掛けると、あー、と呟きながら天を仰ぎ、
「しかし、俺も焼きが回ったかねぇ」
「今更?」
「確かにな、ってそうじゃねぇよ」
 なら何? と問い掛けると、同僚は視線を私に向けながら、
「今更人間に興味を持つようになるとは思わなくてな。……さて、仕事仕事」
 気恥ずかしげにそう告げて、再び机に向かい始めてしまいました。私はその姿を何気なく眺めてから、自分の仕事へと戻ります。
 と、仕舞おうと思っていた写真の一番上には、件の咲夜の姿。そこに写る彼女は、年頃の少女らしい可憐な笑顔を浮かべていたのでした。

 ――因みに、後日同僚は正面から咲夜へと逢いに行き、ナイフの塊となって山に戻ってくるのですが……それはまた別の話です。



 お昼過ぎ。
 半分以上書いた原稿にお茶を零してやり直し、というここ数十年やっていなかった失敗をやらかし、少し泣きたくなりながら原稿を書き直していると、哨戒天狗である犬走・椛がやってきました。
 彼女はボロボロの格好のままで食事を取っている同僚に少々引きながらも、私に「お疲れさまです」と可愛らしい微笑みをくれながら、
「今日はお昼をご一緒しようと思ったんですが……まだお仕事中ですか?」
「ん、大丈夫。大丈夫なんだけど……」
「あの、文さん?」
 疑問符を浮かべる椛を手招きすると、その頭を軽く撫でて心の安定を図ります。くすぐったそうにしながらも逃げ出さない彼女は私の直接の部下では無いものの、定期的に稽古を付けてあげている後輩天狗なのです。
 彼女からの信頼は厚く、私もそれに答えられるように日々頑張っています。しかし、そんな私にも心が折れそうになる瞬間はあるのです。そんな事を思いながら、暫くの間椛の頭を撫で続け……その後、気分転換を兼ねて外に出る事にしました。
 そうして私は椛と食事を取り、原稿の書き直しの事など忘れてうららかな午後を過ごし――
「――たかったんですが、どうして貴女はそういう時に限って現れますかね」
「私に八つ当たりをされても困るんだがな」
 そう言って笑うのは、箒に跨った霧雨・魔理沙。食事をしようと九天の滝の近くまでやってきたところで、こそこそと山を登っている彼女の姿に椛が気付いたのでした。
 本来彼女の相手は椛達哨戒天狗が行うのですが、魔理沙や霊夢などと言った人間は並みの哨戒天狗だと突破されてしまう可能性が高い為、彼女達と顔なじみである私がその対応に当たる事が会議で決まってしまっているのです。出来れば椛に稽古の成果を発揮して貰いたかったところなのですが、上から『お前がやれ』と言われている以上仕方がありません。
「美味しくお昼を頂く為に、少し相手をしてあげるわ!」
「なら、私が弾で腹いっぱいにしてやるぜ!」
 声と共に魔理沙が加速し、煌びやかな弾幕を放ってきます。私はそれを的確に回避しながら、彼女へと妖弾を放ち、回避して攻撃して回避して攻撃して――って、魔理沙相手だとゆっくり解説している暇はありませんね、全く。
 ともあれ、弾幕ごっこは幻想郷の至る場所で行われている決闘です。いつでもどこでも場所を選ばす行われるものですが、やはり自然の多い幻想郷では木々などに邪魔される事が多々あります。しかし、この大瀑布の前では障害物となるものが存在しないので(互いに上空高く飛んでいますからね)、弾幕も相手の軌道も把握し易く、しかしとんでもない方向からの攻撃を受けやすくなる可能性が高かったりします。
 そしてこの霧雨・魔理沙という少女は、霊夢のような零時間移動を会得している訳ではないのに、いとも容易く私の目の前に現れるのです。
 視界を埋め尽くす弾幕の中、しかし私へと――敵へと繋がる道が彼女には見えているのでしょう。そのセンスは今の人間には無い、そして私達妖怪が久しく忘れていた『英雄』の力。努力だけでそこに至ったというのなら、それは称賛に値するものでしょう。
 何せこんなにも、楽しい、と思わせてくれるのですから!
「――って、楽しんじゃ駄目だった」
 可愛い後輩が見てますからね。ここはきっちり仕留めないと示しが付きません。とはいえ、密度の高い弾幕を避け続けるのはある種の快感だったりするんですよねぇ。魔理沙相手だと少々目が痛くなってきますが。
 と、逃げ続ける私に業を煮やしたのか、魔理沙が懐からスペルカードを取り出し、
「今日の私は最初からクライマックスだぜ!」
 宣言はその姿を上空へと。そして見上げた皐月の空の下、八卦炉を構えた彼女は凶悪な笑みを浮かべ、
「喰らえ、ドラゴンメテオ!」
 放たれたのは、光の壁、としか形容出来ない巨大なレーザー。周囲の弾幕を一瞬で掻き消して私に迫るそれは、マスタースパークと違い角度の調整が可能な憎い砲撃。こりゃ不味いですかね、とどこか他人事のように思いながら回避行動を取り――ああ駄目でした間に合いません!
「――ッ!」
 一瞬で迫ったそれに飲み込まれ、けれど風の壁を生み出して必死に防御。これは攻め返さないと、と反撃の算段をつけている内に砲撃が終了し、白に染まっていた視界が晴れ――目の前には、前傾姿勢で突っ込んでくる魔理沙の姿が。
 星を纏い、一気に落下してくるそれは彗星・ブレイジングスター。こちらの防御を確実に貫いてくるだろうそれに当然体は回避行動に移ろうとし――しかし何かがおかしいと咄嗟に判断すると、私は突っ込んでくる彼女の正面に壁を展開。その突撃を止めた瞬間、対する魔理沙が驚きに眼を見開き、
「げ、見抜かれた!」
 ドラゴンメテオの残光をブレイジングスターのそれと偽装し、ウィッチレイラインで急接近。そこから追撃を行おうとしていたのでしょう。ですが、甘いのです。
「私の観察眼を嘗めない事ね」
「ッ!」
 途端、慌てて弾幕を放ち、距離を取ろうとする魔理沙へ一気に接近。風を纏って下方から体当たりを当て、そのまま追い抜き、吹き飛んでいく彼女の体へ追撃のダウンバースト。落花していくその体を猿田彦の先導を得ながら更に弾き飛ばすと、放物線を描いていく彼女へと再度急接近し、
「――はい王手、っと!」
「ッ!」
 天孫降臨の道しるべ。私自身を中心に生み出した巨大な竜巻に魔理沙が巻き込まれ、そのまま吹き飛んでいきます。
 私は少々不安げな表情でこちらを見ていた椛に笑みを向けてから、動き回った事で火照る胸元を軽く扇ぎつつ、
「……全く、報道の天狗に無茶をさせないでくれる?」
 どうにか制動を取った、しかしボロボロの魔理沙にそう言い放つと、彼女は飛んでいきそうになった帽子を慌てて押さえながら、
「容赦無くスペル打ち込んでおいて何を言いやがる」
「人の事言えないでしょう? それに、手加減してあげてるんだから文句を言わない。まぁ、これに懲りたらもう忍び込もうとしない事ね」
「へーへー、解ったよ」
 そう言って悔しそうな表情を帽子で隠すと、魔理沙は一気に加速して山を下っていきました。その姿を見送っていると、椛が不安そうだった表情を一変させ、熱い視線と共に、
「文さんは本当に凄いです。あの魔法使い、秋の頃よりも強くなっていたように感じましたが、そんな相手を殆ど無傷で倒してしまうんですから!」
「……褒めても何も出ないわよ?」
 嬉しいですけど。ともあれ、魔理沙が強くなっていた、というのは私も感じました。努力家である魔理沙は、その伸び白が無限にあるかのように日々成長を続けている人間の一人なのです。まぁ、彼女がライバル視しているのが巫女である霊夢なのですから、いくら努力を重ねても重ね足りないのかもしれませんが。
 とはいえ、その強さは十分妖怪に通用するレベルになってきています。このままでは山へ入ろうとする彼女を止められなくなる日が来るかも知れず……椛に稽古を付けるだけではなく、私自身も修行を行わなければならないかもしれません。
 とはいえ、今はお昼です。今の戦闘で椛がどれだけの事を得られたのかを少々厳しくチェックしながら、彼女と一緒にご飯を食べる事にしましょう。

 

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