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霧雨の降る日に。

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「ちょっと頼みたい事があるんだ」
 霧雨・魔理沙にそう告げられたのが三日前の事で、普段なら断るだろうそんな頼みをアリス・マーガトロイドが引き受けたのは、彼女の表情が普段のそれとは違う、少し沈んだものに見えたからだ。いつもの覇気が感じられないその様子が妙に気になってしまって、断るに断り切れなかったのである。
 頼まれたのは里で売られている羊羹だった。大納言という仰々しい名前の小豆を使っているというそれは、里で甘味を買う習慣のないアリスですら知っている有名なもので、人間は元より妖怪達にも愛されている人気商品の一つだった。何気なく聞いた店員の話だと、結構長い歴史のある商品らしい。
「こんな物いつでも買えるでしょうに、どうして私に頼むのかしら」
 小さく愚痴をこぼしながら、アリスは羊羹の入った包みを人形に持たせて霧雨邸へと向かう。
 歩いていく森の中は陰鬱で、そして慣れている者でなければすぐに迷ってしまうほどに薄暗い。あの霊夢ですら迷う事があるのだから、その深さは推して知るべしだ。
「そういえばこの前、この辺りで魔理沙が茸を採っていたわね」
 そう何気なく呟いて、人形に「あれはきもちわるかった」と答えさせようとし――視線の先に、その茸がみっしりと生えている事に気が付いた。それはまるで『我々は滅びぬ。何度でも蘇るさ!』と言わんばかりの繁殖ぶりで、その成長の速さと増殖力に恐怖を感じて逃げ出したくなる。
 どうして魔理沙はこんな茸を魔法に使えるのだろうか。ただの茸ならまだしも、この茸はねばねばとしていて何だか気持ちが悪いのだ。
「……嫌なもの見た……」
 一気にテンションが下がるのを感じながら、アリスは少々早足で茸ゾーンを通り抜ける。途中、何かぬるりとしたものを踏んだような気がしたけれど、ぬかるんだ土か何かだと思い込む事にした。
 そうして無心のまま早足で歩き続け……見えてきた霧雨邸の前で足を止めると、乱れた心を落ち着かせる為に軽く深呼吸。そして人形に持たせていた包みを手に取り、それが頼まれていた羊羹であるかどうかを確認すると、アリスは玄関の扉を軽くノック。
 すると、こちらの訪問を待ちわびていたのか、すぐに扉が開かれた。
 アリスは内側に開かれたそれを追うように一歩前へと進み、現れた顔に羊羹の包みを突きつけてやろうとして――相手の姿を確認した瞬間、突き出そうとした腕が止まった。
 そこに普段の霧雨・魔理沙は居なかった。現れたのは癖のある金髪に櫛を通し、黒くシンプルなワンピースを纏った小柄な少女。普段着ているパニエ入りのスカートではなく、広がりの無いスカートから覗く足は白く細く、その印象をより華奢に見せているように感じられる。更には白黒の白であるエプロンが無い為、パッと見の印象はまるで別人だった。当然帽子も被っていない。
 だから、だろうか。
「……何その格好」
 挨拶よりも先にそんな無粋な言葉が出た。
 女の子が可愛らしい格好をするのは当然の事だけれど、魔理沙がこういった大人しい格好をするとは思っていなかったのだ。とはいえ、アリスの中では『可愛いだろう?』と笑う魔理沙の姿が予測出来ていて、不躾な事を言っちゃったな、とは思いつつも特に悪気はなかった。
 が、しかし、
「……似合ってないか?」
 なんて、まるで年頃の少女が片思い中の男性を前に困惑しているみたいな不安たっぷりの表情と共に全く予測していなかった言葉が返ってきて、アリス・マーガトロイドは凄まじい勢いで己の発言を後悔し、同時に疑念が湧くのを感じた。
 ……なんだか、魔理沙が魔理沙らしくない。
 確かに彼女は女の子らしい一面を持っている。しかし、ここまでしおらしく……というかこちらの一言ぐらいで不安そうな顔をして、真剣に自身の服装を見直し始めたりするような性格ではなかった筈だ。数日前、泥だらけになりながらも嬉々として茸を採集していた少女とは別人過ぎる。
 何かがおかしい。そう脳の一部が警鐘を鳴らしているのを感じつつも、アリスはどうにか「似合ってるわ」と言葉を返した。ここで皮肉交じりの冗談でも言おうものなら、その全てを真剣に受け取られてしまう可能性がありそうで恐かった。もし泣かれでもしたら逃げるしかない。
 こちらの言葉に安堵する魔理沙を見つつ、人形に満足なリアクションを取らせる事も出来ないまま、アリスは半ば呆然と霧雨邸へ入った。



 通された部屋の様子に変わりは無く、何かの魔法が働いている気配も、怪しげな香炉から奇妙な色の煙が出ている事も無い。霧雨邸は全くもって普段通りで、だからこそ普段とは全く違う魔理沙の存在が酷く浮いているような気がして、勝手知ったる霧雨邸だというのに居心地の悪さが尋常じゃあない。
 そんな尻の座りが悪すぎる中、魔理沙が紅茶を淹れていく。しかし、なにかもうドッキリにでも嵌められているような気分なアリスからしてみれば、その淹れ方一つにしたって普段とは違う女の子らしさがあるように感じられてしまっていた。
 いや、違う。いつもなら何か喋りながら、或いはアリス自身が読書に興じている為に気が付かなかっただけで、普段から彼女はこうやって優しく紅茶を淹れていたのかもしれない。こう見えて、魔理沙は一応礼儀作法を心得てはいるし。
 ……いや、いやいやいや、ちょっと待て。外見に騙されているだけなんじゃないのか自分。焦るな、落ち着け。魔理沙の様子や反応が普段と違うと言っても、その統合性を取ろうと過去を改竄するのは不味い。
 でも、これは……うーん……。
「……アリス?」
「――へ?! あ、その、なにかしら?」
 うわ、ものっそい声裏返った!
 一気に顔が熱くなっていくのを感じつつ、変な奴だな、と柔らかく微笑む魔理沙から紅茶を受けとる。なんだか、一人で空回りしている感が凄く強くなってきた。
 一旦心を落ち着かせる為、受け取った紅茶を口にする。
 琥珀色のそれは桃を使ったフレーバーティーなのか、砂糖無しでも仄かな甘みがふわりと広がった。苦味も少なく、この紅茶はストレートで飲むのが一番なのかもしれない。変に甘みを追加しない方がその豊かな風味を楽しむ事が出来るからだ。しかし、嘆かわしいかな、世の中には味も見ずに砂糖を入れてしまう輩が多い。まずは一口味を感じ、その味が気に喰わないようなら砂糖でもなんでも入れれば良いのだ。けれど全く手をつけていない状態でそれを行うのは、その飲み物を用意してくれた相手に対する冒涜になるだろう――と全く関係の無い話題を考えながら現実逃避する事暫し。少し落ち着いてきた。
 が。
「……」
 普段なら、
「……」
 気にならない、
「……」
 沈黙が、
「……」
 どうしてこう、
「……」
 今日に限って、
「……」
 気になって、
「……」
 しまうのか……!
「…………」
「……ん、どうしたアリス?」
「や、なんでもない、なんでもないわ」
 冷静を装いつつ笑顔で答えて、貰ったばかりだというのにもう残り少ない紅茶のカップをソーサーへと。流石にこのまま無言の状態を続けるのは辛いので、こちらから話を降る事にした。
「えっと、その……今日はメイクをしてるのね。ちょっと驚いたわ」
 普段は化粧っけがないから一目で解る。そして、化粧というのはその人の印象をがらりと変える力を持つものだ。普段の魔理沙が毎朝騒がしく起こしに来る近所の幼馴染のようだとするなら、今日の彼女は深窓の令嬢といったところか。正直、可愛らしい。
 でも、それを正直に告げるのは何か癪なので言わないでいると、
「ああ、ちょっとな……って、もしかして、どこか変か?」
 まずい、降る話間違えた! なんて後悔した所でもう遅く、少々慌てながら手鏡を探そうとする魔理沙をそれ以上に慌てながら止めつつ、
「だ、大丈夫よ、変じゃない! 変じゃないから!」
「そ、そうか? なら良かった……」
 そう呟いて安堵の息を吐く魔理沙へと気付かれないように、アリスは溜め息を一つ。
 なんだろう、このやり難さ。一体彼女は何を考えているのだろう。一体彼女は何が狙いなのだろう。
「……」
 普通に見れば、今日の魔理沙はおめかしをしているだけだ。しかし、『ただそれだけ』だと納得出来ないのは何故なのだろうか。ただ普段よりも物静かなだけだというのに、どうして今日の魔理沙に違和感を感じてしまうのだろうか。
 そう、違和感。
 今アリスの目の前に居るのは、霧雨・魔理沙であってそうではないモノのように見える。
 誰かが魔理沙に成りすましているとか、そういった感じでは無い。確かに彼女は霧雨・魔理沙なのだ。でも、何かがおかしい。もどかしい。喉元まで答えが出掛かっているのに、それを引っ張り上げる最後の切っ掛けがないような、そんな気分。
 なんだか気持ち悪い……。そう思いながら、部屋に入る前に渡しておいた包みを大事そうに扱う魔理沙を観察する。
 しかし、すればする程目の前にいるのが霧雨・魔理沙だと解って、喉の奥に刺さった小骨のように『何か』が気になって止まらな――と、そうやって思考を続けていると、魔理沙から言葉が来た。
「……と、そうだ、すまんアリス。急かすようで悪いんだが、私はそろそろ出掛けるんだ。だから……」
「あ、そうだったの」
 と、そう答えつつ、そもそも今日はお邪魔するつもりなど無かった事を思い出した。当初の予定では頼まれたブツを彼女へと渡したあと、こんな用事を押し付けてきた事にちょっと文句を言って、そしてさっさと家に帰るつもりだったのだ。
 早く混乱から這い出さないと不味いわね、なんて考えつつ、アリスはすまなそうに表情を曇らせている魔理沙へと微笑み、
「そんな顔しないで。紅茶、美味しかったわ」
 そう答えながら、魔理沙の変化について問い掛けようか迷う。普段の彼女なら、こういった状況になった場合は「後で埋め合わせするからさ」と笑顔で言ってくる筈だ。しかし今日の彼女は不安げな表情を持ったまま「ごめんな」と小さく告げると、何か思い詰めたような様子で手元の紅茶を眺め始めてしまっていた。
 一体何なのだろう。これは、彼女に何かあったのだろうか。
 と、そう思うアリスの思考を遮るように、玄関の扉が数回ノックされた。誰だろうかと無意識に玄関方面へと視線を向けると、「……来たか」という言葉と共に魔理沙が立ち上がった。恐らく、今日の外出は誰かと一緒なのだろう。
 さて、やって来たのは誰だろうか。これでおめかしした霊夢が出てきたら更に驚くな、などと思いつつアリスは人形達を連れて立ち上がり、忘れ物がないか周囲を軽く確認。そのまま魔理沙の様子を窺うと、もう外出の準備は終わっているのか、小さなハンドバッグを手に取ろうとしている所だった。
 その、箒も八卦炉も持っていないのだろう黒い少女の姿にちょっとした不安を感じる。しかし、流石にある程度の防衛手段は用意しているに違いない。そう思い込んで不安を押し殺し、アリスは先に玄関へと向かった。
 脱いでいたブーツを履き直し、でもやっぱり魔理沙に詳しく話を聞こうかと悩みながら扉を開き――
「おや。こんにちは、アリス」
 ――いつの間にか降り出した霧のような雨の中、提灯を持ち、傘を差した長身の男が立っていた。

 なんだ、そういう事、か。

「こんにちは、香霖堂さん」
 努めて笑みでそう返し、一瞬前まで感じていた違和感なんて吹き飛ばす暗い怒りに囚われる。対する森近・霖之助はアリスの感情に気付く事無く、数拍遅れてやって来た魔理沙へと視線を向けると、
「すまない、少し遅れてしまった」
「いや、良いさ」
 魔理沙はそう答えつつ玄関の鍵を閉め、そしてこちらへと視線を向け、
「羊羹、ありがとな。お礼はまた後でするから。……じゃあ、行こうか香霖」
 そう言って、霧雨・魔理沙が歩き出す。対する霖之助はその細い体へと寄り添うように立つと、アリスへと向けて軽く頭を下げ、そして魔理沙よりに傘を傾けながら歩いていった。
 アリスはその後姿を笑顔で見送ってから、
「……良いご身分だわ」
 冷笑と共に言い放つ。
 珍しく可愛くおめかししていると思ったらデートか。そうか逢い引きか。そりゃあさぞかしそわそわしただろう。だから今日の魔理沙に違和感を感じたに違いない。
 そういう用件で菓子が必要だというのなら初めからそう言えば良い。それなら別に文句は言わないし、それをネタに魔理沙をからかう事が出来るから問題はない。しかし、そんな様子を全く見せない、というのには少々イラっと来た。プライドの高い魔法使いという生き物にとって、誰かに利用されるというのはとても癪に障る事なのである。
 ……とは言っても、相手は魔理沙だ。普段はそういった気配を見せない彼女だけに、気恥ずかしくて言い出せなかったのかもしれない。しかし、だとするなら、どうして出掛ける直前の状況でアリスを部屋に招いたのだろうか。そんな事をしなければ、こちらに知られる事無く霖之助と出掛ける事が出来ただろうに。この話を天狗に売られて、次の日の朝刊を飾る可能性は考えなかったのだろうか。……まぁ、そんな程度の低い嫌がらせはしないけれど。
 さて考える。他にどんな可能性があるだろうか。
「自慢……じゃあ無いか」
 あの古道具屋と魔理沙の付き合いが長い事はもう周知の事実だ。付き合い出した所で誰も驚かないし、それは無いだろう。むしろ普段とは違う魔理沙の様子が気に掛かる。あれはどうも不安げというより、何か困惑が入り混じっているようにも見えた。自分の格好に対して過敏に反応していたし、霖之助に対して変に思われたくないと思っていたのは確かだろう。となると、何かのアドバイスでも求めていたのだろうか。でも、そういった話題一つ降られてこなかった以上、その可能性も無いのだろうか。……あ、或いは「アリスに聞いたって解りはしないだろ」的な無言? だったら殺すな、うん。流石にそれは許せない。少なからずアンタよりは恋愛経験多いっつーの――って、思考が逸れた。
 落ち着け私。
「……でも、どーでもいいか」
 もう終わった事だ。一人で考えを巡らせたところで答えは出ない。
 あとで魔理沙にはキッチリ落とし前を付けて貰うとして……さて今日はこれからどうしようかと考えつつ、アリスは魔法で雨を避けつつ歩き出す。
「……」
 少しだけ淋しさを感じるのは、自分が独りだと思い出したからだろうか。
 そういえば恋もご無沙汰だ。そう思いながら暗い森の中を進み、自宅が見えて来た所で、思ったよりも近くに魔理沙達の背中がある事に気が付いた。彼女達は雨の中で寄り添いあって歩いてる為、どうやら歩調がゆっくりになっているらしい。
 思ったよりも広い店主の背中にドロップキックを喰らわせたら気持ち良いだろうか。なんて事を考えつつ、少し歩く速度を落とし……数メートル。
 音も無く世界を包む霧雨の中、出歯亀な気持ちが鎌首をもたげ始めた。こけにされた腹いせという訳ではないけれど、彼女達の後を付けてみるのも面白いかもしれない。
 何せあの魔理沙があそこまで気合を入れていたのだ。悪趣味かもしれないが、気になる気持ちが無いといったら嘘になる。
 だから、
「……そういえば、買い忘れた物があったのよね。里にはあまり行かないから、つい忘れちゃったようだわ」
 そう人形へと呟いて、アリス・マーガトロイドは先を行く二人の後をそっと追い始めた。






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