くるりくるりとめぐってまわり、永久に輪廻は尽き果てる事無く。
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◆ ◆
「――以上で、貴方の裁きを終えます」
数多の感情を孕み、だからこそ冷たくならざるを得ないといった声色が、死すら恐れをなす静寂の中に響き渡る。
全ての罪を裁かれ、抗えない未来を決定付けられた魂魄は、深く頭を垂れるようにその体を折り曲げた。もうどんな言葉も行為も通用しない。一度下された決定はそれを下した閻魔にすら覆せない。白黒はっきり付けるというのは、そういう事だ。
それを身を持って思い知った魂魄は、だからこそ『自分』である最後の瞬間が今しかとない気付き、幼い風貌をした閻魔へと問い掛けられずにはいられなかった。
「閻魔様、最後にこちらから質問をしても宜しいでしょうか」
「何でしょう?」
「裁きの時にも言いましたが、俺は顕界に思い残した事があります。転生を許されたこの魂を、それに関係する場所へと生まれさせる事は――」
「残念ながら、それは不可能です」
声が響く。
優しさや同情など無く、それでも悲しげな表情で閻魔は続けた。
「転生というのは、選ぶものではなく受け入れるものなのです。私はその決定を下す事は出来ますが、その行く末を決める事は出来ません。それは誰かの意思に左右されるものではないからです。
例えそれが可能で、今の記憶を保持したまま転生を行う事が出来たとしても、次に生まれる姿が人間や妖怪だとは限りません。例えば森に育つ木々に生まれ変わったとしたら、貴方はどうするのです? 世界を呪いますか? 自分を嘆きますか? それとも、私を恨みますか?
……或いはその想いが妖怪としての力を持たせるかもしれません。ですがその一生を終えた時、貴方は確実に地獄へ落ちる事になるでしょう」
狡をすれば罰を受ける。それは当たり前の事だと閻魔は続けた。
「……そう、ですか。では、最後にもう一つだけ教えてください」
一生に一度しか――いや、死んでからでしか逢えぬ相手に、問う。
「――俺が持っているこの記憶、この想いは、一体どこへ行くんでしょう?」
◆
静かな川へと漕ぎ出しながら、小野塚・小町は問い掛ける。
「アンタは生前どんな奴だったんだい?」
船には重さの無い、人間だったものが一人。小町の言葉に、口も脳も無いそれが流暢な言葉を紡ぎ出す。
年枯れた男の声だった。
「俺は……俺は、人間だった。この体は、妖怪だったけれどな」
「そりゃ、どういう事だい?」
「ずっと昔――俺の爺さんの爺さんが生きていた時代――俺の一族は人間を喰らって生活してたんだ。でもよ、ある時人間に負けちまって、一つの約束をする事になっちまったのさ」
それは約束というより、一方的な拘束。男の一族がこれ以上の悪さをしないようにと、人間達は彼等に仕事を与えたのだという。
力が強く、頭脳明晰でもあった彼の一族は、与えられた仕事を着実にこなして生きていくようになり――結果的に、それ以外の生き方を封じられてしまったのだった。
「そんな事が代々続いて、俺が生まれた。もう妖怪としての力も殆ど残っていなかったもんだから、俺は自分の事を人間なんだとずっと思い込んで生きてきた。でも、それは勘違いでな」
強大な力と聡明な頭脳を失ったとしても、彼等は妖怪だった。その体は病気や怪我に強く、そして誰よりも長寿だった。
「両親は俺が生まれてすぐに事故で死んじまったから、俺の周りには人間しか居なかった。……みんな俺よりも後に生まれて、俺よりも先に死んでいった。そりゃあ中には長く生きた奴も居たが、それでも七十年ぽっちだ。俺にしてみればあっという間だったさ」
とはいえ、自身が妖怪だったと知ったところで何かが変わる訳では無かった。男は与えられた仕事を延々と続けていったのだという。
「生まれてから死ぬまで、色んなもんを造る仕事を手伝ったよ」
と、そう続いた男の言葉に小町は疑問を感じ、
「手伝った? 造っていたんじゃないのかい?」
「いいや、手伝っていただけだ。『人間の使う道具は人間が作るべき』なんていう考えの家だったから、俺がものを作る事は許されなかったのさ」
何でも造る家だった。農業用具や生活用品は元より、家具や寝具、刀や槍といった武器など、仕事が入ればどんなものでも造り、修理し、加工した。
そして、それらは時間の経過と共に少しずつ淘汰されながら変化していく。その歴史を眺め、自身の手でそれを修理、加工していく事は喜びだった……そう言って、男が笑う。
そんな彼へと、小町も微笑みを持ち、
「アンタは、その仕事を愛していたんだね」
「ああ、愛していた。……でも、それでも、だ。長い間生きてくると、一度ぐらい何か作ってみたくなる。有り物を加工するんじゃあ無く、零からな。だから俺は親方達に頼み込んだ。でも、無下に断られたよ」
「……アンタが妖怪だから?」
「ああ、そうさ。もっと早くに言い出していりゃあ良かったのかもしれねぇが……今の代の奴等は疑心暗鬼な奴ばかりだった。俺の事は利用する癖に、俺が力を持ったら襲われる、とでも思ってたんだろう」
人間達の視線には常に恐れがあった。彼にはそれがとても悲しく、辛かったという。
「一度交わした約束ってのは絶対だ。だから俺や、俺の親達は一生懸命に働いてきた。それなのに信じてもらえねぇってのは、なんだか裏切られたような気がしたよ」
生まれる以前から一緒に暮らして来た以上、彼等とは家族だと、そう思っていた。現に男は家族としてその家に迎えられ、幼少期を過ごして来たらしく――だからこそその辛さは大きかったという。しかしその疑心は晴れる事無く、日々深まっていった。
それでも、一度想いを口に出してしまった為か、何かを造りたいという気持ちは日々強くなっていったらしい。
「そんなある日、母屋で火事があってな。一家の殆どが焼け死んだ。……ああ、勘違いしないでくれよ、俺は何もやってない」
どこかで恨みでも買っていたのか、火事の原因は放火だったらしい。彼が駆け付けた時、既に母屋は火の海に沈んでいた。
「奇跡的に作業場は焼けなかったから、その後も仕事を続けられたんだが……」
名匠だと謳われていた一家の大半が亡くなってしまった為、仕事の数は減ってしまっていた。しかし、依頼が来なくなった訳ではない。少なくなってしまった人数で――腕が立つ職人を失った中で仕事は続けられ、その忙しさは以前の倍以上になったらしい。
そんな時、彼の元へある老夫婦が現れた。夫婦は彼と三十年来の付き合いのある人間で、彼の腕を認めてくれる唯一の存在だった。
「一度、壊れた箪笥を直してやった事があってな。それ以来、贔屓にしてもらってたんだ」
だから彼は、また何か修理を頼みに来たのかと軽い気持ちで応対したらしい。けれど夫婦の口から出たのは、ある物を造って欲しいという、仕事の依頼だった。
「なんと、俺を直々にご指名でな。俺にとってみちゃあ、長年の夢を叶える絶好の機会だった。何かを造ってみたいって気持ちに、大義名分が付いたようなもんだからな。こんな機会は二度とねぇと思ったさ」
その当時、仕事場は長年作業を行ってきた彼が居なければ上手く廻らないような状況だったという。誰かに指示を仰ごうにも、知識を持っていた人間の大半が天に召されてしまった為、頼れるべき相手が彼一人になってしまっていたのだ。
言い変えれば、彼の独擅場だった、という事。
「……だから俺は、その誘惑に負けちまったのさ」
ある日、彼は人手をまかなう為に雇われて来た者達を騙し、依頼という大義名分の元、己の創作欲を満たす為、夫婦に頼まれた作業を始めたのだという。
「それで、どうなったんだい?」
「今まで何度も見て、手伝ってきた事だったとはいえ、それを自分の手で最初から行うのは初めてだった。あれほど緊張した事はねぇってぐらいに緊張したさ」
それでも作業の手は休めず、寝る間も惜しみ、一心不乱に作業に没頭し続けた。
「俺はどうしてもそれを創り上げて、アイツ等に誇れるような職人になりたかったんだ。……でも、さ」
「でも?」
「……見付かって、殺された。俺の事を怪しんだ奴が、生き残った本家の人間に垂れ込んだのさ。後は銘を入れるだけって所で、全て終わった。終わっちまった」
「そうだったのかい……」
小さく呟き、小町は船を漕ぐ手を少しだけ緩めた。
風も無く、穏やかな川の上をゆっくりと船が進む。こんな事をしても距離は変わらないと解っているけれど、小町は男の話を全て聞いてやりたかった。
まるで涙を流すかのように俯いていた男は、ゆっくりと頭を上げ、再び語りだした。
「悔しかったなぁ……。俺は妻も子供も居なかったから、この世――ああ、もう死んじまったからあっちの世界か――に何も残せなかった。それが悔しくて悔しくてたまらなかった。……だから、だろうかなぁ」
「何かあったのかい?」
小町の問いに、男は心底辛そうに、
「俺は、自分が何を造っていたのか覚えてねぇんだ。死んでも造り上げてやろうって魂魄注いで造っていたヤツなのに、殺された程度で恨み辛みに心を奪われちまった。俺が唯一残せた子供なのに、産声を上げる前で手を離しちまったんだ。……でもまぁ、これが約束を破った罰なのかもしれねぇな……」
何かを造り上げようとしていたのに、それが何だったのか思い出せない。そう、男は嘆いた。
「あれが道具だったのか、武器だったのか、防具だったのかも解らねぇんだ。もしかしたら装飾品の類だったのか、家具の類だったのかもしれねぇ。いや、もしかしたら仏壇や墓石だったのかもしれん。
木を削ったような気がする。鉄を鍛えたような気がする。土を捏ねた気がする。石を細工したような気もする。
熱かった気がする。冷たかった気がする。教え込まれた全ての工程を行って、培って来た全ての手段を使わなかった気さえもしやがる。
嗚呼、何もかも、思い出せねぇ……。それが何よりも、悔しいな……」
本当に、心の底から悔しそうに呟いて、男がうな垂れる。
小町はそんな彼の様子に心を痛め、少しでも慰めになれば良いと、言葉を紡ぐ。
「そうか……。……でも、あれだ。アンタみたいに強い想いを忘れちまってるのも珍しいね」
「そう、なのか?」
「ああ。本来、そういった幽霊はその念いに引きずられて、地縛霊っていう存在になる事が多いんだ」
それは顕界に縛り付けられた存在。漂い彷徨う事も、成仏する事もない、ただ一点に固着してしまった悲しい魂魄。強すぎる想いは時として呪いとなり、彼等はそれから離れられなくなってしまうのだ。
「でも、アンタはそうならずに済んだ。完成させられなかったとはいえ、造った物にアンタの全てを注ぎ込む事が出来たんだろう。だから、残してきた想いはあっても、念いを残す事はなかったんだろうさ」
「それは……どういうこった?」
よく解らない、と言った風に聞き返してくる彼に、小町は此岸を眺めながら、
「悔いが残るのは当たり前って事さ。例え天寿を全うした人間でさえ、遣り残した事がある、と涙する。死んでしまった以上、残してきたものへと何もしてやれなくなる訳だからね。
そしてアンタの場合、その何かが完成しなくても、実は良かったんじゃないのかい?」
再び彼岸へと漕ぎ出しながら、小町は言葉を続ける。
「アンタは誰にも邪魔をされず、自分の思い描くものを造りたがっていた。でも、それは一つのものを完成させるんじゃなくて――延々と、何かを造り続ける事を望んでいただけなんじゃないかと、あたいは感じたよ」
「造り、続ける事を……」
「そうさ。もしアンタがその何かを完成させていたとして、その一度だけで満足出来たかい?」
長い長い間、彼が生まれるずっと以前から続いていた約束を――彼自身が「絶対だ」と告げたそれを破ってまで行ったそれは、一度限りで済む欲求だった筈が無い。
そう思っての小町の言葉に、彼は少し考えてから、頷くように頭を揺らし、
「……確かに、満足出来たかは解らねぇ。死神さんの言うとおり、俺は次も、また次もと造り続けたかもしれねぇな」
認めて欲しかった訳じゃないのかもしれないと、彼は言った。
ただ、同じ位置に並びたかった。約束を交わした人間達と一緒に、延々と受け継がれて来た誇りを受け継いでいきたかった。それだけだったのかもしれない。
夫婦に頼まれた一品は、その切っ掛けに過ぎなかったのだろう。
「だとしても……」
だからこそ、男は悔しいと呟いた。
せめて自分の造り出した最初の一つだけは完成させてやりたかったと、改めて、そう思ったのだ。
◆ ◆ ◆
彼の問い掛けに、閻魔は変わらぬ調子で言葉を紡ぎ出した。
「人の記憶や想いというのは時に多大な力を持ちます。しかし、それは転生へと到る道の中で少しずつ失われ、消えていくのです」
「残る事は有り得ないと?」
「有り得ません。何らかの呪いでも掛けられていれば別でしょうが、それは本来起こり得ない事です」
けれど、
「魂魄という存在は変化を伴わない為……時折、生前関係のあった相手と触れ合う者も居ます。それを自覚する事はありませんが」
「どういう事です?」
記憶や想いは消えるというのに、生まれ変わってから出逢うというのは一体どういう事なのだろう。
そう思っての問いに、閻魔は里に居た教師代わりの妖怪のような、何かを教える者の表情をして、
「『たましい』というものは、成仏しない限り、消える事無く転生を繰り返し続けるからです。例え地獄に落ちようと、罪の清算が終わればその『魂』は転生を迎え、新しい人生を歩んでいく事になります。そうして転生を繰り返し続ける『魂』で世界が構成されている為か、奇跡的に再会を果たす『魂』も存在するという事です」
しかし、そこで何かが生じる事は無い。何せその原因になるだろう記憶や想いを『魂』は失って――いや、清算し、洗い流しているのだから。
「現に、私は以前にも貴方を……生まれ変わる以前の、同じ『魂』を持った者を裁いた事があります。これも再会と言えば再会ですね」
それはつまり、彼が誰かの生まれ変わりである、という事だ。
転生を繰り返している以上、それは当たり前の事であり……だからこそ何か奇妙な違和感を感じるそれに言葉を失う。そんな彼へと、閻魔は諭すかのように、
「つまり、貴方は機会を得たという事です。真っ白な状態から、数多の可能性に満ちた新しい人生を始める事が出来る機会を。それなのに、どうして過去に囚われる必要があるのです?」
「それは……」
悔いが残っているから、とは口が避けても言えまい。何故ならその悔いすら、既に閻魔に裁かれているのだから。
「貴方の持つ記憶や、想いは全て消える。ですが、それを悲観する事は何一つ無いのです」
「……はい」
「ほら、そんな暗い顔をしない。……貴方は、幸せ者なのですから」
幸せ者。
そんな、この場には少しそぐわないようにも感じる単語に彼が頭を上げると、閻魔はほんの少しだけ、人間の少女のような悲しそうな顔をして、
「私達にはそのような機会は訪れません。死者を裁く閻魔、そして川の渡し人である死神というのは、概念の存在ですから」
ただ、それを行うだけに生み出されたもの。そこには死すら存在せず、当然次の機会など永遠に訪れない。
延々と、同じ事を繰り返し続ける日々――
「私はこの仕事以外の生き方を知りませんし、知る必要がありません。それは小町も――貴方をここへ運んで来た死神も同じ事。個体によって差異はあれど、本質は全て同じなのです」
「……」
それはまるで、与えられた仕事だけを行ってきた自分の人生と重なるようだと、彼は感じた。
まるで同じだとは言えない。しかし、何か別の事を成したいと思っても、それを行う事すら許されないというのなら――
「閻魔様、貴女は……」
しかし、『その先の言葉を告げる必要は無い』と言わんばかりに、閻魔である少女は首を横に振り、
「……私は閻魔でしかありえない。それ以外にはなれない。何故なら、私は閻魔という存在として生み出されたからです。この姿で、死者を裁く為に必要な全ての知識を持って」
それは、この世界に生み出された瞬間から閻魔で在ったという事。成長も無く、変化も無く、何か別の可能性を得る事も無く、最初から、彼女は決められた道を歩き続けてきたのだ。
「一体、誰がそんな事を……」
人間や妖怪ですら許されている事を、閻魔だからというだけで否定される。同じような境遇を歩んで来た彼にしてみれば、それは酷く辛く、悲しい事だった。
しかし、彼の漏らした呟きに閻魔は苦笑すると、
「さぁ、それは私にも解りません。ただ、敢えて言うならば、この転生のシステム――天国と地獄というものを生み出した存在が、親といえるかもしれませんね」
そんなものが居るというのなら――ましてや親だというのなら、貴女は願っても良いのではないか。世界に『生きている』者達が得て来た、こんな自分にも与えられた機会。
過去に囚われる事の無い、新しい人生を。
けれどそれを告げる事は叶わず、閻魔が言葉を続けた。
「ですから、もう悩む事など無いのです。白紙の状態から、新しい一生を全うしなさい。そして、また私が貴方を裁きましょう」
そうして初めて微笑んだ閻魔の顔は、里の童と何一つ変わらないように見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「四季様、もう上がりですか?」
「えぇ。今日は少し喋りすぎました」
「ああ、さっきの」
「そうです」
そう小さく頷いてから、彼女は特徴的な帽子を脱ぎ、それを机の上に置くと、
「……私もまだまだ甘いですね。少し、余計な話をしてしまいました」
小さく呟くその表情は、自嘲的で。
小町は何も言えないままその隣へと近付き、暫し逡巡してから、
「……あの、四季様」
「駄目です」
何も言うなというように、彼女は強く言い捨てて、
「彼がどれだけ強い想いを持とうと、その魂の行く先を定める事など出来ません。もしそれが可能だったとしても――そんな事を行えば、私という存在は消滅する事になるでしょう。公平でない閻魔など、存在する意味が無いのですから」
「……そんな、事は」
無い、とは言い切れなかった。これでも小町は死神であり、閻魔に仕える者だ。その存在の儚さを誰よりも良く知っていた。
「小町」
「……はい」
「私達には選択肢など無いんです。どんな事を想おうと、願おうと、それは絶対に叶えられない。それが生と死を扱う者のルールです」
「……はい」
「……どうにも、出来ないんです」
「うん……」
小さく頷き、まるで涙するようにうな垂れてしまった映姫の細い体を抱き締める。
死神である小町の仕事は死者を運ぶ事。それは多少休んだ所で、その仕事自体を放棄しない限り大丈夫なものだ。
しかし、閻魔というのは送られた死者を延々と裁き続ける事が仕事だ。他の者になれる機会など、その存在が消え果たところで訪れはしない。
小町は知っている。この幼い閻魔がとても情深いことを。閻魔として欠陥であろうそれを抱える彼女が、日々苦しんでいることを。
だからもう、小町は何も言う事が出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「――最後に、一つ」
これは職権乱用ではない。ただ事実を述べるだけ。そう思いながら、閻魔は告げる。
「貴方が創り上げたものは、二振りの剣です」
「剣……」
彼はそう確かめるように言い、そして何かを思い出したかのように、深く強い喜びに溢れる声で、
「嗚呼……。そうだ、そうだった……。……思い出す事が、出来た……」
死ぬ瞬間の記憶ではない以上、切っ掛けを得た事で記憶を呼び起こす事が出来たのだろう。
そうして、彼は深く頭を下げた後、
「有り難う御座います……。ですが、どうしてそれを教えてくださったんです?」
「今から転生に向かおうという者に、悩みを残させる訳にはいきませんので」
「……閻魔様は、お優しいのですね」
そう言って、彼はもう一度深く深く頭を下げた後、冥界へと向けて進んでいった。
「……」
人の記憶や想いというのは時に多大な力を持つ。だからこそそれは真っ先に消えて行き、魂魄は次なる転生に備える事になる。
冥界へと向かう彼は、知らず知らずの内に全ての記憶を失っていく。もしかしたら、今交わした言葉すら、既に消え失せてしまっているかもしれない。
それでも、自分の行いは間違っていないと、そう思いたい。
「……私とした事が、感傷的になっていますね……」
深く、息を吐く。
……今日はもう休む事しよう。
そう思い、閻魔は席を立った。
了
――――――――――――――――――――――――――――
何かありましたらお気軽に。
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