残暑と写真と哀れな者達。

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2

 その後の事を、魂魄・妖夢はあまり覚えていない。どうやら霊力を使い果たしたらしく、剣を収めた後に気を失ってしまったからだ。そんな妖夢が事のあらましを知ったのは、天狗を斬り伏せてから丸一日経ってからだった。
 あの後――天狗を斬り伏せた後、しかし斬られた天狗は倒れる事が無かった。それどころか倒れそうになった妖夢を受け止めると、そのままそっと横たわらせた。弱者だと決め付けていた妖夢への見方を改め、力ある者だと認めてくれたのだ。結果、天狗達は商売道具を破壊した事への溜飲を下げ、風となって消えて行った。そして後に残された観客達は、まるで蜘蛛の子を散らすように消えていき――倒れた妖夢は魔理沙と咲夜の手によって冥界に運ばれたのである。
「だが、まだ大きな問題が残ってるんだよな」
 写真機を破壊し、その目論見を打ち砕いた事で、妖夢を利用しようとした問題については一応決着したと言えるだろう。しかし、その最中に浮かび上がった盗撮問題は解決していないままだ。実際にどれ程の枚数が撮られ、どのように扱われているのかが全く解らない。いや、眺めたりする以外の目的は無いのだろうけれど、『その写真を見て何を思い、何を感じるのか』という事を考えると、恐怖を伴う寒気が走る。
 ……と、負の方向に向かいだした思考に嫌な気分になりつつも、妖夢は様子を見にやって来てくれた魔理沙、咲夜と共に、これからの事を考える。
 そんな時だ。開け放っていた障子の向こう側から、少し強い風が吹き抜けた。思わず視線を向ければ、そこには少し困惑した表情を持った射命丸・文の姿。彼女は何か言おうと軽く口を開き、珍しく暫し逡巡した後、
「お体の調子は、如何ですか? ……実はその、今日は妖夢さんの取材をしたいと、思いまして」
「妖夢の取材?」
 訝しげに問い掛ける咲夜の声に、文は小さく頷くと、
「妖夢さんを利用しようとした事については、私達も写真機を壊されましたし、謝罪をするつもりはありません。ですが、あの時に妖夢さんが見せた動きは、私達天狗の予想を遥かに超えるものでした。こう言ってはなんですが、まさか妖夢さんが私達天狗を捉えるとは、誰も思っていなかったのです」
 弾幕ごっこという枠組みの中では無い状況で、本気を出している天狗に追いつける人間は居ない――そう、天狗達は決め付けていた。最早通説にもなりかけていたそれを、単独ではないにしろ塗り替えた妖夢に、天狗達は驚くしかなかった。だからあの時斬り伏せられた天狗は妖夢を助け、今日はこうして文が取材に訪れた。
「……都合が良いな。昨日は妖夢を利用しようとして、今日は取材相手に選ぶのか」
「どうとでも。私達は、常に新しいネタを追い求めているだけですから」
 すっぱりと答える文の姿勢は、ジャーナリストと呼ばれるそれだ。皮肉るように告げた魔理沙は何も言い返さず、判断を任せるような視線を妖夢に向けた。
 さて、考える。取材を受けるなどというのは柄ではないし、断るのが一番だろう。しかし一度天狗に目を付けられた以上、しつこく何度も取材を受ける事になるのは確実。ならば面倒臭い事は後に回さず、今回の取材を受けてしまおうか……。
 と、そう考えていると、文の行動を制止するように咲夜が口を開いた。
「妖夢はまだ本調子じゃないわ。だから取材は後にしてもらえる? ……それに、私達は貴女に聞きたい事があるのよ」
「私に聞きたい事、ですか?」
 何の事なのか解らない、と言った風に首を傾げた文に、咲夜が写真機を破壊するに至った経緯を軽く説明していく。
 が、
「とうさつ?」
 再び小鳥のように小首を傾げる天狗の少女。どうやら妖夢達がどうして写真機を破壊したのか、その理由までは理解していなかったらしい。
 やがて文の目に理解の色が浮かび、そんな理由があったんですね、と前置きしてから、
「確かに、私が妖夢さんから離れた瞬間、写真機を構えていた仲間は居ました。ですが、私達は新聞を作る為に写真を撮っているのであり、その道具である写真機を悪用する事は絶対にありません。盗撮を行うなど以ての外です」
 当然だ、と言わんばかりの表情で文が告げる。しかしすぐに表情を改めると、少しの間逡巡してから、 
「でも……でも、そうですね。火の無い所に煙は立たないと言いますし、少し調べてみます。私達が潔白だという事を証明する為にも」

……

 潔白。
 やましい事は、何も無い。

 それを証明すると文が告げてから三日後。再び白玉楼へと現れた射命丸・文の顔にあったのは、笑顔ではなく――怒りと哀しみとを混ぜ込んだような、今にも泣き出しそうに見える表情だった。
 前回と同じように集った三人の少女達は突然のそれに何も言えなくなり、文が口を開くのを待つ。すると彼女は、持参した鞄の中から本のようなものを取り出すと、妖夢達が囲む机の上へとそれをそっと置いた。そして崩れ落ちるように、畳の上へと膝を付き、
「……すみません、皆さん。私達の中に、不届き者が確かに存在していました……」
 それはまるで閻魔に許しでも乞うような、心からの謝罪の言葉。流石に誰も何も言えず、しかし目の前に提示された本へと手を伸ばし、そこにファイリングされているものへと視線を向けた。
 それは写真だった。人物を写した写真だった。それは間違いない。しかしどの写真にも被写体の顔や全体像は写っておらず、チラリズム、という言葉が泣いて逃げ出す程しっかりと、少女達の下着や胸元が切り取られていた。
「……これはこれは」
 言葉を失う妖夢が開くそれを除き見ながら、咲夜が声を上げる。どうやら彼女はそこまで衝撃を受けてはいないらしく、妖夢の手から本をそっと取り上げると、その全てに目を通していく。そんな咲夜へと、魔理沙が少々驚きながら、
「お、お前、何とも感じないのか……?」
「そういう事は無いわ。ただ、幻想郷に来てまでこんな写真を見る事になるとは思わなかっただけよ」
 物憂げに咲夜が言う。だが、それは一体どういう事なのだろうか? 話題が違うと思いながらも、妖夢はそれを問いかけようとして――しかしそれより早く、十六夜・咲夜は本を閉じ、
「で、新聞屋さん、このファイルの持ち主はどうしたの?」
「私達が責任を持って、説教と共に灸を据えておきました。一族の恥曝し、などというレベルではありませんので」
 幻想郷でも上位の力を持つ天狗が盗撮を行っていたとなれば、その地位は地よりも深い所に落ちる。それだけは回避する為に、自分達でけじめを付けたという事なのだろう。
 しかし、
「しかし、どうやらその天狗の背後には、もう一人、黒幕と呼べるだろう人物が居るようなのです」
「……レティ?」
 咲夜の呟きに、文は苦笑し、
「そうでしたら意外性は抜群なのですが、違います。どうやらその人物が高額で写真を買い取り、更にその後、人々に販売を行っていたようなのです」
 販売。
 その言葉は、事実は、魂魄・妖夢の心を強く震わせる。風すら切って見せた剣士といえど、その肩書きを外せば年端も行かぬ可憐な少女。いつどこで撮られたのかすら解らない写真が、誰とも知らぬ者達の手に渡っているという現実は、どうしようもない程の恐怖を呼び起こし、まるで光の無い暗闇の中へと放り込まれたかのような錯覚を起こさせる。粘着質な闇はゆっくりと妖夢の体を縛り付け、その心へと土足で踏み込んでいく。
 所詮それは幻に過ぎないと解っていても、目に見えぬ恐怖はどうしようもなく少女の心を蝕んで止まらない。小さく体が震え出し、しかしどうにか落ち着きを取り戻す為に、一つ深呼吸を行おうとして、
「――大丈夫」
 そんな、何もかも見通しているかのような声と共に、後ろから誰かに抱き締められた。その瞬間、剣士は剣の柄を握る事すら出来ぬまま――いや、する事すら考え付かずに、なすがまま全身の力を抜いた。何故ならばその声の主が、その冷たい温もりが、何よりも安堵を与えてくれるものだと知っていたから。
 まるで母のように優しく抱いてくれるその人物は――西行寺家現当主、西行寺・幽々子は、普段からは考えられぬ冷たい声色で、こちらへと視線を向ける三人の少女へと問い掛ける。
「何が、あったのかしら?」
 少女達は驚きに目を見開いたまま、何も答えない。それもその筈だろう。彼女達から見れば、妖夢の背後に突然幽々子が現れたように見えたのだろうから。
 しかし、優しく、冷たい筈なのに暖かな抱擁を受ける西行寺家の庭師には解る。というより、幽霊を知るものなら誰もが解る簡単な答えだ。いや、幽霊の数が多い幻想郷では忘れられているのかもしれないが……幽霊とは、本来不可視の存在。現れるも消えるも、当人次第、なのである。当然存在そのものが消える訳では無い為、当人の霊力を感じ取る事は出来るのだが……白玉楼に幽々子が居るのは当たり前の事の為、誰も違和感を持たなかったのだろう。
 そんな事を――一瞬前に感じた恐怖から開放されながら考える。そうして幽々子に大丈夫だと伝えると、しかし彼女は妖夢を離す事は無く、普段の口調で、
「妖夢を抱っこするなんて久しぶりだもの。もう少し、ね」
 久しぶりも何も、恐らくそれは妖夢が赤ん坊だった頃以来の事であり……本来護るべき相手である幽々子に心配を掛けてしまった、という負い目もあって、抱かれるままの妖夢は何も言えない。そのままなすがままにされていると、魔理沙が頭を軽く掻き、言うべき言葉を吟味するように「あー……」と小さく呟いてから、
「アレだ。全部このブン屋が悪い」
「ちょ、ま、どうしてそうなるんですか?!」
「だってお前の仲間がやった事だろ? 一蓮托生って奴だ」
「お、横暴な――!!」
 そう言って腰を上げ、文が魔理沙へと掴みかかろうとして――冷たい場の空気に、すぐにぴたりと体を止めた。そして場の空気を正すように小さく咳払いをしてから、居住まいを正し、
「えー……その、ですね、我々の仲間がとある問題を起こしまして、その結果妖夢さんを不快な気分にさせてしまったと、そういう事なんです」
「ある問題?」
「それは――」
 聞き返す幽々子に、文は少し歯切れ悪く、盗撮問題の全てを話していく。それでも、妖夢を利用したという、事の発端は有耶無耶にしていたけれど。
 そして全てを聞き終わった幽々子は、少し考える仕草をしてから、
「天狗という種族は、お金に執着するタイプだったかしら」
 写真は黒幕へと高額で売り払われていた。しかし幻想郷において、金というモノの価値はそこまで高いものではなく……そもそも妖怪は、金を必要としない場合が多い。その上山にコミュニティを気付いている天狗にとって、人間達の硬貨など不必要でしかないだろう。
 それは文も疑問に思っていたのか、少し迷いのある表情で、
「いえ、我々はそういったものには執着しません。恐らくは――その金額に目が眩んだのでは無く、『自身の撮った写真が評価され、高額の価値が付く』という状況に酔ってしまったのかもしれません。例えどんな写真にしろ、高評価をもらえれば嬉しいですから」
「そういう事なら、気持ちは解らなくないな。だが、盗撮をして良いという理由にはならん」
 魔理沙の言葉に、少女達は頷きを返す。その中の一人、普段からミニスカートのメイド服を愛用している十六夜・咲夜は、自身のものだと思われる写真を本から取り出し、一瞬にして切り刻みながら、
「こんな負の需要と供給は、さっさと断ち切るべきね」
「ああ。花も恥らう乙女の秘密を覗き見ようってんだ。こういう陰鬱な趣味を持つ輩は万死に値するぜ」
 強く、言い放つ。
 その言葉に文も否定は無いようで、魔理沙の告げた言葉は、その日の夜には風の噂となって幻想郷中へと流れた。
 そしてその言葉に賛同した少女達は一斉に立ち上がり、自宅、更には近隣の家々の捜索に走った。それは人妖問わず行われ、中には夫婦間の仲が悪くなったり、一家の空気が最悪になったり、仲間から迫害されたり、或いは殺されかけたりと色々あったものの、最早後の祭りである。
 一度動き出した事態は、そう簡単には収まらないのだから。

3

 数日後。
 白玉楼にある最も大きな机を埋め尽くす数の写真を前にし、魂魄・妖夢は文字通り言葉を失った。そこには、少女達の手によって集められた五百枚以上の写真が一斉に並べられていたのである。
 とはいえ、これだけの数を短い時間の中で集められたのには、第二の協力者達――幽霊達の存在が大きかった。
 物言わぬ幽霊達は、だからこそ日常的にそこに在り、誰よりも何よりも世界を見つめ続けている。ただ、彼等は既に現世から切り離された存在であり、見聞きした事を他者に伝える事は無い。永遠に、彼等は自己完結し続けるのだ。
 しかし、世界には自己完結し続ける彼等の言葉を汲み取る事が出来る人物が存在する。その一人が、亡霊の姫――西行寺・幽々子である。妖夢から頼んだ訳ではなかったのだが、それでもいつの間にか幽霊達は幽々子を仲介に少女達へと情報をもたらした。結果、隠し続けられていた写真達は、あっという間に確保されていったのである。
 そうして対人・対妖関係が悪くなる中……皆に共通していたのは、天狗への不信感。今まで、風を操る彼等に立ち向かおうにも、それが出来ない者達が大半だった。しかし今回は違う。衣服の――主にスカートの中を撮影され、それをあろう事か売りに出されていたのだ。溜まりに溜まった不信感は爆発し、天狗への敵意は凄まじいものとなった。今後、新聞を読まなくなる者も増えるだろう。
 その事実に肩を落とし、しかし仲間の犯した失態を受け止めた射命丸・文は黙々と写真を並べ続ける。写真から何か糸口が見えないかと、こうして一枚一枚確認しながら並べているのだ。
 そんな彼女の近くで同じ作業を続ける霧雨・魔理沙は、一人大きく伸びをしてから、
「ここまでくると少し感心してくるな。褒める気は全く無いが」
 その呟きに、文は小さく無言で頷く。彼女本人に非は無いのだし、咲夜が居たら少しは慰めてくれたかもしれないが、生憎彼女は本業が忙しく、この場にはやって来ていなかった。かといって、妖夢が慰める事は無い。妙な大会を開かれた事により受けた心の傷は、未だ癒える気配がないのだから。
 結果、静寂が生まれ、ただでさえ静かな冥界の空気を、ただ文が写真を並べる音だけが振るわせる。
 と、流石に居た堪れなくなったのか、魔理沙は文へと窺うように、
「……で、お前達はどうするんだ? 話には聞いてるだろうが、早く黒幕を見付けないと、天狗の地位は下がり続ける一方だぜ?」
 魔理沙の声に文は動きを止めると、手に持った写真を彼方へと放り投げ、俯きながら、胸に溜まった苦痛を吐き出すように溜め息を吐き、
「そんな事は言われなくても解っています、解っているんですよ……! ……でも、どうにもならないんです。写真を撮っていた当人も、黒幕が誰かという事を知らないのですから」
「どういう事だ?」
「私にだって解りませんよ! だってあの馬鹿、『知らない見てない解らない』としか答えないんですから!!」
 魔理沙へと噛み付かん勢いで声を上げ、しかしすぐにぐてりと俯くと、疲れの見える天狗の少女は小さな声で、
「本当、解らないんですよ……。まぁ、とりあえず、コレを見てください」
 そういって、文が周囲に並べた写真の一枚を手に撮った。そしてそれを裏返すと、そこに記された数字を指差しながら、
「この数字は、この写真が現像された日付なんです。古いものだと十年以上前もあるんですが……この年代の写真は、何故か殆ど数がありません」
 そして写真を放り投げると、裏面を確認しながら、数枚の写真を手に取り、
「ですが、何故か二年程前から、爆発的に写真の枚数が増えているんです。あと、アングルにも変化が見られます」
「つまり、その頃から、誰かが裏で手引きを始めたって事か」
 魔理沙のを聞きながら写真を見ていくと、確かに過激な写真に混じって、下着を狙い損ねたと思われる写真がいくつかあった。それらの日付は数年以上前で、しかし確実に下着を映している写真の日付は二年以内のものが大半だった。それはつまり、見知った者達の写真が多く混じっているという事であり……写りこんでいる服の色や形状から、魔理沙のもの、咲夜のもの、自分自身のもの、チルノ達妖精から川の渡し人である小町や、幽香のものだと思われる写真もあった。当然紅魔館のメイド達やその主人、人里の人間達や山の河童、更には天狗に至るまで撮影しており、相手が強大な力を持っていようと関係無いと言わんばかりである。まだ写真の全てに目を通していない妖夢には解らないが、恐らく永遠亭勢の写真も網羅されているに違いない。
 文は写真を数枚裏返しながら、沈んだ声で話を続ける。
「で、ですね? これを撮った当人は、ある日幻想郷を飛び回っていた時に、『お前の写真を買い取ろう』という声を聞いたそうなんです」
 その声は男のようであり女のようであり、老人のようであり子供のようでもあった。天狗は訝しみながらも、写真を指定された場所へと置いた。当然その時は普通の写真を置いたらしいのだが――次の日には写真が無くなり、代わりに金の入った子袋と、写真に対する評価、そして次からは盗撮写真を用意するように、との指示があったらしい。
 その話を聞きながら、並べられた写真を順番に眺めていた魔理沙は、「写真はこれで全部なんだよな……」と小さく呟いてから、文へと視線を向け、
「んで、その指定場所ってのは何処だったんだ?」
「これが一ヶ所ではなく、かなり点々としているんです。人里近くだったり、山の方だったり、魔法の森の外れであったりと……まるで、黒幕が誰なのかを把握させないような按配で」
 だが、当然のようにその天狗は相手の足取りや情報を掴もうとした。しかし、指定場所に張り込めば不思議とそこの写真はそのままで放置され、それどころか、他の場所に置いた写真の感想と共に、その監視を注意される始末。まるで姿を見せぬ相手に恐怖を覚えながらも、それでも与えられる感想は的確であり辛辣であり――いつしかその天狗は疑う事を諦め、その評価を得る為だけにシャッターを切り続けるようになった。
「……まぁ、序列と言いますかなんと言いますか、やはり私達の世界にも年齢による上下というものがありまして、それは時に絶対の力を持ってしまいます。その結果、私達のように若い天狗は評価を受ける事すら出来ずに切り捨てられてしまう事があります。そういった現実を考えると、正当な評価を与えてくれるその相手に陶酔していってしまったのは仕方ないのかもしれません。……写真が写真ですから、庇う気にはなれませんが」
 そして大きく溜め息一つ。
「兎も角、そういった状況で写真を渡していた為に、相手が誰なのか、そもそも単独なのか複数なのかもさっぱり解らない訳です。……御理解頂けましたか?」
「ああ。お前が予想以上にダメージを受けてるってのも良く解った。……だが、その天狗が嘘を吐いてたり、黒幕を庇っているって事は考えられないのか?」
 問い掛けに、天狗の少女はゆるゆると首を振り、
「それは無いですね。先程魔理沙さんが仰った通り、私達天狗の地位はどん底にまで落下中です。もしそんな状況で――天狗という種族全てが苛立ちを感じている状態で嘘を吐けばどうなるか、検討が付くでしょう?」
「……ミンチより酷いな」
「もう本当、嘘だと言ってよ! な状況なんです、こっちも……。ですので、天狗の中に黒幕が居るという事は在り得ません。更に酷い事になりますからね」
 そう言って、文は重々しい溜め息を吐く。盗撮問題の事を知った当初は、まさかここまで大量の写真が出てくるとは思っていなかったのだろう。妖夢自身もそう思っていたし、まさか黒幕なんてものが現れるなんて夢にも思わなかった。その為か、目の前に拡がる写真に、何か現実感を感じられずにも居た。
 それでも、黒幕が誰なのかを考える。 
 まず、相手の姿形、人数が解らない以上、黒幕が人間なのか妖怪なのかも解らない。だが、例えどんなものでも、見慣れていない、触れられていないものに正当な評価を下すのは難しい。しかも相手は撮影のプロである天狗。生半可な知識での評価では鼻で笑われるだけだろう。となれば、新聞程度でしか写真を眺める事が無い人間は除外出来――
「これが出来ないんですよ」
 そう文が呟き、妖夢へと視線を向け、
「人間達の中で、特に最近になって幻想郷に迷い込んだ者達は、『けーたい』という、とても小型の機械を持っているんです。それは写真機として使う機能も付いていまして、その性能は私達天狗が使っている物よりもとても高性能なんです。あんなものを日常的に操る事が出来たら、すぐに撮影の腕が上がるに違いありません」
「……断言はしないのか?」
「しないのではなく、出来ないといった感じでしょうか。その『けーたい』というものは電池が無いと使えなくなってしまうので、幻想郷に迷い込んだ当初は撮影出来ても、今は撮影出来ないというのが殆どなんです」
 因みに、電池というのはコンセントに充電器を刺して充電しないと、再び使う事が出来ないらしい。
「こんせんと?」
 聞きなれない単語だ。鸚鵡返しのように聞き返した魔理沙と同じように疑問符を浮かべると、文は少し思い出す風をしながら、
「なんでも外の世界の家にはそれが沢山あり、そこから流れ出す電気は雷などのソレよりも遥かに減圧されていて……そのお蔭で、外の人間は誰でも安全に電気を使う事が出来るらしいのです」
「あ、あの雷を押さえ込めるのか?! ……凄いんだな、外の世界の科学っていうのは……」
 雷といえば、雷神が産み出す自然の驚異の事だ。一瞬で家を焼き木々を吹き飛ばすそれを押さえ込むというのだから、科学というのは魔法よりもずっと強い力を持っているのだろう。
 ……と、話がそれた。
 その話を信じるならば、人間が黒幕である可能性はゼロでは無い。……だが、最近幻想郷に迷い込んだ魔法を知らぬ者達が、天狗の耳元へと声を届ける事が出来るだろうか。その上声色を変えていたとなれば、ある程度の技術を持っていなければ不可能だろう。そうなると、少しは容疑者を絞り込めるだろうか。
 そう考えた所で、ぱっと頭に浮かんだのは、楽しげな笑みを浮かべた八雲・紫の姿。彼女ならば声色を変える事など朝飯前だろうし、神出鬼没だし、何より長寿らしく豊富な知識を持っている。
 が、しかし、動機が無い。それは気紛れな彼女の事だから、不意に写真の評価をする事もあるだろう。けれどその写真は盗撮写真であり、映し出されているのは少女達の秘密だ。八雲・紫とて女なのだし、流石に眉をひそめるだろう。
 でも――と、そんな風に考えていると、興味深そうな表情と共に、主である西行寺・幽々子が現れた。恐らく、妖夢が部屋に籠りきりで暇になり、覗きにやって来たのだろう。
 妖夢は拡げられた写真の数々に目を丸くする主を前に居住まいを正すと、無礼を承知で、八雲・紫が黒幕であるか否かを問い掛けた。すると、幽々子は首を横に振り、
「紫では無いわ」
 何故?
「『天狗のように力のある妖怪を貶める結果を招くような事は、幻想郷の均衡を崩しかねない。もしそれが崩れ始めれば止めようが無いし……一度崩れ始めてしまえば、幻想郷は崩壊してしまう。そんな事は絶対にしないし、出来ない』 って、昨日彼女が言っていたから」
 かつて鬼が消えた頃とは違い、博麗代結界というものに護られながら存在しているこの幻想郷は、絶妙なバランスの上に成り立っているという。それは人間/妖怪が減り過ぎても増え過ぎてしまうだけで崩れてしまう脆いもの。そんな状況にある幻想郷で、力ある種族が消えるような事態が起きれば、確実にこの幻想郷は崩壊へと向かう事になる。誰よりも幻想郷を愛しているという八雲・紫にとって、そんな危険性のある行為を自ら行う事は確実に在り得ないだろう。
 となれば、犯人は欲望のまま突き進んだ男の人間/妖怪か、或いは写真を賞品としてしか見ない女の人間/妖怪か……。
 
 糸口が、掴めない。




 

 

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