えっちらほいさと穴を掘る。

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 その日チルノは、犬が穴を掘り、飼い主から貰った骨をせっせと埋めているのを見掛けました。
 何をやっているのかが解らなかった彼女は、タイミング良く近くを通りかかった天狗に聞いてみました。
「犬というのは、大切な物を無くさぬよう、土の中に埋めてしまうのですよ」
 成る程、とチルノは納得して、その日はぐっすりと眠りました。

 次の日。
 チルノも大切な物を埋めてみる事にしました。
 ちっぽけな存在だと蔑まれる事の多い妖精の身の上ですが、チルノとて大切な物はあるのです。
 湖畔に穴を掘ると、チルノは大切な物を埋めました。
 それはなんだか特別な行為だった気がして、その日は満足しながら眠りました。 
 
 更に次の日。
 実はまだ大切な物はありました。けれど結構大きいものです。
 隠しきれるか心配になりながらも、チルノは大きな穴を掘りました。一生懸命掘りました。
 そしてその大きな穴に大切な物を埋めると、その日は泥のように眠りました。

 次の日もまた次の日も、チルノは大切な物を埋めました。
 一生懸命穴を掘って、沢山沢山埋めました。
 そして誰も居なくなるか――という事は無く、大切な物を全て埋め終わったチルノは、充実した気持ちで眠りました。



 そんなある日の事です。
 いつものようにチルノが湖で遊んでいると、湖畔に倒れている人間が居ました。
 近寄って声を掛けてみても、指で突いてみても、その人間は動きません。
 初めは寝ているだけかと思いましたが、どうやら違うようです。理由は解りませんが、その人間はピクリとも動かないのです。
 さて、どうしたものでしょう。チルノは考えて考えて考えました。一晩眠らずに考えました。
 そして眠らないまま太陽と顔を合わせたとき、ある事に思い至りました。
 なのでチルノは再びタイミング良く通りかかった天狗にそれを問い掛けました。天狗は答えます。
「うーん、それはですねぇ……」
 天狗の答えに、成る程、とチルノは納得して、眠い身体を押して穴を掘りました。一生懸命掘りました。
 そして出来上がった大きな穴に人間を埋めると、チルノは優しい気持ちで眠りました。
 
 次の日。
 何人かの人間が、昨日チルノが埋めた人間を探しに湖へとやってきました。
 だからチルノは答えます。
「人間は命が一番大切なんでしょう? だから無くさないように、土に埋めてあげたわ」
 満点の笑顔で答えました。
 


 こうして幻想郷に土葬のルーツが拡がり、人々は死者を土の下に葬るようになりました。
 ですが、その切っ掛けを生み出したチルノが認められる事はありませんでした。
 彼女は知らなかったのです。人間は死ぬと、命を失ってしまう事を。そしてそんな妖精を認める程、人間は優しくなかったのです。
 人間はそれを自分達が考え出した事にして、その歴史を積み重ねていきました。

 とは言え、最近では幻想郷にも火葬が拡がり始め、土葬の歴史は静かに幕を閉じようとしています。
 しかし、私達は忘れてはいけないのです。小さな妖精の無知が生み出した、他者への優しさを。
 



 その日も、チルノは元気に穴を掘ります。
 どこに何を埋めたのか、どうして大切な物を埋め始めるようになったのか、小さな妖精はもう覚えていません。
 それでも彼女は穴を掘り、大切な物を埋めるのです。

 大切な物を大切に思う心を、忘れないように。




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