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名前の無い女の子。

――――――――――――――――――――――――――――




 昔むかし、ある所に名前の無い女の子が居ました。
 女の子には家族も家も無くて、いつも一人ぼっちでした。
 
 女の子はいつも泣いてばかりいました。
 一人ぼっちは淋しくて、どうしていいのかも解らなくて、涙を止める事が出来ませんでした。  



 そんなある日、泣いている女の子の傍を一人の女の人が通り掛りました。
 その人は物売りで、女の子の姿を見ると悲しそうな顔をして、しかし何も言わずに通り過ぎていきました。

 次の日も、泣いている女の子の傍を女の人が通り掛りました。
 女の人はその日も悲しそうな顔をして、しかし何も言わずに通り過ぎていきました。
 
 そんな日々が何日か続いた、ある日。
 その日も、女の人は女の子の傍を通り過ぎていきました。
 けれどその日は、女の子から少しだけ離れた所でぴたりとその体を止めました。
 そして売り物の中からそれは大きな飴玉を取り出すと、女の子に「はい」と差し出して、
「泣くのを止めて、これをお舐め」
「でも、私はお金を持っていないから……」
 そう女の子が断ろうとすると、女の人は笑顔になって、
「お代なんていらないよ。お前さんが泣き止んでくれれば、それで良いんだ」
 そう言って女の子に飴玉を渡すと、女の人は歩いて行ってしまいました。
 その姿を見送って、一人残された女の子は、貰った飴玉を舐めました。
 飴玉はとてもとても大きくて、びっくりするぐらい甘くて美味しくて。
 ゆっくりゆっくり、女の子は飴玉を舐めました。



 女の人は物売りでしたので、それから毎日のように女の子の傍を通りがかっては、大きな飴玉をくれました。
 時にはそれが水飴だったり饅頭だったりしましたが、女の子は飴玉が一番好きでした。
 女の人が言います。
「お前さんの名前を教えておくれ」
「解らないの」
 女の子は小さく答えました。

 女の人が言います。
「お前さんの家を教えておくれ」
「解らないの」
 女の子は小さく答えました。

 女の人が言います。
「お前さんの親を教えておくれ」
「解らないの」
「じゃあ、お前さんは何にも解らないのか」
 そういって女の人は悲しそうに笑って、その日も飴玉をくれました。
 けれどその日は通り過ぎて行かないで、女の子の隣によいしょと腰掛けました。
 そして自分も飴玉を舐め始めると、女の子の頭を優しく撫でて、
「なら、わたしと一緒に暮らすかい?」
「お姉さんと一緒に?」
「ああ。お前さんが良いのならね」
 女の人は笑います。
 だから女の子は大きく頷いて、笑い返しました。
 こうして名前の無い女の子は、一人ぼっちでは無くなったのでした。



 女の人は色々な物を売っていました。
 まだまだ体の小さい女の子もそれを一生懸命手伝って、女の人を助けました。
 朝は早くから起きて町へ向かい、昼は大きく声を出して物を売り、夜は遅くまで歩いて次の町を目指しました。
 時には屋根のない所で眠る事もありましたが、そういった時は必ず、女の人が一晩中女の子を抱いていてくれました。
 女の子は、もう淋しくはありませんでした。

 その日も、女の子は女の人に抱かれて眠る事になりました。
 女の人の体は柔らかくて暖かくて、その胸に顔を埋めると、甘く幽かな香りがしました。
 それが売り物である菓子や花々の匂いだと気付いたのは、女の人と出逢って暫くした頃の事でした。



 女の人は花が好きでした。
 色々な場所で仕入れた物を売りながら、同じように色々な場所で仕入れた花を売っていました。
 一年を通して花が咲く場所を目指して商売をし、時には花の苗や種を埋めたりもして、何も知らない女の子に沢山の花の名前を教えてくれました。
 そんな時、決まって女の人は言いました。
「これはね、わたしのお母さんが教えてくれた事なんだ」
 女の人のお母さんは優しい人で、色々な事を教えてくれたのだそうです。
 でも、ある時お母さんは流行り病で死んでしまって、それ以来女の人はずっと一人ぼっちでした。
 淋しい暮らしは、五年以上続きました。
 そんな時に女の子と出逢い、そしてこうやって一緒に暮らす事を提案したのでした。
 だから、女の人は笑います。
「わたしはお前さんに逢えて幸せだ」
「私も、お姉さんに逢えて幸せだよ」
 女の子も笑顔で答えて、そうして二人で笑います。
 そこにもう、泣いている女の子の姿はありませんでした。



 物を売り、時には泥だらけになりながら穴を掘り、花の苗や種を植える日々が長い事続きました。
 そうしていく内に、女の子に一つだけ悩みが出来ました。
 それは、すぐにお腹が空いてしまう事です。
 お腹一杯ご飯を食べても、すぐにぐぅ、とお腹が鳴り出してしまうのです。
 これには女の人も女の子も困ってしまいました。
 二人の生活は決して豊かなものではなかったからです。
 いくら物を売ってもお金は減っていく一方で、いつしか花を植える余裕も無くなってしまっていました。

 それでも女の人は女の子を責める事は無く、
「育ちだかりなんだろうね」
 そう笑って、頭を撫でてくれました。
 女の子はそれが何よりも嬉しくて、だからこそ、ぐぅぐぅ鳴り出してしまうお腹が悲しくて仕方ありませんでした。 



 ある日の事です。
 食べても食べてもお腹一杯にならない女の子の為に、女の人が料理の腕を振るっていた時でした。
「あいたっ」
 がちゃりと包丁を手放して、女の人が指をくわえました。
「どうしたの?」
「指を包丁で切っちまったんだ」
 そういって、女の人が傷口を女の子へと見せました。
 細く荒れた手の先から、ぷっくりと紅い血が顔を覗かせました。

 どくり、と心臓が一つ高鳴りました。
 すん、と鼻が小さく鳴りました。
 ぐぅ、とお腹が小さく鳴りました。

 女の子はその紅い血から目が離せなくなってしまって、思わずそれを舐めようとして、
「あ」
「こんなのは舐めておけば直る。さ、向こうで待っていて」
 女の人は指をくわえて、女の子に笑いかけました。
 でも、女の子はすぐには動けませんでした。
 少しぼんやりと立ち続け、開いた口から、
「その血の飲んでみたかった」
 そう言い掛け、しかし慌てて口を押さえると、逃げるようにして部屋に戻りました。

 夜。
 いくら眠ろうと思っても、昼間見た紅い色が頭から離れなくて、女の子は眠る事が出来ません。
 女の人はそれを心配して、女の子を抱きしめてくれました。
「こうして寝るのも、久しぶりだね」
 そう言う声は少しだけ若さを無くしていて、抱かれた腕はあまり柔らかくはありませんでした。
 それでも顔を埋めた胸からは、甘く幽かな香りがして、女の子はようやっと眠る事が出来ました。




 楽しい事ばかりではありませんでしたが、女の子は幸せでした。
 どうしてかお腹は減ってばかりでしたが、それも苦になりません。
 女の人と一緒に居られるこの生活が、女の子にとっての全てでした。

 ……その日までは。




 ある、満月の夜。
 泊まる所を探して歩いていた女の子と女の人は、突然現れた男達に取り囲まれました。
 男達は盗賊でした。
 取れる物は全て取り、身包み剥いだ後は殺してしまう、悪い悪い人達でした。

 まず、女の子が襲われました。
 次に、女の人が襲われました。
 売り物を詰めた箱は壊され、花は踏み潰され、髪を乱暴に掴まれると、服を剥がれました。

 女の子がどれだけ叫んでも、男達は笑いました。
 女の人がどれだけ叫んでも、男達は笑いました。
 助けは来ません。
 立ち向かう力もありません。
 男の一人が言いました。
「久々の上玉だ」
 男達が笑います。
「このまま殺さず、連れて帰ろう」
 男達が笑います。

 どうする事も出来ないまま、女の子は叫び続けました。




 それからどうなったのか、女の子は良く覚えていません。
 痛みの記憶だけが頭にあって、自分が裸だという事しか理解出来ませんでした。
 
 ふと、すぐ近くから呻き声が聞こえました。
 女の子が視線を向けると、そこには傷だらけになった女の人が居ました。
 体中を殴られたのか、その体には幾つも痣があり、至る所から血を流していました。
 女の子は女の人の名前を呼ぼうとして、しかし体に走る痛みに呻き声をあげる事しか出来ませんでした。
 するとそれに気付いたのか、女の人がゆっくりと目を開きました。
 そして傷だらけの体で手を伸ばし、強く強く女の子を抱きしめると、声を押し殺して泣きながら、
「ごめんね、ごめんね……」
 そう、ずっと謝り続けました。

 そんな時です。
 女の子の顔に血が付きました。
 それは女の人の胸にあった傷から出たもので、抱き締められた時、それはまだ乾いていませんでした。
 途端、女の子の心臓が一つ高鳴り、無意識に鼻が鳴り、お腹が小さく鳴き声を上げました。
 そして女の子は抱き締められるままにその血を舐め上げ、そのままゆっくりと、柔らかい胸にかぶりつき――しかし、すんでの所で止めました。
 それを行ってしまったら、自分が自分で無くなってしまうような気がしたからです。
 だから女の子は女の人から離れようとし、しかし女の人はそれを許しませんでした。
 涙を流しながら、しかししっかりとした口調で言います。
「わたし達はもう助からない。だから、お前さんの好きなようにして良いんだ」
「でも……」
「大丈夫」
 そう言って、女の人が少しだけ抱き締める力を弱くしました。
 まるで、自分の体に歯を立て易くするかのように。
 だから。
「――」
 再び流れ出した血を優しく舐め取って、女の子はその胸にゆっくりとかぶりつきました。
 歯が食い込み、血が溢れ出します。
 喉を鳴らしそれを飲み込むと、女の子は更に深く歯を食い込ませ、その柔肉を食いちぎりました。
「――ッ」
 途端、声にならない声が上がりました。
 けれど女の子はそれを気にする事すら出来ないまま、口にしたそれを飲み込みました。
 その血は今まで飲んだどの飲み物よりも甘く、その胸は今まで食べたどの肉よりも上質でした。
 そしてまた、血の溢れるそこへ歯を立てていくと、女の子の頭を女の人が強く抱え、
「嗚呼……。やっぱりお前さんは、妖の子だったんだねぇ……」
 妖の子。
 それがどんな意味を持った言葉なのか、目の前の肉を喰らう事しか頭に無くなった女の子には解りませんでした。
 ただ、十数年一緒に暮らして来た女の人には、それが解ったのでしょう。
 何故なら女の子の外見は、初めて女の人が目にしたあの日から、殆ど成長していなかったのですから。

「……わたしは怖かった。お前さんがいつか、人を襲ってしまうんじゃないかって……」
 最初にそれを感じた時、女の人はとても悲しくなりました。
 もし女の子が人間を襲うような事があれば、それから先、一緒に居続ける事が出来なくなってしまうからです。
 だから一生懸命働いて、女の子の中に人間を襲うという気持ちが生まれないよう、ご飯を沢山食べさせ続けたのでした。
「わたしは怖かったんだ……。また一人になるのも、お前さんを一人にしちまうのも……。
 でも、ごめんね……。こうなっちまったら、もうどうにも出来ない……」
 屈強な男達に対し、戦う力の無い女の人はどこまでも無力でした。
 恐らく朝が来れば、女の子と共に殺されてしまうのでしょう。
 それを考えた結果、女の人はその体を女の子に差し出しました。
「お腹が減ったままじゃ、辛いものね……」
 痛みすら感じなくなった体で、けれど女の人は女の子の頭を優しく撫でながら言葉を続けます。 
「幸せだったよ……。お前さんと一緒に居る事が出来て、幸せだった……」
 小さく呟いて、女の人は笑います。
 目を輝かせ、一心不乱に自分を喰らう女の子へと、笑い掛けるのです。

 最後に、女の人は言いました。
「幸せ、だったよ……」

十一

 名前の無い女の子は、生まれて初めて人間を喰らいました。
 それはとてもとても美味しくて、漸く女の子はお腹一杯になりました。
 ですが、漸くお腹一杯になる事が出来たのに、女の子は幸福な気持ちにはなれません。
 ぽっかりと、胸に大きくて深い穴が開いてしまったようでした。

 血だらけの口元へと、涙が流れていきます。
 ぽろぽろぽろぽろ、溢れ出す涙が止まりませんでした。

 長い長い間泣き続け、漸く涙が止まった頃。
「……私は妖の子だ。妖の子は、人間を食べるものなんだ」
 まるで自分に言い聞かせるように言って、女の子は暗い牢屋の中で立ち上がりました。
 すると、遠くから錠前を外す音が聞こえてきました。
 それに続いて、下卑た笑い声と共に、牢屋の外に男達が集ってきました。
 男達は女の子と女の人を交互に見ると、驚きと恐怖が混ざったような声を上げて、けれどすぐに武器を手に取りました。
 そして恐る恐るといった風に牢屋の鍵を開け、数人で固まりながら女の子に近付くと、
「お前、その女を喰ったのか?」
 男の一人が問い掛けてきます。
 でも、女の子は答えません。
 答えの代わりに、男達へと向かい飛び掛って行きました。

 人間を喰らい、妖怪としての力に目覚めたといえど、女の子は誰かと戦った事などありませんでした。
 すぐに男達に倒されて、それでも尚立ち上がり、男達へと立ち向かいました。
 それは無謀な戦いでした。
 でも、女の子には戦う力がありました。
 戦う理由がありました。
 だから戦って戦って、血を沢山流して、痛みに声を上げて、それでも諦めずに男達へと爪を立て、牙を立て、その命を奪おうと奮闘しました。
 奮闘し続けました。
 男達の汚らしい指が、視線が、もう二度と女の人の肢体に触れないように。


十二

 明くる朝。
 我武者羅に戦って、どうにか男達を殺す事が出来た女の子は、屋敷の外に出ました。
 そこにあった井戸で体を洗い、全身に付いた血を洗い流しました。
 しかし、こびり付いた血の匂いは中々落ちません。
 何度も何度も体を洗い、汚らしい血を落とそうと、女の子は体を擦り続けました。 

 そうして屋敷の中へと戻ると、女の子は半分程になってしまった女の人を抱き抱え、外へと出ました。
 春の風が香る中、女の子は見晴らしの良い小高い丘へと向かうと、そっと女の人を下ろしました。
 そして、手で一生懸命穴を掘り始めました。
 少しずつ、少しずつ。
 女の人を埋められるぐらい、大きな穴を掘りました。

 出来上がった穴に女の人をそっと寝かせると、今度はそこに土を戻し始めます。
 その途中、改めて見た女の人の顔は、とても幸せそうでした。
 痛くて、苦しくて、どうしようもならない程辛かった筈なのに、女の人の表情は幸せそうに微笑んでいたのでした。

 そして穴を埋め終わり、泥だらけの手をそのままに立ち上がると、
「……私も、幸せだったよ」
 流れ続ける涙を止める事が出来ないまま、女の子は呟きました。
 声は誰にも届かずに、小さく風に消えていきます。

 女の子はその場に立ち尽くし、泣き続けました。
 ずっとずっと、泣き続けました。



十三

 それから沢山の時間が経ちました。
 幾つも季節が巡り、様々な花が咲いては散っていきました。
 名前の無い女の子は大切な人の名前を貰い、名前のある妖怪として生きていました。

 女の人の名前は風見・幽香。
 今ではそれが、女の子の名前です。

十四 

 女の子は笑っていました。 
 妖怪として。
 人間を喰らう者として。
 そこに過去の面影はありません。
 もう、一人で泣く事もありません。
 何者も敵わない力を身に付け、女の子は妖怪として高い地位を得ました。
 ある時は巫女と戦い、
 ある時は神様と戦い、
 ある時は閻魔様と戦いました。
 大きな屋敷を持ち、女の子を主と慕う少女達も現れました。
 でも、あの日からずっと、女の子は一人ぼっちです。
 誰にも負けない力を手に入れて、もう泣く事も無くなったのに、女の子は一人ぼっちのままでした。
 でも、女の子は笑い続けます。
 最後まで微笑んでいた女の人の名を、人生を、魂を、その小さな体に受け継いだのですから。

十五 
 
 その日も女の子は笑います。 
 妖怪である誇りを胸に抱き、
 最強の称号と共に、
 くるりくるりと傘を回して、
 花を操る力と共に、
 幽かな香りを忘れぬように。
 
 妖怪、風見・幽香は、今日も笑顔で幻想郷を廻ります。
 その胸に、深く強い悲しみを抱きながら。
 


十六

 その日、幽香は花の苗を持って小高い丘にやって来ました。
 そこは沢山の花が咲く場所で、しかしここでだけは、幽香は自身に備わった能力を使いません。
 自分の力だけで花の苗を植え、時には種を蒔きます。
 この丘で眠る幽香が、一人で淋しくないように。


 その帰り道、幽香は一人ぼっちで泣いている少女を見付けました。
 無言のままその子の近くに近寄ると、その日はその場を通り過ぎました。

 次の日。
 花が咲いている場所を探して歩いていた幽香は、昨日と同じ場所で、昨日と同じように泣いている少女を見付けました。
 無言のままその子の近くに近寄ると、その日もその場を通り過ぎました。

 そんな日々が何日か続いた、ある日。
 小高い丘からの帰り道、幽香は少女のすぐ傍で立ち止まると、
「泣くのを止めて、これをお舐め」
 そう言って、花の蜜で作った飴玉を少女にあげると、その場を立ち去りました。

 次の日も、その次の日も、幽香は少女に飴玉をあげました。
 それがどんな結果をもたらすのか、今の幽香には解りません。
 純粋な好意なのか、或いは胸に開いた穴を埋める為の行為なのか、その判断すら付きません。
 ですが、どうしても放っておけない気持ちが芽生えて止まらないのも確かでした。

十七
 
 その日も少女に飴玉をあげて、くるりと傘を回して幽香は歩き出します。
 一人ぼっちの少女が、明日も笑ってくれるように。
 そんな事を、思いながら。
 




おしまい。





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