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剣を持ったお姫様。

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0

 例え体の半分が幽霊だとしても、そこにある精神は人間や妖怪と同じもの。だから同じように喜怒哀楽があり、そして同じように悩みを抱える事もある。
 兎角その日から私――魂魄・妖夢は、ある一つの事しか考えられなくなり、他の事を思考出来無くなるという事態に陥っていた。
 不安とも緊張とも付かぬ焦燥感に鼓動は乱れ、任されている仕事も思うように進まない。
 だからといって他の事を行って気を紛らわせようとしても、気付けばその事を考え、手が止まってしまっている。このままでは、幽々子様を護衛する事にすら不調をきたしてしまうだろう。
 このままじゃ駄目だ。落ち着け、落ち着くんだ。
「……」
 ――でも、
「……はぁ」
 そう自分自身に暗示を掛けた所で結局駄目で。静かな白玉楼の庭の中、私は一人溜め息を吐いた。
 この心のもやもやは一体何なのだろうか。四六時中私を悩ませ、焦らせ、縛り付ける。
 辛い。
「……まぁ、思い当たる節が無い訳じゃないけど」
 青い空を見上げつつ、小さく呟く。
 私自身、それが答えなのだろうという事が解っていた。というより、僅かに残る冷静な部分がそう判断していた。
 目を閉じる。
 その暗闇の中に浮かぶものが、私を悩ませる答えだという事に気付いている。
 目を開く。
 けれど私はそれを認める気にはなれなくて、ただただ溜め息の回数だけを増やしていく。
「……認められる訳、ない」
 いや、認める訳にはいかない。
 落とした視線の先には、強く握り締める二本の剣。今までに幾度と無く振るい、そしてこれからも共に歩んでいく私の相棒。
 止まっていた剪定の手を再開させながら、思う。自分が今まで積んで来た鍛錬を、歩んで来た剣の道を、思う。 
「……」
 私の役目は、主である西行寺・幽々子様を護る事。
 王子様に護ってもらう、か弱いお姫様ではないのだ。
 だから、
 だから。
「認められない」
 この胸にある、不安とも緊張とも付かぬ焦燥感の正体を。
  
1
 
 事の発端は、幽々子様から任された買い物を行う為、里へと降りたあの日まで遡る。

 その日、普段のように買い物を行いながら、私は閻魔様から頂いた言葉を思い出していた。
『貴女には冥界の者としての自覚が足りません』
 ……あれ以来、自分がそうであると自覚しながら生きていると、私自身では思っている。
 けれど顕界が刺激で溢れているのも確かで、それらに興味を惹かれる度、まだまだ冥界の者である自覚が足りないと感じる。こんな調子ではいけないというのに。
「……でも」
 両手に持った荷物を持ち直しつつ、私は足を止めながら呟いた。
 活気に溢れるこの場所は、本当の意味での別世界だ。ふとした瞬間に、心を奪われてしまいそうな程に。
 こんな時、祖父はどうやって自分を戒めるのだろうか? そんな事を思いながら、私は止まっていた足を動かし始め、
「ん? あれは……」
 視線の先にある商店に、見慣れた美しい黄金色があった。
 いつ見ても綺麗。そう思いながら、私は品物を選んでいるのだろうその特徴的な後姿へと近付くと、
「こんにちは、藍さん」
「こんにちは、妖夢。偶然だな」
「ええ。偶然ですね」
 振り返って答えた妖狐――八雲・藍へと頭を下げる。見れば、彼女は豆腐を選んでいる最中のようだった。
「お豆腐ですか?」
「ああ。今晩の味噌汁に使おうと思ってね」
 微笑んで答え、藍は豆腐二丁と油揚げ三枚を買い、
「妖夢は何を買いに来たんだ?」
「幽々子様に頼まれまして、新しい茶筅と茶葉、それと茶菓子を買いに。……あと、この前はお蜜柑を有難う御座いました」
 先日、八雲邸へと遊びに行っていた幽々子様が大量に蜜柑を頂いて来ていたのだ。その事に頭を下げる私に、藍は微笑んで、
「いや、構わないよ。今年も沢山取れていたし……それに、うちは私しか蜜柑を食べないから、どうしようか困っていた所でもあったんだ」
「そうなのですか?」
 私の言葉に、藍は苦笑と共に頷いて、
「この時期、紫様は大概眠っておられるし、橙は猫だから柑橘類を食べられないんだ。だから、どうしてもね」
 例え妖獣といえど、その種族固有の弱点がある場合は、妖怪化していても弱点になってしまうのだろう。
 私はその言葉に頷きつつ、半分は人間で良かった、と何気なく思う。どんな物でも、好き嫌いさえしなければ食す事が出来るのだから。
「……そうだ。お豆腐も買っていこうかな」
 だからという訳は無いが、水の中に沈む豆腐を見ながら小さく呟く。まだ寒さも続いているし、今夜は湯豆腐にするのも良いかもしれない。
「――決めた。すみません、私にもお豆腐を――」
 そう、豆腐屋の主人に告げた瞬間、
『――!!』
 里の奥から、突如大きな歓声と喝采が上がった。突然のそれに驚き、小さく体を震わせると、主人は笑みと共に、
「おぉ、今日も繁盛してんだなぁ」
「は、繁盛、ですか?」
 思わず問い掛けた私に、主人は視線を背後へと向けつつ、
「ええ。つい此間から、演劇ってヤツをやってるんですよ。これが面白いって評判でしてねぇ。山場になると、ああやって歓声があがるんでさぁ」
「そうだったんですか……」
 全く知らなかった。なんとなく里を歩く人々の姿が少ないとは思っていたけれど、まさか演劇が行われていたとは。
「なんだ、妖夢は知らなかったのか」
「はい。最近は、里に降りていませんでしたので」
「そうだったか」
 そして、藍も歓声の上がった方へと視線を向け、
「主人が言う通り、あの演劇は評判が良い。人間は元より、私達妖怪にも」
 そう言うと、藍が説明してくれた。
 演目のベースになっているのは大衆向けの時代劇。正義の味方が、人々を苦しめる悪を倒す……という、所謂勧善懲悪もの。そして主人公に人間、悪役に妖怪を持って来たのがその演劇なのだという。
「聞いた話では、慧音を含めた幾人かの妖怪がシナリオに携わっているらしい。だから、人間にあまり知られていない妖怪側の視点で話が進む場面もあるらしく、話題になっているんだ」
 そしてそれは人間だけではなく妖怪の関心も引き、演劇を盛り上げる一要素となった。
 他にも見所はあるらしいのだが……それを差し置いても、主役の人気が高いのだという。所謂二枚目で、容姿端麗で演技も上手く、一躍有名になったのだそうだ。
 結果、定期的に行われる演劇は今や常に満員状態。中には主役の男性を見る為に何度も足を運ぶ女性も居るとの事。
「凄いのですね」
 関心と共に呟く。知識はあっても実際にそれを見た事が無い私には、少々想像し難い世界だった。
 その言葉が聞こえたのか、豆腐屋の主人は気の良さそうな笑みと共に、
「なんなら、見に行ってみてはどうです? 流石に中に入る事は叶わないでしょうが、外からでも中の様子を窺えますんで」
 溢れてしまった観客の為に、そういった措置が取られているのだという。でも、私は主人へと小さく首を振り、
「お心遣い感謝します。しかし、私は買い物を終わらせなければいけないので」
 演劇を覗き見る事が障害になるとは思わないけれど、しかし今は幽々子様に頼まれて里に降りている身の上だ。別の事に気を取られ、任された仕事を疎かにする訳にはいかなかった。
 私の言葉に少し残念そうに頷く主人に軽く頭を下げ、豆腐を三丁頂く。代金と引き換えに商品を受け取ったのち、私は藍へと向き合い、
「それでは、私はこれで失礼します」
「解った。だが、本当に見に行かないのか?」
「興味はありますが、今はそれを目的にしていませんので」
「そうか、なら仕方が無いな。それじゃあ、道中気を付けて」
 はい、という言葉と共に頭を下げて、私はゆっくりと歩き始めた。
 固い者だと言われても仕方が無い、とは思う。しかし私は冥界の者で、ここは顕界なのだ。こういった所から戒めていかないと、また閻魔様に御説教を頂く事になってしまうに違いない。
 そんな事を思いつつ、私は少しだけ歩くペースを上げた。

……

「……売り切れか」
 店から出つつ、思わず呟く。
 一応買うべきものは全て買い終わっているのだが、それとは別に買おうと思っていた羊羹が売り切れていた。とはいえ指定された茶菓子は買ってあるので、大丈夫といえば大丈夫なのだが……客人用としての買い置きが無いと不便なのも事実。頻繁に来客があるという訳ではないが、やはりあれば安心なのだ。
 だがこの店に売っていないとなると、もう里の中で羊羹を扱っている店は無い。少し残念に思いながら、私は白玉楼へと戻る為に歩き出し……ふと、里に外れにもう一軒菓子屋がある事を思い出した。
「でも、確か少し高かったような……」
 一度しか訪れていないが、少し値が張った為に買うのを諦めた記憶があった。しかし、過去と今では値段に変化があるかもしれないし、私はその店へと向かう事にした。
 とはいうものの、然程広くない里の中、すぐに目的の店近くまで辿り着き……視線の先に、派手な外観の建物と人だかりが出来ているのが目に入った。
 建物は奥に広く造られており、幾つもののぼりや横断幕がはためき、大きな絵が飾られていた。……記憶違いでなければ、ここには普通の屋敷が一軒あっただけだった気がするのだけれど。
 そんな事を思いながら、何やら文字と数人の人間が描かれた絵に視線を向けると――不意に、建物の中と周囲から大きな歓声があがった。その声は、豆腐を買った時に聞いたものと同じような調子で、
「……ああ、ここで演劇をやってるのか」
 思わず私は呟いていた。
 意外にも外と舞台が近い構造になっているのか、開け放たれている大きな扉の向こうからは役者の声が聞こえて来ている。しかしそれを遮るように立つ人々の数は予想以上に多く、確かにこれは繁盛しているといえるだろう。
 同時に好奇心が首をもたげ始め……私は小さく首を振った。ここで立ち止まってしまったら、豆腐屋の前で否定した意味が無い。
 だから私は劇場から視線を外し、そのまま菓子屋へと向けて歩き続け――
「そこのお嬢さん」
 声が、
「そう、そこの貴女。ちょっと道を尋ねたいのだが……」
 その声に引き止められるように、私の足は自然に止まっていた。そして何気ない動きで声の主を探し……辿り着いたのは人だかりの先にある舞台の上。
「――」
 そこには、少し長い黒髪を持った男性が立っていた。その姿とは少々距離があるけれど、その容姿が整っているのは解る。
 そして、明るい照明の向こうに立つその人が、何気ない動きで私へと視線を向け、
「……」
 眼が合った、気がして、
「――ッ」
 鼓動が一つ、跳ね上がる。
 気付いた時にはもう遅かった。脳が何かを考え、理解し、そして結果を導き出す前に、心の奥から熱を持った何かが一気に湧き出して、私の身体を支配する。
 その人の声は続く。
 人だかりの向こう。演劇は続いている。
 もう、その姿は見えない。
 見えないのに。
 それなのに、
「……」
 何故か、その姿が脳裏に浮かんで離れない。
 たった一瞬目にし、ほんの少し声を聞いただけなのに。
 その容姿も仕草も表情も、しっかりと確認出来た訳ではないのに。
 まるで魔法。
 まるで呪い。

 自分でも理解出来ない程一瞬で、私は彼に魅了されていた。






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