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その夏の日に。

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 今日も今日とて博麗神社にて宴会が開かれ、人間も妖怪も幽霊も鬼も一緒になって騒いでいる頃。館主と魔女とメイド長と門番が不在となった紅魔館はひっそりと静まり返っていた。
 屋敷に誰も居ない訳ではない。強大な力を持つ者達が一箇所に集まって宴会を開いているという状況から、屋敷の警備は最低限の人員だけで行われており、普段の半数以下の人数しか居ない状況になっていた。
 そしてそれはここ最近では半ば日常と化してきており、一人部屋に居る少女はその静けさを訝しんだ。
 始めの内はあまり気にしてはいなかった。ここ数年でこの屋敷の空気は変わってきていたし、それに伴って自分の姉が変わってきているのも感じていたからだ。だが、ここ最近の外出率は今までに無い程に多い。それ程に楽しい何かが、この紅い屋敷の外にあるのだろうか?
 そんな事を毎晩毎日ずっとずっと考えていたら、なんだか少しずつ胸が痛くなって、
「……」
 苦しくなって、
「……外に出よう」
 昔は考えた事も無かった事を思い付き、少女は姉が何をしているのかを確かめる事にした。
 ……一人で居るのはどうしてか胸が痛いから。
 それが『淋しい』という感情からなるものだという事に少女は気付かず、己を部屋に縛り付ける鍵の類を一息で壊し、ふわりと飛びながら部屋を出た。
 過去にこの廊下で魔理沙や霊夢と逢った事を思い出しながら、久しぶりに見る紅い廊下を飛んでいく。あの後、姉と『部屋を出ない』と約束したのがつい昨日の事のようで、人間とは違う時間の流れで生きる少女は小さく微笑んだ。
 だが、そんな懐かしい気分に水をさすかのように、すれ違うメイド達はこちらを驚愕の視線で見、何か言いたそうに口を開き、しかし何の言葉を発さずに閉じていく。それを見ていたら何だか気分が悪くなって、少女はメイドの一人を捕まえ、
「何?」
「い、いえ、何でもありません!」
 まるで寒さに耐えるかのように体を震わせるそのメイドは、薄っすらと目に涙を浮かべながらまるで叫ぶように答えた。
少女はどうしてメイドがそんなに寒そうなのかが解らず、小さく首を傾げながらも、
「なら、お姉様はどこ?」
「お、お嬢様なら、神社へ、宴会に……」
「宴会?」
 聞きなれない言葉だ。確か、みんなで集まってお酒を飲む事だっただろうか。
 ……って、お酒ってなんだろう。
 アルコールを含んだ飲み物だという事は解る。だが、その味や色などが解らない。
 眉を寄せ、んー、と唸りながら少女は考え、
「貴女、お酒って……あれ?」
「――」
 一体どうした事なのか。少女の細い手で軽々と持ち上げられていたメイドは、まるで眠ったかのように気を失っていた。
「もう、なんで突然寝ちゃうのよ」
 目の前の相手が恐ろしくて失神した、などとは考えもせず、少女はメイドを静かに床に下ろすと、外へと向かい再び羽を羽ばたかせた。
 そのまま、玄関へと続く長い長い廊下を飛びながら考える。
 姉は宴会というものをやっている。それは毎晩出向く程のもので、つまりは楽しい事なのだろう。そしてそこではお酒を飲むらしい。つまり、お酒とは楽しい気分にさせてくれる飲み物なのだろうか。
 酔ったらどうなるか、何をするかが解らない為に、今まで一度も飲む機会を与えられなかった酒の事を考えながら、少女は廊下を抜け、広い玄関ホールを抜け、本来ならば紅い髪の門番が護る門を抜け、
「――」
 少女は目を見開いてその動きを止めた。
 目の前に拡がっていたのは、空と大地を混ぜ合わせる漆黒と、淡く光る緑の光達。
 幻想的なその光は一つの影を中心に。まるで踊るように、舞うように光と戯れるその影は、女の子の姿をしていた。
 静かに鼓動する光を少女はまるで魔法のようだと感じ、息をするのも忘れて見入ってしまう。そしてふと、光の中心に居た女の子がこちらに気付き、
「誰?」
 と、光に抱かれた女の子の声を聞いた途端、
「あ――」
 自分がこの光景を壊してしまったような気がして、思わず少女は小さく声を上げた。しかし、動きを止めた女の子はこちらに微笑みながら、 
「蛍、好きなの?」
「……ほたる?」
 言われ、ようやっと目の前で飛んでいる光の正体に気が付いた。『光』というものにばかり目が言っていたが、良く見れば蟲の尻が発光しているだけのものだった。
 だが、その事実に気付いたとしても、幻想的な光景であるのには変わりない。
「今日、初めて見たわ。こんなに綺麗なのね」
 綺麗、という単語に、女の子が一瞬肩を震わせて反応した。そして小さく音を立てて湖から上がると、ぼんやりと中に漂っていた少女へと近寄り、その手を強く取り、
「今、綺麗って言った?」
「うん」
 その言葉にどんな魔法が掛かっていたのか、少女の答えに女の子は嬉しそうに微笑んで、
「良かったー……。最近は蛍を見ても何とも思ってなかったり、無視して通り過ぎようとする人間や妖怪ばっかりだと思ってたから、何だか嬉しいよ」
「そう。……でも、何故貴女が喜ぶの?」
 問い掛けに、女の子は己の周りに集まってきた蛍達へと視線を向け、
「私はこの子達の王様みたいなものだから。この子達を褒められれば、私も嬉しいの」
「王様?」
「あー、厳密には王女かなぁ。まぁ、どっちも同じようなものよね?」
 つまり偉いの、と楽しげに告げて、女の子は少女の手を離した。そして蛍の一匹を己の手に停まらせると、少女へと差し出し、
「蟲は触れる?」
「……触った事が無いから解らないわ」
「じゃあ、挑戦ね。手を出して」
 言われるがままに手を差し出すと、女の子の指から少女の指へと蛍が停まった。こそばゆいような感覚を感じながらも、目の前で鼓動する光に目を奪われる。
「その子は……というよりこの湖に居るのは平家蛍というの。今君の手に乗っている子や、私達の周りを飛んでいるのがオス。湖の周りで静かにしているのがメスね。オスはメスの光を目指して、こうやって飛び回るの」
「ふーん……」
 頷き、しかし次の瞬間、蛍はその羽を広げて少女の指から飛び立ってしまっていた。あ、と小さく声を上げながらそれを目で追い……吸血鬼の瞳は、遠く遠く光る人工的な灯りに、今更ながらに気が付いた。
 気が付いて、どうして自分が外に出たのかを思い出し、
「お酒……」
「ん?」
「そうよ、お酒。貴女、お酒ってどういうものか知ってる?」
 突然の、そして突拍子のない少女の問い掛けに女の子は目を丸くし、しかしすぐに頷いて、
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
「飲んだ事は?」
「あるわ。友達が屋台を開いてるから、そこでね」
「……友達」
 そう、と女の子は頷き、そのまま暫く何か考え、
「飲んでみたいの?」
「飲んでみたいの。お酒って、楽しい気分にさせてくれるものなんでしょう?」
「まぁ、そうね。……それじゃあ、今からその屋台に行ってみる? 今日も営業してるだろうから、お酒を飲めるわ」
「本当?」
 思わず聞き返す。だが、姉がやっている宴会に行ってみたい気持ちもあった。
 ……でも。
 自分達だけで楽しんでいるだろう姉に対し、私だって自分だけで楽しんでも良いんじゃないか、という気持ちが生まれ始めた。
 そしてその思考は魔理沙と霊夢の姿となって、脳内でちょっとした弾幕ごっこを繰り広げ――結果、
「行く」
「決定ね。それじゃ、行きましょうか」
 そのまま歩き出そうとする女の子に、しかし少女は辺りを見回しながら、
「あ、でも、蛍は良いの?」
「大丈夫。……実はね、今日はちょっと様子を見に来ただけなの。成虫にまで成長出来たこの子達に、もう私がしてあげられる事はないから」
 言って、女の子は大人っぽく微笑んだ。
   
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 紅魔館と人里の間に拡がる深く暗い森の中。人間達が踏み均して作った道を女の子と二人で歩いてく。
 人間には見通せない闇の中でも、夜の眷属である少女にはまるで昼間と変わらない。一度も入った事の無かった森の中を物珍しく感じながら進んでいくと、前方に仄かな灯りが見えてきた。
 灯りは楽しげな歌を連れており、楽しげな歌は美味しそうな匂いを連れており、美味しそうな匂いは一軒の屋台を連れていた。
 屋台には『八目鰻』と書かれた暖簾が掛けられており、それを女の子と一緒にくぐると、何やら串に刺さった茶色いものを焼いている妖怪の少女が居た。
 妖怪の少女はこちらに気付くと、上機嫌な顔をこちらに向け、
「いらっしゃーい。リグルに……その子は?」
 妖怪の少女が窺うようにこちらを見、女の子も同じように視線を向けると、
「っと、そういえば自己紹介をしていなかったね。私はリグル・ナイトバグ。この子はこの店の店主のミスティア」
 自己を紹介した女の子――リグルは、少女に向かい微笑んで、
「貴女は?」
「フランドールよ。……リグルさんに、ミスティアさん」 
「あ、私の事はリグルって呼び捨てで良いわ。私もそうするから」
 という事で、
「これからよろしくね」
「よろしくー。それじゃ、ご注文は?」
 言って、ミスティアは視線を屋台の壁へと向けた。そこには幾つかのメニューが載っており、どれもこれもフランドールが見た事や聞いた事がないものばかりだった。
 だが、この屋台に来た目的は一つ。誘惑を断ち切るようにメニューから目を逸らすと、フランドールはミスティアを見、
「お酒を頂戴」
「はいはーい」
 答え、ミスティアは背後にある棚へと視線を向け、
「ビールに日本酒、焼酎、ウイスキー、ジン、それにウォッカ。あと、先週から始めた自家製ワインもあるけど、どれにする?」
「……」
 どれ、と言われても、どれが美味しいのか不味いのか飲みやすいのか飲みにくいのか全く解らない。助けを求めるようにリグルへと視線を向けると、彼女は困ったように微笑み、
「私は甘いのが好きだけど、それを押し付けるのもあれだしなぁ……」
 んー、と悩み出してしまった。どうしよう、と思いながらミスティアへと視線を戻すと、彼女は微笑んで、
「フランドールさんは、お酒を飲んだ事が無いの?」
「無いわ」
「じゃあ、度の低いものから色々飲んでみる? 初めてのお客さんだし、サービスするよ」
「良いの?」
 確認するように聞くフランドールにミスティアは頷くと、
「それじゃ、ビールから行ってみよー」
 楽しげに言い、ミスティアが酒棚へと再び視線を向けた。そんな彼女に苦笑しながら、リグルがこちらに視線を向け、
「気持ち悪くなってきたりしたら、すぐに言ってね。無理に飲んでも楽しくないから」
「解ったわ」
 微笑んで答え、フランドールはミスティアから差し出されたグラスを両手で受け取った。
 そして、茶色い瓶の栓が抜かれ、グラスに注がれるのは黄金色。冷たく冷やされていたそれに少し驚きながら、
「これがビール?」
「そう。因みに、麦から出来たお酒なんだよ」
 ミスティアから串焼きを受け取りながら、リグルが教えてくれる。それに頷きながら、フランドールは恐る恐る、その小さな唇をグラスに近づけ、
「……」
 苦味のある泡と一緒に、口の中へとビールが流れ込み、
「……にがい……」
 飲み込むと同時に、フランドールは顔をしかめて呟いた。だが、耐えられない程では無い。少しだけ中身を減らしたグラスと睨めっこをしながら、頑張ってもう一口飲み、
「……やっぱりにがい……」
 飲みきれないという事は無いが、楽しく飲むのには程遠い。そんなフランドールの姿に、リグル達は微笑んで、
「初めてじゃ仕方ないよ」
「じゃー、次行ってみよー」
 と、その前に。
「お口直しに鰻をどうぞ」
 とん、と目の前に差し出されたのは、香ばしい湯気を上げる串焼き一つ。
「……」
 今まで食べた事の無いものが目の前にある。何だか少しずつ心臓の動きが早くなるのを感じながら、フランドールは隣で美味しそうにそれを頬張るリグルの真似をするように串を掴み、おずおずと口に運び
「――」
 目を見開いた。 
 初めて食べる八目鰻は、歯ごたえがあって甘辛くて、でもちょっと苦くて――そしてとても美味しくて。お口直しというには勿体無い、不思議な感じのする食べ物だった。
   
……
   
 そうして、八目鰻をゆっくりと食べながら、フランドールは他にも様々なお酒を少しずつ飲んでいく。
「甘いけど苦い」
「なんか苦い」
「甘い」
「辛い」
「喉が熱い」
 などと感想を述べ続け、次第に顔が熱くなってきて、不思議と、なんだかふわふわした気分になって来た。
 その様子にミスティアが少し驚きながら、
「結構飲んだねー。フランドールさんはお酒に強いのかもね」
「そうなのかなぁ」
 小首を傾げて考える。だが、一度もお酒を飲んだ事の無かったフランドールには、その答えは解らなかった。





     

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