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守人。

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0

 人里に程近い森の中。
 涙と鼻水で汚れた顔をボロボロの服で強く拭いながら、私は森の中を歩いていた。
 思い出すのは一時間程前の事。
 今日は里で収穫祭の準備をする日だった。今年は例年より収穫が多く、久々に祭りとして行う事になったからだ。その中で、私は家々に付ける飾りを作る為、朝から里の子供達と一緒に作業をしていた。
 だが、作業が一段落付いた昼過ぎに、
『お前の作ったのなんか不吉だから使えねぇーよ!』
 突然、私に向かい長の息子が言い出した。
 するとそれは瞬く間に他の子供達に広まって、私の作った飾りは一瞬の内にゴミくずにされた。
 巫山戯るな、と思った。だから私は怒りに任せるままに長の息子へと掴み掛かり、そのにやけた顔を殴りつけた。
 だが、敵は一人じゃない。
 あっという間に四方八方を取り囲まれて、このザマだ。
「……畜生」
 いつもそうだ。
 私が里の外で拾われた捨て子だからという理由で、長の息子は私を虐めてくる。事ある事に私の行いに文句を言い、そして他の子供達もそれに従い私を虐める。
 始めの内は大人達に助けを求めた。だが、無駄だった。相手は長の息子だ。直接叱り付ける事なんて出来ない。もしそんな事をすれば、すぐに里から追い出される事になるだろう。
 そうなればもう、死を宣告されたも同じだ。妖怪が跋扈しているこの世界じゃ、里の他に住める場所なんて無いんだから。
 だから、今日の私は虐められた。
 どうせ明日の私も虐められるのだろう。
「畜生」
 悔しい。でも、どうする事も出来ない。
 このまま成長して、いけ好かない里の男共のどれかと結婚して、子供を生んで、私は死ぬ。
 そう、この幻想郷という場所に生まれた私の未来は、もう決まっているのだ。
「……馬鹿馬鹿しい」
 だが、どうする事も出来ない現実だった。
 と、そんな時だ。
「……夜雀の歌……」
 遠く、森の奥から楽しげな歌が聞こえてきた。
 スローテンポの、まるで森の奥へと誘うかのような優しい歌。 
 大人達は危険だからこの森に入るなと言うが、私はこの森が好きだった。様々な動物が居て、植物があって、当然妖怪も居るこの森が。
 今聞こえてきている歌なんか、特にそうだ。夜目になるから、と皆夜の森に近付きたがらないが、私はたまに聞こえてくるこの歌声が嫌いではなかった。
「……まぁ、下手糞だけど」
 苦笑と共に呟き、少しだけ心から怒りが収まるのを感じる。
 だが、もう夜雀の歌が聞こえてくるような時間になってしまった。仕方が無い。そろそろ里に戻るとしよう。
 そう考え、私は体を里の方へと向け、
「ッ!?」
「……おっと」
 顔面から何かにぶつかった。薄暗くて良く見えなかったが、すぐ後ろに何かが居たらしい。
 聞こえて来た声は男の物で、私は慌てて一歩後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ」
 言って、男が微笑んだ。
 私はもう一度謝り、男の姿をまじまじと見た。人の良さそうな微笑みを持った男の背は高く、髪が少し長い。しかしその顎には無精髭があり、体格もしっかりとしたものだった。
 こんな人、里には居ない。
 一体この人はこんな所で何をしているのだろうか。自分の事は置いておきながら私は考えを巡らせ……しかし、同じように私の事を見ていた男が先に口を開いた。
「おやおや、これは」
「?」
「いや、今日はツイてるようだ」
 男は微笑みから、嬉しさを抑えきれぬ、といった風に笑い、
「――今夜の夕食に、人間の娘を喰えるとは」
「?!」
 男の言葉が頭に響く。そしてそれはある単語を導き出し、私は思わず叫んでいた。
「妖怪?!」
「正解だ」
 答える男の声を聞き終えるよりも早く、私は踵を返した。逃げ切れるとは思わないが、どうにか逃げ出そうとして、
「おっと、逃げるな逃げるな」
 楽しげな男の声と共に、私は左肩を強い力で掴まれていた。
 そのまま地面に引き倒され、
「痛ッ!!」
「すまないね」
 律儀に謝る妖怪を、涙が再び浮かび始めた目でにらみ返す。だが、次の瞬間には強く腕を掴まれ、
「嫌ぁ!!」
「少し細いが……まぁ、顔は良い。どれ、先に――」
 声と共に体が覆いかぶさってくる。逃げる事が出来ないという恐怖に私は強く目を瞑り……しかし、何も起きない。
 助かったのだろうか。
 薄く目を開け、自分がどんな状況にあるのかを確かめる。
 すると、
「――誰だ」
 男が、私ではなく左の方向に視線を向けていた。誰、という事は、誰かが現れたのだろうか。私は助けを求める為に、男と同じ方向へと視線を向け、
「その娘を放しなさい」
 そこに、闇の中でも鮮やかな、白と赤の服を着た少女が立っていた。
 博麗の巫女――私がそう思い至ると同時、私の体を跨ぎながら男が立ち上がり、
「俺はこれから楽しい夕飯なんだ。邪魔をしないでくれるか?」
「五月蝿い。私も早く帰って夕飯にしたいのよ」
「だったらここから立ち去れば良い。そうすればすぐに――」
 しかし、巫女は男を強い視線で睨み、その言葉を遮りながら、
「だから五月蝿い。アンタが消えればそれで良いの」
 言い、お払い棒を手にこちらへとゆっくりと歩き出す。
 だが、男は言葉を止めない。
「何処の誰だか知らないが、そんなに強情ならお前も――」
 その言葉は最後まで続かなかった。
 先程まで数メートル先に居た筈の巫女の体が一瞬にしてこちらへと迫り、男の体を吹き飛ばしたのだ。
 一瞬の出来事に理解が間に合わず、目を白黒させる私をよそに、巫女は平然と告げる。
「博麗の巫女の事ぐらい、覚えておきなさい」
 しかし巫女の視線は厳しいまま、私の右側を睨み続けている。何故、と思った私の耳に、
「は、ハハ! お前が噂に聞く巫女さんか! どうだ、お得意の弾幕ごっこでも――」
「何度も言わせないで」
 言って、巫女は懐から針と思われる物を取り出した。
 指の間に挟んだそれを、巫女は男へと軽く放る。だがそれは一瞬で目にも留まらぬ速さに加速し、男に突き刺さった。
 突然の攻撃に男が叫び声を上げる刹那、再び巫女は一瞬で男へと近付き、お払い棒を振り上げ、
「あと、何か勘違いしてるわね」
 叩き込む。
 瞬間、巫女の服から大量の札が舞い上がり、
「これはただの妖怪退治よ」
 言葉が終わると同時、札は男へと向かい降り注ぐ。本来なら紙であるそれは鋼鉄の硬さでも持っているのか、男の体を無慈悲に切り裂き、
「糞、が……!」
 最後にそんな言葉を残し、男は大量の札から逃げるように夜の森へと消えていった。
 その姿を見送り、巫女は小さく一息。
 そして、呆けたまま地面に横たわる私へと近付き、
「大丈夫?」
「は、はい……」
 それが、私と巫女との出会いだった。

  
1
   
 その日、霧雨・魔理沙が里に買い物に来たのは本当に偶然だった。丹を作る為の材料があと少しという所でなくなり、里に買出しに来たのである。
 だから、不意に耳に入ってきた怒鳴り声に近付いたのも偶然で、その声の主が見知った知り合い二人だったというのも偶然だった。
 そして口論を続ける当の二人はこちらに気付いていないのか、相手の事だけを見て言葉を続けていく。
「最近里の周りに出る妖怪の数が増えているんだ。それなのに、何故お前は手を貸してくれない?!」
「ここを勝手に護ってるのはアンタでしょ? それに、私だって最近はこの辺を多く見回るようにはしてるわよ」
「それでは根本的な解決にならないだろうが! 私が言いたいのは――」
「妖怪退治の為に力を貸せって言うんでしょ? でも、里の周りに居る妖怪は昔からこの辺りに住むものばかりよ。里の人間が数人襲われたからって、その生活まで奪えない」
「違う! 今回は今までと規模が違うと言っているだろう! 今まで里の者が襲われる事はあったが、今回はそのやり方が異常なんだ!」
「だからって幻想郷のバランスを崩してまで妖怪退治をしろと?」
「そうじゃない! その原因をだな――」
「いいえ、違わないわ。アンタが言ってるのは――」
「……あー、ちょっと良いか」
 物凄く割り込むのは躊躇われたが、一応勇気を出して割り込んだ
 き、とこちらへと向く上白沢・慧音の強い視線にたじろぎつつも、まぁまぁ落ち着け、と魔理沙は問い掛ける。
「一体、何があったんだ?」
 魔理沙の言葉に博麗・霊夢を一度見、しかし視線をこちらへと戻して慧音は言う。
「最近、里の者が妖怪に襲われる事件が多発しているんだ。今までもその被害はあったが、今回は頻度が違い過ぎていてな」
「違い過ぎる?」
 魔理沙の問い掛けに、慧音は、ああ、と苦い顔で頷き、
「被害があったと言っても、今までは里が襲われる事など滅多に無かった。だが、今は毎日のように誰かが襲われている。更に里の農作物を奪ったり、家屋を破壊するといった行為も頻発しているんだ」
 その言葉に頷き、魔理沙は里を見回した。壊れていたりしている家々が多いとは思っていたが、そんな理由があったとは。
 いつもならば五月蝿い程の子供達の声が聞こえないのも、恐らくは家の中から出ないようにさせているのだろう。
 魔理沙は慧音へと視線を戻し、
「それで?」
「犯人は森に住む妖怪だろうと予想は出来ている。だから私は――」
「私にその妖怪退治を頼もうとしてる訳でしょ?」
 と、霊夢が慧音の言葉に割り込んだ。
 だが、慧音は首を横に振り、霊夢を強い視線で見、
「違う! その原因を調べて欲しいと言っているんだ!」
 対する霊夢の声の温度は低く、
「結局変わらないじゃない。どの道被害を止めるにはその妖怪を退治するしかないんだから」
「そ、それは……」
 霊夢の言葉に、慧音が言いよどむ。
 それに追い討ちを掛けるように、霊夢は言葉を続ける。
「妖怪が人間を襲うのは当たり前の事よ。突然被害が大きくなったからアンタは動揺してるのかもしれないけど、別にこれは普通の事なのよ」
 霊夢の言葉に、慧音は言葉を返す事が出来なかった。
 その姿に霊夢は一息吐き、
「解った? それじゃ、私は帰るから」
 ひらひらと手を振り、霊夢はあっさりとこの場を立ち去った。
 空へと飛んでいくその姿を眺めつつ、しかし咄嗟に引き止められなかった自分を呪う
 なんとも嫌な空気が流れる中、魔理沙は慧音に視線を戻し、
「アイツも悪気がある訳じゃないんだが……」
「……いや、解っている。霊夢が言う事も、私が先走りすぎているという事も」
 そうか、と相槌を打ち……しかし、霊夢が去って行った方を強い視線で見続ける慧音に、
「あー……」
 少し考え、
「何か気になる事があるのか?」
 普段の慧音ならば、里の周りの異変は自分で解決している筈だ。しかしそれを行わない理由があるのだろうか。
 そう考えての問い掛けに、
「……ああ」
 慧音は静かに頷き、
「里の周りに妖怪は多いが、その中でも飛び抜けて強い力を持つ者が居てな。そいつは、己の力を保持していく為に定期的に人間を襲っていた」
 魔理沙へと視線を向けると、更に言葉を続ける。
「彼は狼が人へと変化した妖怪だった。もう二百年以上を生きているらしく、人間と妖怪の関係があってこその幻想郷、というものを良く解っていた。彼は良く言っていたよ。『俺を殺すのはお前じゃない。里の人間だ』とな」
「……て事は、ソイツを退治してはいないのか」
 魔理沙の言葉に、無言で慧音が頷く。
 そこに葛藤はあっただろう。だが、慧音もこの幻想郷に生きる存在だ。その摂理に逆らってまで、その妖怪を退治する事は出来なかったのだろう 
 視線を森の方へと移し、慧音は続ける。
「だが、彼はこんな風に里を襲う事は無かった。だから……無為に人間を襲う事をすれば、結果的に自分達の首を絞めるという事を一番解っているだろう彼が、まるで遊んでいるかのように里を襲うとは考えられなくてな」
「だから、霊夢にその原因を調べるように頼もうとした訳か」
「ああ。だが、結果はごらんの通りだ」
 少し視線を下げ、自嘲気味に慧音は言う。
 でも、と魔理沙は疑問を抱き、
「自分で調べに行けば良いだけの話じゃないのか?」
 問い掛けに慧音は首を横に振り、
「それが出来れば一番なんだが、この里の被害に便乗して、里に入ってくる他の獣や妖怪も増えてしまっていてな。その退治もあるから、私が長時間里を離れる訳にはいかないんだ」
「そうなのか……。あー、じゃあ、月の異変の時みたいに、里を見えなくするのは?」
「始めはそれを考えたが……長時間里を隠していれば、お前のように買い物に来た者も里に立ち入れなくなり、同時に、里の中から外への干渉も出来なくなってしまう。更には、里から出た瞬間に里の事が見つからなくなる、という現象が起きる。流石にそれは不味いから、私の力を使う事は出来ないんだ」
「そうか……」
 答えつつ、大変だな、と思う。
 思い……ふと考える。今手元にある材料さえ家に持ち帰れば、後はすぐに丹の製作を終わらせる事が出来る。
 ……そうすれば、私は暇だ。
 だから、
「なんなら、私がその妖怪へ話を聞いてこようか? 里にはたまに買い物に来るし、普段通りであったほうが良いからな」
 その言葉に慧音は顔を上げ、しかし躊躇いがちに、
「……頼めるか?」
「ああ。霊夢の言う事はもっともだが、何も調べないままで居るってのもアレだしな。この材料を家に持ち帰ったら、すぐに調べに……」
 と、その時、
「け、慧音先生!!」
 突然、若い男の声が聞こえて来た。
 慧音と二人、その声の方向へと視線を向けると、そこには慌てた表情の青年がこちらへと走って来ており、
「妖怪が、また妖怪が出たんだ!!」
「何?!」
 青年の言葉に、慧音が声を上げる。だが、魔理沙はその胸元に手に持った袋を押し付けると、
「――先に行ってるぜ」
 言って、青年の脇を通り過ぎながら走り、
「よッ、と」
 加速の付いた状態から箒を飛ばし、ぶら下がる形で空へ。
 帽子を落とさないようにしながら箒に跨り、
「行くぜ」
 加速した。
  
……
   
 一瞬で到達した里の外れには、畑の野菜を喰い荒らしている妖怪が二匹居た。
 他に何か獲物は無いのか、と低い唸り声を上げている妖怪達がこちらに気付くと同時、魔理沙は前方に魔方陣を展開し、
「恨むなよ、っと!」
 レーザーを打ち込む。
 咄嗟に妖怪達が逃げようとするが、その先を狙うように加速。直線の光はその退路を塞ぎ、呆気無く妖怪達を吹き飛ばした。
「……」
 箒の加速を緩めながら、吹き飛んだ妖怪達へと視線を送る。
 魔理沙の感覚で言うなら、今吹き飛ばした妖怪達は『ザコ』に分類される。この程度の妖怪は力が弱く、恐らくは大人数人で撃退する事も可能だろう。
 しかし、本来ならばそういった力の弱い妖怪は、ある程度成長し、妖怪としての力が高まるまでは人間をむやみに襲う事は無い筈だ。
 どんな妖怪でも、生まれたその瞬間から強い力を持っている訳ではないのだから。
「……まぁ、紫は違うんだろうが……」
 怪しく微笑む隙間妖怪の事を思い出しつつ、しかし魔理沙は思考を続ける。
 霊夢が言う通り、妖怪が人間を襲うのは普通の事だ。しかし、妖怪として生まれてすぐのモノまでもが里に現れて来ているとなると、何か怪しいというしかない。
 考える。
 もし自分が生まれたての妖怪だとして、まずはどうやって食料を手に入れるか。
 簡単な方法とすれば、森に育つ果物や野菜を喰う方法だ。別に人間を喰わなければ死ぬという訳ではない。
 そして次に、森に迷い込んだ人間を喰うという方法。ミスティアの事もあり、森に出る人間は少ないだろうが、ゼロでは無い。頻度は低くとも喰う事が出来るだろう。
 そう、本来ならばそれで食事は行える。
 だが、それをせず、何故自分達が倒される可能性が高い里にまでやって来るのか。
 例え里が襲われる回数が増えてきているからとはいえ、里には慧音が居るのだ。無謀だとしか言いようが無い。
 となれば、
「……むぅ」
 少々厄介な事になっているのかもしれない。
 と、そう思考に一区切りが付いた所で、
「大丈夫か?!」
 焦りの色を浮かべた慧音がこちらへとやって来るのが見えた。
「……まぁ、面倒臭い事にならなきゃ良いが」
 思わず呟きつつ、魔理沙は慧音の元へと箒を転回させた。
  
2
  
 里の外で巫女との出会いを果たした私は、その日から巫女という存在に憧れを抱くようになった。
 様々な妖怪が跋扈するこの幻想郷において、その上を行く力を持った巫女の存在が、私にはとても大きなものに見えたから。
「どうしたら、私もあんな風になれるのだろうか」
 私はいつもその事を考え、日々の生活を送っていた。
 そしてある日、いつものように虐められた私は、ふとある事に気が付いた。
 それは自分の弱さ。
 勝てないからと泣き出し、里の外へと逃げ出してしまう、弱さ。
「……」
 肉体的にも、精神的にも、私は弱い。
 このままでは……虐められて泣いているようでは、いつまで経ってもあの巫女様のようにはなれないだろう。
 ……だから。
 その日から私は、虐められても泣かないように、己を強く持つようにと自分を戒めた。
 更に、少しずつ体を鍛え、同年代の男にも負けない力を手に入れようとトレーニングを始めた。
    
 いつかきっと、巫女と共にこの幻想郷を護れるようになる為に。




   

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