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夜の雀は歌を歌う。

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0

 月光に照らされた森の中。人間が殆ど立ち入らず、幻想郷の中でも尚その緑を色濃く残している場所……そんな場所に広がる歌声があった。
 歌声の主は妖怪の少女。彼女の名はミスティア・ローレライという。
 彼女は今日も、静かな森の中で歌っていた。
      
 この森に人間が立ち寄らなくなったのには理由があった。それは彼女の歌声が人間を狂わせ、尚且つ彼女には人間を鳥目にする力があったからだ。夜の森に入ると帰れなくなる――その話は瞬く間に里へと広がり、人々はこの森に寄
り付かなくなっていった。
 だが、陽気な質であるミスティアはそんな事を気にしてはいなかった。人間が居なくてもこの森には沢山の動植物や妖怪達が居る。例え姿が見えなくても、彼女の歌は誰かの耳に届くのだ。
 だから今日も、彼女は楽しげに歌を歌う。
    
1
   
 あと数日で満月になろうかという月を眺めながら、その日もミスティアは歌を歌っていた。
 本来なら焼き八目鰻屋を開いている時間なのだが、もう完全に時期を外れてしまった為、店は開いていなかった。その為、この頃は月の満ち欠けを眺めながら歌を歌う毎日が続いていた。
「そろそろ満月お月様、まんまるまんまるお月様……ん?」
 ふと、視界の端に白い物が見えて、ミスティアは歌うのを一時ストップ。視線を向けると、そこには白い兎が居た。
 その兎には見覚えがあった。名前までは解らないが、つい最近花が咲き乱れた時に逢った事のある兎だったのだ。
 竹林に居た彼女が何故こんな所に居るのだろうと思いながら、ミスティアはふわりと空を飛び、難しい顔をしている兎の下へと近付いた。
「うさぎさんうさぎさん、難しい顔をしてどうしたの?」
「……」
 白いうさみみに黒い髪。コントラストが可愛らしい兎は難しい顔をしたままミスティアを睨みつけた。
 機嫌でも悪いのだろうか。それとも、体の調子が悪いのだろうか。
 心配になったミスティアは……取り敢えず歌う事にした。
「こんなに綺麗な月の夜。誰もが空を見上げる夜空、貴女はどうして下を向く? 何が貴女をそうさせる?」
 ミスティアの歌はいつも即興だ。
 この幻想郷に生まれた時、彼女は鳴く事しか知らなかった。だが、人語を解する事が出来た彼女は、だんだんと鳴く事から歌う事を覚えた。だから、彼女の歌は鳴き声と同じ。
 朝に雀が鳴くように、夜の雀は歌を歌うのだ。
「顔を上げてようさぎさん。今夜はこんなに月が綺麗。見なきゃ絶対損だから」
「……」
 と、難しい顔だった兎の表情に、少しずつ変化が訪れた。寄せられていた眉の力が抜け、まるで何かを思いついたかのようにニヤリと笑ったのだ。
「うさぎさんうさぎさん、貴女の機嫌は直ったかしら?」
「……ええ、すっかり良くなったわ」
 顔を上げ、まるで先程までの表情が嘘だったかのように兎が微笑んだ。そして、その微笑みを顔に張り付かせたまま、兎は意外な一言を口にした。
 それは、ミスティアが今まで考えた事も無かった事だった。
「ねぇ、もし良かったらコンサート……いえ、ライブコンサートを行ってみない?」
   
2
   
 月には兎が居るという。しかし、地上にも同じように兎は居た。
 だから彼女、因幡・てゐは兎で、そして今日は機嫌が悪かった。
 その理由は簡単なもの。今までいくつか行っていた悪戯や嘘を全て八意・永琳に見抜かれ、灸をすえられていたのだ。
 お陰でてゐの気分は最悪の物となり、不機嫌な心を抱えたまま永遠亭を飛び出した。そのまま竹林を抜け、森に入った所で……てゐの気分と正反対な、楽しげな歌声が聴こえてきたのだった。
 始めはさっさと退散しようと思っていたのだが、最悪な事に向こうからやって来た。しかも、頼んでもいないのに歌い始めたではないか。 
 ……五月蝿い。
 不機嫌な気分の時に歌を聞かされても、良い気分になれる訳が無い。何か言ってやろうかと思い……ふと、ある計画を思いついた。
 歌を歌いたいのなら、思う存分歌わせてやればいいのだ。そして、こっそり裏で利益を得る事が出来れば――。
 計画を練っていく内に、不機嫌な気分は何処かへと飛んで行ってしまっていた。一瞬浮んでしまった笑みを微笑みへと切り替えつつ、
「ねぇ、もし良かったらコンサート……いえ、ライブコンサートを行ってみない?」
 てゐの言葉に少女は驚き、その羽を大きく広げて見せた。その姿を見、この森には夜雀が出ると聞いた事があるのを思い出す。恐らくこの少女がそうなのだろう。
 しかし、いきなり誘ってしまったのは少々強引過ぎたかもしれない。いや、言ってしまってからではもう遅いが、かなり突っ走りすぎた気がする。焦りと共に、もし疑念を抱かれたらどう切り替えそうかと思考を働かせ、
「ライブ?! 私が?!」
 と、驚きの表情から一転、夜雀の少女は嬉しそうに翼をバタつかせながら声をあげた。結構純粋なのだろうか。予想とは裏腹に少女は簡単にてゐの提案を信じているようだった。
 それをなだめつつ――内心黒く笑いつつ――てゐは言葉を続ける。
「そう。私にちょっと考えがあるの。歌の上手な貴女なら見事にやってのける事が出来ると思うのだけど、どうかしら?」
「やりたい! いえ、やらせて欲しいわ!」
 元気に答える少女に微笑み返す。本当に歌うのが好きなのだろう。
 ……まぁ、その方が好都合、と。
 心の中、表情に出さぬように笑みを強くする。
「……じゃあ、明日のこの時間、この場所に来てもらえるかしら」
「明日?」
「ええ。ちょとこれからある人の所に逢いに行くの。その人の力を借りれば、すぐにでもライブを行う事が出来ると思うから」  

……
      
 何も知らない夜雀の少女と別れると、てゐはある山へと向かい走り出した。
 もう時間は遅いが、人を狂わす夜雀がライブを開くとなれば……彼女は寝ていても起きて来るだろう。
「何より、この私がタダでネタを売るんだから」
 溢れてくる笑みを抑えつつ、てゐは夜の幻想郷を走っていく。
  
……
   
「ライブコンサート、ですか」
 意外な事に、目的の人物――射命丸・文はまだ起きていた。
 天狗である彼女は、文々。新聞という新聞を発行している。今も机に向かって原稿を書いていたのであろうが……記事になりそうなネタだと察したのだろうか。てゐが話を始めると、彼女はその居住まいを正した。
 そんな文に頷き返し、
「そう。夜雀による幻想郷ライブ。面白そうでしょう?」
「そうですね……。しかし、ライブコンサートを開くにしても、肝心の場所はどうするんです?」
 文の疑問は当然のものだ。
 幻想郷は広い。どこか一ヶ所に人を集めるにしても限度があるだろう事は承知の上だった。
 ならば、
「特別に場所を用意するんじゃなくて、こちらから幻想郷の様々な場所に出向くの。そうすれば、一々場所を用意する必要も無いわ」
「人を呼ぶのではなく、人が居る場所に向かうワケですか。つまり、ライブツアーを行うと」
 巡る場所が多くなれば、夜雀の少女に掛かる負担も多くなるだろう。だが、今のてゐにはそんなものは知った事では無かった。叱られていた事の鬱憤を晴らすかのように、どんどんと話を進めていく。
「そういう事。それで、貴女にお願いがあるのよ」
「何でしょう。良い記事のネタを頂きましたし、出来る範囲の事なら聞きましょう」
「そのネタを記事にして、出来れば明日には幻想郷中に配って周って欲しいの」
 文々。新聞の購読率は決して低くは無い。それは文が幻想郷の各地を周っている事に比例するのだが……その紙面でライブツアーを行う事を宣伝出来れば、すぐにでも計画を実行する事が出来るだろう。
 しかし、当の記者の顔が少々暗い。どうしたのかと声を掛けようとして、躊躇うように、そして少々重く文が呟いた。
「……明日、ですか。流石に時間が足りないんですが……」
 もう夜も遅い。今から新聞を作るには時間が足りないのだろう。しかし、そんな事はてゐの知る所ではない。ワザとらしく溜め息を付きながら、少々俯いている文に言い放つ。
「幻想郷一早くて確かと自称するブン屋のクセに、使えないのね」
 その言葉に、文の肩がビクリと震えた。挑発に乗った事をてゐは確信すると、更に言葉を続ける。
「これなら、他の天狗に話を持ちかけた方が良かったかしら?」
 他の天狗が新聞を作っているかどうかなど、てゐは知らない。そもそも文の他に天狗を知らないのだが……効果はあったようだ。
 更に肩が震えたと思うと、弾かれたように文がその顔を上げた。少々眉に力が入っているものの、ぎこちなく笑ってみせる。
「明日、ですね? 解りました、明日の夕方までには幻想郷全てに号外を撒きましょう」
「本当? その言葉、信じているからね」
 微笑みながらてゐは告げる。
 着々と進んでいく計画に、てゐは浮んでくる笑みを止める事が出来なかった。
   
3
    
 次の日。 太陽が西へと沈みだす頃、幻想郷中に号外が撒かれた。
「幻想郷一早くて確かな、文々。新聞の号外だよー!」 
 だが、その新聞を受け取った誰もが、普段の倍の勢いで号外を撒く天狗の少女の目にクマがある事に気付かなかった。
 そしてそれは新聞を受け取りながら黒い笑みを浮かべたてゐも同じ事で……ライブの主役であるミスティアもその事に気付かなかった。
    
 そもそも、彼女は寝ていたのだけれど。
   
4
   
「んんー……」
 寝床で小さく伸びをしながら、ミスティアは目を覚ました。
 昨日はライブコンサートという話に浮かれ、明け方を過ぎても歌い続けていたのだ。その為か、今日は普段よりも遅い目覚めとなった。
 ほぼ丸い月が輝く夜の森をぼんやりと見、
「うさぎざんのトコ、行かなきゃ……」
 完全に覚醒しきらない目を擦りつつ、ふらふらと寝床を出る。ここからそんなに距離があるワケではないが、少々早めに着いていても問題は無いだろう。
 と、床に何か細長い物が落ちているのに気が付いた。拾い上げてみると、それは二つに折られた新聞で、
『夜雀、ミスティア・ローレライが魅せる幻想郷ライブ開催決定!』
 そう、大きく一面に自分の名前と、いつの間に取られたのか解らない写真が記されていた。
「す、凄い……」
 それがなんだか嬉しくて恥ずかしくて、ミスティアは新聞を胸に抱いて一人で悶えだした。
 過去に文から取材を受けた事はあったが、その時はろくに読まないで油取りの敷物として使ってしまっていた。今更ながらにその事を後悔しつつ、ミスティアは新聞片手にふわりと飛び上がった。
「取り合えず、約束の場所に行かなきゃね」
 待っている間はこの新聞を読んでいればすぐに暇は潰れるだろう。
 夜の森の中、喜びの色を持ち、いつもより陽気な歌を歌いながら夜雀は飛んでいく。
   
……
   
 普段より早い速度で森を飛び、昨日居た場所へと辿り着く。
 新聞を読みながら歌を歌っていると、すぐに兎がやって来た。
「こんばんわうさぎさん。貴女って凄いんだね。まさかもう新聞に載るとは思わなかったよ」
 微笑みながら言うと、対する兎も同じように微笑んだ。
「まぁ、私の力をもってすれば簡単な事ね」
 満足げに言う兎に、関心したようにミスティアは頷いた。
「凄いよ凄いようさぎさん」
 その気持ちを歌いながら表し、
「歌わなくて良いわ」
 キッパリと止められた。それに肩を落としそうになるが、間髪を入れずに兎が二の句を継ぐ。
「で、これからの予定を発表するわ」
「――そういえば、まだ聞いていなかった。場所を移動しながらライブを行うって新聞には書いてあったけど、具体的にはどんな風に幻想郷を回るの?」
「それを今から言おうとしていたのよ……」
 少々うなだれつつ呟く兎に、ごめんなさいと謝罪する。自分で思っている以上に、ライブを……ライブツアーを行うという事で浮かれてしまっているのだろう。
「どうぞ、続けて」
「全く……。それで、これからの予定だけど、一番最初に回るのは神社にするわ。まずは巫女達に貴女の歌声を聞かせてあげるのよ」
 神社の巫女とはあまり良い思い出が無い。しかし、これを機会にちゃんと歌を聴いてもらえれば、お互いのイメージが改善出来るかもしれない。そんな事を考え……ふと、まだ重要な事を聞いていなかった事に気がついた。
「あの、それで時期はいつ? 確か新聞にも書いてなかったけど……」
「明日よ」
「そっか、明日か……って、明日?!」
 昨日話を持ちかけられたばかりだ。まさかそんな早くライブを行うとは思ってはいなかった。驚き、少々混乱するミスティアに追い討ちを掛けるように、兎は更に言葉を続ける。
「その後は魔法の森。次に香霖堂、人里や紅魔館にも行こうと思っているわ。後……」
 ミスティアの意思に関係無く決められた公演場所とその予定が、兎の口から次々に上げられていく。
 何かメモを読むわけでもなく、空で次々と場所を上げていく兎に、ミスティアは口を挟む事すら出来なかった。
  
「それじゃ、明日はお昼前に此処に着てね」
 言うだけいって、兎は森の奥へと消えていった。
 一人残されたミスティアは半ば呆然としたまま突っ立っていたが……暫くして、ゆっくりと動き出した。
「と、取り敢えず、寝る前に少しだけ練習しておこう……」
 この場所にやって来た時とはうって変わり、不安げな色を持ちながらミスティアは練習を始めた。
 流石に、ライブとなったら即興で歌を歌う訳にもいかない。
 明日はどんな歌を歌おうか……色々と考えながら。
  
……
   
 一晩が経ち……結局寝床に戻る事無くミスティアは練習を続けていた。
 だが、そのまま休む事は出来なかった。時間通りにやって来た兎に急かされる事になったからだ。
「さ、早く行きましょう。幻想郷の皆が待っているわ」
 その言葉に促されるようにして、ミスティアは少々疲れが残る体を中に浮かせた。
「頑張ろう、うん」
 小さく気合を込めつつ、兎の後を追うようにして森を飛んでいく。
   
5
   
 幻想郷の各地を巡るライブツアーは、ミスティアの予想以上に順調に進んでいった。
 各所各所で聞いてくれる人間や妖怪の人数は少なかったが、それでも、自分の歌を『良かった』と言ってくれる人が居るだけでミスティアは十分だった。
 そして時が過ぎ……満月が空に浮ぶ頃。
 ミスティアの舞台は人里へと移っていた。
    
 人を鳥目にし、尚且つ狂わすようなミスティアだ。今までの行いを考える限り、彼女は人里に入れるとは思ってはいなかった。だが、兎が里の入り口に居た女性へと声を掛けると……なんと、里に入る事が許されたのだった
 妖怪である自分が正面から里へと入る――それは何か特別な事のようで、ミスティアの緊張は妙に高まっていった。
 小さくなりながら兎の下へと向かうと、兎ではなく女性の方が先に口を開いた。
「私の名は上白沢・慧音。今回は特例でお前達を里へと向かえた。だが、もし何かおかしな事をするようだったら、その時は容赦はしないからな」
 威圧的に言い、慧音はそのまま踵を返し、里の奥へと進んでいった。
 普通の人間とは違う気迫を持った慧音に少々驚きつつ、兎へと問いかける。
「うさぎさん、あの人は?」
「この里……いえ、人間を護っているおかしな妖怪よ。あー、半分は人間だったかしら」
「半妖、なんだ……」
 普通、妖怪にとって人間は捕食する対象か、或いは自らを死地に追い込むかもしれない脅威のどちらかでしかない。
 そんな人間を守るというのは――
「まぁ、今は人の事言えないかな……」
「ん? 何か言った?」
「なんでもない。さ、行こう行こう」
 苦笑で誤魔化しながら、ミスティアは兎と共に里の奥へと向かっていった。
   
……
   
 里の中心にある広場には、簡易ながらもミスティア用のステージが出来ていた。
 そして、その周りを囲むように沢山の人間達が集まり……やって来たミスティアと兎に困惑と恐怖、そして好奇心の色を持った視線が突き刺さった。
 その数、ざっと百人近く。
 予想もしなかった大人数と、数人の男が隠すように持つ武器を見、嫌に緊張が高まるのを感じながら、ミスティアはステージの上へと上がった。
 と、
「あれ、なんで……?」
 視線の先には、紅白な巫女と普通の魔法使いがちゃっかり観客として慧音の隣に納まっていた。
 思わず呟いたミスティアに答えたのは、当の二人ではなく慧音の方だった。
「妖怪が何かをやらかした時、本来なら巫女がなんとかする筈なんだ。だから、今日は無理矢理里へと引っ張り出してきた」
 その言葉に思う事があったのか、眉を吊り上げつつ巫女が口を開いた。
「ちょっと、勝手に人間を守っているクセにその言い方は何?」
「ただの事実だろう。そもそもお前は里の人間と距離を置きすぎているんだ。多少は交流を持ってもらわないと、ますます神社に人が来なくなるが?」
「う……それはそうだけど、それとこれとは話は別でしょ?」
「あ、あのー……」
「別じゃないさ。里との交流が増えれば、耳にする情報も増えてくるだろう。なんとなくで動いている今のお前では、いつか取り返しのつかない事態を起こさないとは限らないだろう?」
「な……ッ!? 情報も何も、私は私の仕事をこなしているわ。ただ里を守るだけにしか力を使おうとしないアンタとは違う」
「何だと?」
「何よ」
「ちょっとー……」
 口を挟もうにも聞く耳を持ってくれず、ミスティアは置いてきぼりになっていた。一体どうしたものかと思った所で……
「もう始めてくれてOKだぜ?」
 隣の口喧嘩など気にしないかのように楽しそうに笑う普通の魔法使いに促され、ミスティアは一つ深呼吸。
 魔法使いの言葉に頷くと、場を沈めるような優しい歌を歌い始めた。
   
 本来ならば、ミスティアの歌は人を狂わすものだ。だが、ここは夜の森ではない。人を鳥目にする必要も、狂わす必要も無いのだ。
 だから、ミスティアはある事を考えた。人を狂わす歌を歌えるならば、その逆の歌を歌う事も出来るかもしれないと。それは今まで歌ってきた中でも初めての経験で……だからこそ楽しく、時間を忘れて練習する事が出来た。その為、今朝は寝床に戻る事無く練習をし続けていたのだ。
 そして今日、彼女の考えは間違っていなかった事が証明された。
 一番最初にミスティアの歌を聴く事となった巫女や魔法使いには高い評価を貰い、そして今、歌い続けるにつれて、目の前の口喧嘩は止み、ミスティアに向けられていた視線は厳しいものから少しずつ安らかなものへと変化していった。
 その事を安堵しながら、嬉しく思いながら……少しだけ感じる喉の痛みを無視して、ミスティアは歌い続ける。
  
6
     
 予想以上の反響に、てゐは驚きを隠せずにいた。まさか夜雀の歌が人間に受け入れられるとは思っていなかったからだ。
「ま、その分儲かるから良いけどね」
 陽気に呟いた所で、人垣から一人の人間が出てくるのが見えた。少々長身のその人間――慧音は、てゐの隣に立つと静かに口を開いた。
「……ミスティア・ローレライ、か」
「え?」
「彼女の名前だ。知らなかったのか?」
「そ、そんな事は無いわよ。いきなり名前を言いだしたから驚いただけ」
 実際には知らなかった。確か新聞で名前を読んだ筈なのだが……計画の順調さに浮かれて記憶には残ってはいなかったらしい。
「まぁ良い。その様子じゃ、彼女の歌声が何故里の皆を魅了しているのか解っていないだろうしな」
「……何、それなら貴女は解っているっていうの?」
 全てを知っていると言わんばかりの慧音に、少々声に怒気を含ませながら反論する。
 実際の所、てゐには人を狂わすだけであろう夜雀――ミスティアの歌がどうしてこんなにも受け入れられているのかさっぱり解らなかった。それなのに、この半妖はその理由が解るというのか。
 慧音はてゐの疑問に頷くと、
「ああ。予想でしかないが、一応はな」
「……なら、教えて」
 眉を寄せながら言うてゐに溜め息を付き、慧音は説明を始めた。
「外の世界の話だが……昔、ある街に美しい娘が居たんだそうだ。
その娘は一人の男を愛していた。だが、男の方は戦争という争い事に向かったまま戻らず、彼女は男を想うあまり川へと身を投げた。その後、娘は水の精となって川にある大岩に現れるようになった」
「……」
「そして……人では無くなった娘は、歌を歌い始めた。その歌を聴いた人々は魅了され、川の大渦に飲み込まれていったという」
「……それが、どうしたのよ」
「その娘の名前はローレライ。彼女は、そんな存在と同じ名前を持っているんだ」
「……そんなの、偶然に決まってるわ」
 慧音の話の真意は解らない。だが、外の世界で生まれた存在……しかも水の精と、夜雀であるミスティアに共通点があるとは思えなかった。
 だが、慧音は違うらしい。人垣の奥で今も歌い続けているミスティアの姿を眺めながら言葉を続ける。
「ローレライという名前。人の意思を操作し、そして被害を与える事も出来る歌の力。……偶然かもしれないが、共通点は多いと思わないか?」
「そんなの、こじつけじゃない」
「そうかもしれない。だが、現に彼女は普段のように人々を狂わす事はせず、今夜はその歌で人々を魅了してみせた。だから私は、彼女達の間に何か関係があるのだろうと思うんだよ」
「……」
 嘘だ嘘だと言い張った所で、それを証明する手立てはない。それは慧音も同じ事なのに、何故か自分が押されているようで、てゐの機嫌は段々と悪くなっていった。
 と、人垣からてゐの方へと視線を落とした慧音が口を開いた。
「話は変わるが……その手に持っているのはなんだ?」
「へ?」
 さっと、両手に抱えていた賽銭箱を背に隠す。それを見下すように見、慧音が呟く。
「大方、彼女が歌っている裏で金を集めていたというところか」
 図星だった。金の他にも、貰える物は殆ど貰っていた。
 というより、それがてゐの計画だったのだ。歌いたいヤツに歌わせて、自分は利益を得る。それがあの日に考え付いた計画の全てだった。
「……どうするつもり?」
「私はどうもしないさ。ただ、この美しい歌声が、お前にはその程度の価値しかないと思うと少々哀しくてな」
「なッ?!」
 言い放ち、こちらの反応を確かめる事無く慧音は人間達の下へと歩いていった。
 呼び戻そうにもその背中に止まる気配は無く……
「何よ……」
 慧音に言い返す為の言葉は、何処を捜しても見つからなかった。





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