そして世界は秋に染まる。 

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4

 ある昼下がり。
 紅魔館へと向かいながら、普通の魔法使いはふらりと空を飛んでいた。
「ん?」
 その途中、人間の里に程近い森の上空で、魔理沙は飛ぶ速度を落とした。眼下へと視線を落しつつ、
「あれは……まだ残暑真っ盛りなのに紅葉してるのか?」
 呟きながら高度を落とし、森の中へと降り立った。
 そして見上げれば……そこには秋の世界が広がっていた。
「これは凄いな……。一体どうなってるんだ?」
 見た所魔法の類ではなく、完全に木々が紅葉していた。それに、紅葉が広がっている一帯だけ温度が低い。
「これは謎だぜ。まぁ、危険は無さそう……ん?」
 一瞬、視界の外れに青い色が映ったように見えた。それは、夏の途中に有効利用しつつも逃げられた妖精に似て……
「まさかな」
 いつも湖に居る妖精がこんな所にいるハズも無いだろう。
「でも、本当にこれはどうなってるんだ……?」
 呟きつつ、紅葉した木を触ってみたり落ちてきていた楓の葉を弄んでみたり。魔理沙は暫く間紅葉の下を歩き回り……しかしその原因は解らなかった。
「……アイツに聞いてみるか」
 溜め息と同時に言うと、魔理沙は箒へと跨った。
 ふわりと上昇すると、本来の目的であった紅魔館へと飛んでいく。

 森を越えて湖を抜け……紅魔館が目の前に迫った所で声が掛かった。
「ここから先には……って、あんたか」
「よう門番」
「紅・美鈴です」
「ああ、そうだったな。悪いな中国」
「……このッ……!」
 拳を握り、体を震わせ始めた中国……もとい美鈴に冗談だ、と謝りつつ、何事もなかったかのように紅魔館へと進んでいく。
「あ、ちょ、待て! 今日は一体何の用なのよ?」
 箒を降りつつ、追いついてきた美鈴に事情を説明する。遠目に見える森を指差し……
「ほら、あの森。ほんの一部だが色が違うだろ?」
「あ、そう言われれば」
 この紅魔館からでは、意識して見ない限り気付かない程に紅葉している部分は少なかった。そこを指差しつつ魔理沙は説明を続ける。
「ここに来る途中に見てきたんだが、あの部分だけ紅葉が始まってるんだ」
「また誰かの魔法や妖術じゃないの?」
「いや、一応調べたが……魔法などの類じゃなく、あの部分だけに秋が来たような感じだったぜ」
「へぇー」
 感心するように頷いている美鈴を背に、魔理沙は紅魔館の玄関へと歩き出しつつ続ける。
「だから、パチュリーに何か解りそうか聞いてみようと思ってな」
「そうだったの。って、人を置いて歩き出すな!」
「人なのか?」
「一々揚げ足を取るな。で……パチュリー様なら、そろそろお茶のお時間なので茶室にいらっしゃるハズです。くれぐれも図書館に行って本を盗んだりしないように」
 ずんずん進んでいく魔理沙を止めても無駄だと判断したのか、半ば諦めの入った美鈴の声が魔理沙の背中に届いた。
 一応今回は図書室に行かないでやるか……声を聞きつつそんな事を考え、魔理沙は美鈴へと言葉を返す。
「ありがとな、中国」
「だから、紅・美鈴!!」
 紅い屋敷の入り口で、門番の少女の声が大きく響いた。

5

 時は普通の魔法使いが飛び立った後へと遡る。 

……
 
 木の陰に隠れながら、チルノはゆっくりと息を吐いた。
「危なかった……」
 もう少しで見つかる所だった。また見つかって捕まってしまったら、秋を呼ぶ事が出来なくなってしまう。
 ギリギリで隠れられた事を幸運に思いながら、チルノは両腕を伸ばした。
 今朝もやってきた人間……慧音から、ある程度の時間森を冷やしたら少し移動し、場所をずらして冷やした方が効率が良いと教えられた。必要以上に冷やし過ぎてしまっては、葉が枯れ落ちてしまうのが早まるだろうからだ。
 その事を思い出しつつ場所を調整し、チルノは森を冷やし始めた。

 誰の邪魔も入らずに三時間程経った頃。
 休憩を始めたチルノの近くに、またも上空から来客があった。
 魔法使いが戻ってきたのかと思い、チルノは逃げようとし……それが紅白色の巫女だという事に気付く。相手が巫女なら逃げる事もないだろうと判断して、彼女は体の緊張を解いた。
 と、チルノに気付いた巫女が声を掛けて来た。
「アンタ何やってるの?」
「休憩よ」
「こんな所で? まぁ良いけど……」
 あまり興味が無い風に呟くと、巫女はチルノの周りに広がった紅葉へと視線を移した。
 一通り見て回ると、巫女が小さく呟く。
「でも、何でここだけ紅葉してるのかしら」
 その呟きに、チルノはこみ上げて来る笑みを耐える事無く巫女へと向けた。そのまま巫女の正面へと飛び上がると、満面の笑みの元に宣言する。
「聞いて驚きな! この秋はあたいが呼んだんだから!!」
 小さな胸を張り、チルノは上機嫌で言葉を続ける。
「そして、このままの調子ですぐにでも夏を終わらせてやるんだから!」
 だが、森に響く声で宣言したチルノに帰って来たのは、呆れた色を持つ巫女の声だった。 
「……何言ってるの。凍らせる事しか出来ないアンタにそんな事出来るワケないじゃない」 
「う、嘘じゃないわ!!」
「嘘よ嘘。どうせこの紅葉を見て、また何か悪戯でも考え付いたんでしょ?」
「だから嘘じゃない!!」
 腹の底からチルノが叫ぶ。森の中、先程とは打って変わった妖精の叫び声が響いた。
 対する巫女は、もはや興味が無さそうな顔をしていた。 

 どれだけ説明しても、紅白な巫女はチルノの言い分を信じようとはしなかった。
 それはこの紅葉を見に来たどの人間も、
「この秋はあたいが呼んだんだから!!」
「巫山戯た事を言っていると蛙に喰べさせるわよ? さ、行きましょうかお嬢様」

 どの妖怪も、
「この秋はあたいが……!!」
「記事になりそうなのでやって来ましたが……貴女の嘘を新聞に載せる事は出来ませんね」

 どの幽霊も、
「この秋は……!!」
「嘘は吐かないで。って、幽々子様、まだ焼き芋の時期には早いですから!!」

「……」

 誰も彼も同じ事だった。
 どんなにチルノが叫んでも、彼女達に真実は伝わらない。
「あたいが……あたいがこの秋を呼んだのに!!」
 瞳に涙を浮かべながら、チルノは叫び続けた。

6

 空に月が輝く頃。
 木々の間に隠れるようにしながら、小さな妖精は一人で泣いていた。
 毎日毎日、夏を終わらせようと頑張ってきたのだ。それなのに誰にも信じてもらえない。
 つい先程再び戻って来た黒い服の魔法使いとその仲間達は、この紅葉を突然変異か何かだと言い切って帰っていった。
 文句を言い返してやりたかったが……もう否定されるのが嫌で、チルノは隠れたままで居た。
 森の中、妖精の小さな泣き声と、出番を勘違いした秋の虫の音が響く。

……

 不意に、無言でチルノが立ち上がった。ゆっくりとした動作でその両腕を体の正面に伸ばす。
 そして、
「……こんなもの……枯れちゃえば良いんだ……!!」
 強く叫び、チルノは周囲の木々を多い尽くさん限りの冷気を張った。このまま力を強めれば、紅葉した木々の葉などすぐに落す事が出来るだろう。
 信じてもらえないのなら、無かった事にすれば良い。
「ッ!」
 服で涙を乱暴に拭い、力を強めようとして……
「馬鹿、止めろ!」
 叫びが聞こえたのだろうか。森の奥から慧音の声が聞こえてきた。だが、チルノは慧音の方には視線を向けず、それに抗うように叫ぶ。
「止めないでよ!!」
「折角頑張ってきたのに、何を考えてるんだ!」
 止めようとする慧音に対し、胸に溜まったモノを吐き出すように強く、叫ぶ。
「誰も……誰もあたいが頑張った事を信じてくれないんだから! だったらこんなもの枯らしちゃえば良いのよ!」
「だからって……!」
「だからも何も無い!!」
 小さな妖精の慟哭が夜の森に響き、また溢れ出してきた涙が彼女の視界を歪ませる。
 チルノはそれに構う事無く力を強め……
「あら、貴方がこの紅葉を作り出したの?」
 そこに突然、慧音のものとは違う声が乱入して来た。
「そうよ! ……って、誰?」
 突然の乱入者の登場にチルノは力を緩めた。その視線の先に現れたのは、今までに見た事が無い少女だったからだ。その少女は長い髪の頭にリボンを付け、色あせた白いシャツに赤いサスペンダーで吊った同色のズボンを穿いていた。
 少女は自分の事を藤原・妹紅だと名乗ると、先程と同じ質問を繰り返した。
「で、貴方がこの紅葉を作り出したの?」
「そうよ。でも……」
 どうせアンタも信じないんでしょう……そう言いかけた言葉は、妹紅の言葉によって塞がれた。
「凄いわね。慧音から話は聞いていたけど、まさか本当に貴女のような小さな子が作り出したなんて……」
「……褒めてるの?」
「褒めてるのよ」
 微笑みつつ、手に持ったマフラーを首に巻きながら妹紅は続ける。
「この場所に来るまではずっと暑かったけど、ここに来たら急に涼し……ちょっと寒くなった。それも貴女の力なんでしょう?」
「そ、そうよ! だからあたいは凄いんだから!」
 妹紅の問いかけに、正面に伸ばした手を腰に当て、小さな胸を張りながらチルノは答えた。同時に、寒いと言っていた妹紅の為に周囲の木々に張っていた力を弱める。
 と、慧音の隣に立った妹紅が口を開いた。
「それにしても、一体どうやって紅葉を?」
「それはね……」
 言いつつ、浮んでいた涙を拭う。
 再び妹紅へと向けられた顔には先程までの涙はなく……いつもの笑顔を取り戻した小さな妖精は、誇らしげに説明を始めた。

7
 
 月明かりに照らされた森の中、慧音は木の幹に寄りかかっていた。
 チルノの説明は終わり……今は妹紅に氷細工を作り出してみせていた。山奥で隠れるように暮らしていた妹紅には、妖精の見せる全てが新鮮に映っているだろう。
 その姿を見つつ、妹紅を連れて来て良かったと慧音は感じていた。

 前回の満月の時、悪戯好きのチルノが人妖からあまり好かれていない事を慧音は感じ取っていた。
 慧音達がここに来るまでに何があったのかは解らないが、彼女にとって辛い事があったのは確かなようだ。もしこの場に妹紅が居なかったら、この紅葉は全て枯れ果てていただろう。
 夜の森に妹紅を連れて行くのは危険だが、折角の機会だし連れだそう……そう考えた慧音の判断は間違っていなかったようだった。

……

 微笑む妹紅と、チルノの頬に少しだけ残った涙の後を見ながら思う。
 次の満月の時。人間の為にだけに使ってきた力を、この小さな妖精の為にも使ってあげようかと。
 もしチルノの考え通りの歴史になるならば、彼女は本当に秋を呼ぶ事だって出来るだろうから。
「それが妹紅や里のみんなの笑顔にも繋がるだろうしな」
 微笑みを浮かべて、ワーハクタクの少女は小さく呟いた。

8


 そして一ヶ月の時が流れた。


9

 ここ幻想郷は秋に染まっていた。
 ある妖精と妖怪の力により、一足早く秋が訪れたのだ。
 
 そんな中……今日も、満面の笑みで妖精は宣言する。
 自分の事を信じようとしなかった人間や妖怪や幽霊を見返してやるかのように高らかと。
 美しい紅葉に染まった森の中で、小さな妖精の大きな声が響く。


「この秋は、あたいが呼んだんだから!!」










end


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